11.冒険者達の就職場所
――キーク達がパーティーバトルを始める少し前、ケーブタウンへと続く洞窟の入り口で、この辺りではあまり見ない団体様御一行が辺りを眺めていた。
「はーい。この先が、ケーブタウンですよぉ」
その一行の先頭には、矮躯童人という珍しい種族のアカハルという亜人種がいて、観光案内をしていた。
客達はそれを聞くと、「ほー、案外狭いんだな」、「雰囲気あるんじゃない?」などと口々に感想を言った。
直ぐ近くには、兎人のラットもいる。彼はそんな客の反応に満足しているらしく、とても上機嫌だ。
「いやぁ、良い案ですよー、アカハルさん。ちょっと突然でビックリしましたけど、このプレツアー企画!」
「でしょう? まずは事前にお客さんにツアーを楽しんでもらって、感想を聞いた上で観光の企画を練っていく。
まぁ、当たり前と言ってしまえば当たり前の手続きですが、宣伝にもなるし、とっても効果的なんですよ」
もちろん、プレツアーという意味で料金を格安に設定していたこともあったのかもしれないが、突然の告知であったにもかかわらず、この企画には申し込みが殺到した。
ケーブタウンの観光地化。
まずは順調な滑り出しと言えなくもない……
が、実を言うと、今回のアカハルの目的は観光地化の成功とは別にあったのだった。
“んふっ”
と、心の中で彼はほくそ笑む。
“キークの冒険者パーティも、キーザスの冒険者パーティも、ケーブタウンに入ったのは確認済み。
多分、今頃はドンパチ始めようとしているんじゃないかなぁ?”
などと想像している。
「入り口は、一つの街がこの先にあるとは思えないくらいに狭いですが、中は大きくドーム状になっていて広々としています。
それでは皆さん、進みましょー!」
そんな説明と共にアカハルはケーブタウンに向けて歩き始めた。
「楽しみにしていてください!」
と、ちょっと力み過ぎなんじゃ?と思えるくらいの感じでラットがそれに続ける。どうやら、何か言いたいけど、何を言えば良いか分からないでいるらしい。
歩きながら、アカハルは耳に意識を集中する。微かだが、遠くで騒がしい気配があるような気がする。そして近くの岩に触れ、冒険者達が向かっただろう場所を予想した。
「まずは水辺に案内しましょう。地下の池です。皆さん、喉も渇いているでしょうし。美味しい地下の水が飲めますよ」
そして、そうツアー客達に向けて告げた。彼の言う通り喉が渇いていた者が多かったらしく、「それはありがたい」と客達は口々に呟いていた。
ところが、そんなのどかな言葉通りにはこのツアーは進まないらしかった。その地下の池に近付けば近づくほど、何やら騒がしい気配が強くなっていったのだ。客達はそれを不思議に思っていたが、アカハルはまったく動じていない。それどころか、満足気な表情を浮かべている。
もちろん、それは自分の仕込み通りに事が動いていると察したからだ。そして、それが確信に変わると彼はこんな説明をし始めた。
「ところで、皆さん。ご存知だとは思いますが、つい先日、このケーブタウンはダンジョン認定されてしまいました。つまり、冒険者達の攻略対象として正式に認められてしまったのです。
まだ、施行はされていませんが、やがては冒険者達がたくさんここへやって来るでしょう」
それに客達の数名が「ああ、知っている。大変だねぇ」などと返した。アカハルはそれに「はい」と言う。そしてまた説明を続けた。
「ただ、それは、普段は観戦などできるはずもない、“冒険者達の戦い”が、ここでは観戦できるという事でもあるのです」
とても含みを持たせた言い方。
その段階で、客達の中には既に気付いた者もいたようだった。
“――この徐々に大きくなっていく騒がしい音は、冒険者達が戦っている音なのではないか?”
そしてその予想通り、池が見える位置まで進むと、冒険者らしき者達が戦っている姿が彼らの視界に飛び込んで来たのだった。
「おお! これは凄まじい!」
そんな声を誰かが上げる。
たくさんの地面から生えた泥の手が、黒い鎧を身に纏った男に襲いかかっている。男はそれを回転斬りによって防いでいた。それで客達は、泥の手の魔物と冒険者が戦っているのだと勘違いをした。
が、どうも様子がおかしい。
あの泥の手は本当に魔物なのか?
それから武闘家の姿をした女が、池の水をまくように池の中にいる何かに要請したのが聞こえる。すると、水の球体が魔法によって辺りにばらまかれる。それで泥の手の破壊力は増したようだった。
「あの泥の手は、彼女の術だったのか!」
客の一人がそう言った。
その言葉にアカハルは頷く。
「はい。あれは魔物対冒険者の戦いではありません。冒険者同士の戦いです。
ダンジョンでは、敵対する冒険者同士が財宝を巡って争い合うこともあるといいます。あれはそれを再現したものです」
もちろん、嘘だけど。
「おお、これは良いアトラクションだ」
「ナイス・サプライズ!」
客達はその突然のアクシデントを、おおいに喜んでいた。
「そうでしょう! そうでしょう!」
その客の反応を受けて、自信満々な口調で鼻高々にラットがそう言った。が、彼はこれを知らなかったし、まったく少しも企画もしていなかった。
ま、いつも通りだけど。
その間も戦いは続いていた。
威力を増した無数の泥の手の猛攻によって、明らかに黒い男は押されている。後少しで勝負はつきそうだった。
しかし、そこで突然、女武闘家が腕を押さえた。そして泥の手が動きを止める。この位置からでは何かは分からないが、彼女は攻撃を受けてしまったようだ。
一転、彼女はピンチに陥る。チャンスだと考えたのか、黒い男が斬撃を浴びせようと襲いかかる。が、間一髪、それを勇者らしき恰好をした少年が防いで、彼女を助けた。
客達は手に汗握って、その戦いを見守っていた。
やがてそこにいかにも怪しい姿をした魔術師が現れる。遠くながら聞こえて来る声を頼りに判断するのなら、どうやら卑怯な手段で相手を倒そうとしていたようだ。
「最初は分からなかったが、どうもあの女の子と少年達の方が主人公で、相手の男達の方が悪役らしいな」
それをアトラクションだと思っている客達はそんな感想を持ったようだった。
“んふ~”
と、それを聞いてアカハルは思う。
“いいゾ、いいゾ。一番、理想的な流れになってきたみたいじゃん!”
キーザス達の方が、物分かりは悪そうだ。彼らが悪役になってくれた方が、後に脅迫…… もとい、説得し易い。
アカハルはそのようなことを考えていた。
やがて、そこにパワータイプや魔法使いだろう者達も加わり、更に戦いはヒートアップしていった。
「凄いな、これ。アトラクションとは思えない」
客の誰かがそう言うと、それに合わせてアカハルはこう言った。
「はい。迫力があるのは当然です。実はこのアトラクションは、試合自体は真剣勝負なのですよ!
どちらが勝つかは最後まで分からない!!」
客達はその言葉に大いに盛り上がった。
「なるほど。迫力があるのも納得できる」
「こりゃ、ますます興奮する!」
「エキサイティング!」
それを受け、ラットが「そうでしょう! そうでしょう!」と言った。繰り返すが、彼は何も企画していない。
そのうちに魔法使いが張った緊縛用らしい魔法陣に放り込まれ、次々と黒い男達の冒険者パーティの動きが封じられていった。残されたのは、怪しそうな魔術師ただ一人だけ。どうやら、ほぼ勝負は決まりのようだった。魔術師は自ら負けを認めようとしていたようだったが、その前にアカハルが声を上げた。
「はい。勝負ありです!」
それを受けて、客達は一斉に拍手をした。
「いやー、お見事」
「素晴らしい」
「いい勝負だった」
そして、口々に称賛の言葉を闘っていた冒険者達に浴びせる。それを受けた冒険者達は唖然とした表情で客達を見つめた。
何が起こっているの?
そんな感じ。
ただ一人、スネイルだけは「はー、なるほどねぇ、やっぱりか」と、それを予想していたのか、謎が解けたといったような表情を浮かべていた……
「――実は、ケーブタウンでは、観光地化の一端として、冒険者達同士によるパーティバトルの試合観戦を企画しているのですよ。
形式はまだ練っている最中ですが、参加者が増えて大規模になれば、そのうち、大会なども開かれるかもしれません!」
勝負が決まった後、キーザス達はキャサリンの魔法陣から解放された。
もっとも、正体が呪いと感覚麻痺の魔法であるそれは、魔法陣から出た後でも効果が持続していて、彼らの動きはちょっと鈍かったのだが。
そんな彼ら冒険者達の目の前で、アカハルはそんなとんでもない発表をしたのだった。
それに驚いたナイルスが、彼に近寄って小声でこう訊く。
「ちょっと、アカハルさん。聞いていないのですけど? 突然、なんです?」
それにアカハルはこう答えた。
「はい。話してませんでしたから。
どうせ、そっちの“冒険者達にお芝居をさせる”って企画の方は上手くいってないんでしょ? なら、こっちの企画でいった方が良いんじゃないですかね?」
「そーゆー事じゃなくて、こーゆー事は前もって話しておいてくださいよ。お願いですから」
「あなた達から、僕の仕込みがバレるのが怖かったんですよ。だから内緒にしておいた。冒険者達の中には切れ者も多いもんですから」
「だからって!」
そんな二人の会話に、魔法陣から解放されたキーザスが割って入って来た。
「おい。“試合”って何の話だ?」
ただし、こっちも小声だった。ティナと勝負を始める前、暴行事件を起こしているからだろう。そっちが他の人間達にバレるのはまずい。
アカハルは澄ました顔でそれに応える。
「そーゆー事にしてあるんですよ、キーザスさん。色々と、その方があなた方にとっても都合が良いのじゃないですか?」
「なに?」
半ば脅迫するようなその文句が彼には気に入らなかったらしい。凶悪な目を向ける。がしかし、その後で直ぐにアカハルが、
「因みに、だから、ファイトマネーも出ますよ。試合ですから」
と、そう言うと、一瞬で柔らかい顔になった。
どうやら、彼らも金には困っているらしい。
それからアカハルは、ナイルスとキーザスに聞かせる目的もあってか、客達やケーブタウンの皆に向けて大声で演説をし始めた。
「皆さん! 聞いてください!
もし、この“冒険者同士の試合”観戦が興行として成功したなら、無理矢理に平和な街をダンジョン認定して、そこを冒険者達に襲わせるなんて、異常な事をしなくても済むようになるのです!
冒険者にとっても、街にとっても、その方が良いのは自明ではないですか!? 僕はこれをもっと広めるべきだと思うんです!」
その言葉に、客達や住人達は一斉に拍手をした。彼らは元々、ケーブタウンの“ダンジョン認定”に不満を持っていた者達だから、それも当たり前なのだけど。
冒険者達…… キーク達もキーザス達もそれを聞いて顔を見合わせる。
このままではジリ貧。いずれ、冒険者稼業では生活は成り立たなくなる。それを彼らも分かっているだけあって、反論はできなかったようだった。
「決まりですかね?」
それからアカハルは笑いながらそう言う。場の勢いを利用して、強引に進めてしまおうという算段だ。
が、それにキーザスが口を出す。
「おい。勝手に他人の商売を決めているんじゃねぇよ!」
彼は別にアカハルの提案が嫌な訳ではないようだった。ただ、自分じゃない別の誰かに生き方を決められるのが嫌だっただけだ。彼はプライドが高いのだ。
が、それをアカハルも分かっている。
「おや? 試合で負けるのが怖いんですかね?」
逆にそのプライドを利用してやろうと、そう挑発する。
「なんだと!」と、キーザスは言いかける。ところが、そんなタイミングでツアー客の一人が近づいて来たのだった。
「ちょっといいかな?」
そして、そう彼に話しかけた。
「私はクルンの街で商売を営んでいる者だが、もし冒険者同士の試合が行われるようになったなら、君達のスポンサーになろうと思う。負けこそしたが、君達の戦いは非常にエキサイティングだった。私はファンになってしまったよ」
“お、ラッキー”
と、それを聞いてアカハルは思う。
多分、キーザスは金と、そして褒められることに弱い。反発する対象がなくなると、どうして良いのか分からなくなるタイプだとアカハルは考えていた。
そして、どうやらそのアカハルの予想は当たっていたらしく、それでキーザスは、調子を崩してしまったようで、
「いや、うぬ、ごにゅ……」
と、よく分からない返答をした。
そしてそうしてなし崩し的に、どうにもそれを認めるような形になってしまったようだった。
まぁ、金も入るしね。
“オッケー。イイ感じに、まとまったんじゃないの?”
それを受けて、アカハルはそう思う。
が、そう思った彼の背後に突然、別の気配が現れたのだった。
「お前か。オレらを嵌めたのは」
その気配はそう言った。
スネイルの声。
その声に少しだけアカハルは怯える。一番、嫌な人物が来てしまった。恐る恐る振り返りながら尋ねる。
「さぁ? 嵌めたってのは、何の話でしょう?」
アカハルの身長に合わせてか、彼は屈みながら言った。
「誤魔化すなよ。オレらを呼んだのも、キーザスに妙な手紙を送って、ここで戦闘するように仕向けたのもお前だろう?」
何故か面白そうにしている。
「いやぁ、何の話かなぁ?」
アカハルの目は泳いでいた。
「怖がるなよ」と、それにスネイル。
「別にその事自体は怒っちゃいない。オレらだってこのままじゃ、いずれ生活に困りそうだったからな。
――が、少し疑問がある」
「はい?」
「どーやってオレらの存在を知って動向を探った? オレらだけじゃない。キーザス達もだ。あいつらがオレらに喧嘩をふっかけて来そうだって、どうやって掴んだんだ?」
“まずい”と、それを聞いてアカハルは思う。
厄介だ。
やっぱり、招いた冒険者達の中でこの男が一番の切れ者だった。
「それは……、企業秘密って事で勘弁してくれませんかね?」
そう許しを請うように言う。
スネイルは何を思っているのか、そんな彼をじっと見続けた。しかしそこで、
「ちょっとスネイル。なに、そんな小さい子をいじめてるのよ」
と、そんな声が。
矮躯童人という種族を知らないティナが、スネイルがアカハルをいじめていると勘違いをしてやって来たのだ。それでスネイルはアカハルから視線を外す。
“ま、いいか”
とでも思っているようだった。
彼も性格が根本的な部分で、ちゃらんぽらんだったりする。
「別にいじめちゃいねーよ。ただ、冒険者達って言ってもかなりの数がいるだろう? オレらみたいなハイクラスの冒険者は選手としてやっていけるが、そうじゃない連中はどうするのかと思ってさ」
それからスネイルは、誤魔化す為か、それとも元々心配していたのか、そんな疑問を口にした。すると近くからこんな声が。
「あー、それなら私に案があるなぁ」
見ると、そこにダークエルフのラーがいつの間にか来ていた。街の住人の一人だ。
「どうしたの? ラー?」
と、それにナイルス。
「なんか、みんなでワイワイ、楽しそーだと思ってぇ。来てみた」
などと彼女はそれに返す。なんか、スネイル達とは別の意味で不真面目なノリの女だ。それから彼女はこう続ける。
「ま、そんなことはどーでも良いのよ。そのハイクラスじゃない冒険者の人達には、上の森で、害虫駆除をしてもらえば良いのじゃない?」
「上の森?」と、それにティナ。
「そう。洞窟の上の森って、ピクシーとかエルフとかが魔法植物の世話をしているのよ。もちろん、果実とか蜜とか色々見返りを貰っているんだけどね。
で、どうも、その上のみんなは害虫達に困っているらしいのよね。害虫って言っても魔法植物にたかるのは、ちょっと大きなモンスター的な連中もいるし。ま、地面の下の根っこ担当の私達もけっこー困ってるんだけどぉ」
「うん。それで?」と、それに合いの手のようにナイルス。
「だからぁ、代わりに害虫駆除をやってもらうのよぉ。上の森はここよりももっと広いから、きっと仕事はいくらでもあるわよ?」
その彼女の提案に直ぐにアカハルは「おお、それは良い案だね」などと同意した。
「もちろん、収入は果実とかになるんだろうけど、クルンの街の住人達を頼れば、金に換えるのは容易いだろうし」
実を言うと、前もって彼はその案を考えていたのだった。スネイルがジロリとそんな彼を見る。
多分、これも彼の仕込みじゃないかと疑っているのだろう。
もっとも、流石にそれは考えすぎだった。ラーがやって来たのは偶然だ。
――とにもかくにも、そのようにして、ケーブタウンを襲わせないための、冒険者達の就職先の案がまとまったようだった。
後は冒険者達がその案を飲むかどうかだが、冒険者達の多くが、ジリ貧状態を自覚しているし、実力者であるキークやキーザス達の言葉があれば、それはあまり問題にならなそうだった。