第84話 グリフォン、死の咆哮
郡長官も大変です。
郡長官公邸での夕食会は続いていた。
最後に、ギアナ協会長が、ゴロタに感謝の言葉を掛けてくれた。最近、亜人に関する法令改正があって、亜人の人権も、人間族と同等となってきた。また、奴隷も人間の奴隷と同じ扱いをすることが義務付けられた。これも、ひとえにゴロタのお陰だと。
ゴロタは、キョトンとした。そんな事は思ってもいなかった。何もしていないし、何かする予定もない。何故、そんなことを言われたのか心辺りは無い。
郡長官が、ダブリナ市の事件の事を話題にあげ、あれはゴロタ殿の奴隷解放運動の一環だったのでしょうと言われた。
これだけは、はっきり言わなければいけないと思い、シェルさんに頼んでちゃんと言って貰った。
私たちは、決してそのような活動をしたつもりはありません。ただ、一人の奴隷の男の子が鞭で打たれて死んでしまって、その子を助けてあげることが出来なかったのです。
ダブリナ市の最高権力者のダンカン氏に、犯人の処罰と奴隷小屋の是正をお願いしたのですが、鼻で笑われてしまいました。
それで、奴隷小屋の人達を助けてあげようと、向かっている途中に衛士隊やゴロツキどもが襲ってきたので、仕方なく殲滅したのです。
市内を出て、工場に行くまでに、衛士隊とゴロツキの集団は全滅しました。
それで、工場の中で働いている人達を助けようとしたら、北の方から帝国軍がやって来たのです。何故、やって来たのか分かりませんが、ゴロタ君がこれ以上、南の方に行かせてはいけないと思って、部隊に近づいたら、軍の方が先に魔法と弓矢で攻撃してきたのです。
あの軍の人たちは、その時、初めて見る人達ばかりだし、ダンカン氏とは関係が無いと思ったのですが、このまま放置すると、せっかく助け出した奴隷の人達が大勢殺されると思って殲滅してしまったのです。最初から、攻撃する気など、まったく、ありませんでした。
聞いている皆は、息を呑んだ。初めて聞く真実。そんなことがあったなど、誰も知らなかった。きっと、皇帝陛下でさえ知らないと思う。ビルト長官は、一生懸命メモをしていた。
夕食会は、平穏に終わった。ゴロタ達は、謝意を述べて、公邸を後にした。ホテルに帰る途中、シェルさんがゴロタにキスを求めてきた。ゴロタは、周囲に誰もいないことを確認してキスしてあげた。この時、初めてゴロタの方から舌を入れてあげた。
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(9月12日です。)
ゴロタ達は、帝都に向かうことにした。帝都までは、約400キロ。馬車で5日間の旅だ。途中、町が4つ、村が1つあり野営はない。
これからの道のりは、帝国軍の警護が付く。途中、帝国軍の駐屯地が3つあるのだ。この駐屯地から、それぞれ派遣されてくる。最初の警護部隊は、セント市駐屯部隊からの派遣だ。エンドール司令官の部隊で、20名の騎馬隊だ。随行で、1台の輜重車が、途中の休憩のため付く。
駅馬車は、8頭立の8人乗りだ。ゴロタ達は、7人なので、もう一人乗って来るかと思っていたが、他の馬車に乗ったので、貸し切りのようになった。サリーは、初めて乗る馬車に興奮していた。興奮しても良いが、窓から身を乗り出すのはやめて貰いたい。どうやら、耳に当たる風が面白いらしい。耳がピクピクするとともに、丸いシッポもピクピクするのだが、その度にミニスカートがめくれて白いパンツが見えてしまう。シェルさんが、サリーを窓から引きずり降ろして、ちゃんと座らせた。
イフちゃんが、ゴロタに念話で話しかけた。
『東の空から、何か危険が飛んで来るぞ。あれは、何じゃ。ああ、グリフォンじゃ。』
ゴロタは、グリフォンというものを見たことが無かった。
右側の窓から外を見ると、遠くから何かが飛んでくる。ゴロタは、まだ『遠見』スキルが解放されていないので、もう少し近づかなければ、どんな魔物か分からない。でも、大きな何かの周りで、少し小さいものが飛び回っているのが見えてきた。
警護の騎馬隊も気が付いたらしく、陣形を取って、待機していた。5人ほどが、弓矢を構えていた。ゴロタ達も、降車してイフちゃんに装備を出して貰っていた。ゴロタは、最初から、鎧は付けていたので、小手と脛当てを装備するだけだった。どうも、ブレザータイプの上着に、小手は合わないような気がする。
シェルさんは、矢を30本、地面に突き刺して準備をする。クレスタさんが、高さ120センチの土塁を土魔法で作り出し、いつでもシールドを張れるようにしていた。
グリフォンが近づいて来た。ワイバーン5匹を引き連れている。
グリフォンは、頭と羽が鳥の鷲のようで、胴体がライオンのようになっている。いわゆるキマイラのようだが、合成されている訳ではなく、神の時代からあの姿で生まれたらしい。口からは、謎の音を出し、その音に触れると、スパッと切れてしまうらしい。
最初に、騎馬隊の兵士さん達が弓を放った。ワイバーンやグリフォンに当たったが、全くダメージを与えられない。次の矢をつがえる前にワイバーンの攻撃を受けてしまい、隊形がバラバラになってしまった。何人かの兵士さんが、ワイバーンの爪の犠牲になっていた。
シェルさんとクレスタさんが、対ワイバーン戦法により5匹を一度に落とした。しかし、不用意に近づくと毒攻撃があるので、兵士さん達も隊形を立て直すだけで、近づかない。エーデル姫とノエルがプチファイア・ボールを口の中で爆発させる。
もう、毒は吐かない。警護の騎馬隊の方達が攻撃を始めた。しかし、鋭い牙とシッポの攻撃があるので、盾を構えて接近し、槍でチクチク攻撃をし始めた。対ワイバーンの王道的攻め方だ。時間はかかるが。
問題は、グリフォンだ。ワイバーンが落とされるのを見て、かなり高いところを飛んでいる。このまま、逃げてくれれば、こちらとしても助かるのだが。
しかし、そう簡単には逃げてくれない。あの魔物は、馬を狙っているらしい。雄の馬は、食べてしまうのだが、雌の馬は犯して、自分の子供を産ませるらしいのだ。
どうも良く分からないが、そうらしいのだ。それで生まれてくるのがヒポグリフという魔物らしいが、これは、下半身が馬の魔物だそうだ。
シェルさんが、1本だけつがえて、身体強化を最大にしている。身体が真っ赤に光っている。狙うのは、背中の翼の付け根だ。しかし、直接は狙えない。グリフォンのライオンの身体が邪魔をしているのだ。しかし、シェルさんは、『誘導射撃』ができるので、大丈夫だろう。矢を放った。
ビューーーーッ!
矢は、300m位上空のグリフォンに真っ直ぐ向かっていった。グリフォンの近くまで飛んだら、進路を変えて、翼の付け根に命中した。らしい。良く見えない。
しかし、それが命中したことの証に、グリフォンの左翼が吹き飛んだ。同時にグリフォンは地上に向けて自由落下を始めた。地面に激突する寸前、グリフォンは、黄色い光を放って、空中に静止した。それからゆっくり地上に降りて来た。
グリフォンは、地上に降りてから、大きく口を開けて、兵士たちに向けて叫んだ。耳が痛くなるような高音の声だった。瞬間、生き残っていた兵士さん達が、盾もろ共上下に切り裂かれた。後ろにある馬車まで、ザックリ切れている。中に乗車している他のお客さんはどうなったろうが。
次に、シェルさん達に向かって、同じ動作をしたが、クレスタさんのシールドにより、見えない音のカッターは反対側に弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた音のカッターは、グリフォンを襲った。グリフォンの首が落ちた。戦闘は終わった。バカなグリフォンだった。
ノエルが、前の方の馬車を見に行ったが、乗車していたお客さん達は、車内でしゃがみ込んでいたので無事だった。しかし、ドアや窓など、高い部位については、使い物にならなかった。
20人の遺体は、輜重車に乗せて、次の駐屯地まで運ぶことにした。イフちゃんに頼んで、グリフォンの頭と胴、ワイバーン5匹をしまって貰った。今日の目的地リン村に到着した。兵士達の遺体を載せた輜重車は、この先の駐屯地まで向かった。
ゴロタは、1人で、輜重車の後を追いかけ、一緒に駐屯地に着いた。駐屯地に居たエンドール司令官に会って事情を説明しようとしたが、上手く説明できなかったので、イフちゃんに出て来て貰った。
兵士さん達が仕留めたワイバーン5匹を出して貰って、エンドール司令官に渡し、死んだ兵士さん達の弔慰に使ってくれる様に頼んだ。
ワイバーンは、素材だけでも、1匹、大金貨2枚はする。死んだ20名の兵士には、充分過ぎる額になる。エンドール司令官は、泣きながらゴロタの手を取って感謝した。
ゴロタは、走って村に戻った。走りながら泣いた。あの兵士さん達は、死ななくても済んだはずだ。ゴロタだったら、全く被害なく殲滅できた。
いつもそうだ。ハルちゃんの時もそうだ。どうしてやるべき時に、やる事が出来ないのだろう。
後悔しても仕切れない。胸が熱い。力が渦巻いている。誰か、この熱い力を沈めてくれ。自分の中で、何かが生まれようとしている。ゴロタは、意識を失いながら走り続け村に着いた。
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ゴロタは、ベッドで目が覚めた。シェルさんが、目を真っ赤に腫らして見つめていた。
ゴロタは、何があったか、直ぐには思い出せなかった。あ、胸。ゴロタはシャツを脱いで、左胸を見た。あのマークが、少し赤くなっていたが、特に変化は無かった。
シェルさんが、不思議そうにマークを見て、手の平を当てて来た。冷たくて、気持ちがいい。
「ゴロタ君、最近、寝ている時にうなされたり、変だよ。このマークと関係あるのかな。」
ゴロタには、分からなかった。昨日、走りながら感じた事も、はっきりとは覚えていない。だが、何かが変わろうとしているのは確かだ。
紅い剣とシルと胸のマーク、なんだか分からないが、関係があるような気がする。
あ、お腹減った。
ゴロタは、昨日の夕食を食べていない事に気が付いた。
罪もない人達が大勢死にました。優しいゴロタは、心臓が張り裂けそうです。




