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1.ケーブタウン

 毒なんて物質は存在しない。

 なんて書くと、「何言っているんだ? こいつは?」とか思われてしまうのだろうか? けれど、実際に存在していないんだ。

 「だから、実際に存在しているだろっ!」

 と、そんな主張をしたなら、今度はそんなツッコミを入れられてしまうかもしれない。

 まぁ、少し話を聞いてもらいたい。

 同じ物質でも少量なら薬になるけど、多過ぎると毒になる物質ってのがある。例えばカフェイン。

 コーヒーや紅茶などに含まれていて、運動能力向上、ダイエットなど様々な効果があると言われているこのカフェインは、実は劇薬だ。大量に摂取するとかなり危険。

 さて、では果たしてこのカフェインは、毒なのだろうか? それとも薬なのだろか?

 まぁ、答えはどっちもというのが正解なのだけど、何故、こんな事になるのかと言えば、「人間にとって害になる物質を“毒”と呼び、人間にとって役に立つ物質を“薬”と呼ぶ」からだ。カフェインは害になる場合も役に立つ場合もあるから、毒でもあって薬でもあるという事になってしまう。

 微生物が食べ物を分解する作用が、人間にとって役に立つ場合を“発酵”と呼び、それ以外を“腐敗”と呼ぶのだけど、これはそれと同じだ。

 つまり、“毒”や“薬”というのは、人間の都合による便宜上の呼び名に過ぎないんだ。

 そして、実はモンスターというのもやはりこれと同じだったりする。モンスターなんて生物は存在していない。それは飽くまで人間側の都合上の呼び名に過ぎない。

 だから……

 

 その街は地下にあった。ただし、“街”と言っても正式な街じゃない。と言うよりも、そもそも人間社会に属しているとは言い難い。

 だから正式な名前はない。地下の街の住人達以外からは、“魔石採掘の街”などといった通称で呼ばれる事もあるが、大体は、地下の街の住人達が呼ぶ呼称 “ケーブタウン(洞窟の街)”で統一されている。

 その街に住んでいる(棲んでいる?)のは、亜人種や動植物達で、比較的知能が高い者も多いからコミュニケーションは取れるが、人間社会のそれとはまったく異なっている。

 その街はそれほど地下深くにある訳ではない。だから、行くのにそれほどの危険はない。大きなドーム状の洞窟を中心に、まるで枝葉のように細かい通路が四方八方に長く長く伸びている。

 しかも、巨大ミミズや、ドワーフなどがその通路を絶えず勝手に拡張しているから、全体像がどうなっているのかを把握している者は一人もいない。

 ただし、それでも地上部の広大な森林……広過ぎて、様々な国に接しているにもかかわらず人間社会の影響力が及ばない“国知らずの森”に比べれば、かなり小さいことは確実だった。何故なら、ケーブタウンはその森の恩恵の下に成り立っているからだ。

 地上部の森林は、豊かな光と水源に恵まれているお陰でよく繁茂している。だから、ケーブタウンの天井には木々の根っこがびっりしと這っていたり、太い根がぶら下がっていたりしている。

 その地上の森にはピクシーやニンフやエルフ達のような魔法を好む生き物達も数多に生息していて、そんな彼らは魔力を得る為に、魔力を補充してくれるような植物達の手助けをしていた。例えば、受粉をしてあげたり、害虫を駆除したり、病気を治したり。お陰で魔法植物が特に繁茂していた。

 つまり、森の魔法系植物達とエルフ達は共生関係にあるのだ。

 そして、共生関係にあるのは、ケーブタウンの住人達も同じ。森の地上部を担当するのがエルフ達であるとするのなら、地下部を担当するのがケーブタウンの住人達という事になる…… のかもしれない。

 ケーブタウンの黎明期。そこは単なる小さな洞窟に過ぎなかった。生活者は地下型のエルフ(ダークエルフ)のみで、多様性も少なかった。ところが、ある時に起こった地殻変動が原因でドーム型の空間ができ、それが切っ掛けとなって変化が起こり始めた。

 その偶然の産物に好奇心を刺激されたノームの何人かがそこを訪れると、生活に適していると判断して住み始めてしまったのだ。ダークエルフ達は当初はそれに反発していたが、地殻変動の影響で不安定になっていた地盤の補強技術がノーム達にあると分かると共存共栄の道を選んだ。

 ダークエルフ達は、森の木々の根の世話を行うことで対価として水や芋や果実や魔石などを得、ノーム達は地盤工事を行う。

 そんな役割分担になっていたのだ。

 ただし、その当時のケーブタウンは“街”どころか“村”の規模にまでも達していなかった。ほんの小さなコミュニティといった感じ。人間達には認知すらされていなかった。魔石は豊富に採れていたが、ダークエルフもノームも副産物程度に認識していて、あまり重要視してはいなかった。

 ところが、その魔石にドワーフ達が注目をしてから様相が変わった。

 どうしてドワーフがケーブタウンにやって来たのかは定かではない。しかし、彼らはその当時、生業である鍛冶の為に必要な金属の加熱処理に、魔石によって稼働する機械を取り入れ始めており、その為、魔石を多く欲しがっていた。だから、ケーブタウンで豊富に採れる魔石に注目をしたのだ。

 やがて彼らの何人かはノッカーを引き連れて、ケーブタウンに移住して来た。ノッカーは魔石の場所を効率良く見つける為にドワーフ達に雇われたのだ。

 そこでも軋轢が起こった。

 勝手気ままに採掘を進めるドワーフ達を、ダークエルフとノーム達が快く思わなかったのだ。

 ダークエルフ達は「あまり無茶をし過ぎれば、植物達の根が傷んでしまう」と文句を言い、ノーム達は「無計画に採掘をすれば、地盤が脆くなる」と警告を発した。

 「何を!」とそこでドワーフ達が怒り出し、喧嘩にでもなれば、或いはそこでケーブタウンの歴史は終わっていたかもしれない。

 しかし、その争いをドモヴォーイという妖精が収めたのだった。

 ドモヴォーイは本来は人間の家屋や地下室などを守る妖精だ。しかし、ドワーフ達が作る武器道具の類を買いに来る人間達に憑いて何体かがやって来ていて、その彼らののんびりとした性格の為か、それとも家屋や地下室を守るという性質の為か、「馬鹿馬鹿しいからやめろ」と彼らを説得したのだ。

 

 「ドワーフ達が役に立つ道具をたくさん作ってくれれば、ダークエルフ達もノーム達も助かるだろう。ドワーフ達も同じ。ダークエルフ達が植物の世話をしてくれれば、食糧には困らないし、ノーム達が住居を作ってくれたり地盤を強化してくれれば、安全に生活が送れるではないか。

 何を争う必要がある?」

 

 ケーブタウンに集まった生き物達は、そのドモヴォーイの説得に大いに納得をした。物凄く理に適っている。そう思ったのだ。

 或いは、その説得が上手くいったのは、ケーブタウン全体に広がる妙にのん気な雰囲気があったからこそ、なのかもしれない。

 土地になんらかの呪いでもかかっているのか(だとすれば、かなり間抜けな呪いだが)、それとも自然に恵まれているからなのか、“争う”という言葉は、このケーブタウン周辺には何故か馴染まないのだ。

 とにかく、そのようにして各種族の役割分担が明確になり、互いに協力し合うようになると、まるで歯車が巧く噛み合った機械のようにケーブタウンは急速に発展をし始めた。

 ダークエルフ達が食糧生産を、ノームが住居や道などのインフラを、ノッカーとドワーフ達が魔石発掘と道具の生産の役割をそれぞれ担う。

 それは言い換えるのなら、ケーブタウンの“生産量が増えた”という事でもあった。つまり、GDPが増大したのだ。その昔、生産されていたのはダークエルフ達による食糧のみだったのが、今は食糧、住居インフラ、魔石、道具と生産物は増えている。ケーブタウンは経済発展を成し遂げたのだ。

 そして、やがては外から、その増えた生産物を欲しがって様々な種族がケーブタウンに集まって来るようになった。

 本来、地下にある住居は種族を選ぶ。地下は狭いのが普通で、だからあまり身体の大きな種族は住むのに適してはいないからだ。ダークエルフ達もノーム達もドワーフ達も、その為、背は低いのだ。しかし、ケーブタウンにはドーム型の大きな洞窟があった。そこでならばある程度身体が大きな種族でも問題なく暮らしていける。

 また、地下に適応していない種族にとっては光が少ない点も問題点だったが、ケーブタウンの場合、豊富に採れる魔石がその問題点をクリアしてくれた。

 魔石をエネルギー源に光を発する機械で、街を照らせば良いからだ。

 それにより、ケーブタウンでは通常は地下には住まないような種族でも暮らしていけたのである。


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