21.ゼン・グッドナイト、フラれる
――ゼン・グッドナイトは、オリバー・セルフリッジのことを面白い男だと思っていた。
彼の元にその名が報告されたのは、“巨人の祈り岩”の一件が初めてだったが、どうもその前からセルフリッジはグッドナイト財団の軍事に関わる動きを警戒していたらしく、色々と嗅ぎまわっていたようだった。
セルフリッジは無名の一介の学者に過ぎない。特別な情報収集能力は持っていない。つまり彼は、有り触れてある断片的な情報群から、グッドナイト財団の動きに気付いた事になる。
或いは気付くだけなら、この広い世の中には他にもいくらでもそんな人間はいるのかもしれない。しかし、実際に行動に出るとなると話が違う。滅多にいないに違いない。
グッドナイトの部下達が、グッドナイトにセルフリッジの報告を上げなかったのは、彼を小物と判断していたからだろう。実際、彼は小物なのだからそれは仕方ない。そもそも、セルフリッジが大胆に行動していたのは、小物である自分など財団が歯牙にもかけないのと踏んでいたからだろう。つまり彼は、“小物である”という自らの立場を最大限に利用していたのだ。
“巨人の祈り岩”を守る為、セルフリッジは大急ぎで自警団を組織したが、それは恐らくは“小物だから無視していても問題ない”と財団が油断している間に体制を整える必要があると判断したからだろう。
自警団を組織した時の彼の手際を考えるのなら、もっと前から同様の事を行えていたと思える。財団を油断させる為に、彼は敢えてそれをしてこなかったのだ。
つまり、オリバー・セルフリッジという男は、グッドナイト財団の死角を突いたという事になる。
そう推理するに至って、ゼン・グッドナイトは、オリバー・セルフリッジを自分と同種の人間なのではないかと考えた。
価値観も立場も異なるが、策で他人を動かし、利用しようとするタイプの人間である点は変わらない、と。自分自身の“弱い立場”ですらも策の材料の一部と見做すような。
そして、そう考えるのなら、“闇の森の魔女”の一件も偶然であるとは思えない。
イザベラ・センスの予想が正しいのなら、闇の森の魔女を助けたのはセルフリッジであるらしい。それは初めから、彼女を味方に引き入れる為だったのではないか?
リスクとリターンのバランスとコストを勘案しても、それが“執るべき策”だったのは明らかだ。
オリバー・セルフリッジは、闇の森の魔女を利用する為に近付いた。
ゼン・グッドナイトはそのように予想していた。そしてだから付け入る隙は必ずあるはずだとも判断していたのだ。
或いは、彼が“闇の森の魔女”に拘るのは、闇の森の魔女が戦力として魅力的であるばかりでなく、オリバー・セルフリッジを彼がライバル視していているからなのかもしれなかった。
もちろん、権力や財力の差を考えるのなら、セルフリッジは相手にもならないはずだ。だが、純粋な知力の勝負ならばどうか分からない。だからこそ、その差があまり関係ない条件で彼はセルフリッジと勝負がしたかったのかもしれない。
――アンナ・アンリは、オリバー・セルフリッジのことを面白い男だと思っていた。
多分、この人はずるい人なのだ。
そして、なんとなく、彼女はそうも思っていた。もっとも、では彼が悪人なのかといえばそれは絶対に違う。
自分を助けたことも含め、グッドナイト財団に対抗する彼の行動は利他的で、そこにエゴの影はほとんど見られない。きっと本当にたくさんの人達を心配している、母性的な優しい人なのだと思う。
しかし彼はその自分の善性ですらも策に使ってしまうようなところがある。
彼が善意で自分を助けたから、アンナは彼を裏切れない。善意で自分を助けたからこそ、アンナは彼の為に尽くしたくなる。そして、とても優しくて温かいから、彼女は彼を守りたくなる。彼から守られたくなる……
人の優しさに飢えているような、自分のような人間は特に。
それを多分彼は知っている。
こんな人間は滅多にいない。面白い。
――そして、だから
とても、とてもずるい人だ。
彼女はそうも思っていた。
目が覚めると、アンナの隣にはオリバー・セルフリッジが眠っていた。
その部屋にはベッドが二つある。
では何故、彼と彼女が同衾しているのかと言えば、夜中、目覚めた時に、ふと寂しくなった彼女が彼のベッドの中に潜り込んだからだった。
自分が潜り込んだ後も、そのままの体勢で彼が隣に眠っているということは、彼は目を覚まさなかったのかもしれない。彼女はそう考えた。いや、彼なら目を覚ましていても、そのまま気にせず一緒に眠りそうだけど。
それから彼女は軽く彼に身を寄せた。自分がこんなに寂しがり屋なのだと、彼に会うまで彼女はまったく自覚していなかった。
そこで不意に頭のすぐ傍で声がした。
「おはようございます」
見ると、彼が目を覚ましていて、彼女の後頭部に抱き寄せるような感じで軽く手を添えている。
愛おしそうな表情。
「おはようございます」
そう返す。
照れるべきなのかもしれないと思いながらも、何故かそんな気持ちが沸いて来なくて、そんな気持ちが沸いて来ないことが彼女には心地良かった。
それからセルフリッジは、身を起こすとすぐに郵便受けを確認しに行った。ここ最近の彼の毎日の朝の日課だ。
「やっぱり、今日も届いていないのですか?」
残念そうな彼の顔を見て、アンナはそう尋ねた。
「はい。おかしいですね。このリッセの街にまで来たら、直ぐに手紙を寄越して来るものだとばかり思っていたのですが」
謎の手紙の送り主の指示に従って、彼女達はべニア国にあるリッセという街を訪れていた。もし、本当に送り主の狙いが“クロナツ、フユ”という名の人物を助ける事にあるのなら、すぐに連絡があるだろうと彼女達は考えていたのだ。
このままでは、助けようにも助けられないからだ。せめて具体的な居場所が分からなくては。
どうやっているのかは分からないが、手紙の送り主には、誰かの居場所を探る能力があるらしい。だからこそ自分達に手紙を送って来る事が可能なのだろう。ならば、その“クロナツ、フユ”という人物の居場所も分かるはずだ。
――しかし、
運良くリッセの街で短期滞在用のアパートを借りられた彼女達は、そこで連絡を待ったのだが、何日経っても連絡は来なかったのだった。
「どうしたものでしょう? このままではどうすれば良いのか判断が付きません」
セルフリッジはいかにも困ったといった顔でそう言った。資金もいずれ底をつく。次に動くヒントが彼には必要だった。
「ふむ」
彼の困っている様子を見て、アンナはこう訊いた。
「ところで、セルフリッジさん。この街、なんだか変じゃありませんか?」
「変? どこがです?」
「どこと言われると困るのですが、なんか力が抜けるというかなんと言うか」
「いえ、特にそんな感じはしませんが」
「そうですか」と答えると、彼女は何か考え込み始めた。
“セルフリッジさんは感じなくて、わたしだけ感じるとなると、やっぱり魔力関連の何かかしら?”
それから彼女はベッドから這い出ると、服を取り出して、それに向けて何やら魔法をかけ始めた。
「何をしているのですか?」
セルフリッジが疑問を口にすると、彼女は何故か明るい口調でこう返した。
「――ちょっとばかり気になることがあるので、調べてみようと思いまして」
……もしかしたら、彼の役に立つかもしれない。
アンナ・アンリは街を歩いていた。
真っ黒いローブを身に纏っている。魔力をよく吸収し、魔法を使うのに適した素材で作られた衣服。彼女は街の真ん中辺りまで来ると、神経を集中して魔力の触覚をできる限り広げた。情報量は少ないが、それでも異物や障害物くらいは分かる技術だ。
ある程度、確かめると彼女はそれを止める。
やはり、感覚の広がり方が何か変だ。明確には分からないが、何らかの魔力的な処置を施されているとしか思えない。
だけど、なんだろう?
彼女にはそれが分からない。ちらつくのは、サンド・サンドのイメージ。あの袋の怪人は、こんな感じの嫌らしいアンチ・マジックの使い方が巧かった。
そう思いながら、彼女は歩き続ける。
とにかく、調べてみなくては始まらない。
ところが、表通りを曲がって、大きなビルの裏通りに入ろうとした時、突然、辺りが暗くなってしまった。
黒い壁。囲まれている。
彼女は直ぐに察する。
アンチ・マジックの罠だ。
下手に動かない方が良いと、彼女はそこで立ち止まった。すると、しばらくしてそこに何かが近付いて来る音がする。しかも複数。
黒い壁の上から、その何かは彼女を覗き込んだ。それは分厚いトレンチコートに身を包んだ、鉄仮面をつけた三人の大男達だった。
恐らくは、人間ではない。魔法疑似生命体の一種だろう。その大男達には、どうやらアンチ・マジックは効いていないらしかった。対象を選ぶとなると高等技術だ。それで彼女は確信を持つ。サンド・サンドが絡んでいる。
大男達の二人が、腕を壁の外から素通りさせて突き入れ、彼女の腕を掴んだ。強い力だ。そして何も言わずにそのまま彼女の腕を引いて歩き始めた。黒い壁にぶつかると思ったが、あっさりとすり抜けてしまう。彼女は大人しくそれに従った。逆らっても無駄だろう。それに、彼らが自分を何処へ連れて行く気なのか、彼女には興味があった。
もしこれで何かヒントが掴めたなら、事態が打開できるかもしれない。
やがて、大男達はビルの裏口から、彼女をビルの中へと連れて行った。階段で上へあがると、三階の部屋の一つに入っていく。
そこは真っ暗な狭い部屋で、椅子が二つ置いてあった。そこで大男達は立ち止まる。どうやら座れという意味らしい。彼女はそこに腰を下ろした。
少しの間の後、突然にやけた面の中年男性が彼女の前に現れた。もう一つの椅子に向かい合わせで座る。やけに馴れ馴れしい笑顔を見せている。
「やぁ、久しぶりだね。闇の森の魔女、アンナ・アンリ君。スミニア国の山で会った以来だ」
男からそう言われて、アンナは眉間にしわを寄せた。
何処かで見たことがあったような。
彼女が思い出せないでいるのを察したのか、その男はこう名乗った。
「ゼン・グッドナイトだ。グッドナイト財団のトップをやっている。ほら、“巨人の祈り岩”の時、一緒にいたろ? 巻き添えで君に危うく殺されそうになったうちの一人だよ」
それに「ああ」と彼女は返す。
「そう言えば、あそこにいらっしゃったような気がしないでもありません」
物凄く、おぼろげで曖昧な回答。
ゼン・グッドナイトは、それに引きつった笑顔を見せた。
「――今のところは、上手くいっているようだな」
部屋の外。隠し窓から、アンナ・アンリとゼン・グッドナイトが対峙しているのを見ると、サンド・サンドはそう言った。
もちろん、二人のいる部屋には何重にもアンチ・マジックの仕掛けが施されていて、万に一つもグッドナイトには危険が及ばないようにされている。魔力のないアンナの戦闘力は平均以下だ。普通の女の子よりも弱い。
「私が設置した罠ですからね、当然です」
眼鏡の位置を直しながら、ランポッドがそう言った。サンド・サンドはそれに返す。
「まぁ、それも、このワガハイのアンチ・マジックの技術があればこそ、だが」
それにまたランポッドが返した。
「どんなにアンチ・マジックが凄くても、この広い街の中では、効率良く設置しなければ巧く機能しませんけどね」
「アンチ・マジックがなければ、効率良く設置もくそもあるまい」
「効率良く設置しなければ、アンチ・マジックもくそもありません」
そして「んー」と二人はにらみ合う。
そんな二人の会話を横で聞いていたイザベラが「子供か、あんたらは」とツッコミを入れた。
アンナとグッドナイトのいる部屋は、本来ならば尋問を行う為のもので、その横には中の様子を見る為の隠し部屋が付いていた。そこでイザベラ達は二人の様子を窺っていたのだ。
アンナ達が街にやって来る前、数日をかけて、彼らはランポッドを中心に街にアンチ・マジックの仕掛けを設置していた。
まずは街全体をカバーするような薄いアンチ・マジックの障壁で軽く闇の森の魔女の魔力感覚を奪い仕事をやり易くする。
そして、更にまるで何重にもある殻のように、ピンポイントでいくつかの地点にアンチ・マジックの障壁を幾重にも張っていく。
そのうち、比較的厚いアンチ・マジックの障壁の層に彼女が足を踏み入れたなら、そのタイミングで層の全てで強く圧をかけ、彼女の魔力の自由を奪う。
まだ魔力は使えるが、攻撃能力はほとんど奪われている状態に彼女は陥る。後は連れ去るだけ。
これはそんな罠だった。
「ピボット君」
そうゼン・グッドナイトが言った。その言葉を合図に、真っ暗な部屋全体に広々としたビルの最上階らしき場所が部屋の側面に映し出される。白を基調とした装いになっていて、清潔感と神々しさが溢れている。眩しい。
「映像で申し訳ないが、これは僕が所有するうち、最も高いビルの最上階の光景だ。ラウンジがあって、広大な景色を見ながら食事や酒も楽しめる」
得意げな口調で彼はそう言う。
それに対し「だからどうしたのでしょう?」と、アンナ・アンリ。冷淡な口調だ。
そんな彼女の無関心そうな反応を受け、「次」と、グッドナイトは言った。
今度は広いプールの映像。よく晴れていて、日差しが鋭い。
「ここも僕が所有している。商売にも使っているが、その気になればいつでも貸し切りで楽しめる」
「興味ありません」と、それにアンナ。
すると、グッドナイトが何も言わずとも映像が勝手に切り替わった。今度は打って変わって、お堅い雰囲気、魔法技術の研究施設の光景だった。
「君や君の師のログナが、オリジナルな素晴らしい魔法技術の研究手法を実践している事は知っているが、個人では自ずから限界があるだろう。
我々と手を組めば、膨大な資金を使っていくらでも研究が可能だ」
それに彼女は軽く首を傾げると、「何を仰りたいのかよく分かりませんが?」とだけ返した。
「分からないかな? とても分かり易いと思うんだが」
そう言いながら、彼は彼女の片手を両手で包み込んだ。
「君が欲しいと僕は言っているのだ。もちろん、それは魔法技術のことだけではなく、プライベートな意味でも言っているのだけどね。
君はとても魅力的な女の子だ」
その包まれた手を薄眼で彼女は見つめる。それから彼の顔をマジマジと見つめながら、冷淡な口調で言った。
「あなたの財団が、わたしをどんな目に遭わせたのかご存知ないのですか?」
その彼女の皮肉を受けると、どうやらそれを予想していたらしく、すぐに彼は大袈裟なアクションで謝った。
「それについては大変に申し訳ないと思っている。
しかし、あれは担当していたイザベラという女性の独断でね。もしも望むのなら、君が納得いくまで謝らせよう。ある程度なら、やり返したって良い」
「ちょっとぉ、シャチョー。
それって、アタシ、無事じゃ済まないのじゃないのぉ?」
部屋の外でそれを聞いていたイザベラがそう文句を言った。
それを横で聞いていたサンド・サンドが「殺されるな」と言って、キキッと笑う。ランポッドは何も言わずにただ眼鏡の位置を直した。
「あのー」
と、やがてあるタイミングで、アンナ・アンリはそう声を上げた。
「わたし、その手のことには疎いのですが、世の女性達は、あなたのような男性を好むものなのでしょうか?」
――ん?
と、グッドナイトはそれに固まる。
彼女は続けた。
「自信満々なところ申し訳ないのですが、わたしはあなたにはこれっぽちも興味を持てません」
その言葉にゼン・グッドナイトは、目を見開いた。この場では、彼にとってこれ以上ない侮辱の言葉だ。
「はっ!」
笑うことで気を取り直すと、彼はこう言った。
「君は意外に愚かだな。オリバー・セルフリッジというあの男は、利用する為に君を助けただけだ。あの男は計算高い。行動パターンを観ればよく分かる」
その言葉でダメージを与えられると、彼は確信を持っていた。しかし、闇の森の魔女は一切動じなかった。「ふふっ」とおかしそうに笑う。
「実はわたし、その彼から“人間に対する理解が浅い”という弱点を指摘されまして、それで少しばかり人間心理の研究書も読んでみたのです。
するとそこには、“人は他人の心理を読む時、自分の心理を読む”と書かれてあるではありませんか。どういう事なのかいまいちわたしには実感できなかったのですが、今、実感できました。今のあなたが当にそうですね。
つまり、あなたはセルフリッジさんの心理を読んだのではなく、ご自分の心理を自ら暴いたのです。
あなたは、ただ利用する為だけにこうしてわたしを誘っているのでしょう?」
「アッハッハッハ!」
と、アンナ・アンリの言葉を聞いて、イザベラとサンド・サンドは大笑いしていた。
「いやぁ、図星過ぎるわ、シャチョー」とイザベラ。
「これは、いい見せ物だな! 実に面白い!」と、サンド・サンド。
ランポッドがそんな二人にそうツッコミを入れる。
「あのー…… 流石にその反応には、グッドナイトさんでも怒ると思いますよ?」
アンナ・アンリは語り続けていた。
「あの人は……、セルフリッジさんは、あなたが思っているよりももっと深い人です。そして、あなたが思っているよりももっとずっとずるい人。
あなたに捉えられるような相手ではありません」
そうアンナが言い終えると、我慢ならなくなったのか、ゼン・グッドナイトは立ち上がった。目で彼女を威圧しようとしている。
「どうやら優しく諭すのは無駄のようだな、闇の森の魔女。自分の立場を考えろ。ここのアンチ・マジックの圧力を増やせば、君のありとあらゆる魔力を全て無効にできるのだぞ? 身体にも影響が出る!」
その脅しを受けても、彼女はまるで平気な顔をしていた。
「はぁ、そうなのですか?」
それを受け、「やれ!」と、グッドナイト。裏でサンド・サンドが操作しているのか、アンチ・マジックの圧力が上がる。
それを感じながら、彼女は素の表情で返した。
「残念。もう少しくらいはあなたとお話がしたかったのですが」
そしてその次の瞬間、彼女の姿は消え、そこには彼女の着ていた黒いローブだけが残されたのだった。
唖然とするグッドナイト。
「これは、どういう事だ? サンド・サンド!」
声が部屋の中に響いた。
隣の部屋から、サンド・サンドがそれに答える。
「……ふむ。
どうやら、ワガハイ達が連れて来たのはただの分身だったらしいな。アンチ・マジックの圧力に耐え切れず、姿を維持できなくなたのだろう。
しかし、やれやれ、こんな分身できる魔術なんてワガハイは知らんぞ。新しく開発しよったな、闇の森の魔女め」
それを聞いて、「なんだとぉ?」とグッドナイトは叫んだ。
――ぱちりとアンナ・アンリが目を開ける。
そこは彼女達のアパートで、彼女の目の前ではオリバー・セルフリッジが、心配そうに彼女を見守っていた。
「大丈夫ですか? アンナさん」
それを見て、アンナはにっこりと笑う。なんだか彼女は、彼を見て物凄く安心していた。同じ男でもこんなに違う。本心だから、わたしは利用されてしまう。
「はい。大丈夫です。ちょっと軽く拉致されていただけですから」
「え?」
「分身の話ですよ」
そう言ってから、彼女は続ける。
「それよりも早く逃げた方が良いです。ゼン・グッドナイトがこの街に来ています。それに手紙が来ない理由も分かりました。恐らくはアンチ・マジックの所為です」
「どういう事です?」
「この街全体に微弱なアンチ・マジックの障壁が張られてあったんです。きっと、あの手紙の送り主は、魔法の類を使ってわたし達の居場所を遠くから察知していたのでしょう。だから、そのアンチ・マジックの所為で、わたし達の居場所が分からなくなっていたんです。ですからこの街を出れば、きっと連絡が来ると思います」
「なるほど」と、それにセルフリッジは頷いた。
「ならば早く出ましょう。取り敢えずは、隣の街に」
「はい」と、アンナはそれに返した。