第30話 交渉
俺たちは交渉のため、ガルロ新聞社へとやってきた。
ちなみに来る途中で俺は口座から2000万レードをおろし、そのお金はバッグの中にしまっている。
ガルロ新聞社の前は、ベイルの件もあってか以前来た時よりもさらに多くの野次馬で溢れかえっていた。
俺たちはそこをかき分けなんとか最前列へと到達した。
「はいはい下がって下がって! 予約のない人は入れるわけにはいかないよ!」
新聞社の社員らしき男がそう言って俺たちを制止してきた。
まあ、すんなり入れてくれるわけないか。だが、ここで引き下がるわけにはいかねえ。よーし。
「実はS級狩りについての特ダネを持ってきたんだ。予約はしてないけど、通してくれないか?」
もちろん嘘だが、それを聞いた男の目の色がみるみる変わった。
「S級狩りの特ダネだと!? それは本当か!?」
男はびっくりするくらい見事に食いついてきた。よし、これはいけるぞ。
「ああ、本当だ。だから編集長に会ってすぐに伝えたいんだ。中に入れてくれないか?」
「わ、分かった。付いてきなさい」
やった! うまくいった。これで交渉できるぞ。
「あんた、よくもまあそんなすぐに嘘をつけるわね。ホント関心するわ。前世は詐欺師か何か?」
エミリアが俺を誉めつつも少し悪態をつく。素直に褒められんのかこいつは。それに俺の前世は日本の高校生だ。まあ正確には前世じゃない気もするけども。
「いいじゃねえかエミリア。上手くいきゃいいんだよ今は。とにかく行くぞ」
その後、俺たちは男に応接室へと案内され、そこで待っているように言われた。
5分ほど待っていると扉が開き、恰幅のいいおっさんが1人入ってきた。
「やあやあ大変お待たせしました。君たちだね、特ダネを持ってきたというのは。私はここで編集長をしているダルマンという者です。どうぞよろしく」
そう言って笑顔で握手を求めてくるダルマン。俺は慌てて手を出し握手する。その後、エミリアもミーシャも握手をすると、一呼吸おいてダルマンが再び口を開く。
「では、早速ですがS級狩りについての特ダネを教えてもらいましょうか。情報料ははずませてもらいますよー。ほっほっほ」
ホントに早速だな。とりあえず特ダネなんかないことを謝らないとな。
「申し訳ない。実はS級狩りについての特ダネがあるってのは嘘なんだ」
「な、なんですと?」
ダルマンは眉間にしわを寄せた。
「で、でもことによっては特ダネよりすごい話を持ってきたんだ。聞いてくれ」
「ふむ……。まあいいでしょう。話してください」
「えーっと、端的に言うとだな。俺はユウト・アキヅキっていって冒険者をやっているんだ。今はまだB級の冒険者なんだけど、俺がS級冒険者になったていう記事を書いてほしいんだ」
「……ん? よく意味が分からないのですが……。嘘の記事を書けというお話ですか?」
「そうだ」
「うーん。なぜそんな記事を書いてほしいんだね?」
当然の疑問をダルマンは尋ねてくる。
「S級狩りを倒すためだ」
「なっ!?」
俺は素直にそう答え、ダルマンが驚きの声を上げた。
「ベイルがS級狩りにやられちまっただろ? 俺、ベイルとは最近仲良くなっていいライバル関係だったんだよ。それに色々助けてもらったりもして感謝の気持ちもある。だから仇を打ちたいし、これ以上被害を出さないためにもどうしてもS級狩りと戦って倒したいんだ。そしてそのためには俺がS級冒険者になったことにしておびき出すのが1番手っ取り早いんだ。S級狩りの動向に注目が集まってる今のこの時期に『新たなS級誕生。次に狙われるのはユウト・アキヅキか!?』みたいな感じの記事を明日の一面に載せてくれれば、きっとS級狩りもアクションを起こすだろうし、話題性で新聞の売り上げもはね上がる。俺あんたどちらにも利益がある。悪くない話だろ?」
「ふーむ……」
ダルマンはしばらく考え込むと、重い口を開いた。
「魅力的なお話ですが、その記事は書けませんな。明日の記事の一面はベイル事件についてともう決まってますし、何より嘘の記事を書くわけにはいきませんな。申し訳ないですが、帰ってください」
物凄く険しい表情でそう言われた。やはりダメか。だけどここまでは想定内。さあ、奥の手の登場だ。
「これを見てくれないか、ダルマンさんや」
そう言って俺はバッグから2000万レードを出し、机に並べて置いた。
「なっ!? こ、これは……ほほっ、お金……?」
険しかった表情がみるみる和らいでいき、ダルマンの目が完全にお金になった。どんだけ金好きなんだよおい。
「ここに2000万レードある。これをあんたに受け取ってほしい。ただし、ベイルの記事と一緒にでも構わないから、さっき言った記事も一緒に一面に載せてくれ。それが条件だ」
さあ、首を縦に振ってくれい。まあこの感じだとまず間違いなく振るだろうけど。
「だ、だ、駄目だ! こ、こ、これは受け取りたい……じゃなかった。受け取れない! わ、私は新聞社の編集長として嘘の記事は書けん!! さ、さあ、帰った帰った!」
「なっ!?」
ダルマンは明らかに受け取りたそうだったが、断られてしまった。
なんてこった……。お金に目がないなら、2000万を出せば絶対に記事を書いてくれると思ったのに……。これじゃあ計画が台無しだ。どうしよう。
俺が予想外の状況に焦っていると、エミリアが口を開いた。
「3500万よ」
「「……へ?」」
俺とダルマンが気の抜けた声を上げる。
「3500万とはどういうことかね、お嬢さん?」
エミリアは自分の通帳を取り出し、預金額をダルマンに見せた。
「見てください。私の通帳に1500万レード振り込まれてるでしょう。これもプラスしてあなたに渡すわ。これでどう?」
「お、おいエミリア! それはお前の……」
「いいから! さあダルマンさん、これで書いてもらえるわよね?」
「うう……。わ、わ、私は、そ、そそそそんなものは受け取りたーい! じゃない! 受け取れなーい! 帰ってくれーい! ふおおおお!」
尋常じゃなくお金を受け取りたそうなダルマンだが、またしても拒否されてしまった。
それを聞いたエミリアが声を上げる。
「これでも駄目だっていうの……。じ、じゃあいくらならいいっていうのよ!」
「ま、ま、まあ5000万レードでも出してくれれば書いてあげましょうかねえ。まあさすがにそんな額は無理でしょうなあ。ほっほっほ」
それを聞いたミーシャがすかさず声を上げた。
「言いましたね。じゃあこれで5000万です」
「・・・・・・ほへ?」
間抜けな声を上げたダルマンにミーシャがエミリアと同様に通帳を見せた。
「私のこの1500万レードも加算してください。これで5000万です。これで書いてくれるんですよね?」
にっこりとミーシャがそう言った。ミーシャ、お前まで……。
「ご、ご、5000万レード……。ほほっ、ほほほほほー! 分かりました! 仕方ないですねえ。書いてあげましょう嘘の記事を!! ほほー!」
何が仕方ないだ。死ぬほど嬉しそうだぞあんた。
「あ、そうだ。お金のことはくれぐれも内密にお願いしますよう。ほっほっほ」
「おう、もちろんだとも」
よっしゃあ!! 何とか交渉成立だ。
あ、そうだ。2人にお礼を言わなきゃな。
「ありがとう2人とも……。俺の無茶な交渉にお前らのお金を使わせちまって。ホントすまん!」
「何言ってるのよ。あんたに協力するって言ったでしょ。それに元々はあんたの宝くじで当たったお金だしね。別に気にしなくていいわよ」
「そうです。私もエミリアさんもこうするのが1番いいと思ってやったんです。何も問題ありません」
「お前ら……」
我ながらいい仲間を持ったなあ。感無量だぜ。
さあ、準備は整った。いつでも来やがれS級狩り。絶対ブチのめしてやる。