3.アカハルとその能力
「どうも、ありがとうございました。アカハルさん」
そうお礼を言って中年のいかにもお人好しそうな女性が頭を下げる。お礼を言われたそのアカハルという男は、「いえいえ、こちらこそ。また、何かありましたら声をかけてください」と言って頭を下げ返した。
「――それにしても、」
と、その後でその中年女性は言葉を続ける。
「アカハルさんは、どのようにして失くした物を見つけて来るのでしょうか? 是非、その秘訣を教えていただきたいですわ」
アカハルはそれを受けると笑顔のまま、一瞬だけ固まる。実を言うと、その時少しだけ彼は警戒心を抱いていたのだが、それを悟られないようにこう返す。
――きっと、考え過ぎだ。
そう思いながら。
「それは企業秘密ということで。これは商売ですから、ご勘弁を」
彼は笑顔だったが、それでいて強い意思を感じさせるような言葉と態度だった。それを敏感に察した中年女性は「あら、残念ですわ。教えていただけたら、便利だと思いましたのに」とまるで宥めるように言う。
アカハルは子供の姿のままで成長が止まってしまうという奇妙な特性を持つ矮躯童人という特殊な亜人種の一人だ。その子供の姿の外見で、与しやすいと中年女性は勘違いをしたのかもしれない。
実際は、彼はとっくに成人していて、逞しく狡猾に、そして、少々せこく、この厳しい世の中を生き抜いているのだが。
「安心してください。秘訣は教えられませんが、物を失くして何か困ったことがありましたら、またお声をかけてくだされば、格安で相談に乗りますよ」
営業スマイルでアカハルは丁寧にそれにそう返す。
が、内心では“ま、教えたところで、百年かかっても真似なんてできないんだけどね”と呟いていた。
それからアカハルは仕事の後払い分を中年女性から受け取ると、笑顔のまま「ありがとうございました」と再びお礼を言い、その中年女性と別れた。
――アカハルはクルンという交易で栄えている街に住んでいる。
この街はシナニーという川の下流に位置し、この川が幾筋もの小さな川が合流して流れる巨大な川であるお陰で、上流から船を利用して物を運び、一度荷を集め、商取引後にまた船で川を下り、海を利用して運搬するという物流システムの拠点として機能していた。
交易の街という特性から、この街には様々な文化や人種の者達が集まって来る。人間はもちろん、コミュニケーションが可能な別の生き物達ですらも。
ただ、その中にあってもアカハルのような子供の姿のままでいる…… つまり、“幼形成熟”を特性とする矮躯童人は珍しかった。
矮躯童人は元はペットとして“品種改良された人間”が起源とされている。それ故か、蔑視される場合も多い。つまり、ハンディキャップを背負っている。アカハルはかなりしたたかだが、それはそのような境遇で生き抜いて来たからこそ身に付いた特性なのかもしれない。
彼の人生哲学は“とにかく、目立たないこと”だった。彼が厳しい世の中を生き抜いてこれたのは、その特殊能力のお陰でもあったのだが、だから彼はそれを必死に隠していた。活かそうと思えば、他にいくらでも活かす事ができるその能力を、彼が“失せ物探さし”といった小さな商売でしか使おうとしないのは、その為でもあった。
代金を受け取ったアカハルは上機嫌で街を歩いていた。それからふと収入が入ったので、何か美味しい物でも食べようかと考え、川辺で開店している屋台でも幾つか見て回ろうと思い至ると、足を川に向ける。チーズ系のこってりした料理か、或いは何か甘い物が食べたい。
穏やかな天気の下をゆるやかに川が流れる。川の水は澄んでいるとは言い難いが、それでも陽の光を反射しているその光景は美しいと彼に感じさせた。
そのうちに魔石を大量に乗せた船が彼を追い越していった。
「うわー。凄いな。あれだけの量だと、一体、どれくらいの額で取引されているんだろう?」
彼はそれを見て思わずそう独り言を言う。
“……きっと、あの魔石はケーブタウン産だな”
と、それから心の中で呟く。
幾つもあるシナニー川の上流の一つには、“国知らずの森”がある。この森は、その名の通り、どの国の所有物でもないのだが、それでも人間社会が認知しない種族は暮らしていて、村や街だって存在している。
その一つにケーブタウンという地下にある珍しい街があるのだが、ここ最近、そのケーブタウンの生産物の取引が増えているのだ。量が多い場合は船で、それほど多くなければ、無理をすれば歩いていけない距離ではないので、馬車で荷物が大量に運ばれて来る。新規参入を狙っている商売人も多い。
ケーブタウン産の物では、ドワーフ達が作った道具も重宝されているが、ここ最近で注目をされているのは質の高い魔石だった。他に比べて価格が安いらしい。
それでなのか、先日などは、グッドナイト財団が視察に来ていた。グッドナイト財団は、武器の製造でのし上がって来た多国籍企業で、国際的にも大きな影響力を持っている。
まぁ、もっとも、アカハルはそんな連中とは極力関わらないようにしているから、あまり関係ないと思っていたが。
少々奮発し、屋台でチーズの揚げ物とバターロールを買うと、彼は川辺のベンチに座ってそれを美味しそうに食べ始めた。ちょっと濃厚過ぎるその味に、何か飲み物も買えば良かったと後悔しながら。
川に吹く涼しい風と、熱々の揚げ物のコンビネーションに舌鼓を打ち、ニコニコとしていると、彼の耳にこんな会話が入って来た。
「おい、聞いたか? ケーブタウンがダンジョン認定されるかもしれないってよ」
目を向けると、商売人っぽい人間とエルフらしきフード帽を被った男達が何やら会話をしている。
“へー。ケーブタウンも大変だ”
などと、それを聞いてアカハルは思った。まるで他人事のように。何故なら、本当に他人事だったから。
「これから一気に冒険者達が押し寄せて来るぞ。ケーブタウンは草一本残らないな。やれやれ……」
それから商売人はそう続けた。
恐らくは、その商売人の予想は正しい。
もしダンジョン認定されれば、合法的にそのダンジョン内に住む生き物の類の惨殺や物資の略奪が可能になる。もちろん冒険者のライセンスを持った者に限られるのだが、ここ最近、冒険者達の多くはダンジョンやモンスターが減って生活に苦しんでいるらしいから、恐らくは大挙してやって来て、根こそぎかっさらって行ってしまうだろう。
嘆息してから、商売人はこう言った。
「勘弁してくれよ。良い商売相手だったのによー」
その後で、エルフが続ける。
「あそこ、友達が住んでいるんだよね。さっさと逃げた方が良いって忠告しないと」
「ああ、それがいい。早くしないと殺されちまうぞ」と別の一人。
その後で、吐き捨てるように先の商売人がまた言った。
「取り敢えず、今の内に魔石を買い占めておかないとな。ちくしょう! 魔石の価格が高騰するぞ!」
まだまだその会話は続いていたが、食べ物を全て食い尽くしてしまったアカハルは、途中で聞くのを止めて歩き始めた。
“あ~、食った食った満足~”
などと思いながら。
冒険者。
そう表現してしまえば聞こえは良いが、大半は軍人くずれの荒くれ者達だ。行儀が良いとは言い難い。そして連中がケーブタウンを攻める為に、クルンの街を拠点にする可能性はかなり高い。一番近くにある街だからだ。きっと治安も悪くなるだろう。
“まったく、嫌だ、嫌だ”
それを想像したアカハルは、憂鬱な気分になってそう心の中で呟いた。
――かつて多くの国々の間で戦争があった。猖獗を極めた戦争で、高度な魔法兵器が開発され、その死者数は数百万人にのぼると推計されている。そして、その際の各国の軍事力強化で戦争を商売とする軍人の数はかなり増えたのだ。
やがて各国が戦費の調達や戦争による損害の所為で疲弊していくと、戦況を鑑みて決められた、ある程度のところで引かれた国境線で各国ともが納得…… もとい妥協をし、戦争はなんとか終結した。
ようやく平和な世の中が訪れた訳だ。
がしかし、その戦争で増えた軍人達の多くは戦争が終わると共に用済みとなってしまったのだった。つまり、失業したのだ。
そういった職を失った元軍人達が犯罪集団と化し、各地で略奪を繰り返すようになるというのは、人間の歴史において往々にして起こって来た事だ。
今回も、もし軍人の失業を放置したりすれば、同じ轍を踏むのは明らかだった。だからクルン街があるヘゲナ国は“冒険者”という職業を無理矢理に産みだし、元軍人達が犯罪集団化するのを抑えたのだ。
そして、その制度を他の国々も真似していった。
再び戦争が起こった時に備え、兵力をプールするという意味もこれにはあったから、戦略的な有効性も見越してのことだろう。
当初はこれは上手くいっていた。
戦争時に魔法によって人工的に生み出された、単に敵を殺す為だけに行動する、生物とは言い難い“軍事用の魔法疑似生命体”の一部が暴走し、人間達を襲っていたし、凶暴な野生生物達の一部が、戦争で死んだ人間を食べた所為でその味を覚え、やはり人間達を襲っていたからだ。
国はそういった生物達をモンスター認定すると懸賞金をかけて、冒険者となった元軍人達に退治させていた。その時は人々は彼らを英雄視し、冒険者に憧れる若者まで現れた。
ただ、直ぐに行き詰った。
暴走した“軍事用の魔法疑似生命体”はそれほど多くないし、モンスター認定できるほど凶暴な野生生物も限られている。
何より、国の財源には限りがあった。元々、彼らを養い続ける事が可能なら、軍人として雇い続ければ良いだけの話で、それができないからこそ彼らの首を切ったのだ。戦争によって疲弊していた国には、彼らが満足する程の懸賞金を出し続けるのは不可能だったのだ。
だから次に国は狂暴な野生動物や人間に敵対するような行動を執る種族が住む洞窟、或いは砦などを“ダンジョン”と認定する事で、その殺戮や略奪を可能にしたのだ。
つまり、「略奪を認めるから、自分達で勝手に生きろ」という訳だ。
これでは犯罪集団と五十歩百歩といったところだが、それでも一般人にまで被害が及び難いのは確かだった。
が、これも直ぐに限界に達した。
冒険者達は、あっという間に各種ダンジョン認定された洞窟や砦などを攻略してしまったからだ。
その為、本来はダンジョン認定する必要のないような洞窟や他種族の街や村なども国はダンジョン認定するようになってしまったのだった。
そして、極めて友好的で“争い”という言葉からはかけ離れているような、ケーブタウンという平和な街も、そうしてダンジョン認定されるに至ってしまった、という訳だ。
自宅にしている狭いアパートの一室に戻ると、アカハルは今回の稼ぎを隠し場所にしまった。
いつ泥棒に入られるか分からないような安普請のアパートだ。用心に越したことはない。そもそも自由に出入りできるこのアパートの管理人からして信用ができない。こっそり入って来て金を盗むかもしれない。
いくつかの場所に金を隠し終えると、アカハルはようやく安心してベッドに横になった。
「さて、取り敢えず一安心だけど、これからどうしようかなぁ?」
と、それからそんな独り言を言った。
アカハルはそれほど生活に余裕がない。失せ物探し、人探し、或いはあまり公にしてはいないが、情報収集などを彼は生業にしているが、それらはいつ依頼が来るか分からなかった。不安定と言わざるを得ない。
だから自分から仕事を探しに行く必要があるのだが、子供の姿をしている彼は極めて仕事が見つけ難い。見つけられても、子供向けのアルバイトだったりする場合が多い。
「やっぱ、この能力を使って、仕事を見つけるしかないよなぁ」
そう言ってから彼はベッドに寝転がったまま自分の手を見つめた。誰かに、何かに、その手で触れたなら、ただそれだけで彼はかなり広範囲から情報を集める事ができる。
原理は不明で、本人も何故そんな事ができるのか分かっていないのだが、例えばナイフに触れるだけで、そのナイフが誰の持ち物なのか読み取る事が彼には可能だ。しかもそれだけでなく、更にそのナイフの持ち主が、誰と関りがあり、何を持っているかも分かる。仮に持ち主が誰かを殺していたら、それも分かる。更にその殺された誰かが何者で、何を持っているのかも。そして更にその先も……
もちろん、限界はあるし、何段階も経ればそれだけ情報は薄くなるのだが、アカハルはそうやって触れた物から、まるでドミノ倒しのように連鎖的に辿り、情報を収集する事が可能なのだ。
彼はこの能力を“カスケード・タッチ・リーディング”と名付けていた。
もし彼が警察官だったなら、どんな事件の犯人も直ぐに特定できるだろう。ほとんど反則的な、とんでもない情報収集能力だ。
……もっとも、これをやると、アカハルはかなり疲れるのだが。彼がこってりとした料理を好むのはだからなのかもしれない。
しかし、強力であるからこそ、利用される危険性も高い。いや、それならまだマシだ。秘密を知られたくない誰かから、彼は命を狙われてしまうかもしれない。
これを活かせば、仕事だって簡単に探せるはずだろう。
だが、だから彼は慎重な態度を執っていた。自分にこんな能力があると知られないようにしながら、巧い具合に仕事を見つけなくてはならないからだ。
それがかなり難しい。
「――でも、もし次の仕事が中々見つからなかったら、使わないとなぁ」
彼はベッドの上を転がりながら、またそんな独り言を呟いた。
その時だった。
玄関のベル音が鳴り響いた。なんとなく、その響きを彼は不吉に感じたのだった。