27.ケーブタウン討伐作戦、その二
散歩中、イノマタさんは後少しで森を抜け、開けた場所に出ようかというタイミングで突然怒鳴り声を聞いた。
不思議そうに首を傾げる。その声の方に行ってみると、開けた場所でキャンプのようなことをしている人達がいる。そして、なんだか怖そうなおじさんが、青年に向けて怒っていた。
「こんなガキどもに飯を食わしてやる必要なんかない! あのお姫様が計画を中断している所為で食糧が足らんのだ! これは主力部隊の方に回せ!」
それを聞いた青年は「しかし、コーエン様、それではあまりに酷では……」と言い返す。しかし、怒っているおじさんはそれを聞くと益々怒って、
「しかしも、かかしもない!」
と、また怒鳴った。
「ガキどもには水でも与えておけ! いいや、水だって惜しいくらいだ」
青年はそれを聞くと、とても残念そうな顔になった。そして、抱えている調理用の大鍋を見てから、キャンプの奥の方を見やると悲しそうな申し訳なさそうな表情を見せる。
青年が視線を向けた先にはたくさんの子供達がいて、オモチャのような鎧や剣を身に付けていた。
イノマタさんはそれを見て不思議に思う。あれは、何の団体だろう? なんで、子供達はコスプレをしているの?
それで怒っている怖そうなおじさんが姿を消すと、イノマタさんは残念そうに鍋を運んでいる青年に近寄って行ったのだった。
青年はイノマタさんに気が付くと、「あ、ダメですよ。民間人がこのキャンプの中に入って来ちゃ」とそう注意をした。
イノマタさんはそれには構わず、彼の抱えている鍋をまず指差してから、子供達の方に視線を向け、その後で首を傾げた。
青年はそのジェスチャーで彼女が何を言いたいのかなんとなく察したらしく、
「ああ、計画が中断している所為で食糧が足らなくって、あの子達の分のご飯がないのですよ。これは他の人達の分で」
と、そう説明する。
イノマタさんはそれを聞くと、軽く頷いた。
きっとコスプレのイベントの最中で何かトラブルがあって中断しているのだろう。
それから彼女は子供達の方を見やった。子供達はひもじいのか切なそうな表情で青年と青年の抱えている鍋を見つめている。
とてもお腹を空かしているようだ。
――可哀想に、
そこで彼女ははたと思い至った。店にある食材はどうせこのままでは腐らせてしまう。料理してあの子達に食べさせてあげよう。
それから彼女はやや急ぎ足で自分の店にまで戻ると、早速料理を作り始めた。早く運んであげたい。きっと喜ぶだろう、と。
彼女が料理を作り始めてしばらくが経つと、ハダカデバネズミ達10匹ほどが「デバー!」とそこに現れた。
そして料理を作っている彼女の前にまで来ると不思議そうな表情でそれを見つめた。
どうも、客もいないのにどうして彼女がたくさん料理を作っているのか不思議がっているようだ。
その視線に気が付くと、彼女は森の先を指差し、何か背の低いものでも撫でるようなジェスチャーをした後でお腹を押さえた。そして最後に“お願い”をするような仕草をして首を傾げる。
その一連の動きが、“森の先にお腹を空かしている子供達がいるから、料理を運ぶのを手伝って欲しい”という意味だとハダカデバネズミ達は察すると、
「うん。分かったー。手伝うー!」
と返した。彼女はにっりと笑ってお辞儀をする。もちろん、“ありがとう”の意味だ。
それから彼女は料理を作り終えると、それを容器に移して持ち運びし易いようにし、その一つを彼女自身が抱え、残りをハダカデバネズミ達に持ってもらうと、その料理を子供達に届ける為に森の中を進み始めたのだった。
兵士の一人が、目を白黒させていた。
少年兵達に食糧が支給されないと知って、身体の弱そうな者にだけでも少しくらい飯を分けてやろうと思い、彼は少年兵達のキャンプを訪ねたのだが、そこで森の中から料理がたくさん入った容器を抱えた優しそうな女性とネズミ達がやって来るのを見たからだ。
――なに、このメルヘンな光景?
「お前ら、森の中で、ネズミの女王様でも助けたのか?」
そう少年兵達に訊こうとしたが、彼らもそれを驚いた顔をで見つめていた。どうやら事情を知らないらしい。
或いは、別の場所を目指しているのかもとも考えたが、その女性とネズミ達は真っすぐに少年兵達を目指している。
「いや、ちょっと何なんだ? あんたらは?」
キャンプの中にまで入って来てしまった女性に彼はそう話しかけた。すると彼女は無言のまま、料理を差し出すような仕草をした後で少年兵達の方に目を向けた。そこで料理を期待をしているのだろう少年兵の誰かと目が合ったのか、彼女はにっこりと笑う。
「えっと……、つまり差し入れってことかな?」
そう彼が尋ねると、女性は大きくこくりと頷いた。
「それはありがたいが、一応許可を……」と彼は言いかけたが、後ろで我慢し切れないでいるだろう少年兵達を思い浮かべると、
「まぁ、許可は後で取るとして、もっと小さな容器をたくさん持って来てやらなくちゃならん」
そう言ってそれを認めてしまった。
そしてそれから、後で怒られるかもしれないな、とちょっとだけ後悔しながら、駆け足で容器を分けてもらいに本営の方を目指した。
「デバ! デバ!」
……それはとても奇妙な光景だった。
いかにも優しそうな女性が、嬉しそうにしながら少年兵達が持って来る容器に料理をよそってやっている。そして、それを毛の生えていない出っ歯の変なネズミ達が手伝っている。料理はどうやら美味しいらしく、少年兵達は旨そうに次々と平らげていた。
それはケーブタウン討伐隊のキャンプの中で少なからず話題になり、大人の兵士達の何名かは見物にやって来ていた。中には自分達の分の料理もあるのじゃないかと期待している者もいるようだった。
イノマタさんは子供達に料理を配りながら、大人もいつの間にか集まって来ていることに気が付いた。
大人の兵隊のコスプレは、子供達とは違って随分と本格的だな、などと彼女は思う。そして彼らのその視線で、彼らも料理を期待しているのだと察した。子供達もまだまだお腹を空かしているように思える。
できたら、もっと料理を作って持って来てあげたいが、自分の店にはもう余分な食材は残っていない。
それから彼女は腕組みをすると、少しばかり考えた。
――そうだ。ケーブタウンの他の皆にお願いをしてみるというのはどうだろう?
それから彼女は近くにいた青年に向け、“もう少し待っていてくださいね”とでも訴えているかのように手を“待って”の形にして見せると、不思議そうにしている青年を尻目に、ハダカデバネズミ達を引き連れて森の中へと戻っていってしまったのだった。
ケーブタウンの入り口に辿り着いた彼女は、躊躇なくそこに入ると(もちろん、罠など一つも張っていない)、観光客目的でラットが建てた喫茶店を目指した。
「あら、どうしたの? イノマタさん」
イノマタさんを見てそう言ったのはオークのアニガニットだった。彼は今、ラットの喫茶店にいて、ちょうどエルフのラー達と喋って暇潰しをしている最中だった。
イノマタさんは、ケーブタウンの出口を指差し、それからお腹を空かしている人達がいるということを示すジェスチャーをした。
「それって、軍隊なんじゃないの?」
ジェスチャーの意味を理解すると、軍隊が近くに駐留しているという話を思い出して、アニガニットはそう返す。イノマタさんは、首を横に振る。
「え? 違うの?」
彼女は頷くと、背の低い子供を撫でるような仕草をする。それから、何か装いをしているかのようなジェスチャー。
「なるほど。子供達がいて、何かで着飾っていたのね。それならきっと軍隊じゃないわねぇ」
と、それを見てアニガニットは言う。それからラーやラット達と顔を見合わせる。
「で、その子供達がお腹を空かしているんだ?」
そう訊いたのはラー。
それにイノマタさんは、背が高い人を撫でるような仕草をして、そしてそれからお腹をさする。
それを見てエルフのクーが「大人もいて、やっぱりお腹を空かしている、と」と解釈した。それからイノマタさんは、自分の店の方角を指差した。
それを見てラットが言う。
「ふむ。自分の店の余った食材を提供したけど、まだ足らないのですね」
それにイノマタさんは頷く。
そこまで聞けば(聞いている訳じゃないけど)、彼らには何を訴えにイノマタさんがやって来たのかが分かった。
要するに、“自分の店と同じ様に閑古鳥で皆の店の食材も余っているのなら、その食材を料理して、お腹を空かしている人達に持って行ってやって欲しい”と、頼みに来たのだ。
再び、アニガニット達は顔を見合わせた。その無言を破ったのはラットだった。
「これはビジネスチャンスですよ!」
そう叫ぶ。
「何がビジネスチャンスなの?」と、やや呆れてラーが尋ねる。
「このままでは食材をただ腐らせてしまうだけです。大ミミズ達の餌くらいにしか使い道がない!
ですが、そうして料理を振舞えば、ケーブタウンの良い宣伝になるのです。ケーブタウンの料理は美味しいと! きっと次からご飯を食べに来てくれるようになりますよ!」
その話を信じた訳ではなかったのだが、アニガニットはそれを聞くと、
「そうねぇ。このままじゃ、食材を腐らせちゃうだけだものね。それに、どうせ暇だし。偶には臭いを気にしない料理も作ってみたいし」
などと言った。
彼の店は臭いのだ。
「決まりですかねー? じゃ、他に手伝ってくれそうな人達も呼んできますか」
クーはそう言うと、椅子から立ち上がって誰かいないかと街中を探しに行った。アニガニットも料理を作る為に自分の店に戻ろうと喫茶店を出て行き、ラーは料理を作る為に厨房に入った。
その皆の様子に、イノマタさんはにっこりとした。どうやら、みんな、お腹を空かしている人達を助ける為に動き始めてくれたようだ。
その時、店の机と椅子がカタカタと鳴った。机の影にはノッカーのアインがいて、「物好きな連中ね」とボソッと小声で言ったが、誰にも聞こえてはいなかった。
――国知らずの森。
その中の一部にはテントがたくさん張ってあって、集落のようになっている場所があった。
国知らずの森における、冒険者達の住処だ。
彼らは国知らずの森で、魔法植物を荒す害虫などを退治する仕事を行っていた。“害虫など”と言っても、モンスターと形容してしまっても良いくらいに凶暴な動物もいるから、戦闘技術を持つ彼らに適した仕事と言える。それほど多くはないが、充分に生活できるくらいの収入にもなっているし。
――ただし、ハイクラスの冒険者達にとっては適材適所とは言えないかもしれない。
「……ちょっと物足りないのよねぇ。それにワンパターンだし」
などと、テントの中で寝転がりながら勇者キークパーティのティナが言った。
一応断っておくが、これは“収入が”という意味ではなく、“仕事のやり甲斐”という意味だ。
ぶっちゃけ、彼女はもう少し暴れたいのだ。魔法植物にたかる害虫程度では、少し彼女達にとっては弱すぎる。
「贅沢は言ってられないだろう? 生活できるだけマシだと思えよ。
ケーブタウンで紛争が起きても、冒険者達が生活できるようにしておいてくれたあのアカハルって矮躯童人に感謝だな」
それにそう言ったのは、賢者のスネイルだった。
「そうだけどぉ」と、それに彼女は不満そうに返す。
「もう少しくらい彩が欲しいじゃない? 害虫退治だけじゃねぇ」
ところが、そんなタイミングでテントの外からこんな声が聞こえて来たのだった。
「あら? なら、ちょうどいいわ」
それは同じパーティの一人、魔法使いのキャサリンの声だった。
「害虫退治以外の仕事よ。あんた、行って来なさいな」
キャサリンはテントの隙間から顔を出すと、手紙を一枚摘まんでティナに見せた。
「何これ?」と言って、ティナはそれを受け取る。
「ケーブタウンの戦力について知りたい?」
それから手紙を読み上げると、そんな声を上げた。
それはどうやらケーブタウン討伐隊からの仕事依頼のようだった。ケーブタウンの戦力がどれほどのものか知りたいから、詳しいだろう冒険者に教えて欲しいという依頼内容。
「ほー。本当に来たのか」
そう声を上げたのはスネイルだった。
「あ、あの話ね」と、それを聞いてティナが言う。
実はアカハルから、前もって「もし、ケーブタウンの調査協力依頼が軍隊から来たら、協力して欲しい」と言われていたのだ。
そして、その際には、ケーブタウンの住人の誰かを軍に見せて欲しいとも言われていた。しかも、何故か出来る限り可愛い住人を選定して。
その意図がどこにあるのか彼らにはまったく分かっていなかったが、それはもちろんシロアキの台本のうちの一つだった。アカハルは彼から冒険者達にそう言うように指示されていたのだ。
「確か、可愛い住人を選んで、“捕虜にはしない。拷問もしない。すぐに開放する”って条件で、討伐達のキャンプにまで連れて行けば良いのよね?」
ティナがそう言う。
「そうだ」と、それにスネイル。
すると彼女はニコニコと笑いながら、「オッケー、任せてよ。あ、でも、軍隊への連絡はよろしく」とそう言ってからこう続けた。
「“可愛いもの”と言ったら、わたしよ。上級者だもの。なにしろ、わたし自身が可愛い訳だし」
「“上級者”って何のよ?」と、それにキャサリンがツッコミを。
それからティナは早速、“可愛いケーブタウンの住人”を討伐隊に連れて行く為、テントの外に出ようとした。ところが、それをスネイルが止める。
「ちょっと待て」
「何?」
「キークも連れて行け」
そのアドバイスにティナは不思議そうな顔を見せる。
「どうして、キークを?」
とは言ったものの、実はちょっとだけ彼女はそれを喜んでいたのだが。
「“炭鉱のカナリア”だよ。あいつを連れて行けば、仮に罠でもすぐに直感で察知するだろうからな。ま、大丈夫だとは思うが、一応念のためだ」
その説明を聞くと、ティナは「ふーん。ま、分かったわよ」と返して、その言葉通り、行きがけにキークを誘ってケーブタウンを目指したのだった。
ケーブタウンの住人達の中から、可愛い住人として誰を選ぶのか、彼女は既に決めてあった。
キキーモラのシュガーポット。
あのお人形さんのような妖精が、彼女のここ最近の一番のお気に入りなのだ。
――ケーブタウン討伐隊、
――その本営。
そこでアニア・ゴールドは頭を抱えていた。
“ああ! これから一体、どうすれば良いのだ?”
参謀のコーエンの策に背いてしまった。だがそれは彼女にとって仕方がなかった。あんなに可愛い子供達を犠牲にするなど、彼女にできるはずもないのだから。
がしかし、このままで済むはずがなかった。食糧の備蓄には限りがある。さっさとケーブタウンを攻略しなければいけない。その為には、罠が張ってあるだろうケーブタウンの出入り口をなんとしても子供達の犠牲なしにクリアしなくてはならないのだ。
だが、彼女にはその為の策がまったく思い浮かばなかった。
彼女にとって最も理想的な展開は、ケーブタウンが圧倒的な戦力差に絶望して降服してくる事だった。
だから、その為に部下達にケーブタウンの戦力を探るように命じたのだ。すると、ケーブタウンをよく知る冒険者がすぐに開放するという条件で、実際に住人を連れて来てくれるという。
それを聞いて、彼女はその住人を説得して降服させられないか、などという淡い期待を抱いた。
ティナはキークと一緒に、シュガーポットを連れて、討伐隊のキャンプにまで来ていた。
「安全は保障するから」と言うと、シュガーポットはどうやら暇だったらしく、あっさり信用して付いて来てくれた。
“ちょっとこの子の将来が心配ね”などと彼女は思ったが、一応、シュガーポットは既に成人している。
兵士に仕事の依頼書を見せて断ってからキャンプの中に入ると、彼女は訝しげな表情を浮かべた。何故なら、そこには自分が連れて来るまでもなく、既にケーブタウンの住人達がたくさん来ていたからだ。
大鍋にたくさんの料理を入れて、それを皆で協力して兵士達に配っている。オークのアニガニットや、兎人のラットや、エルフのラーや、その他にも恐らくは暇だったのだろうノッカーやノームやドワーフ達もいて仕事を手伝っている。イノマタさんとハダカデバネズミ達の姿まで。なんだか、楽しそうに談笑したりなんかして。
和気あいあいの雰囲気。
「何なの? これ?」
ティナの頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
彼女の疑問はもっともだ。なにしろ、彼らは今、戦争をしている真っ最中のはずなのだから。
少しだけ不安になった彼女は「これ大丈夫なの?」とキークに尋ねてみた。罠ではないかと疑ったのだ。直感力が鋭い彼なら、直ぐに見抜くはず。するとキークは、「何が?」とキョトンとした顔で答えた。
どうやら問題なさそう。
腑に落ちないとは思いながらも、彼女達は兵士に導かれるまま、本営に移動し、隊長がいるというテントに入っていった。
ズッキューン!
ティナが連れて来たキキーモラのシュガーポットを一目見るなり、アニア・ゴールドはハートを撃ち抜かれた。
“なに? このかわいい子は? かわいい、かわいい、かわいい! まるで、お人形さんみたい! 抱きしめたーい!”
悶絶しそうになるのを必死に堪えながら、心の中でそう叫ぶ。
討伐隊に参加してから、かわいいぬいぐるみの山に飛び込んで癒されるという彼女の日課を行えていなかったので、その反動で特に衝動が激しいようだった。
アニアは思わずしばらくシュガーポットに見惚れてしまっていたが、ふと我に返ると、「これは失礼した」と、まずは謝罪をしてから、ティナとキークに向けてお礼を言った。
「実は、この度の戦の為にどうしても戦力分析が必要でして。このようにご足労願った次第です。非常に助かります。まず、お礼を言いたい。ありがとうございます」
心の中で、“こんなにかわいいものを連れて来てくれて、本当に、本当にありがとうございます!”と付け加える。
「へー」とそれを受けるとティナは言い、こう続けた。
「わたし、軍人のお偉いさんっていったら、“威張り散らしてばかりいる鼻持ちならない連中”って思っていたのだけど、あなたみたいな例外もいるのねー。感心したわ」
「いえ、そんな」とアニアは謙遜しようとしたのだが、そこで冒険者の二人が歳若い事に気が付いた。特にキークはまだ少年のあどけなさを残しているように見える。
「あの……、こちらの御仁はかなりお若いように見受けられるが」
それでそうティナに尋ねた。ティナは「ああ、」と言うと「キークは若く見えるけど、わたしと同い年よ」とそう説明した。
「しかし、冒険者は傭兵の出身者が多いと聞きますが、お二人の年齢ですと……」
「そうね。戦争に参加していた頃は、まだ子供だったわよ、二人とも」
「ほぉ。子供の身で生き残って来られた方というのは、他にもたくさんおられるものなのですか?」
アニアがそのような質問をしたのには訳があった。コーエンから“子供を犠牲にするのは、戦場では常識”といったような事を言われてから、彼女はずっと悩み続けていたのだ。だからそれが真実か確かめたかった。
少年兵少女兵は存在するが、大人達に守られていたに違いないと彼女は信じたがっているのである。
ところが、それにあっさりとキークはこう返すのだった。
「あー、僕と同じ隊にいた子供の兵隊はみんな死んだねぇ」
彼女はその言葉に顔を引きつらせる。
「騙されて爆弾を持たされて、人間爆弾にされそうになったりね。僕は途中で気が付いて爆弾を投げたけど、ほとんどは既に手遅れだったなぁ」
そんなキークの言葉にティナが続ける。
「わたしだって酷かったわよ? ほとんど自殺行為って戦場に放り込まれて、なんとか生きて戻って来られたと思ったら、娼館に売られそうになったりとか。
ま、それは、わたしが可愛いからなんだけどね!」
気楽な様子で二人とも話しているが、トラウマバリバリの深刻な内容であるはずだ。アニアは頭がクラクラとした。普段、誇り高き戦士だのなんだのと威張っている軍隊が、小さなか弱き子供達の犠牲の元に成り立っていただなんて。
彼女はショックを受けていたが、そこで
「ところで、何の用なの?」
と、シュガーポットから尋ねられてなんとか自分を取り戻した。シュガーポットは放ったらかしにされていたからか、やや不機嫌そうな様子で“リンリン”とベル型のスカートを横に振って鳴らす。
“あ、かわいい!”
と、それを見てアニアは胸をときめかせた。
“抱きしめたい…… 癒されたい”と、泣き出しそうになるのを必死に堪えながら、本来の目的である戦力の情報を聞き出そうとこう質問をする。
「失礼。ケーブタウンに戦える者達はどれほどいて、どのようなタイプなのか、それを知りたくてあなたを呼んだのです。どうか、教えていただきたい」
ところが、その質問を聞くとティナが言うのだった。
「あのー…… それだったら、この子に聞くよりも、直接、見ちゃった方が早くない?」
それをアニアは不思議がる。
「直接見るとは? どのようにして?」
「いや、だって……」と、それにティナ。
「ケーブタウンのみんな、外にいたわよ? なんかキャンプで料理を配っていたけど」
その言葉にアニアは目を大きくした。
「――は?」
それから思い返す。確か、民間人が食糧の差し入れを持って来てくれたと部下から報告があったはずだ。予想以上に長く駐留する事になりそうなので、ありがたい支援だとキャンプに入る事を彼女は許可したのだ。
「いや、そんな、まさか、その民間人がケーブタウンの住人達?」
「……あれがオークのアニガニットで、あっちがノームのオウド。あ、ガーロも来ているじゃない。ノーボットもいる。きっと、仕事が暇なのね」
そうシュガーポットが嬉しそうに説明する。それをアニアは顔を引きつらせらながら聞いていた。
「一番戦力になりそうなのは誰かな? オークやドワーフ?」
和気あいあいとした雰囲気で料理を食べている兵士とケーブタウンの住人達。本来、敵同士である彼らのそんな姿を見て、どうこの状況を捉えたものかと困惑しながら、彼女は一応、戦力分析をしようとそうシュガーポットに質問をした。
「あたし、アニガニットが怒ったところを見た事ないわよ? ドワーフも口だけだと思うわ。だって、ガーロなんて、あたしが蹴っ飛ばしただけで倒れちゃったのよ?」
「ほー」とそれを聞いて、彼女はやっぱり顔を引きつらせる。
それから今度はティナに向けて尋ねる。
「あの…… 冒険者の方々が、ケーブタウンを攻略できなかったというのは…」
ティナはにこやかに答える。
「いや、だって、こんな人達相手に真っ当に戦おうなんて思えるはずがないじゃないの。戦闘なんて概念自体がなさそうよ?」
“ですよねー”
と、心の中でアニアは返した。
それから一応、念の為に、と「ケーブタウンの中で、最も戦力が高いのは誰か分かるかな?」そう彼女はシュガーポットに尋ねる。
「んー」と、シュガーポットは少し悩むとこう答えた。
「ハダカデバネズミ達だって、ナイルスは言ってた」
「ハダカデバネズミ?」
「あそこにいるわよ」
シュガーポットが指差したところを見ると、料理を配っている女性の足元をちょこまかと毛がなく出っ歯のネズミ達が数匹動き回っている。
そこでネズミ達はシュガーポットの視線に気が付いたのか、三匹ほどが立ち上がって手を広げるポーズを取ると、
「デバー!」
と、そう声を上げた。
なんかの挨拶なのかもしれない。
「なにあれ、かわいい!」
それを見て、アニアは思わずそう声を上げてしまった。
「ハダカデバネズミ達を初めて見て、いきなり“かわいい”とは。
やるわね、かなりの上級者だわ。わたしだって慣れるまでに時間がかかったのに」
それを聞いてティナがそう言う。
だから、“何の上級者だよ?”ってな感じなのだけど。
その後でアニアは大いに動揺し始める。
“あれが、最高戦力? あんなかわいいものが? これは駄目。戦争を仕掛けるなんて考えられないレベルだわ……
どうしよう?”
彼女は大いに困っていた。
――そんな時に、声が響いた。
「ケーブタウンの住人達が来ていると聞いたぞ! お前ら! 何をしている! 戦力になりそうな連中は殺してしまえ! それ以外は捕虜だ! 拷問にかけろ! 人質にも使えるかもしれん!」
参謀のコーエンである。
……それは、或いは、“かわいいもの”を犠牲にしよとする戦争への溜まりに溜まった鬱憤が、一気に爆発したのかもしれない。それは、或いは、ダブルビハインドに陥った彼女の精神のストレスが一気に弾けたのかもしれない。或いは、その両方かもしれないが、いずれにしろ、彼女はその時、気が付くと自然と身体が動いていた。
「真!」
と、叫ぶ。
地面スレスレで拳が滑空する。何かを拾い上げるような角度で持ち上がる。拳はそのままコーエンの顎に向っていく。
「ドラゴン・アッパーカットォォ!」
そして、気付くと、そんな技名とともに、彼女はコーエンの顎を拳で撃ち抜いていたのだった。
不意を突かれた所為で、コーエンはその攻撃をまともにくらってしまった。彼はそのまま意識を失って倒れ込む。
“しまったぁぁぁぁ!”
と、彼女は思う。
思わず、年上の参謀に向って、クリティカルアーツを放ってしまった。
周囲を見渡す。
が、そんな危機感を抱いている彼女を庇うように誰かが言う。
「参謀殿は、どうやらお疲れだったようですな。いきなり倒れられるとは」
「ああ、そのようだ」と他の誰かも。更に他の誰かも続ける。
「テントに誰かお運びしろ。それと、悪夢を見ているかもしれんから、気にしないように言ってあげなくてはな」
……それで、どうやらその一件はなかった事になりそうだった。
だがしかし、だからといって、アニア・ゴールドの現在抱えている問題が消えてなくなる訳ではなかったのだけれど。




