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第2部第295話 商業ギルドその3

  その日の夜、また『ロブ織布工房』に行って、今度は堂々と中に入ってみる。勿論、メイド魔法の『気配消去』を使っている。なんか、女工さん達が並ばされていた。魔人族の女の子が7人に、ゴブリン族の女の子が3人だった。


  「今日は、何だ。不良品が3つも出たぞ。3つとも、マリとゴラの組じゃあねえか。今日は、お前らは飯抜きだ。」


  「あのう、ゴラちゃん、熱が出て具合が悪いんです。だから、織機を上手く操作できなくって。明日、私が頑張りますから、ゴラちゃんを休ませてくだpさい。」


  「そんなの言い訳になるか。なら、マリ、お前がずっと織機をやっていればよかったじゃねえか。」


  「そんな・・・。」


  「よし、今日は解散。飯を食ったらすぐに寝るんだ。明かりだってタダじゃあねえんだぞ。」


  皆、とぼとぼと工房の裏に向かう。どうやらそこに寮があるのかなと思ったら、裏の作業場の奥に階段があり、工房の天井下の両端に棚が設けられていて、そこが寝台になっているみたい。作業場には、黒パンとスープが置かれていたが、小さなお椀にスープを入れて、黒パンを1個持って、作業場の隅に座りこんだ。テーブルはあるが、糸や糸巻きなどで一杯で、食器を置くスペースなど無いようだ。さっきの二人は、そのまま、階段を上がっていく。あいつに黒パンの数を数えられて、食べた事がバレるともっと酷い目に遭わされるからだろう。


  私は、二人の後をついていく。2階には、粗末な寝具が敷き詰められていた。二人は奥の方に入って行って、毛布にくるまる。きっと空腹を我慢するには、眠るしか術がないのだろう。私は、二人の前で『気配消去』を取り消した。二人にとっては、私が急に現れた様に思えたろう。


  「ヒッ!」


  「シーッ!静かに。何もしないわ。」


  二人は、私が小さな女の子なので安心したようだ。私は空間収納からサンドイッチとチーズ、それにミルクを出してあげる。2人は、最初は用心していたが、空腹には耐えきれなかったようだ。恐る恐る受け取って食べ始めた。一口食べたら、美味しかったのか目をまん丸にして、夢中で食べ始めた。これで安心。私は、そのまま階下に降りて、事務室の方に行ってみる。事務室は、奥の食堂やトイレ、材料庫とは離れたところにあり、中には何人かの人間がいるようだった。


  「社長、今日の生産高は、このようになっております。」


  「うむ、少し綿布の生産が低いな。それに絹織物も品質が落ちているではないか。どうしたんだ。」


  「へえ、どうも新しく雇ったゴブリン共の技術が低くて。しかし、魔人達では給料もそうなんですが、食費などの維持費が高くなってしまいまして。ここや給料も安く、食費もすくないゴブリンを大量に採用したらどうでしょうか。」


  「そこを何とかするのが、お前の役割だろう。前のように、小さい子供達なら脅しつけるだけで何とかなったのに。ゴブリンの子では、品質が維持できないだろうに。まったく、ゴロタ帝国の法律はやりにくくてしょうがない。」


  彼らの話によれば、帝国の労働基準法ギリギリのところで操業しているみたいだ。ということは、働いている子達は、ここで働いていることにより、ある程度の収入があるのだろう。私は、そっと事務室の前から離れて行った。そのまま、帝国領主館のクラウディア様をお尋ねした。


  クラウディア様には、すぐにお会いできたんだけど、工場の様子を報告したら、難しい顔をされていた。どうやら、私が見てきた状況では、直ちに犯罪にはならないみたいなの。えーと、帝国憲法では、『罪刑法定主義』という原則があって、キチンと条文化された法律に違反しない限り、たとえ皇帝陛下が気に入らないからと思っても、人を罰することが出来ないんですって。でも、それじゃあ違法ギリギリのグレーゾーンの所で働かせられているあの子達を救う手立てがないことになってしまうわ。


  クラウディア様、部屋の外に出てどこかに行ってしまわれたんだけど、直ぐに戻ってこられた。手には、1枚の紙を持っていて、それを私に渡してくれた。紙に記載されている内容は、皇帝陛下から私への委任状だった。あの『ロブ織布工房』を国営とするために、接収する事務を代行する代理人への委任状だ。あの工房を正当な対価で買い取ることを国費で実行するみたい。その代理人って、それ、もしかして、ここの行政庁の職員さん達の能力を無視していません。でも、相手が、暴力も辞さないような連中で、法外な値段を吹っかけてくるような場合、ここの行政庁の職員ではほぼ無力なのだそう。まあ、分からないことも無いけど、だからと言って、何故、私が?


  クラウディアさんが、あの工房を買い取る最低条件を教えてくれた。帝国通貨で3億ギル、大金貨30枚ですって。あの工房にそれだけの価値があるのかどうか分からないけど、あの工房に既存の『力織器』があるので、接収してからすぐに操業ができると同時に、現在、働いている女工さん達の職を奪わないですむのが魅力みたい。まあ、巨大な国家予算からすれば3億ギルなんて、微々たるものだろうけど。




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(7月5日です。)

  今日の午後、私と行政庁産業育成課から派遣されたブルニエさんの二人で、『ロブ織布工房』を訪ねた。ブルニエさんがきちんとアポを取って貰っていたので、特に問題もなく、工房の奥の事務室に案内された。そこには、人間族の中年女性が1名と40歳位の男性が待っていてくれた。この男が、この工房のオーナーである『ロブ』さんだろう。ブルニエさんが、当たり前のようにバッグから名刺を取り出して、ロブさんに渡している。まだ、名刺交換の習慣のないロブさんが、なぜかオドオドしていた。


  ブルニエさん、さっそく私の事を紹介してくれた。


  「こちらの女性は、『マロニー製糸工房』のCEO、マロニー様です。」


  あのう、ブルニエさん、『CEO』って、きっと分かりませんよ。きっと。


  「えっと、俺、いや私は、ここの工房長のブヘナ・ロブスタインと言う者です。元は準男爵だったんだけど、今は、平民です。ところで『CEO』って何でございますか?」


  「はい、最高経営責任者と言う意味で、以前は社長とか店長と呼ばれていたと思います。」


  いや、ブルニエさん、それって今でも読んでいますから。ロブさん、私のような幼女が社長と聞いて、吃驚していたみたい。まあ、ここで働いている子達全員が私より年長なんだからしょうがないか。」


  「で、そのCEOさんが。何の用ですか。」


  ここで、私が初めて口を開いた。


  「要件は、この工房を買い取りたいと言う事です。勿論、私が買い取るのではなく、ゴロタ帝国が買い取ることになっています。つまり、この工房を買い取って、国営にすると言う事です。」


  「ほう、ここを買い取る?なるほど。何でも超富裕国家と評判のゴロタ帝国なら、それなりの値段で買い取ってくれるのでしょうね。」


  「はい、この工房の正当な評価以上の値段で買い取らせていただきます。」


  「まあ、うちもそれなりに利益が出ているんでね。売るとなると、そうだなあ、この工房の10年分以上の収益以上の価格を出してくれなければ売るわけには行かないなあ。」


  「あ、そうですか。10年分以上の利益でよろしいんですね。」


  「あ、ああ。ただし、現金で即金で頼みますよ。」


  「それでは、ブルニエさん、お願いします。」


  「はい、畏まりました。マロニー様。ロブさん、この書類を見てください。これは、この工房の過去10年間の法人税徴収票の写しです。この工房は、過去10年間、赤字の連続で、1度も法人税を支払っていないようですが、間違いありませんか?」


  「あ、あ、それ、それは、何かの間違いだろう。俺は、いままでキチンと税金を支払ってきていたよ。」


  「あ、あなたの個人収入に関する税金ですね。でも、この納税証明書を見ても、あなたは自分とご家族の分の人頭税と、年間、80万ギル程度の所得割額しか支払っておりませんね。まあ、こういう赤字企業なら、それも仕方がないでしょうけど。」


  「そ、それじゃあ、将来の10年分の利益と言うのは?」


  「勿論、ゼロ、いえマイナス査定になりますね。まあ、この工房の土地、建物それと織機の価値は正当に評価させていただきますが。」


  「じゅ、従業員はどうなる。退職金だって支払わなければならないし。」


  「その点はご心配なく。男性社員さん達には給与の2か月分をお払いします。あ、女工さん達は、そのまま継続して新工房に採用となりますので、退職金は必要ありませんよね。」



  「そ、それでこの工房をいくらで買い取ってくれるんだ。」


  「はい、この工房の敷地面積が約4500平方メートルですので、周辺の平均地価から換算すると2億2500万ギル、建物は老朽化が激しいので、2800万ギル、織機はタイプが古いので、市中の中古価格を参考に600万ギル、合計で2億5900万ギルですね。まあ、立ち退き料として100万ギルをお支払いします。」


  「はあ、それじゃあ、この店の売り上げの半年分にもなりゃあしねえじゃねえか。」


  あ、社長、完全に素のモードになっている。


  「はあ?これはおかしいですね。この店の売り上げは年間で6000万ギルとしか申告がなかったはずですが。それで、必要経緯を入れると赤字と言う納税申告でしたよね。まさか、脱税をしていたわけじゃあないでしょう?」


  「あ、も、勿論、そんなことはするもんかい。しかし、その値段では売れないな。おれは、子供達を養う義務もあるんだ。もっと色を付けてくれなければなあ。」


  これから、私の出番だ。昨日の夜、この工房に忍び込んで、事務室の金庫の中から盗み出していた帳簿8冊を取り出す。


  「ロブさん、これが何かお分かりですか。この帳簿、ある人から譲り受けた物ですが、この中には、この店の過去10年間の売り上げが書かれています。勿論、信用性の問題もありますので、直ちに証拠とすることもできないでしょうが、どうしますか。税務調査を受けてみてはいかがですか?」


  当然、この帳簿を正式な書類として証拠にすることはできない。帝国憲法では、『適正手続きの原則』という難しい原則があって、盗んだ帳簿を証拠にすることはできないみたいなのだ。でも、この帳簿に書かれていた金銭の出入りを一つ一つ潰していけば、きっと脱税を証明できるだろう。しかし、そのための労力や今後の裁判を考えると、今回、適性な価格で買い取った方が楽みたい。


  結局、翌週、『ロブ工房』は、ブルニエさんの提示した金額で買い取ることが出来た。


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