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第2部第301話 闇の帝王その1

(7月20日です。)

  魔界のティタン大陸北西部には、標高10000m級の山々が連なり、何者も寄せ付けない大陸の壁となっている。その山脈の麓付近、数百メールの高さの位置にある洞窟は、以前、冥界と結ばれておりゴロタにより最奥部が厚い岩盤で閉ざされてしまい、獣はおろか虫一匹さえ出入りすることはなくなっていた。


  太陽が西に傾きかけたころ、その洞窟の入り口付近に空間の揺らめきが現れ、その中から一人の男が出てきた。年齢は30歳位、髪の毛は真っ黒でオールバックにしており、身長こそ190センチ近くあるが、痩せていてまるでスケルトンのような体格であった。病的なまでに白い肌と整った顔立ち、黒の貴族服上下を身にまとっている男は、一見、この世界の貴族のような雰囲気を醸し出している。しかし、男が、ただの人間でないことは、上端がとがった耳と血走った目、そしてなによりニヤリと笑った口からは長い犬歯がみえることであった。


  男は、洞窟の中で、手に持ったステッキを高く掲げて

    『****』

と何やら呪文を唱えた。そのとたん、ステッキの先から禍々しい気配があふれ出し、洞窟の中に流れ込んでいった。暫くすると、洞窟の中から、蝙蝠や気持ちの悪い虫たちがあふれてきて、入り口から次々と飛び出していった。洞窟から出てきた男は、右手を口に当てて、『ピーッ!』と口笛を吹くと、はるか南の森から、砂煙を上げて何かが向かってきた。それは、体長2mで下あごから大きく牙を伸ばしている『ファングウルフ』や、見た目はイノシシだが額に1本、鋭い角を生やしている『ホーンボア』の群れだった。蝙蝠や気持ちの悪い虫、それと集まって来た魔物達は、男の前でじっとしている。まるで男の命令を待っているかのようだ。


  男は、集まった魔物達を睥睨してから、ニヤリと笑い、ステッキを頭上高く掲げた。


  「私は、冥界の崇高な貴族にして、冥王様から特別な立場を与えられた『ビルゲ』だ。お前たちは、私の剣となり盾となり、この世界を征服する力を出して貰う。いざ、我に続け。」


  ビルゲは、取り敢えず南に向かうことにした。洞窟は、山脈に連なる山々の中腹にあり、山頂部は1キロ四方以上の広大な平地が南側に広がっていた。しかし、岩山のために樹々は生えていない。僅かに雑草のような草が生えているだけだった。岩山の南端には、その岩山をくり抜いたようにして教会のような建物が建っていた。かなり高い建物だが尖塔の先まででも高さ50m位だろうか。その教会を中心にして南側に町が広がっていた。荒れ果てた教会の中には人の気配はない。無人の様だ。ビルゲには野望があった。10年ほど前、人間界でアンデッドを主体とした魔物の国を作ろうとしたが、小さな男の子供lにやられてしまった。その時は、冥界に逃げ帰ったのだが、今回、偉大にして絶対に名前を呼んではならない冥界の王たる存在が、かつて支配していた魔界を人間風情に奪われ、その後、100年は魔界には手を出さないと決めたと上位貴族の方から聞いたとき、自分にも爵位を上げるチャンスが来たのではないかと思ったのだ。ビルゲは、冥界の血統順位第128位だ。爵位は準男爵、かろうじて貴族と呼ばれる立場で、勿論、冥王や公爵に直答などしたことはない。それどころか、王宮においては、控えの間の末席にしか席がなく、謁見や直参などとんでもないほど軽い立場だ。しかし、その軽い立場が、魔界への手出しを禁止された通達について聞き漏らしてしまったようだ。


  ビルゲは、魔界の支配が立たれたのは。この世界の代官である3賢人がだらしなかったからで、冥界の軍団を率いて魔界に降臨すれば1週間以内にはこの世界を冥王様に献上できるだろうと考えていた。しかし、ビルゲ程度の低位の吸血鬼では、支配できる魔物は、爵位を持たない陪臣の吸血鬼か、冥界に住み着いているアンデッドや魔獣、それに亜人位だ。本当は、下級デーモンの力も借りたかったが、吸血鬼一族を敵視しているデーモン族が協力してくれるわけもないのだ。


  ビルゲは、教会の裏手、街から見えない位置に魔法陣を書き始めた。魔法陣の大きさは直径5mほどである。魔法陣が完成した次には、ステッキで瘴気を流し込んでいく。薄い靄のような瘴気が魔法陣の中心に吸い込まれていく。暫く、すると、魔法陣の中央に黒い穴が開いて、中から何かが出てきた。でてきたのは、緑色の肌で身長が120センチ位しかないゴブリンだった。この世界ではゴブリンは、集落の周囲にコロニーのようなものを作って集落と共存して暮らす亜人であったが、ビルゲの召喚したゴブリンは、知能こそある程度はあるが、人間に対する憎しみを持ち、そして食欲と性欲に塗れた魔物であった。しかし、一般の魔物と違い、ビルゲに対する忠誠心があらゆる欲望よりも勝っている特異個体だった。


  ビルゲは、召喚をいったん中断して魔力が回復することを待っていた。ビルゲの魔力と魔法スキルでは、ゴブリン程度でも、群れで呼び出すことなどできず、また再召喚するためには30分程度の休息が必要であった。しかし、ビルゲは食事を摂らず、また睡眠もとらずに召喚を続けて行った。ゴブリンが100体になった時、3日目の朝、ゴブリンは100体の群れになった。次に、ビルゲはオークを召喚した。オークの召喚は、3回に1度は失敗するようで、30体のオークを召喚するのに3日もかかってしまった。しかし、なんとかオークとゴブリンの混成魔物軍団を編制することが出来た。これ以上、大きな魔物は、魔力が完全回復してから召喚することにして、取り敢えずは、アジトいや帝王の君臨する城を整備することにした。まあ、城と言っても教会の中を掃除して住環境を整えるだけなのだが。ビルゲは、ゴブリンとオークの部隊に近隣の町に行って女をさらってくるように命じた。ビルゲの身の回りを世話する僕が欲しかったのだ。しかし、オークやゴブリン達は、人攫いの前に空腹を何とかしたかったので、オークの代表がビルゲに直訴を始めた。


  ビルゲの前に土下座したオークのリーダーが、頭を下げたまま、ビルゲにお願いをした。


  「偉大にして至高なる御方に申し上げます。御方の有難き命令のついでに、街で人間などを食することをご許可願います。」


  「好きにするがよい。」


  旧ボラード侯爵領の最北端の街ブレバタ市、今はゴロタ帝国ティタン大魔王国領エーデル市と言うが、既にレブナントやグールは皆人間になっている。街の警備は、侯爵領騎士から人間になって、そのまま帝国国防軍や警察本部編就職した者が200名、帝国から派遣された部隊が200名、それに完全装備のアンドロイド兵が200体が担っており、皆、自動小銃や拳銃で武装しているのだが、そんなことは知らないビルゲは、オークを指揮官とした30名程が街に行けば容易に目的を達成できるものと考えていた。あと、使えない女子供は、そのまま人質にして、街の有力者から食物などを貢がせても良いかなと安易に考えていた。


  その日の夜、オーク5体とゴブリン25体で編成された略奪部隊が、エーデル市の北門に到着した。北門まで200mの地点まで接近した時、『ボスッ!!』、突然、城門の上から炎が上空に打ち上げられた。その炎は上空で真っ白な選考となってユラユラと揺れながら地上に落ちてきた。ゴブリン達のいる地上は真昼の様に明るい。城門から大音量の声が聞こえてきた。


  「君たち、どこから来た?武器を捨てなさい。ゴブリンの難民村は、もっと東にあるから、そちらに向かいなさい。」


  オークの指揮官は、何を言われているのか分からないが、夜の闇に紛れて街に侵入することは失敗したことは理解できたようだ。それぞれの武器を抜きはらって突撃を開始する。城の者達は夜目が効かない。そのため、弓矢や魔法などの遠距離攻撃はできないだろうと思ったのだ。しかし、彼のその考えはすぐに訂正を余儀なくされた。彼の耳元を5.56ミリ弾が音速ですり抜けて行ったのだ。次の瞬間、次弾が彼の胸に命中した。周囲をみると次々とゴブリン達が倒れていく。ゴブリンは、獰猛ではあるが攻撃力、守備力とも脆弱だ。夜目の効くオークには、周囲の惨状が良く分かった。まして、夜空には真昼の明るさのような照明がある。オークの強力な再生力で傷口が見る見る塞がって行ったが、このままでは奴らの謎の武器の餌食だ。オークの指揮官は撤退を指示した。と言っても、撤退できたのは彼を含めてオークの下士官3名だけだった。


  翌朝、ビルゲ達は、北の山脈に向けて逃走を開始した。もっと大部隊でなければ、あの街を攻め落とせないと理解したのだ。ビルゲの予定は大幅に狂ってしまった。とりあえず、北の山脈の中腹、安全な場所まで後退することにした。深い森が連なっているので、逃げることさえできれば、なんとか部隊を立て直せるだろうと思ったのだ。幸いなことに、季節は夏、森の中なら獣や木の実もふんだんに収穫できる。召喚したオークやゴブリン達は何とか秋まで生きて行けるだろう。その間に、部隊の立て直しをすればよいのだ。しかし、あいつらは一体何だったのだ。そもそも、我々が接近したことをどのようにして分かったのだろう。魔人族や人間族、それにグールやレブナント達に夜目がきく種族がいるなど聞いたことも無い。


  ビルゲの血統順位では、空を飛んだり透明化することはできない。ビルゲにできることは、低級魔物を召喚することと、血液を吸うことによって眷属を増やすこと位だ。あと、簡単な変身、つまり犬歯と耳を隠すことが出来るくらいだった。空間転移もできるが、自分一人しか転移することができない。有効な戦闘手段を持たないビルゲにとって、考えられる攻撃手段はもっと時間を掛けて低級でも魔物を数多く召喚し、あの街を襲うこと位しかないだろう。そう、500体は必要かもしれない。でもその前に、あの街に潜入して警備の実態を把握する必要がある。ビルゲは、オークの下士官1名を引き連れて、街に向かうことにした。


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