神は笑う〜贖罪の令嬢は幸せになって復讐したい〜
神なんて居ない。そう思ったのが最後の記憶だった。
ふっと目が覚める。それはあまりにも緩やかで__
「あれは__夢?」
周囲を見渡すと一面の荒野だった。あまりにも違う景色に、自分の手を見下ろすと、いつもとなんだか違う。
「爪が長い?」
慌てて髪をつまむと、銀色だったはずのそれは黒かった。
「私、死んだ……の?」
今更になって身体が震える。そうだ、そうだった。婚約者だった王子に捨てられ、認めきれず相手の少女をいじめた。そして、家族に縁を切られ、森に捨てられた。
迫ってくる野盗の剣を思い出し、首筋がヒヤリとする。
がくがくと震えていると、ぼうっと光る玉のようなものが、目の前に現れた。
「シルビア__いや、シルヴィリアス」
「だ、誰?」
光る玉は明滅を繰り返す。
「私は__神だよ」
「神……様」
「そう、神だ」
「神なんて……信じられませんわ」
俯くと、見れば見るほど自分と違う身体が目に入り、彼の言う非現実が現実味を増す。
「君は、一度死んだ。その魂を私は、ある器に入れたんだよ」
「……本当、なのですね」
よく聞くんだ。と白い玉は言った。
「ここは君の居た世界とは違う世界だ。魔王と勇者が絶えず2000年争っている。そして、君を私は、先ほど死んだ魔王の器に入れた」
「……っ」
目の前が真っ暗になる。やはり神なんて碌でもない。
「死の間際、君は、深い後悔の中にいた。だから、君を選んだ」
「どういうことなのですか?」
「魔王は、放っておくと復活するんだ。それを止めるためにここの世界の勇者は、転生を繰り返し、魔王と戦い続けている。でも、最近、勇者の魂が歪んできてしまったんだ」
「私に何をしろと言うのですか?」
重ねて聞いた。嫌な予感しかなかった。
「それは__」
突然光が消えた。
「待っ……」
言いかけて止まる。
ぞくりと背筋に悪寒が走った。
「見つけたぞ。まだ生きていたのか。魔王シルヴィリアス」
声に振り返ると、金髪の軽鎧に身を包んだ青年がいた。
「勇者……?」
思わず呟くと、氷のような青い目をした彼は剣をこちらに向けた。
「どうした。構えろ」
絶句する。魂が歪んだ、と神は言っていなかったか。彼は全く人間らしくなかった。そのすべてに温度が、感じられない。
ただ、淡々と魔王を討伐すると言う使命を果たす。そんな印象だった。
「来ないなら、行くぞ」
彼が踏み込み刃が太陽の光を弾く。そして、それが首を__
「いやぁぁぁぁ!!」
「!!シルヴィリアス?」
「来ないで!」
頭を抱えて目を閉じた。しかし、刃が振り下ろされる気配はない。
うっすらと涙が滲んだ目を開けると、そこには困惑したような勇者が立っていた。
「お前は、誰だ?」
「私は……」
答えることが出来なかった。だって、この身体は紛れもなく、シルヴィリアスのもの。
「私は改心したのです」
仕方なく、当たり障りのないことを言う。嘘はついていない。
「かつての過ちを、私は償わなければいけないのです」
今度は、まっすぐに勇者の目を見ることが出来た。そうだ、ここで死ぬわけにはいかない。
「何を持って改心とする? 魔王が捨て駒にした眷属は全て死に絶えたぞ」
勇者は皮肉げに言った。
「俺とお前はここで殺し合う。それが世界の宿命だろう。その為に全てを犠牲にしておいて何を今更」
その顔は泣いているようだった。感情を押し殺した声に、この人も犠牲者なのだと気づく。
「神は残酷だわ」
不思議そうな顔を彼はした。
「神を信じているのか?」
それには答えず聞き返す。
「あなたは、信じていないのですか?」
「もし、神がいるとしたら__糞食らえだ」
吐き捨てるようなそれは、胸に痛かった。
この人は、どれほどの傷を負っているのだろうか。
「ねえ、先ほどの話、私は魔王ではありませんわ。シルビアと申します。もし、よろしければ、あなたのお話を聞かせてくださいませんか?」
言うと、彼は目を見開いた。
「……語るほどじゃない。ただ、何も持たなくなった。それだけだ」
しばらくして、彼は、そう言った。
「そうでしたか」
「私が、シルヴィリアスになる前のお話を聞いてくださいませんか?」
「いいだろう」
「私は、嫌な女でした。でも、婚約者を愛していました。その愛が認められないと知った時、非道な行いを……」
ぽつり、ぽつりと話すと彼は相槌を打ちながら辛抱強く聞いてくれた。
「非道な行いって嫌がらせ程度だろう? それで勘当されるのはおかしくないか?」
「いいえ。名誉を重んじる家でしたから、恥さらしな娘など、置いておけなかったのでしょう」
そして、気づいてしまった。
「私は、あの方に愛されたかった。でも本当は、寂しかっただけなのかもしれません」
そうだ。寂しかった。家にも学園にも居場所がなかった。あの頃、優しく声をかけてくれたのは、彼だけだったから。
いつの間にか、私の頬を涙が伝っていた。
「どうか、見ないでくださいませ」
今更ながら恥ずかしくて、彼に顔を見せまいと俯いた。
涙は、拭っても拭っても溢れてきた。
「……っ」
嗚咽を噛み殺していると、肩に手を置かれた。弾かれたように顔を上げる。勇者だ。彼はいつの間にか音もなく距離を詰めていた。
その瞳とかち合う。彼の瞳はいつの間にか生気を取り戻したかのように、熱を持っていた。
「お前は、美しいな」
不意に彼が言った。
「理不尽な世界の中で尚、真っ直ぐであろうとする。お前に愛されたものは幸せ者だ」
もう、涙が止まらなかった。認められている。受け入れられるのが、こんなに幸せだと知らなかった。
「ありがとうございます」
彼は優しい。本当は優しかったのだ。それをこの世界が駄目にした。
彼は私の頬を拭おうとし、その手を迷ったように一度、彷徨わせた。
「触れてもいいだろうか」
静かに頷くと彼の指は私の涙の跡をたどった。
そして、視線を合わせ、こう言った。
「俺は、この世界を憎み、名を捨て、感情を捨てたつもりだった。だが、お前の__シルビアの愛を乞うてみたくなった」
私は目を見開いた。遅れて、意味を理解し、頬が熱くなる。この人は何を言っているのだろう。
「俺は、この世界を憎んでいる。その為にも、お前を愛そうと思う。そして、こんな糞食らえな宿命を終わらせてやる。なぜならば、もうすでに、俺にシルビアは殺せないからだ」
「私も神を、世界を恨んでおります。それでもよろしければ、あなたを」
これは、悲劇だ。だが、私たちは幸せになる。それが、せめてもの神への復讐だからだ。
風が誰かの笑い声を運んでくる。私には、それが神の声に聞こえてならなかった。
ダークめにお送りしました。神に転がされる二人。もちろん神がシルビアを送り込んだのは、世界のためだけではなく、彼らの幸せを願ってのことです。タイトルはちょっとしっくりこないかもしれまん。