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29.オリバー・セルフリッジら、ケーブタウンにまで辿り着く

 それは真夜中だった。

 綺麗な星空、そこにいくつも浮かぶ切り絵のような矩形型の影はビルの群れ。空気は少し湿っていて冷たい。本来ならば、白に近い色のビルが多いのだが今は分からない。

 そのビルの上を、大きな袋のような影が跳ね回って移動している。仮にもし人間であるのなら、かなりの身体能力だ。

 それを、複数人の影が追っている。こちらは確りと人間の形をしていた。どうやら彼らは身体能力強化魔法や、飛翔の魔法を使ってその袋の影を追っているようだった。

 やがてその大きな袋のような影は、あるビルの屋上で立ち止まる。その先にはビルが一つもなく、目の前に広がるのは上流で豪雨が降った為か、増水して激しく流れる大きな川のみだった。

 つまり、その袋は追い詰められてしまったのだ。

 袋を追っていた複数人の影が、そのビルの上に降り立つ。

 「クッ……」

 と声を発すると、その袋は悪足掻きなのかこう言った。

 「何故だ? ワガハイが一体、何をしたと言うのだ?」

 それを聞くと、“彼”を追っていた内の一人が言った。

 「あら? 何にもしていないの?」

 「分からずに追っていたのか、貴様は!」

 そうツッコミを入れた彼に対し、その一人は“ふふん”と楽しそうに笑うと、「そう言えば、シャチョーも“疑いがある”って表現しかしていなかったっけ? 確証はなかったのかもしれないわねー」などとのんびりとしたおどけた口調で返した。

 「それはつまり、ワガハイは無実の罪であるかもしれないという事ではないか!? それでお前は良心が痛まんのか! イザベラ・センス!」

 その袋のような影を追っていたのは、どうやらグッドナイト財団の工作員の一人、魔術師のイザベラであったらしい。

 「痛まないけどー」

 と、その訴えに彼女は楽しそうに返す。

 「いくら何でもあんた、シャチョーを舐め過ぎだったんじゃないの? あんまり怒らないけど、ああ見えて彼、随分な悪党よ? ね、サンド・サンド」

 そして、袋のような影は、どうやら泥棒集団の頭領、サンド・サンドであったらしい。

 「ほら、シャチョーが闇の森の魔女にフラれた時に、大笑いしていたし」

 そう続ける彼女に対し、サンド・サンドは

 「あの時は、お前も一緒になって大笑いしていただろうがー!」

 と、ツッコミを入れた。

 それは、べニア国のリッセの近くのある街での出来事だった。闇の森の魔女、アンナ・アンリにフラれてから、ゼン・グッドナイトは一連の流れの中で、不自然な情報の流出があったことを踏まえ、情報統制の引き締めを行っていたのだった。そして、どうやら彼はその一環として、サンド・サンドを始末する事にしてしまったようだ。

 クロナツ達の居場所を示した手紙をオリバー・セルフリッジに送っていたのは一体、誰なのか? 同じ様にグッドナイト財団に送られて来た手紙で、クロナツ達を追う工作員たちは随分と混乱させられたらしい。しかも、オリバー・セルフリッジ達は、今、ケーブタウンに向っているのだという。

 何故、彼がケーブタウンを知っているのかも不明だ。

 ケーブタウンはゼン・グッドナイトが今、最も目を付けている魔石の産地である。オリバー・セルフリッジだけならともかく、闇の森の魔女も一緒にいるとなると、少々厄介な事態になる。

 「オリバー・セルフリッジとかに情報を流していたのが、一体誰なのか、さっぱり分からないらしいのよ。

 それで、怪しい奴は、取り敢えず片っ端から粛清しちゃおうって発想みたいよ? シャチョー」

 「ワガハイのどこが怪しい?」

 「アハハ! いやいや、“怪しさを取ったら、何も残らない”ってくらいに、あんたは怪しいってば!」

 「そんな理由で殺されて堪るか!」

 「まぁ、闇の森の魔女と旧知の間柄で、シャチョーに歯向かって連中に協力しそうな生意気な奴って言ったら、あんたくらいしか思い浮かばなかったんじゃないの?

 アタシは闇の森の魔女を殺しかけているからまずないし。そもそもシャチョーへの愛が溢れんばかりの勢いだから裏切るわけないし」

 「推理が大雑把すぎるわー!

 ワガハイを殺したら、もうワガハイのアンチマジックのスキルを活用できんぞ? それに、何かを盗みたい時にだって……」

 「アハハハ!」とそれを聞いてイザベラは大笑いをした。

 「あんたのアンチマジックのスキルは大したもんだとは思うけど、代替できないほどじゃないのよ。泥棒の方も。

 ま、いたら多少は便利ってくらいの価値しかないのよね、あんたには。

 だから、シャチョーはあんたを“切る”ことにしたんじゃないの? 情報が洩れるリスクに比べれば大したことないから」

 そう言って彼女は銃を向けた。

 「ぐぬぬぬ……」と、サンド・サンドはそんな完全に他人事な態度の彼女を威嚇するように見据える。

 「覚えておけよ。必ず、このままじゃ済まさんからな!」

 「どう“済まさない”のかは、個人的にとっても興味があるけれど、それは永久に分からないままっぽいわ~。

 だって、あんた、今からここで死ぬんだもの。ま、その代わりに、正体不明って言われているあんたの正体が分かるってことでヨシとしておいてあげる!」

 「勝手にヨシとするなぁ!」

 そうサンド・サンドが叫んだところで銃声が響いた。イザベラが引き金を引いたのだ。夜のビルの屋上では、その音を聞く者は彼らの他には誰もいなかった。

 銃弾を頭に受けたサンド・サンドは、その場にそのままドサリと倒れる。

 「んふ」

 と笑うと、イザベラはゆっくりとサンド・サンドに近付いて行った。先に言った通り、正体を確かめる為にか、その特徴的な袋のような衣を脱がす。かなりの高齢らしいから、年老いた男の姿が出て来るものだとばかり思っていた彼女は、そこに現れた“物”を見て驚いた。

 「なにこれ? 木の人形じゃない」

 そう。

 袋の下は、頭を銃弾で打ち砕かれた木製の人形だったのだ。それを聞くと、彼女の部下達も近寄って来て確かめたが、間違いなくそれはただの木の人形だった。

 「入れ替わった? 何かの手品かしら? それにしたっていつ?」

 珍しく彼女は動揺していた。頭の上にクエスチョンマークがいくつも浮かびまくっている。そんな彼女の傍らで、彼女が脱がしてペシャンコになっていた袋がフワリと浮き上がった。そして、そのまま風に飛ばされて、増水して急流となっている川の上に落ち、そのまま流されていった。

 その事に、イザベラはまるで気が付いていなかった。

 そしてしばらく悩み続けると、「ま、いいか。多分、死んだでしょ」と、そんな大雑把な結論に達し、それで済ましてしまったのだった。

 

 ――その何日か後、海上を進む船の一つに汚れた袋が引っかかていた。そして、その船には“ヘゲナ国・クルンの街行き”とそう記された荷物が乗っていたのだった。

 

 更に、その数週間後。

 ヘゲナ国の軍部に討伐隊を差し向けられていたケーブタウンは、久しぶりに活気を取り戻し、賑わっていた。

 ケーブタウンがつい先日、正式に国から“討伐対象”から外され、安全が宣言されたからだ。それまで旅行を我慢していた観光客や、冒険者達の武闘試合を見に来たがっていた者達や、ケーブタウンとの取引の再開を今か今かと待ちわびていた商人達で溢れかえっている。

 ――ただし、

 そんな中に、一部だけ異様な空間があったのだった。

 観光客達ではない。見物客でもない。商人ではもっとない。

 ケーブタウンの地下の池。

 その前の広場。

 痩躯でやや背の高い男。その隣には、黒を基調とした衣服をまとった恐らくは魔法使いだろう女。他にも、まるで子供のように見える凶悪そうな顔の男と優しそうな女。気の弱そうな少々間抜けな顔をした男。

 そんな者達がそこに並んでいる。

 その目の前には、やはり子供のような姿をした男が二人いて、彼らは向かい合って対峙していた。

 ……まぁ、オリバー・セルフリッジ達とアカハルとシロアキがそこで顔を合わせていたのだけど。強力なシークレット・ボイスの魔法を、アンナ・アンリがかけると、セルフリッジが口を開く。

 「あなた方が、あの手紙の送り主ですか。クロナツさんの言う事を信じるのなら、凄まじい情報収集能力をお持ちなのだとか……

 普通ならそんな話は簡単には信じませんが、実際に僕らはそんな情報収集能力があるとしか思えない出来事を経験している。信じるしかありません」

 そこで言葉を止めると、彼は目の前にいる二人を見ながら質問をした。

 「えっと、で、どちらがそのアカハルさんですかね?」

 が、それに二人の矮躯童人達が返答するよりも前に、クロナツが動いていた。

 「久しぶりだなぁ! おい、こら! アカハルよぉぉぉ!」

 そう言いながら、アカハルの襟首を掴んで凄んでいる。

 「久しぶりだねぇ、クロナツ」

 と、とても嫌そうに彼は返す。

 「随分となめたことをやってくれたみたいじゃねぇか?! おお? お陰でこっちがどれだけ苦労したと思っているんだ?」

 アカハルはとても面倒くさそうな表情でそのクロナツの脅しに「いや、あれはシロアキが計画した事で、僕はちょっと協力しただけなんだけど……」と言い訳をする。

 が、それは全く通じなかった。

 「そんな事は分かっているんだよ!」

 そう更にクロナツは凄んでくる。

 それを聞いて“やっぱりかぁ”と、そうアカハルは思う。そしてそれから「あのさ、やり方に不満はあるだろうけど、君達を助ける為にやった事だからさ」と言ってみた。

 がしかし、それでもクロナツは治まらない。いや、それどころかむしろ更に荒ぶった。

 「それも分かっているよ! と言うか、それが一番気に入らねぇんだ!

 勝手にオレのことを助けやがって、何様のつもりだ、てめぇ? それで俺の上に立ったつもりか? ああ?!」

 それを受け、恐らくは抗議の意味も込めて、「やっぱり、こーなったかぁ」とアカハルはとても嫌そうに言った。シロアキを横目で見ている。純度100%のうんざりした息を吐き出している感じ。

 「……あの、クロナツさん。なんか、物凄く滅茶苦茶なことを言っていませんか?」

 一歩下がってそれを見ていたセルフリッジが、そう疑問の言葉を口にした。

 「ああ、あれは、フユがいるから止めてくれるだろうって、安心して暴走しているんだよ」

 それにシロアキがそう説明する。

 「なるほど。止めてくれる者ありきでの理不尽さという訳ですか。なら、フユさんがいなければこうではない、と?」

 「うんにゃ、フユがいなかったら、安心しないで暴走するな」

 「いや、あの……」

 それを聞いて、セルフリッジはドン引いていた。

 そこでクロナツは今度はシロアキをターゲットに変えた。

 「おい、シロアキ! そこで関係ないって面で傍観者ぶってるんじゃねぇ!! お前も当事者だろうが!? いや、むしろ主犯だ!ぶん殴ってやるから覚悟しろ!」

 そこでようやくフユがクロナツを止めに入った。

 「ちょっとお兄ちゃん! やめなさいってば。

 確かにやり方は“ふざけんな! てやんで、バロー、こんちくしょー!”ってくらいに良くはなかったけど、一応はわたし達を助けてくれたんだよ?」

 その言い方から察するに、流石のフユも今回ばかりは少し怒っているようだった。

 「なに庇っているんだ、フユ? こいつらは、敵にオレらの居場所を教えやがったんだぞ?」

 それに肩を竦めながらシロアキは返す。

 「それ、列車での話か? なら、あのままお前らがリッセに進んでいた方が、もっとまずい事態になっていたからだよ。あそこにはアンチマジックの罠が張ってあった。だから行き先を変えさせる必要があったんだ。

 “手紙”の謎を知る為に、あいつらがお前らを殺す気はないってのは分かっていたからな。だから教えた。

 ま、苦肉の策だ。許してくれ」

 そう謝罪はしたが、シロアキはまったく少しも申し訳なさそうにしてはいなかった。恐らくは、一ミリも悪いと思っていない。

 それを聞いてクロナツは怒鳴る。

 「ふざけるな! 何が“苦肉の策”だ! ぜってー、お前、楽しんでいただろう?! こっちは分かっているんだよ、お前の性格くらいよ!」

 なんだか収拾がつかない感じだが、そんな彼らは不思議とその言い合いを楽しんでいるようにも思えた。

 一応、彼らは彼らなりに久しぶりに会えて喜んでいるのかもしれない。

 

 アカハルがオリバー・セルフリッジ達がケーブタウンの近くにまで来た事をシロアキに伝えると、アカハルは大いに嫌がったのだが、シロアキは会おうと提案したのだった。

 絶対に、その必要があるから、と。

 これからも何かしらグッドナイト財団には対抗する事になる。その上で、セルフリッジ達は重要な“使える連中”だ、というのがその理由だった。

 

 “……それにしても、ここがあの、ケーブタウンですか”

 

 オリバー・セルフリッジは、アカハル達の騒ぎを傍らで聞きながら、ゆっくりと大きくケーブタウンを見渡した。

 ビヤンの書いたケーブタウンの新聞を読んでいた彼は、ここで何が起きていたのか、大体の事情を察していた。

 “まず、冒険者達から、この街を守ったのは、恐らくは、アカハルさん達でしょうね。

 触れた物から、その先へ先へと連鎖的に情報を読み取れるという異様な情報収集能力を駆使して、冒険者達を上手くコントロールしたのでしょう”

 そして彼はそんな予想もしていた。

 それから先は、噂でしか彼は知らなかったのだが、軍隊がこの街を手に入れようと動き、失敗…… と言うよりは、勝手に手を引いてやはり街は守られた。

 自然とそんな事が起こるとは思えないので、恐らくはその件に関しても、この目の前の二人が関わっているのだろうと彼は考えていた。

 だが、それで事が全て無事に済んだとは思えない。まだグッドナイト財団はこの街を欲しがっているはずだ。

 それほど、この街は彼らにとって魅力的だから。

 

 「……そのために、まず知っておかなくてならないのは、やっぱり“魔石発掘の秘密”でしょうかね。

 何故、この街でこれだけの魔石が発掘できてしまえるのか」

 

 彼の近くでは、まだクロナツ達が不毛な言い合いを続けていたが、彼の関心は既に街に移っていた。

 遠くの方を見ている。

 隣にいたアンナが、彼が何を見ているのかと不思議に思ってその視線の先を追ってみると、そこには軍が駐留している間に商取引ができなかった所為で運び出せなかった魔石が、倉庫からはみ出して積み上がっていた。

 あれだけあれば、恐ろしい量のエネルギーになるはずだ。

 取引が再開した今でも、運搬能力を超えてしまっている為に、魔石はまだまだ大量にこの街にあったのだ。

 つまりは、軍が駐留している間も、ケーブタウンの住人達は魔石を発掘し続けていたという事なのだけど。

 多分、単なる習慣で。

 

 研究意欲を刺激されたオリバー・セルフリッジは、なんだかとても楽しそうにしていた。


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