22.手紙の送り主
――自分の所為じゃない。
アカハルはそう思っていた。
そもそも、計画を立てたのも、その計画を実行したのもシロアキだし、アカハルはその計画に反対すらしたのだから。
「アカハルよ。まだオリバー・セルフリッジの居場所は掴めないのか?」
クルンの街。あるビルの一室。表向きはビジネス用のそのビルの一角は、実は裏社会の組織用に貸し出されている。アカハルの目の前にはシロアキがいた。極秘裏に行う為、二人は別々の入り口から入り、その部屋で落ち合って話し合いをしていたのだ。
「掴めないよ。べニア国のリッセって街の何処かにいる事だけは確かだけど、そこから先はまるで“見えない”。そもそも、街全体がぼやているのだけど」
「ふーん」と、まるで他人事のようにシロアキは言った。
「真っ当に考えるのなら、街全体にアンチ・マジックが薄く張られているって感じだろうな。
お前の特殊能力が見抜かれたか?」
そのシロアキの疑問にアカハルは「それはない」と断言した。
「グッドナイト財団の動きを見張っているけど、そんな素振りはないからね。多分、アンチ・マジックはオリバー・セルフリッジと一緒にいる“闇の森の魔女”対策だよ。
僕らの所為で、彼らの行き先がゼン・グッドナイト達にバレて、前もって準備されたんだろうさ」
多少嫌味っぽく響くその言葉には、シロアキを責める意図が含まれてあった。続けて、彼はこう言う。
「せめて“脅し”用の手紙の方には、クロナツとフユちゃんの名前は書かないでおくべきだったんじゃないのか? 多分、だから行き先がバレたんだ。
それに、その所為で、クロナツ達も狙われるだろうし」
それを聞いても、シロアキは特に悪びれる様子を見せず、
「クロナツの方にも多少は派手に暴れてもらわないと、セルフリッジ達が見つけられないだろう?」
などと言った。
「いや、クロナツ達が捕まったら、どうするんだよ?」
「あいつはそんなに“やわ”じゃないよ」
「いや、そんな滅茶苦茶な」
“相変わらずだな、こいつは”などと思いながら、アカハルは顔を引きつらせる。それから少し考えるとアカハルは続けた。
「そうだ。クロナツ達の方にも手紙を送れば良かったじゃないか。セルフリッジ達と会えるようにさ」
「クロナツ達の方はほぼ住所不定だったからな、手紙を送るのが難しかった。それに、あいつはボクらが助けようとしていると知ったら、絶対に嫌がってこちらの指定通りには動かないだろう?」
“ああ、まぁ、嫌がるだろうなぁ”
と、心の中でアカハルは返す。それについては同意するしかない。ただ、それでもシロアキの強引な…… と言うか、意図的に卑怯な方法を選ぶようなやり方にはアカハルは賛成できなかった。
「と言うか、前も言ったけど、そもそも“脅し”なんて方法は執るべきじゃなかったんだよ。セルフリッジ達に普通にお願いすれば良かったじゃないか」
それを聞くとシロアキは「ハッ!」と見下すように笑った。
「バカなことを言うなよ。正体不明の誰かの頼み事なんて聞くお人好しが何処にいるって言うんだ?」
アカハルはそれに反論はしなかったが、“んー、そうかなぁ?”と、思ってはいた。
彼には彼が自らの能力“カスケード・タッチ・リーディング”で読み取った、オリバー・セルフリッジという人物は、それくらいのお人好しであるように思えていたからだ。それからこう質問する。
「じゃ、セルフリッジが、仮にそんなお人好しだったとしたら、普通に頼むつもりだったか?」
シロアキは何故か半分顔を歪め、笑っているようにも思える奇妙な表情で、「いや、頼まないけどな」などと答える。
それを聞いて、アカハルは“絶対に、ただ単純に楽しいから脅したんだな”とそう思ったりした。
グッドナイト財団が狙っている技術があり、それを奪われないようにする為、彼らの友人(?)であるクロナツとフユが、技術者とその技術を守りながら逃げている。
それを能力で知ったアカハルとシロアキは、彼らを助けようと考えた。
一応は、クロナツは同じ施設で育った仲間のように思えなくもない。それにグッドナイト財団にこれ以上力を与えたくもないし、欲しがっている技術の正体も知りたい。
そこで彼らが思い付いた手段は、同じ様にグッドナイト財団と敵対するオリバー・セルフリッジという男を頼るというものだった。
彼自身は戦闘力皆無の学者に過ぎないが、彼の味方となった闇の森の魔女は、凄まじい威力の魔法を使える。恐らく、簡単にクロナツ達を助けられるだろう。
しかし、問題は“どうやってセルフリッジ達にクロナツ達を助けさせるか”だった。そしてシロアキが考えた手段が、
『助けを求める手紙を送り続けて、グッドナイト財団にセルフリッジ達の居場所を報せ続ける』
というものだったのだ。
正規の郵便ルートは、グッドナイト財団に押さえられている。だから、普通の郵便手紙を送ると財団に居場所が伝わってしまうのだ。
つまり、遠まわしにそれで「クロナツ達を助けろ」と脅しているのである。助けなければ、お前らの居場所をグッドナイト財団に報せ続けるぞ、と。
直接、そう表現しないところがこの方法のポイントと言えるかもしれない。後で上手くフォローすれば、セルフリッジ達と敵対するような事にはならないという計算がシロアキにはあった。
なんだか、せこい。そして、とてもシロアキらしい作戦だったりする。
そして、もう一通の手紙をグッドナイト財団に知られないような裏のルートで送り、これから先、クロナツとフユが行く可能性が高い場所をセルフリッジ達に彼は伝えたのだ。
セルフリッジの推理力が高い点は、アカハルの能力で確認しているので、気付いてくれるだろうとそんな想定である。
ちょっと雑な作戦だけど、シロアキいわく「こちらの存在がグッドナイト財団に知られるリスクを勘案すると、これがベター」という事らしかった。
そして雑な作戦でありながら、そのシロアキの思惑通りにセルフリッジ達は動いてくれたのだった。
ただし、郵便局を介するルートの方で“クロナツ”の名前を出してしまった所為で、彼らの行き先がグッドナイト財団にバレてしまったようだったのだが。
クロナツ達の行き先が、つまりはセルフリッジ達の行き先という事になってしまうからだ。
もっとも、クロナツ達はリッセには行かなかった。いや、辿り着かなかったと言った方がより正確なのだけど。
リッセの街でグッドナイト財団が“何か”をやっていて、自身の能力が無効化されていると察したアカハルが、それをシロアキに伝え、シロアキはそれを知って一計を案じ、クロナツに行き先を変えさせたのだ。
その手段もまた彼らしい方法だった。
シロアキはクロナツ達の具体的な居場所をグッドナイト財団に報せ、狙わせる事で、彼らをリッセ以外に向かわせたのだ。
……本当に、もしクロナツ達がグッドナイト財団に捕まってしまったなら、どうするつもりなのだろう?
だがしかし、既にリッセに入ってしまっていたセルフリッジ達にはそれを伝える事ができなかった。アンチ・マジックの所為で、彼らの居場所がアカハルに分からなかったからだ。
「――とにかく、今はセルフリッジ達が街から出てくれるよう願うしかないな。最悪、ダメだったらダメでしょうがない。クロナツなら多分死にはしないだろう。フユは殺す意味がないから、悪くてもきっと金持ちのペットにされるくらいだ」
などと、シロアキが冷淡なことを言った。
「いや、君ね」と、そんな彼にアカハルはツッコミを入れる。
「それよりも、今はこっちの問題の方が大きい。分かっているんだろう? アカハル」
そう言うと、シロアキは何かの紙を掴んで、アカハルに見せる。
「分かっているよ」
と、そう返し、アカハルは物凄く嫌な物を見るような目でその紙を見た。
それはシロアキが所属する組織が上げてきた報告書であるらしかった。
“『ダンジョン認定されたケーブタウンの攻略は、冒険者達には難しかった』という表向きの理由を掲げ、軍隊が動こうとしている”
そこにはそのような事が書かれてあった。
「もちろん、軍隊に働きかけているのはグッドナイト財団だよ。コネがありまくりだからな。いよいよ、本格的にグッドナイト財団が、ケーブタウンを手に入れようと動き始めているってことだ。こっちをなんとかしなくちゃならない」
それを聞いて、アカハルは大きくため息を漏らした。そしてそれとは反対に、シロアキはとても楽しそうな顔をしていた。
グッドナイト財団が“魔石協同組合”を介して、シロアキ達にケーブタウンを冒険者達から守るように依頼したのは、言うまでもなく、自分達がケーブタウンを手に入れる為だったのだ。
直接、ケーブタウンを所有するのは、軍隊だが、直接間接的にグッドナイト財団もそこから利益を得られるはずである。
「――読めよ、アカハル。軍隊の情報を。
なに、もう目星はつけてあるんだ。そんなに疲れる仕事にはならない」
嫌そうな顔をしているアカハルに向け、シロアキはそう言った。
“疲れるのを嫌がっているんじゃないんだよ! 僕は!”
と、心の中でアカハルはその言葉に文句を言ったが、それに協力せざるを得ないのは自覚していた。
その二日後、オリバー・セルフリッジはリッセの街を脱出し、それをアカハルはシロアキに伝えたのだが、既に彼らの関心は軍隊に移っていた。
……いや、もちろん、ちゃんと手紙を送ってクロナツ達の居場所を伝えるのは忘れなかったのだけれども。
――王宮。
その冷たい廊下を、一人の女性が歩いている。丈夫そうだが、無骨には見えないスマートな鎧。それを確りと着こなす彼女は、一目で軍人と分かる。
アニア・ゴールド。
それが彼女の名前だ。
凛とした表情。美しいが近寄り難い印象を周囲に与える。
軍人だが、彼女には実戦経験がなかった。まだ若い。戦争が終わってから軍人になったのだから、それも当然だ。また、女性ということで軍人の中では低く思われてもいた。
もっとも、彼女の父親で同じく軍人のラオ・ゴールドは、大将を務めており、実力も権威もある。その為、表立って彼女の悪口を言う者はいなかった。
だがしかし、そんな周囲の雰囲気を彼女は敏感に感じ取っていた。また、父親の権威に頼る自らの立場にコンプレックスを感じてもいた。
だから必要以上に軍人らしく振舞おうとする傾向にあった。熱心に勉強し、兵法の類にも精通している。
ただし、その姿は、多少、無理をしているように思えなくもなかったのだが。
王宮の廊下を、アニア・ゴールドは相変わらず厳しい凛とした表情で歩き続けている。
最近、彼女は少しばかり緊張していた。後少しで、彼女が初陣に立つ可能性があると考えていたからだ。1年ほどばかり前から、様々な地域の国境沿いに異変が起き、それに対する警戒のため主だった軍人達が皆遠征している上に、ケーブタウン討伐の命令が軍に下っているので人材がいないのだ。
“ケーブタウンは、冒険者を名乗る名うての荒くれ者どもが討伐に失敗した異形共の街と聞く。
もし、命令が下ったなら、心して挑まなければ!”
歩きながら、彼女はそう気合いを入れた。
――が、そんな時、窓の縁に小鳥が二羽ほど舞い降りたのだった。小さな虫でもいるのか、じゃれあいながらついばんでいる。
その光景を見て、アニアは思わず立ち止まった。何故か凝視している。そして、
“小鳥ちゃんたち、かわいい~!”
心の中でそう叫んだ。
そう。
彼女は、多少、無理をしているように思えなくもなかったのだ。