第2部第302話 闇の帝王その2
(7月21日です。)
ちょうどその頃、洞窟内の冥界へと続く岩盤が『ピシッ!』という音とともに、ヒビが入り始めた。ちょうど鳥の卵が孵化する際に内側からヒビが入るように。デーモンロードが10日以上の期間、岩盤を崩していたのだ。
ガラガラガラガラ!!!!
岩盤が、細かな石となって崩れ落ちた。中から出てきたのは、埃まみれのベリアルだった。岩盤を削り始めてから11日、ようやく魔界に通じる洞窟に出てくることが出来たのだ。ベリアルは、空間転移が自由にできるほどの魔力量を保有しておらず、空間転移のための魔法陣か転移石の力を借りなければ任意の場所への転移が出来なかったのだ。上司であるマジェスティから預かった転移石は1個だけ。それは魔界から冥界へ帰るために使う大切な物だったので、使う訳にも行かず、本来だったら魔界へ通ずる転移魔法陣からコツコツと岩盤を削ってようやく、この洞窟までたどりついたのだ。
「ペッ!ペッ!ああ、ひどい目にあった。何とかここまで出て来られたが、誰だ?こんな岩で出入口をふさいだのは。まあ、いい。しもべ達を呼ぼうではないか。」
ベリアルは、その場で召喚の儀式を行った。緑色に光り輝く魔法陣が地面に現れ、その中心から次々と醜悪な姿のデーモンを呼び出した。呼び出されたデーモンは、外見はゴブリンのようだったが、身長が170センチ位あり、ゴブリンとの大きな違いは背中に黒い蝙蝠のような翼が生えていることと、頭には1本の毛も生えていない事だった。いわゆる最下級のデーモン、レッサーデーモン達だった。今、召喚されたのは20体、ベリアルにとっては最大数であったが、自分としては軍団を呼んだつもりのようだ。
レッサーデーモン20体を連れて洞窟の外に出てみると、はるか南に街が見えた。ベリアルは、ニヤリと笑ってレッサーデーモン達に町への攻撃を命じた。『街の住民は、殺せ、奪え、燃やせ。』だが、今回の襲撃の目的は魔人族の中から『草』と呼ばれるスパイを獲得することだ。そのため6歳から8歳の幼児を連れてくるように命じた。幼い子は、意識を奪い洗脳するのも容易なのだ。それに洗脳が駄目だったら餌にしてもいいし夜の楽しみにもできるのだ。レッサーデーモンたちは、手に手に二股の槍を持って街に殺到した。高度50m位の高さで飛翔していく。街までそれほど距離はないようだ。今日中にめぼしい対象の拉致は終了するだろう。自分が行くほどのことはあるまい。しもべどもが何人かの幼児を連れてくるだろうから、今日はそいつらで楽しむことにしよう。場所は、あの協会の中がいいだろう。ベリアルは今日の夜に行われるであろう享楽の宴を想像して愉悦が止まらなかった。しかし、その考えは、見事に撃ち砕かれてしまったのだ。
エーデル市に殺到したレッサーデーモン達は、街を警備しているアンドロイド兵の対空火器の餌食となっていた。街の北側、教会の裏から飛び立った段階で、エーデル市の防空警戒網に感知されており、アンドロイド兵達は、対空追尾ロケット砲『FIM-92スティンガー』を使用して城壁の上から一斉射撃をした。このミサイルは、赤外線追尾式だが、赤外線のみならず微弱な魔力も感知してホーミングする改良型である。レッサーデーモンは飛翔こそできるが、機動性は皆無であり、単にパタパタと飛ぶことができる程度である。そのため、高速で飛来するミサイルを躱すことなど全くできずに、10分ほどで20体のレッサーデーモンは跡形もなく消滅してしまった。それを見ていたベリアルは、自分の目で見ていたことを信じられずに口をアングリと開けたままであった。
「な、なんだ、あれは。何かが飛んできて爆発するなど。そんな武器など聞いたことも無いぞ。あれは、武器、いや火魔法の一種か。それにしても低級とは言えレッサーデーモンを、一撃で倒すなど聞いたこともない。この世界では一体何があったのだ。」
ビルゲは、オークとともにエーデル市の西門から市内に入ろうとしていた時、市内から警報のサイレンが鳴るのを聞いた。すぐに、大きな爆発音が何発も聞こえてきたので、何かとんでもないことが起きているのかも知れないと感じたが、西門の警備兵は、大きな動揺もせずに西門の前に並んだ入場待ちの列を次々と処理していた。ビルゲの番となったので、何があったのか聞くことにした。
「北の門の方で何かあったのでしょうか?」
「ああ、なにかデーモンの襲来があったようですが、北門の警備部隊が殲滅したそうです。まあ、空から我が町へ襲来するなど、まったく何を考えていることやら。」
え、 空からデーモンが襲来?それで殲滅?いったいどうやって?
デーモンと言えば、最下級のレッサーデーモンでさえ、普通の人間なら20人掛かり出なければ勝てない筈なのに。あの、謎の火矢はそれほどの威力があるのだろうか。でも、あの火矢は、爆発はしなかったので他の武器なのだろうか。まあ、何があったのかは市内に入れば分かるだろう。
「ところで、あなた達は何処から来たのですか。旅をされているようですが、西から来たと言うことはあの大森林から来られたのですか?
エーデル市は、大陸の北東に位置し、西は『大森林』と呼ばれる未踏の森が広がっている。南方の海までは幾つかの街や村があるが、圧倒的に人口がすくないため、魔物や野獣が数多く生息しているデンジャラスゾーンだ。
「はい、私は、西の大森林の麓の村から来ましたが、こんな大きな街は初めてなので、何をどうしたらよいか分からず、困っていたのですよ。」
「後ろのオークの方はお仲間ですか?」
「はい、私の警護のために村から付いてきてもらったのです。」
「あなたの格好から貴族とは思われますが、貴族証はお持ちですか?」
「いえいえ、私はしがない村長の息子です。これが証明書です。」
ビルゲは、適当に作った証明書を提示した。冥界で使用していた王城立ち入り許可証をまねて作ったもので、氏名と年齢それと出身地だけが書かれている。本物の立ち入り許可証は、発行者の署名押印と爵位がきちんと書かれているのだが、当然にそこは省略したものだ。
「この証明書では、要件が満たされていませんが、犯罪歴が無ければ入場は可能です。この機械に手を差し入れてください。あ、そちらのオークの方もお願いしますね。」
「ブヒ!」
ビルゲの連れているオークは魔物であるため、こちらの言葉は理解できるが、発声器官のせいか
o自分から話すことはできない。しかし、ビルゲから命じられておとなしく手を差し伸べていた。
「はい、二人ともOKです。ようこそエーデル市へ。」
エーデル市の代官屋敷では、皆が緊張に包まれていた。この地を統治しているエーデル皇后陛下とクラウディア上級事務官が来庁しているからだ。用件は、昨日のオークとゴブリンの混成集団による襲撃事件に関してだ。襲撃そのものは小規模なものだったが、領内で亜人から襲撃を受けるなどゴロタ帝国になってから始めてのことなので、わざわざ領都から調査に来ることになったのだ。その最中に、また北門でレッサーデーモンの襲撃があったのだ。レッサーデーモンは、存在することは話には聞くが、ここ300年、目撃証言がない魔物だった。
エーデル市の代官は、もとレブナントのブロッケンという男で、もともとは行政庁支所の支所長をしていた文官であった。レブナントだった元町長は、ボラード領主がなくなって街を支配していた貴族達と王都へ逃走していたので、それからはブロッケンがグール人出身でありながら代官をやっている。
昼過ぎ、エーデル皇后陛下一行が転移ゲートを使って来庁されてきた。会議室に於いてブロッケン代官をはじめサラ国防軍総司令官、それとエーデル市警察署長から状況報告が終わり、質疑に入った。質問は、おもにクラウディア上級事務官からだった。
「ブロッケン代官殿、それで昨夜、北門に押し寄せてきた賊は何名だったのですか?」
「はい、ゴブリンの遺体が25体、オークの遺体が2体、逃走した者の内訳は分かりませんが、それほど多くなかったようです。」
「それで、今朝の襲撃はどのような状況でしたか?」
「はい、国防軍の哨戒レーダーによれば、襲来したのはレッサーデーモンで、20体、すべて撃墜したとのことでした。」
「北にある廃墟の教会から飛来したのですか?」
「いえ、レーダーによると、教会の先の山にある洞窟から飛来したようです。」
「それでは、昨夜のゴブリン達もその洞窟からですか?」
「それは分かりません。何分、情報が少なすぎて。」
「分かりました。サラ国防総司令官、アンドロイド兵と冒険者の調査隊を編成してください。エーデル市民は、当分の間、北部及び西部方面への外出を禁止します。冒険者は、シェルブール市からも募集してください。調査範囲は、北の教会と、その先の洞窟内及び西の大森林です。期限は1週間とします。」
「冒険者ですか?この世界では、冒険者はそれほど浸透しておらず、上位冒険者はまだまだ少ないのが現状です。オーク程度なら何とかなると思うのですが、レッサーデーモンの群れとなると、1個大隊以上の体制が必要かと思われます。」
じっと聞いていたエーデルが口を開いた。
「分かりました。それでは、私が北の教会と洞窟の調査に参ります。冒険者とアンドロイド兵の混成チームは西の大森林の調査をお願いします。」
「あのう、エーデル様、調査はエーデル様お一人で行かれるのでしょうか?」
「いえ、私には強力な助っ人がおりますので、その子の準備が整い次第出発いたします。」
エーデルがいう強力な助っ人、それは今、シェルナブール市で夏休みの計画を練っているマロニーを指していることは言うまでもなかった。