最終話 旅立ち
「あの、もしもし? 秋月悠斗さん、起きてください」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれたので目を開けると、周りには白い何もない空間が広がっており、目の前に女の子が立っていた。似たような光景を前にも見た気がする。これがデジャヴか。
「えーっと……、女神エレナだよな?」
俺はエレナに声をかけた。
「覚えててくれたんですね。お久しぶりです、秋月悠斗さん」
エレナは軽く会釈をしてくれたので俺も会釈を返した。
そして、この状況からいろいろと悟った。
エレナが目の前にいてこの白い空間にいるということは、やっぱりそういうことなんだよな。
俺は念のために尋ねてみる。
「俺はやっぱり……死んだってことなんだよな?」
「はい……、悠斗さんは先の戦いの最後に自らの魔力の暴走で死にました」
そうだろうな。まあ死ぬつもりだったし今更驚きはない。
「悠斗さん、本当に申し訳ございません!!」
突然エレナが頭を大きく下げて謝罪してきた。なんだなんだ。
「なんで謝るんだ? 謝るようなことをされた覚えはないんだけど……」
「いえ、私は取り返しのつかないミスを犯してしまいました。そしてその結果、悠斗さんがまた死ぬことになってしまいました。だから謝らせてください」
俺がエレナのせいで死んだ? どういうことだ? 俺が死んだのはリンヤとの戦闘が原因でエレナには関係ないはず……いや、待てよ?
「もしかして、レイアードに異世界転移者が俺以外にもいた事と関係ある話か?」
俺の問いにエレナは頷いた。
「はい、そうです。それについて説明させてください」
エレナは一呼吸おいて、説明を開始した。
「実は1か月半ほど前の悠斗さんをレイアードへ転移させたその数時間前、もう1人の異世界転移者『西園倫也』が別の女神の手によってレイアードへ送られていたんです。そして、女神界のルールで違う世界の人間を異世界に2人以上存在させてしまうことは禁じられているのです。それは異世界人が2人以上になるとその世界のバランスが崩れてしまうためです」
リンヤが言ってた通りだ。やっぱり異世界転移者は2人いちゃいけなかったわけだ。
「それなのに私は、悠斗さんをレイアードへと転移させてしまいました。本来別の異世界に送らなければいけなかったのに……。そうしていれば悠斗さんが西園倫也と戦い、死ぬこともなかったのに……! 本当にすみません!!」
またしても深々と頭を下げるエレナ。ミスしたとはいえ、そこまでされるとちょっと心が痛い。
「エレナ、気持ちはもう十分伝わったから顔を上げてくれ。別に怒ってないから大丈夫だ」
「で、でも……!」
「いいんだ。なあ、ところでリンヤはどうなったんだ?」
「西園倫也も悠斗さん同様死にました。ですが、今の悠斗さんと違って女神と会うこともなく完全に死後の世界へと葬られました」
「そっか、それを聞いて安心したぜ。だったら俺はレイアードに転移させられたことを感謝しなくちゃな」
「……えっ?」
エレナは俺の言葉にかなり驚いた様子だ。俺は話を続けた。
「だってさ、俺がレイアードに行かなかったら、リンヤの奴がもっともっとレイアードの人たちを殺しまくってあの世界は滅茶苦茶になってたはずだろ? エレナが俺をレイアードに転移させてくれたからこそそれを阻止できたんだ。そう考えたら感謝しかねえよ」
「ユウトさん……うう……。そう言ってもらえてなんだか少し救われました」
俺の言葉を聞いてエレナは涙を流した。女神も泣くんだな。初めて知った。
「なあ、ところで俺はこの後どうなるんだ?」
俺は気になってエレナに問いかけた。
俺は地球で死んで、生き返らせてもらった異世界でも死んだわけだ。一体どうなるというのだろう。
「それなんですけども、ここでは不幸な死をとげた方を異世界で生き返らせると前に説明しましたよね?」
「ああ」
「そして、これは説明してなかったですが、ルールとしては生き返らせるのは1人1回となってまして、異世界で死んだらあとはもう終わりなんです」
そうなのか。じゃあ俺はもう生き返れはしないのか……。
「ですが、今回悠斗さんが死んだのは私の転移ミスの責任が大きいというところもあって、特別措置が施されることになりました」
「特別措置?」
「はい。そしてその措置なんですけど、悠斗さんをもう一度だけ異世界で生き返らせるという措置です。しかも今の状態を引き継いだままです」
「おお、まじか!!」
ということはチートもあるし、さらにレイアードで修行して身につけた体力や魔法も持ったままってことだよな。やったぜ。
「はい! ただし、一度転移した異世界にはもう転移できない決まりなので、レイアード以外の異世界となります」
「なるほど」
そっか……。さすがにまたレイアードは選べんよな。残念。
「それでですね、どんな世界がいいですか? ある程度希望に沿った異世界へ転移させるようにと上から言われてますので、いくらか意見は反映できますよ? モンスターとかのいない平和な世界もありますし、魔王に支配された荒れた世界などいろいろありますけど……」
「うーん、そうだなあ」
希望か。そんなの決まってるじゃないか。
「やっぱり俺はレイアードみたいな冒険者がたくさんいる世界がいいな。それも冒険者がSとかAとかランク付けされてる世界だ。そういうとこを希望したい」
レイアードでは結局B級冒険者にまでしかなれなかったしな。今度こそS級になってやるんだ。
「分かりました。ちょっと探してみます。えーっと……、あ! ありました! 確認したところ他の異世界転移者もいませんし、ここにしましょう」
すんなり見つかったようだ。よかったよかった。
「では、早速転移といきましょう。時間もありませんし」
「時間?」
「ええ、そうです。もともとこの空間に人間が長くとどまることはあまりできないんです。あと10分もいれば廃人になってしまう危険もあります」
マジか……。それは勘弁だ。けど、10分あるなら……。
「なあ、異世界に行く前に1つだけお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか? 願いにもよりますが、できるだけ叶えてあげたいと思います」
「レイアードにいるエミリアとミーシャと最後に話がしたいんだ。手短に済ませるから、ここに呼んでもらえないかな?」
2人とはまともに話せずにお別れしちまったからな。異世界に行く前に少しだけでも話がしたいなあ。駄目だろうか。
「分かりました。いいでしょう」
「恩に着る」
良かった……。ありがとうエレナ様。
「では、呼びますね」
エレナはそう言うと呪文を唱え、近くに魔法陣が現れた。
そして、その魔法陣が光り出し、気付くとそこにエミリアとミーシャが立っていた。
2人は突然のことでキョトンとしていたが、俺に気付くと大きく声を上げた。
「ユウト!!」
「ユウトさん!!」
そのまま走り寄ってきて2人は俺に抱き着く格好となった。美少女2人に思い切り抱き着かれて、内心かなり動揺した。
「ユウト……! 生きてたのね! あんた、てっきり死んだかと……。本当に良かった……!」
「ユウトさん……うう……。生ぎででよがっだですううう……」
エミリアもミーシャも泣いて体を震わせながらそう言ってきた。どうやら俺が生きていると誤解しているみたいだ。まあ現にこうして目の前に立ってたらそう勘違いもするわな。
とりあえず誤解を解こう。
「あー、その、なんだ。泣いて喜んでくれてるとこ悪いんだけど、実は俺死んだんだわ。ハハハ……」
「「…………え?」」
エミリアとミーシャが同時に呆けた声を上げた。
「ああ、すまん。全部説明するよ。時間がないし掻い摘んで説明するけど聞いてくれ」
俺はリンヤとの戦いで自分が死んだことやこの空間のこと、女神エレナのことや自分がエレナからチートをもらって異世界からやってきた存在だったことなどすべて話した。
エミリアたちは最初はかなり混乱していたようだったが、ある程度は納得してくれたようだった。
そして、エミリアが口を開く。
「なんだかまだ完全には信じられてないけど、あんたリンヤとかいうS級狩りと異世界がどうとか話してたし、そこに本物の女神様もいるみたいだし、これは信じるしかないわね」
「そうですね……。びっくりしすぎて脳が追い付いてないですけど、私も信じます」
「すまんな、急ぎ足の説明で」
「いいのよ。この空間には長居できなくて時間ないんでしょ?」
「ああ」
「それにしても異世界人だったとはねえ。まあ確かに風貌がレイアードの人とは違った感じだしねえ。しかも、女神様からの加護で能力値を引き上げてもらってて、その上毎日修行もしっかりしてる。そりゃあ強いわけね。さすがよユウト、心から尊敬するわ」
エミリアが今までにないくらい褒めてくれた。さすがに照れるな。
「ハア…………、でもあんた……やっぱり死んじゃったのよね……」
エミリアはそう言うと俯いた。けれどすぐに顔を上げた。
「いえ、ごめんなさい。暗くなっても仕方ないわ。あんた、また別のレイアードに似た世界に行くらしいじゃない。そこでトップを狙うって事でいいのよね?」
「ああ、もちろんだ。今度こそ本当にS級冒険者になって最強の冒険者になってやる! だから、エミリア、ミーシャ。明るく送り出してくれや」
「ええ!!」
「はい!!」
俺たちの会話が一区切りついたところで、エレナが話しかけてきた。
「悠斗さん、すみません。そろそろ時間が……」
「おう、分かった。すまねえな、2人とも……。まだまだ話したいけど、時間みたいだ。まあなんだ。本当にお前らと出会えてよかった。いろいろありがとな」
「私も悠斗と会えて本当によかったわ。元気でね!!」
「わ、私も悠斗さんと仲間になれて一緒に冒険できて本当に楽しかったです。ありがとうございました!!」
「どういたしまして。じゃあ、俺行くよ。エレナ、転移頼む」
「分かりました」
エレナが呪文を唱え、転移魔法陣が出現する。
時間もないので俺はすぐにそこへ向かい歩き出す。
すると、後ろからエミリアとミーシャの声が聞こえた。
「ユウト! 異世界行ってすぐに死んだりするんじゃないわよ! 絶対頂点とりなさい!」
「ユウトさん! ユウトさんならきっと1番になるって信じてますから!!」
それはエミリアとミーシャからのエールだった。嬉しいじゃねえか。やばい泣きそうだ。
俺は魔法陣に向かいつつ、エールに応える。
「おうよ! 大丈夫、まかせとけって。なんせ――――」
俺は転移魔法陣に乗り、エミリアとミーシャの方へ体を向けた。魔法陣が光り出し、転移が始まる。物凄い光だ。
そして光が俺の身体を包み込み、転移が終わる寸前、俺は一言こう言い残した。
「――――異世界チートはお手の物だからな」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
そのうち別の作品も格と思うので、その際はまた読んでもらえたら嬉しいです。ではまたお会いしましょう。