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32.囚われのアカハル

 ダークエルフのクーは、クルンの街から届いた荷物を、倉庫の中に運び入れている時に奇妙な声を聞いた。

 それは彼が勤める喫茶店での事で、そこにはラットが「ビジネスチャンスです!」と言って取り寄せた役に立つのか立たないのかも分からないような荷物がたくさん積んであったのだが、その荷物の一つから声が聞こえる。

 「んん?」

 もしかしたら、誰かが荷物を入れている箱の中に閉じ込められているのかもしれないと、彼は「誰かいるのですか?」とそう言ってみた。

 すると、ゴニョゴニョとやはり何か聞こえる。

 彼は常日頃から、声がとても小さいノッカーのアインの声を聞き、皆に伝える役割を何故か果たすことが多いので、小さな声には慣れていた。

 耳を澄ますと、その声は薄汚れた布が巻かれてある箱の方から聞こえる。しかも聞き間違いでなければ、それは助けを求めているように思えた。

 それで彼は急いで巻かれてあるその布をほどき、箱を開けてみたのだが、中には何かの穀物の粉の袋が入っているだけだった。

 “あれ? おかしいな?”

 彼は首を傾げる。が、そこでまた声が聞こえたのだった。今度は開けた箱の裏側辺りから。

 不思議に思って覗いてみたが、そこには先ほど箱に巻かれていた布しかなかった。彼自身が丸めてそこに転がしておいたものだ。

 クーは不可解に思う。

 そもそも、どうしてこの布はこの箱に巻かれてあったのだろう? と彼は考える。荷資材にしても変だし、布は汚れている上に湿っていて不潔に思え、おまけに穴まで開いていた。食べ物を入れた箱を包む布としては不適切だろう。

 それで彼はその布を広げてみたのだ。布だとばかり思っていたが、それはどうやら大人一人くらいなら入りそうな大きな袋のようだった。しかも、その袋を広げた途端、今までゴニョゴニョとしか聞こえなかった声がはっきりと聞こえたのだった。

 「ワガハイを助けろ! いや、助けてくれ! 芯をくれるだけで良い! 芯がないとまともに動く事もできんのだ!

 もし助けてくれたら、絶対にお前らの力になってやる! ワガハイもあのゼン・グッドナイトには恨みがあるのだ!」

 彼はその声を正面からまともに浴びて、布を広げたままの姿勢で目を開いて固まってしまった。が、「とにかく、芯をくれ!」と喚いている布をしばらくじっと見つめると、

 “面白いもんを見つけた! 喋る布なんて聞いた事もない!”

 と、それを誰かに見せびらかす為に、走りだしたのだった。

 ……彼はまだ仕事中のはずなのだけど。

 

 クルンの街にあるビルの一つ。

 そのビルはグッドナイト財団が所有していて、ここ最近になって設備投資がされるようになっていた。もっとも、それはそれほど目立った動きとは言えなかった。恐らく、アカハルの能力で気取られることを回避する為、必要最低限のレベルに抑えていたのだろう。

 アカハルはそのビルの一室で、口に猿ぐつわを嵌められ、両腕を縛られて座らされていた。苦痛はないが、不快ではある。

 目の前にはゼン・グッドナイトがいた。他にも用心の為か数人の男が彼を監視している。白い部屋で、清潔に思えたが、生き物が生きる環境ではないようにも思えた。

 猿ぐつわを外されるなり、アカハルはこう訴えた。

 「ここで僕に何をする気です? さては、僕に何かエロいことでもする気ですね!」

 グッドナイトはそれに少しだけ顔を引きつらせると、「生憎、その手の趣味なくてね」とそう返す。

 「それに、君の相手をするのは僕でもない。もう直ぐやって来るはずなんだが……」

 と、そんなところで声が聞こえて来た。

 「いやいや、失敬失敬、遅れた遅れた」

 その部屋のドアは開けっ放しになっており、どうやらその声はドアの向こうの廊下から入って来ているようだった。キャスターが転がる音も同時に響いて来ている。

 アカハルは拷問機具と怖そうな男でもやって来るのかと不安に思っていたのだが、意外にも彼の目の前に現れたのは、絆創膏に管のついた医療器具のように思える荷物をたくさん台車に乗せた背の小さな老人だった。

 なんだか、ひょうきんそうに思える。白衣を着ているのだが、似合い過ぎていて、逆にコメディの劇に出て来る俳優のように見えた。

 入って来るなり、その老人は見た目よりも少しだけ高い声で、

 「おお、ご機嫌いかがかな、ゼン・グッドナイト」

 と、そう挨拶をした。そして、間髪入れずに「おお! これがあの例の稀有な情報収集能力者を持つという生命体じゃな。早速、実験を開始しよう」と縛られているアカハルを見て続け、台車に乗せていた絆創膏をアカハルに貼ろうとした。

 「展開早くないですか?」と、それにアカハル。ちょっと暴れる。

 「さては、それで何か僕にエロいことでもする気ですね?」

 それにグッドナイトは、「もしかしたら、君は何かエロいことをされたいのかな?」とツッコミを入れる。そして、老人を見るとこう言った。

 「博士。実験も良いが、その前に少しばかり話をしよう。彼が不安がっているようなのでね」

 それからアカハルを見やると、グッドナイトはこう続けた。

 「彼の名前は、ゴース・ガイダイという。魔法によるネットワークの制御と、魔法疑似生命体を専門とする博士だ」

 その言葉で博士だと紹介されたその老人は絆創膏を貼る手を止めてこう言った。

 「ふむ。ワシは構わんが、時間の無駄にならんか?」

 それを聞いてアカハルは“話も何も、つまりはモルモットでしょう?”とそう心の中で返す。予想通りの扱いだ。ゼン・グッドナイトは、そんな彼の心中を察しているかのようにこう言った。

 「まず、君も分かっているだろうが、これから我々は君のその能力を研究しようと思っている。まだ、設備があまり整っていないが、君のその能力を躱す為に大きく動く事はできなかったんだ。許してくれ」

 “許すって、何の話っすか”と、それを聞いて彼はやはり心の中で返す。グッドナイトの話は続いていた。

 「実験の前に、まず、何点か確認したい事がある。お互いにスムーズな関係を築く為だよ。分かるだろう?」

 あまり分かりたくはなかったが、それにアカハルは「はぁ」と返した。ここは抵抗してもあまり意味がないだろう。

 「君の驚くべき情報収集能力は、どのような特性を持っているのか、君自身が分かっている範囲内で良いから教えてくれ。こちらとしても手間を省きたいんだよ」

 アカハルはそれを聞いて少し迷った。開示する情報はちゃんと考えなくてはならない。少しでも助かる可能性を上げる為に。

 ところが、彼がどう返すべきか考えていると、その様子を見かねたのか、それともそもそも元から質問がしたかったのか、グッドナイトの方が先に口を開いていた。

 「もっとも、君の能力について、こちらでも大体は予想がついていることもあるんだよ。

 まず第一に、君の能力は限定的だ。恐らくは、対象を絞り込まなくては、情報を得ることは極めて難しい。違うかな?」

 軽くため息を漏らすと、“それくらいは教えても良いか”と考え、アカハルは「はい。その通りです」と返した。

 「素直で良い返事だ」と、それにグッドナイト。

 「ま、だからこそ、君はこうして我々に捕まってしまったんだから、当たり前と言ってしまえば当たり前だがね。

 その次に、君は過去のことはあまり探れないはずだ。実はケーブタウンを君が救った時に、冒険者達に不自然な手紙が渡っていたことを既に我々は掴んでいたんだよ。

 当時は、そこまで君は我々を監視してはいなかったのじゃないか? そして、過去の情報もあまり観る事ができない。だから、それを知らなかったんだ」

 「それもその通りです」

 誤魔化せそうにもないと判断すると、アカハルはそう返した。

 それに「うん」とグッドナイト。

 「そして、情報収集の力を使うと、君はとても疲れる。だから頻繁に何回も使える訳じゃない」

 「はい」とあっさりアカハルは返す。これから実験をやることを考えるのなら、正直に言った方が良い。無理をさせられてしまうかもしれない。

 「だろうと思った。君に監視されているだろうことを考慮して、僕はヘゲナ国の首都ローズから一気にここまで馬車で高速で移動して来たんだよ。その移動の間で、君がその能力を使ったなら僕の移動はバレてしまうだろうが、そう気軽に使えないのならその可能性は低いはずだと考えてね。

 僕がローズにいたところまでは、君は掴んでいたのだろう?」

 「ええ、まぁ、そうですね」

 「アハハハ! 苦労の甲斐あって、君の驚く顔を見る事ができてとても楽しかったよ。あれは傑作だった」

 ……もしかして、この人は僕の驚く顔がみたいだけの理由でそんな事をしたのか?

 そうアカハルは考える。

 ……単に僕を捕まえることだけが目的なら、部下に指示するだけで、事足りたはずだ。

 そこでゴース・ガイダイが口を開いた。

 「ゼン・グッドナイト。もう君の話したい事は終わったかな? なら、今度はワシの番だな」

 そう言いながら、ガイダイは例の絆創膏を手に取った。

 「まずは話をするのじゃないですか?」

 と、それを見てアカハルはそう言う。

 「時間の節約の為だ。実験の準備をしながら、話をする」

 そう言うと、ガイダイは絆創膏をアカハルの腕や頭などに貼り始めた。絆創膏の感触はねっとりとしていて、ひんやりとしていた。ほんの少しだけくすぐったい。

 貼りながらガイダイは質問をする。

 「君はどんな風にして情報を取得するのかな? 例えば、ある空間をイメージして、その範囲内にある情報を拾えるとか」

 これも秘密にしても仕方ない話だと判断すると、アカハルは説明した。

 「触れた物から、連鎖的に情報を取得しているイメージです」

 「“連鎖的”と言うと?」

 「例えば、僕があなたに触れたとします。そしてあなたが他の誰か…… 例えば、馬車の中で女の子に痴漢をしていたとする。すると、僕にはその女の子の事もある程度は分かる。更にその女の子が他の誰かに触れていたなら、その誰かの事も分かる。

 そのようにして、連鎖的に情報が流れ込んでくる感じなんですよ」

 それにガイダイは興味深そうに「ほほー」と反応した。

 「面白い。つまり、カスケード的に情報を集められるという訳じゃな。“カスケード・タッチ・リーディング”とでも名付けようか」

 「ハハハ…… 当に僕はそう名付けていますよ」

 「オオ! ワシら気が合うのぉ」

 そう言ってから、ガイダイは絆創膏をアカハルの腹に貼った。

 それで「イヤン」とアカハルはそんな声を上げる。お腹はちょっと敏感だったみたい。「エロいことでもするつもりですか?」とそう言う。

 それにガイダイは「してもイイが、まだまだ後じゃな」と素な表情で返した。こういうボケは、素で返されるとなんだか恥ずかしい。

 グッドナイトが言った。

 「これから、君には我々が欲しい情報を探ってもらう。嘘はつくなよ」

 「え? 今から実験をするのじゃないのですか?」

 その言葉に驚いてアカハルがそう言うと、それにはガイダイが答えた。

 「同時進行じゃな。時間と労力の節約じゃ。君が実際に能力で調べている間で何が起こっているのかワシが調べる。そして、その原理を解き明かしたなら、それを新たな技術に活かすという訳じゃ」

 「頼んだぞ、博士」とそれを聞いて、グッドナイトは言う。「任せんかい」と、それにガイダイ。

 「さっきのこの被検体の話から、既にある程度は予想がついておる。要はネットワークじゃ。普通、ネットワークを構築している内部でしか情報のやり取りができない訳じゃが、この被検体の矮躯童人には、強制的に他人のネットワークにアクセスして情報を読み取れる能力があるのじゃろう。

 この仮説が正しいのなら、人間は無意識の内に自然と魔力でネットワークを構築しているという事になるな。大発見じゃわい。

 見ておれ! 一週間以内に糸口をつかみ、応用する手段を見つけてみせる!」

 そんな自信満々のガイダイを見ながら、アカハルは“ここだな”とそう思っていた。

 嘘は言っては駄目だ。しかし、提供する情報はきちんと取捨選択しなければいけない。さらわれた自分を助ける為に、シロアキやオリバー・セルフリッジ達が動くはずだ。何しろ、この自分の能力は貴重だから。それを手伝う為には、不利な情報は伝えず、こっちが有利になるような情報のみを怪しまれないようにしながら伝える必要がある。

 

 ――なんとか、やってみせる!

 

 ……もっとも、ガイダイというこの博士が、本当にその言葉通りに自分の能力の秘密を解き明かしてしまったのなら、全ては無意味に終わるのだが。

 

 クロナツはケーブタウンで働いていた。主には荷運びの力仕事をやっている。凶暴な彼にはこの街は合わなそうに思えたが、意外に穏やかに過ごす事ができていた。多種多様な種族が集まり、性格も性質も様々な者達が住むこの街では、そもそも異分子と言える存在が少ない。異分子の集まりでできているような街なのだから、それも当たり前。

 だから、彼が“浮く”事もなかったのだろう。そういう意味では、ケーブタウンは彼に合った街なのかもしれなかった。

 その荷運びの仕事で、最近彼は不可解に思っている事があった。

 「……どうも魔石の運搬が多いな」

 以前よりも、魔石を船や馬車まで運ぶ仕事が異様に増えているのだ。

 魔石の需要は多いから、魔石が売れるのは分かるのだが、魔石協同組合は物流会社の手配ができていないと聞いていた。今の運搬量は物流会社の限界を超えている。何がどうなっているのかまるで分からない。

 「まぁ、どうでもいいか。こっちは知らない話だ。オレはただただ荷物を運ぶだけだ」

 ところが、彼が船まで魔石を運んで帰って来ると、その疑問は解けてしまったのだった。

 

 「よぉ、クロナツ。仕事は順調みたいだな」

 

 何故か、彼の職場でシロアキが待っていたのだ。

 「なんだよ、シロアキ。何か用か?」

 シロアキがケーブタウンに来る事も珍しければ、クロナツを訪ねる事も珍しい。クロナツは彼の登場に仄かに不吉な予感を覚えていた。彼の元にシロアキが現れる時は、大体は嫌な事が起こるのだ。

 「なに、ちょっと他に用事があってな。ついでにお前の所に寄ってみただけだよ」

 そう答えてから、少し迷うと彼はこう続けた。

 「最近、魔石の取引量が増えているだろう?」

 クロナツは何故そんな事をシロアキが訊いて来るのか、不思議に思いながらもこう返す。

 「ああ、増えているな」

 するとシロアキは淡と「グッドナイト財団が大量に魔石を買っているからだよ」と、そう言った。

 「あ?」

 「しかも、自分の組織から自前でわざわざ船や馬車を用意してな。絶対に何かあるぞ」

 その言葉にクロナツは凶悪な表情を見せる。

 「なんだそりゃ? 何が起こっている? 不安なら、アカハルに調べさせろよ。今は協力的なんだろう?」

 臆病者のアカハルは、普段は自分の能力を使う事にあまり積極的ではない。自分の能力を悪用したり研究したりしようとする存在が現れるのを恐れているからだ。

 ところが、ここ最近の“グッドナイト財団”絡みのケースについては、アカハルは妙に協力的であるらしい。

 「それがな……」

 そう言ってからシロアキはこう続けた。

 

 「……あいつ、いなくなっちまったんだよ」

 

 「――なんだと?」

 クロナツは、そのシロアキの言葉に目を大きく見開いた。

 「どうも捕まったらしい。しかも、捕まえたのはグッドナイト財団だ。こいつは、けっこーまずそうだぞ。あいつの能力が、グッドナイト財団に利用されちまう」

 そんなクロナツの反応を予想していたのか、シロアキは吐き捨てるようにそう言った。

 

 ……その時、その彼の背後では「面白い袋を見つけましたよー なんか分からないけど、喋るんです!」とそう言ってはしゃぎながら走っているダークエルフのクーの姿があった。

 彼の持っている袋からは「お前ら、ワガハイの力が絶対に必要になるから、さっさとワガハイを助けろー! 芯をくれー!」という謎の声が響いていた。

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