第87話 ミミズは、大嫌い
いや、ホントに次から次へと大変です。
(9月18日の朝です。)
僕達は、帝国政庁近くの5階建てビルの中にいた。ドエス商会という会社だ。あの『快楽の穴』やその他のいかがわしい店を、手広く経営している会社だ。
エリーさんのことで交渉に行ったら、社長のドエスさんが応対してくれた。僕の噂は聞いているらしく、丁寧な対応をしてくれた。こんな商売をしていると情報を知ると言うことが何よりも大切らしい。
エリーさんが奴隷になった経緯も知っていたが、正規の証明書付きの奴隷として、市場に売りに出ていたので、特に問題は無い筈だと言っていた。
その通りだ。エリーさんの旅行証明書を盗んだ奴、騙して奴隷市場で売った奴、奴隷証明書を偽造した奴が悪いので、ドエスさんは、事情を知っていたとしても罪に問われることは無いのが、この帝国の法律だ。
ドエスさんは、エリーさんの保証金を完済することには、特に異論が無かった。しかし、せっかく投資して、これからそれなりの利益を出し、それに保証金の利息も入る予定だったのが、全て無くなるので、その分の保障として大金貨1枚を追加して貰いたいと言って来た。
僕達は、相談したが、これから15年以上の期間、払い続ける返済金を考えると、その条件は、良心的に思われたので、その条件で奴隷契約を解除して貰った。
ドエスさんは、内心、冷や冷やしていた。あの『殲滅の死神』である。機嫌を損ねたら、うちの会社なんか灰も残らない。何とか、ここは穏便にやり過ごそう。
いつもなら、保証金の倍を貰うところだが、変に欲を出して、殺されては身も蓋もない。大金貨1枚だけ要求してみよう。なあに、返って来た保証金で、また別の奴隷を買えばいいんだ。そうだ、今度は猫人を買ってみよう。猫、可愛いもんなあ。
その後、帝国行政庁に行き、プーチキン宰相と面会して、エリーさんの身分証明書、旅行証明書を発行して貰った。エリーさんは、ここでも泣いて喜んでくれた。エリーさんとサリーは、一旦、実家に帰って貰うことにした。サリーは、もっと僕達と一緒にいたかったようだが、いつも足手まといになってばかりだったので、強くは言えなかったようだ。
エリーさんに実家までの旅費と、当面の必要なお金を渡してあげたら、またまた泣いて、お礼を言い続けていた。
夕方、ホテルでのんびりしていると、帝国亜人協会会長から招待状が届いた。明晩、協会でレセプションをやるので、ご臨席を賜りたいとのことであった。亜人協会の事は良く知らないが、きっと、トラオさんとかと繋がりのある会かなと思って承諾した。
明日の早朝、サリー達は、実家に帰る駅馬車に乗る予定だ。既に実家までの切符は買って渡している。宿泊付きのセット券だ。今日は、お別れ会だ。ホテルのレストランで、個室を借りきって、皆で楽しく食べて、飲んだ。
サリーは、ずーっと泣き続けだったが、泣きながら、良く食べていた。食後、部屋に戻る途中、エリーさんが話があるから、部屋に来てくれと言ってきた。借金の話なら、どうでも良いのにと思ったが、話を聞くために、部屋に行って、ドアをノックした。返事があったので、部屋に入ったら、エリーさんだけが起きていた。サリーは、隣のベッドで、毛布を被って寝ていた。
ベッドに座ったら、エリーさんは、ドアの鍵をかけてから、僕に抱きついてきた。僕は、ベッドに押し倒され、エリーさんが、上から覆い被さるようにしてキスをしてきた。
長いセレモニーがようやく終わった。
『ハッ』と気づくと、サリーが隣のベッドでじっと見ていた。右手がスカートの中に入っていた。
その時、ドアをノックする音がした。
「ゴロタ君、いるんでしょ。ドアを開けて。」
僕は、このままではまずいと思い、急いで服を着てから、ドアを開けた。物凄い勢いで、シェルさん達が入ってきた。既に、服を着終わっていたエリーさんが、ベッドに座っていた。サリーは、毛布を被って、寝たふりをしていた。
シェルさんは、ジト目で、僕とエリーさんを見てから、僕の耳を掴んで、部屋に連れ帰った。
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(9月19日の朝です。)
僕達は、停車場にいた。サリー達の見送りだ。サリーはずっと泣いていた。エリーさんは、皆に挨拶をしていた。僕の傍に来た時、二人の間にシェルさんが立っていた。諦めたエリーさんは、僕にウインクをして馬車に乗った。昨日、エリーさんに何をされたか、正座させられ厳しく質問され、すべてを話した僕だった。
当然、同じことをシェルさんにされたのは、皆には内緒であった。
駅馬車が見えなくなってから、皆で、冒険者ギルドに行ってみた。相変わらず、大盛況だった。ギルド前には、ポーターの少年たちが大勢いた。中には、身長が160センチ以上ある少年もいたので、僕よりも10センチ以上大きい。まだ、15歳未満のはずなのに。それなのに、鼻の下にうっすらと髭が生えていたりと、何か、僕だけが成長していないような気がした。16歳になってから、特にそう感じるようになった。
ギルドの中に入ると、いつもと変わらぬ状況だった。僕達は、ギルドに併設されているカフェで、お茶を飲んでいた。ノエルとイフちゃんは、ケーキも頼んでいた。シェルさん達は、ノエルたちを羨ましそうに見ながら、お茶だけを飲んでいた。そんなに食べたければ、食べれば良いのにと思うのだが、女性の心理は分からない僕だった。
カウンターの方を見ていると、ノエルと同じくらいの子が、冒険者達に声を掛けていた。手には依頼書を持っているので、自分の依頼を受けてくれるように、頼んでいるのだろう。たまに、依頼書を読む冒険者がいるが、相手にされていないようだ。
この前のビビのような例もあるので、シェルさんが、その子に声を掛けた。その子は、シェルさんと一緒に僕達のテーブルにやって来た。
依頼書の内容は、捜索願だった。彼女はマリ、13歳だ。彼女の兄テルは14歳で、ポーターをしている。いつもは、夜までには帰ってきているのに、昨日は帰って来なかった。近くのダンジョンに潜っているはずだが、『泊り』になるのパーティーは断っているので、帰って来ないのはおかしい。きっと何かあったのだという。
マリとテルに両親はいない。孤児院で育ったのだ。テルが12歳になってから、ポーターを始めた。もう間もなく15歳になるので、そうしたら、冒険者になるんだと語っていたテル。もし、いなくなってしまったらどうしよう。それで、マリは全財産の大銅貨3枚を持って、捜索願いを出したのだ。
ダンジョンに潜って、予定通り帰って来なかったパーティは、全滅している可能性が高い。もし、全滅していなくても、怪我をしている冒険者を、地上まで連れ戻すのは難しい。ヒールやポーションは万能ではないのだ。しかも、大銅貨3枚の成功報酬では、全く儲けにならない。それで、誰も請け負わなかった訳である。
シェルさんは、受ける気満々だった。でも、どこにいるのか分からないパーティーを、探すのは至難の技だ。僕は、テル君の匂いが付いている物がないか聞いた。お気に入りの帽子があった。僕は、その匂いを覚えた。イフちゃんにも覚えさせた。
直ぐ、出発することにした。テル君の匂いが薄れる前に入りたい。ダンジョンまで、1時間位だった。地上部から3階層までは、スルーした。4階層から、真剣に追跡を開始した。ダンジョンは、思いの外、雑多な匂いがあるので、追跡は結構難しい。でも、ホンの僅かだが、テル君の匂いが残っている。
4階層にはいなかった。もっと、下に潜ってみる。5階層、6階層と潜っても、匂いは下に続いていた。7階層は、砂漠エリアだった。空には、スピア・コンドルが飛んでいる。コンドルの嘴が槍の様になっている魔物だ。次から次へと、急降下してくるのが厄介だ。
匂いが途切れた。砂に着いた匂いは、風で拡散されて消えてしまっていた。僕達は、階段の方に向かいながら、テル君の存在を探る。どうも、よく分からない。
それよりも、砂の中に巨大な何かがいる。見えた。砂の向こうからこちらに向かって、一直線に砂が盛り上がって来た。その砂の盛り上がりは、僕達の直前で、本体が姿を現した。地上部へ出て来た本体は、巨大なミミズだった。
「「「「キャーッ!!」」」」
女性陣が、ミミズに跳ね飛ばされ、転倒した。ミニスカートが捲れ、パンツが丸見えだった。クレスタさん、冒険に紐パンはやめましょう。ミミズには、目が無く、先端部に大きな口がある。丸く開けた口の中には、細かな牙がビッシリと生えている。
僕は、気配を察知して10m位飛び上がっていたので、無事だった。1番早く立ち上がったのは、シェルさんだった。シェルさんが、ジト目で僕を見てから、キッとミミズを睨み、
「ウインド・カッター」
青白いリングが、ミミズ (サンド・ウオームです。)の首の辺りを通り過ぎて行く。サンド・ウオームの首がボトリと落ちた。『やった!』と思ったら、切り口からモコモコと首が生えて来た。キモい。シェルさんは、もう、許さないと連発する。
「ウインド・カッター」
「ウインド・カッター」
「ウインド・カッター」
10回以上連発して、厚さ1m位の厚切りハム状態にする。これでサンド・ウオームは、再生しなくなった。
その時、上空からスピア・コンドルが急降下して来た。不味い、迎撃体制が出来ていない。僕は、広範囲シールドを上空に向けて広げた。
「ヘッ!?」
コンドルは、僕達には構わず、厚切りハムに突き刺さる。突き刺さった嘴が抜けずにバタバタしていたが、その内、抜けて、サンド・ウオームの肉を食べ始める。尖った嘴が邪魔をして、非常に食べにくそうだった。
後で聞いたら、最初の急降下は、まだ他の魔物と争っている時の名残りで、今は、カッコいいから、最初に見せているだけだそうだ。こいつらも、残念な魔物コンドル達だった。サンド・ウオームの本体は、砂の中なので、魔石回収を諦めていたら、クレスタさんが、土魔法を使った。サンド・ウオーム本体の下の砂を持ち上げたのだ。
サンド・ウオームの全体は、絡まっている紐状態のミミズだった。超キモい。誰も魔石を探しに行こうとしない。諦めよう。
ん、アレは。サンド・ウオームの胴体の所々が膨らんでいる。あれは、きっと。誰も、行かないので僕が行くことにした。パンツまで脱いで、膨らんでいる所を切り裂く。あの、皆さん? どこをガン見しているんですか?
切った場所から、嫌なドロドロと一緒に真っ白な繭が出てきた。繭を破ると、血なまぐさい液体が流れ出し、中から人間が出てきた。
十数個の繭を取り出し、次々に割いて行ったが、5体満足だったのは、最初の繭だけで、後は、溶けかかっていた。ノエルが、最初の子にヒールをかけて蘇生させた所、その子がテルちゃんだった。
魔物も残念な魔物が多いです。