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2.大変です! うちの洞窟がダンジョン認定されてしまいました!

 三階建ての大きな家。

 と言っても、一つの階層がそれほど大きくないので、もしも人間がそれを見たなら、ミニチュアか何かだと思うかもしれないが、とにかく、その三階建ての、背の低い種族にとっては大きな家の屋根の上には、まるでコブのような感じでくっついた小さな部屋があった。

 とても小さな部屋だが、身長の低い種族、或いは低くできる種族ならば問題にならない。一応、生活はできる。

 そして実際、そのコブのような部屋の中にはとある種族が生息していたのだった。

 ――大眼鏡のナイルスが、大きくて分厚い何かの専門書を熱心に読んでいる。彼はブラウニーで、本来は地下に住む種族じゃない。だから、光量の少ない地下で本を読むのは辛い。その大きな眼鏡はその為のもの…… というのは嘘で、実は元々彼は目が悪かった。

 「何を読んでいるの? ナイルス」

 それに、そう不思議そうに問いかけたのは、シュガーポットという名の女の子だった。彼女はキキーモラでやはり地下に住む種族じゃない。因みに、一般的にキキーモラは働き者だとされているが、彼女の場合はその限りではなく、決して悪い子ではないが、少々、騒がしい一面もある。

 「微分積分の本だよ、シュガーポット」

 と、ナイルスは一瞬だけ本から目を離すと、そう彼女に言った。

 「びぶんせきぶん?」

 首を傾げる彼女に、ナイルスは本に目を向けたまま大きく頷いた。

 「そう」

 それから少しだけずれた眼鏡の位置を指先で整えてから彼はこう返す。

 「人間の頭の良い学者が考えた数学の一種でね、応用範囲がとても広いんだ。お金の取引…… 金融経済なんかでも使えたり、建築にだって使えたりする。これを使えば、信じられないような複雑な建築物を造る事だってできるようになるんだよ。

 きっと、教えてやれば、ノームの連中が大喜びすると思うんだ。凄い建築ができるぞ!ってね」

 「ふーん」と、それにシュガーポットは返す。関心があるようなないような変な口調。いや、或いは、微分積分には興味がないが、ナイルスには興味があるのかもしれない。

 「いや、どうだろうね、ナイルス。もし教えようとしたら、ノームの連中は怒ると思うな。

 “そんなもんより、俺達の方が凄い!”

 とか、なんとか言ってさ」

 そうそこで声を挟んだのは、レプラコーンのノーボットだった。レプラコーンも本来は地下に住む種族ではない。悪戯好きとして知られるレプラコーンの中で、ノーボットはかなりマシな方だが、それでも多少は性格に問題があった。

 この三人は種族はバラバラだが、いつも一緒にいる。仲が良いのか、それとも単なる腐れ縁かは分からない。或いは、本来は適さない地下に住む者達同士、自然と結束しているのかもしれない。

 ナイルスはノーボットの指摘にこう返した。

 「いや、言い方を工夫すればきっとノーム達は怒らないと思うんだ。親切だって分かってもらえれば、さ。

 これをノーム達に教えられたら、もっと街が発展するはずだ。だから試してみる価値は充分にあるはず……」

 それを聞くとノーボットは肩を竦めた。

 「どうだろうね? あいつら、自分の専門の話になると意固地になるぜ」

 そこにシュガーポットが口を挟む。

 「そうだ! イノマタさんに言ってもらえば良いのじゃないかしら?」

 “イノマタさん”というのは、ケーブタウンの出入り口付近に一人で暮らしている珍しい人間の女性で、医療術の心得がある上にとても優しいので、ケーブタウンの連中からとても慕われている。特にいつの間にか住み着いたハダカデバネズミ達は、まるで子供のように彼女に懐いている。ハダカデバネズミは真社会性を持ち、女王がいるのだが、或いは女王よりも彼女を慕っているかもしれない。

 「イノマタさん、“言えない”じゃんか」

 「そーやって、直ぐにノーボットは揚げ足取りをする。声を出さないだけでしょう? 手紙かなんかで伝えてもらえば良いじゃない」

 そう。何故か、イノマタは言葉を喋らない。何らかの病気なのか、精神的なものなのか、それが一人で暮らしている理由なのか、詳細は一切不明だ。

 ただ、身振り手振りだけで言いたいことを相手に伝える能力に秀でているので、あまり生活には困っていないようだった。

 「いや、微分積分って内容が難しいからね、イノマタさんじゃ伝えきれないと思う。説明した上で、この本を読んでもらった方が早いかもなぁ」

 二人の会話を受けて、ナイルスがそう言い終えた。そのタイミングだった。小屋の外からこんな声が響く。

 「ノーボットォ! ナイルスのところで油を売っているのは分かっているんだぞぉ! さっさと出て来ぉい!」

 それを合図にするように、三人の会話は止まった。顔を見合わせる。それからシュガーポットとナイルスはノーボットに目を向けた。

 「ノーボット。また、仕事をサボっていたのかい?」

 そして、一度風が吹き終わるくらいの間の後で、ナイルスがそう呆れた声を上げる。

 「って、ナイルスさ、“仕事をサボっていたのかい?”も何も、この時間にここにいるのだったら当たり前だろう?」

 悪ぶれる様子も見せず、ノーボットはそう返した。

 「え? 今、何時?」と、それに驚いてナイルス。「もう、後少しで昼になるわよ?」とシュガーポットが教える。

 「……本に熱中すると、本当に何もかもが見えなくなっちゃうのね、ナイルスは」

 そして、やや呆れた様子でそう続けた。

 「だって、この街だと灯りさえ点ければ、いつでも本が読めるから」

 ナイルスはそう言い訳をする。

 魔石をエネルギー源にして光を発する機械。それにより、部屋の中は本が読めるくらいには照らされていたのだ。

 そこで彼女は腰をちょっと振った。“リンッリンッ”と音が鳴る。彼女のはいているスカートは、大きなベルの形をしていて、どういった原理かは不明だが、腰を振るとベルの音が響くのだ。

 明るくて綺麗な音色だが、ちょっとばかり騒がしい。まるで彼女自身を表しているかのよう。

 それから、意味は分からないが、シュガーポットのベルの音にちょっとだけ首を傾げるような妙な仕草で返すと、ナイルスは「お昼だって知ったら、なんだかお腹が減って来ちゃったな」などと言った。

 シュガーポットはそれに同意する。「そうねー。なんか食べましょう」。それを受けると、ナイルスは部屋の灯りを落とした。

 因みに、その間もノーボットを呼ぶ声が部屋の外からは響いて来ていた。が、ノーボットは何食わぬ顔で「そうだね」なんて頷くと、外に出て行く二人に付いて行った。

 コブのような三階建ての屋根の上から、ほぼ梯子と言ってしまっても良いような階段を三人は降りる。

 家の外ではドワーフが一人、怒った表情で腕組みをしていた。その視線の先には家から降りて来たノーボットがいる。

 ナイルスが「ども、ガーロさん」と挨拶し、シュガーポットが続けてお辞儀をし、最後にノーボットが「どーも、親方」と挨拶をして通り過ぎようとした。が、その首根っこを掴まえて、ガーロと呼ばれたドワーフは彼にこう言った。

 「なにが“どーも、親方”だ! ノーボット! 仕事ほっぽり出しやがって! さっさと靴作りの続きをしやがれい!」

 「いやいや、親方だって作れるじゃないですか」

 「靴の担当はお前だろうが!」

 ノーボットはドワーフのガーロが親方を務める工房で靴職人として働いている。色々な物を作る技術があるドワーフだが、靴だけはレプラコーンの方が優れていると、ノーボットを雇ったのだ。ところが、ノーボットはあまり真面目に働かないので、ガーロは手を焼いていたのだった。

 「んー せめて、飯くらい食べさせてくださいよ。お腹に何か入れないと仕事に身が入らない」

 ノーボットがそう言うと、ガーロは「お前、身を入れて仕事をした事なんて、今まで一度でもあったか?」と文句を言ったが、それでもなんだかんだで彼が飯を食いに行くのを認めてくれた。

 このケーブタウンに住む住人達は、基本構造がのんびりとしているのだ。

 ただし、

 「サボった午前中の分まで働かないと、今日は帰さないからな」

 と、釘を刺しはしたが。

 

 「オークの店にしようか?」

 三人が歩き出すと、そうナイルスが提案した。それにノーボットは難色を示す。

 「いやいや、でも、あそこ、臭いが酷いだろう?」

 「だから良いんじゃないか。お陰で、昼飯時でも空いているし安いし。それに、味は良いしさ」

 「僕はあの店の料理の味の印象がほとんどないんだよ。臭いの方が気になっちゃって」

 そしてノーボットは「はぁ」と、ため息をついた。

 最近、オークがこのケーブタウンに引っ越して来て飯屋を開いたのだ。もちろん、オークも本来は地下には住まない。何故彼がこの街に来たのかは分からないが、客は少ないながらも楽しそうにやっている。

 「あの店の臭いって何なのかしらね? 大ミミズが悪いのかしら?」

 そうシュガーポットが疑問の声を上げる。

 「さぁ? でも、どちらにしろ店の怠慢だと僕は思うけどね」

 それにあからさまに嫌悪を表現しながら、ノーボットはそう返す。ナイルスが眼鏡の位置を直しながら言う。

 「どうなんだろう? 大ミミズ自体にそんな臭いがあるなんて話は聞かないけどなぁ。大ミミズ達が来るのは、近くに排泄物置き場があるからだし、あの店から出るゴミもあるし、だからじゃないかなぁ?」

 いつの頃からなのかは不明だが、このケーブタウンには“国知らずの森”のあちらこちらから大ミミズ達が集まって来るようになっていた。お目当ては、住人達の排泄物や生ゴミらしい。それは大ミミズ達にとってとても美味しい御馳走なのだ。

 どうやら彼らはケーブタウンが発展すれば、その自分達の御馳走も増えると分かっているらしく、街の拡張を手伝っている。ドワーフ達の為に通路を広げてくれているのだ。

 もっとも、その速度は速すぎて、ドワーフ達の開発はまったく追いつけないらしいのだけど。

 道を歩いている途中で、大ミミズの一匹が恐らくは生ゴミだろう物を土ごと呑み込んでいるのを三人は見かけた。

 体表面はまるでヘビかトカゲのよう。手足はないが、ヘビのように蛇行するのではなく、身体全体を伸び縮みさせて進む。速度が出るとはとても思えないのだが、その印象に反して大ミミズはとても速い。

 大ミミズ達の外見は不気味に思えるが、ケーブタウンの住民達に対して敵意はどうやらないらしい。大ミミズ達から攻撃を受けたという話をケーブタウンの住人達は聞いた事がなかった。

 

 「あら、いらっしゃい」

 

 ナイルス達がオークの店に入ると、店主のアニガニットがそう挨拶をして来た。オークにしては小柄だが、このケーブタウンでは大きい方だろう。ただ、街の住人達で彼に警戒心を抱いている者は少ない。性格がオークには似つかわしくないくらいにおっとりとしているからだ。

 「だから、ビジネスですよ、ビジネス!」

 店には三名ほどしか客は入っていなかった。そのうちの一人、兎の姿をした兎人という種族の男がなにやら熱弁を振るっている。彼の名は“ラット”という。紛らわしい。兎人なのに“ラット”である。

 「でも、この臭いが良いって言ってくれる人もいますしぃ」

 困った様子で、店主のアニガニットはそう返した。すると、店の机を両手で“バンッ”と叩いてから、「そんなのはリップサービスに決まっているでしょうが!」とそうラットは声を荒げた。

 ラットは帽子をかぶっているのだが、その帽子を引っ張って頭に食い込ませるようにした…… これは彼のクセで、興奮するとこんな動作をする。その後で、彼はこう喚いた。

 「この店は、味と値段のバランスがとても良いのです! この安価でこの味はあまりない。ケーブタウンでも随一と言ってしまって良いでしょう!

 が、惜しいことにこの店は臭いが酷い。それさえなければ、間違いなく大繁盛します! このケーブタウンの観光名所の一つに数えても良いくらいです!」

 それにアニガニットは困ったように返す。

 「観光名所って言われても、うちは新参者だしさぁ」

 「新参者がなんですか! そんな事は崇高なるビジネスには関係ありません! 競争力、クオリティが全てです!」

 「そんな事を言われてもぉ」

 「“言われてもぉ”じゃ、ありません!」

 なんだか店主は困っているご様子。

 だからといった訳でもないのだが、ナイルスが二人に話しかけた。このまま放置したら、いつまで経っても昼飯を食べられそうにない。

 「あの…… 注文をお願いしたいんだけど、いいかな?」

 それを聞くと、店主アニガニットはとても嬉しそうな声を上げた。

 「あ、はいはい。ただいまぁ」

 アニガニットの動きはどことなく女性っぽい。彼は間違いなく男なのだけども。

 「どうしたの? ラットのやつ」

 アニガニットが傍まで来ると、小声で相談…… するような態だけ見せて、普通の声でノーボットがそう訊いた。アニガニットは困ったような表情で、

 「いつものビョーキよ。ほら、この街で観光ビジネスを始めたいとか、以前から言っていたじゃない?」

 と、それに律儀に小声で返す。あまり意味はなさそうだが。

 「ああ、そう言えば、そんな事を言っていたなぁ。この街で観光って、トラブルの予感しかしないけど」

 それを聞くと、そうノーボットは馬鹿にした感じで言った。

 「あら? 楽しそうじゃない? 色々な種族の色々な人がもっと来るようになるのでしょう?」

 シュガーポットが気楽そうにそう言う。

 リンッリンッ と、ベル型のスカートを鳴らしながら。

 それにナイルスが冷静にこう返した。

 「この街に限らず、人が多く集まれば、何かしらトラブルが起こり易くなるものだよ、シュガーポット。トラブルメーカーもやって来るし、“混ぜるな危険!”ってな組み合わせが出会ってしまうだろうし」

 それにノーボットが頷く。

 「そうそう。平穏無事が一番だよ。余計な事はしない方が良い」

 正論かもしれないが、彼が言うと“お前が言うな!”とツッコミを入れたくなる。

 「そーおぉ?」

 と、それにシュガーポットは不満そう。

 「そうだよ」、「そうよ」

 と、異口同音にナイルスとノーボットとアニガニットがそれに返した。

 しかし、そんなタイミングだった。店の外からこんな声が聞こえて来たのだ。

 

 「大変です! うちの洞窟がダンジョン認定されてしまいました!」


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