第2部第293話 商業ギルドその1
(7月1日です。)
今日、商業ギルドから使いの者が来た。何だろう。商業ギルドは、シェルナブール市の西側第1区にある。行ってみると大きな建物だ。冒険者ギルドのように練習場や解体場があるわけではないが、そのかわり倉庫がずらっと並んでいる。ギルドの独自事業として、貸し倉庫業をやっているらしいのだ。まあ、堅実な事業経営と言える。これだけの都市だ。物流が途絶えることは絶対にないだろう。
正面玄関を入って、受付の女性に訪問の趣旨を伝える。すぐに案内をしてくれると思ったが、分厚い帳面を出して私の名前を探している。おや、ちょっとおかしいかな。
「申し訳ありません。マロニー様のお名前では登録がないのですが。」
こちら側に用件があるのなら、『それはおかしい。』とか『もっと探してくれ。』などと食い下がるところだが、何故呼び出されたかも分からない私としては、『ああ、そうですか。』と言って、帰るだけだ。うん、早く帰ろう。そう思って帰ろうとしたら、受付の女性が慌てていた。
「ちょっと、ちょっとお待ちください。そんな、すぐに帰られなくても。そ、それでは特別来賓帳簿を調べますので、もう少しお待ち下さい。」
あれ、なんか態度が変わったみたい。面会したい人がいる来客と、呼ばれたから仕方なく来た客とは、自ずと対応が違うのも分かるが、この態度の差はどうかと思うんですけど。結局、私はギルド長に呼ばれた特別来賓だったらしい。それで、3階の特別応接室に案内された。行ってみて吃驚。大勢の方がいるんですもの。どうしたんだろう。取り敢えず自己紹介をする事になった。
「お呼びにより参りました『マロニー』と申します。以後、お見知り置きをお願いします。」
出迎えてくれた人は、ファーガスギルド長様に、金融部長様、融資部長様、物流部長様、福利部長様それに許認可部長様達だった。大きなテーブルに座ってお茶を飲みながら話し合いが始まった。用件は幾つかあったが、まず『薬工房』と『製糸工房』を経営するにあたって、商業ギルドに入らなければならないそうだ。勿論、私一人だけが入るのだが、営業形態によって、それぞれの分科会に入らなければならないそうだ。あと、新たに治癒院を建設しようとしているが、治癒師分科会にも加入しなければならないとのことだった。各分科会に加盟するのに、収入の1%を会費として納付する事になるが、帝国の法律により、その分だけ減税されるので、実質は会費なしとなるそうだ。うん、それなら加入するのに異論はありません。
あと、今後、素材や資材の購入はギルド加盟商会からの購入をお願いされた。金額によりますけど、配慮いたしますと答えておいた。最後に物流部長様が、今回のアダマンタイト売却に関して、冒険者ギルドではなく商業ギルドで扱わせて貰いたいと言ってきた。あ、これが本筋なのね。売却代金のうち、私の取り分は400億ギル、あと100億ギル以上は冒険者ギルドが入手できる。恐らくだが、きっと冒険者ギルドの何年分かの収入がたった1回で手に入るのだ。
「その件につきましては、現在の冒険者ギルド長である『エーデル皇后陛下』のご意向次第です。私には、特に異論はありません。」
これを聞いたファーガス様は、
「え?冒険者ギルド長は皇后陛下様なんですか?」
あ、知らなかったみたい。少し揶揄って
「はい、そうです。神聖ゴロタ帝国ゴロタ皇帝陛下の第2皇后陛下であり、かつグレーテル王国の第二王女様です。冒険者ランクは『S』ランクで、一度に数百匹の魔物を殲滅するレイピアの達人でございます。」
これで良いかな。まあ、いじめるだけでもなんだから、大金貨10枚をテーブルの上に並べて、
「これは入会金でございます。残金は融資部長にお任せしますので、割の良い運用をお願いします。あ、運用結果は、我が家の家令にお伝え下さい。」
1枚1キロ以上もある大金貨を、空間収納から次々と出した事に吃驚していたみたい。私は、そのままギルドを後にしたんだけれど、アダマンタイトの事はどうするのかしら。帰りに『マロニー薬品』に寄って、商業ギルドであったことをヒルさんに話したら、顔を顰めていた。どうやら商業ギルドの評判が良くないらしいのだ。
詳しく聞くと、商業ギルドに加入を強いて、あの手この手でギルドに加入させるらしいのだ。それで一旦加入してしまうと、ギルドから割高な仕入れを強制されるし、製品の販売を依頼すると買い叩かれてしまうらしいのだ。それじゃあと脱退しようとすると、裏社会の人間を使って、嫌がらせをするらしいのだ。
前の導師は、結構ギルドに頼んでライバルの工房を幾つか潰していたそうだ。なんか商業ギルドって、闇の組織みたいね。まあ、私には関係ないけど。『このお店には迷惑がかかるようなことは絶対にないわ。』と言ってあげたんだけど、どうにも心配げなヒルさんだった。
こちらは、商業ギルドの役員室。ギルド長と融資部長それに物流部長の3人が会談をしていた。
「まあ、取り敢えず入会はして貰ったけど、大金貨10枚をポンと出すなんて驚きだな。」
「ええ、出資条件も聞かずに、渡すなんてドブに捨てるようなもんですな。」
「ああ、入会金など旧金貨1枚もしないのに、何を考えているんだ。それより物流部長、明日の納品は大丈夫なんだろうな。」
「ええ、採集しても程度が低くて引き取り手のないクズ薬草を大量に売り渡す手筈は整ってます。あと、来週にでも近隣農家から、綿花を買い叩く予定です。そのための命知らずを何人かお願いしていますから。」
「そう言えば、融資部長、もっと金を巻き上げる術はないのか。」
「ええ、あの評判の悪かったギルド債を大量に買わせましょう。なあに月に1割配当などの口約束で売りつけてしまえば、こっちのもんです。あとは、ぐずぐず騙して、最後は破綻させれば濡れ手に泡で大金が手に入りますぜ。
「よし、今日は前祝いだ。例の店に繰り出すか。」
「また、あの娘ですか?ギルド長も好きですねえ。」
3人の下卑た笑い声が響き渡るばかりだった。
お屋敷に戻ると、グレンさんが今日の会計収支を報告してくれた。ギルド商会に投資をしたことを伝えると、深いため息をついていた。やはり、良い噂は聞いていないそうだ。前の男爵も、領内で収穫された物の集荷をギルドに頼んでいたそうだが、なんやかやとイチャモンを付けて安く買い叩いていたそうだ。勿論、それにより莫大な利益を得ているのは男爵本人なのだが、決して安くない依頼料をギルドに支払っていたそうだ。
次の日、『マロニー薬品』に行ってみると、ヒルさんが接客中だった。お客さんは、商業ギルドからの紹介だと言う者で、『癒し草』を売りにきたそうだ。まあ、見るからに柄の悪そうな男が2人で、横柄に接客用のソファにふんぞり返っていた。
「ヒルさん、どうしたの?」
「あ、これはマロニー様、実は、この方達が薬草をお持ちになったんですが、当工房では扱えない低レベルのものばかりだったんですが、『商業ギルドからの紹介だ。』と言って、買い取るまで帰らないとの事でして。」
「ふーん、貴方達、冒険者でもなさそうだけど、この大量の薬草どうしたの?」
「それは関係ねえだろう。おめえみてえなガキが生意気な口を聞くんじゃあねえ。」
「へえ、それで。生意気な口を聞いたらどうなるの。どうなるか教えて。」
「う、うるせえ。兎に角、買うのかどうかはっきりさせろ。」
「買わない。と言うか、こんなゴミ、臭いから早く持って帰って頂戴。」
「何だと。黙って聞いて・・・。トトトッ!」
最後まで言わせたりしない。二人を浮かばせて、店の外に連れ出す。浮いているので、何もできずにジタバタしているだけだ。そのまま、商業ギルドの前まで空間転移をして、ギルド前の路上に、薬草と一緒に放り投げておく。勿論、使えない薬草の袋も一緒だ。
「もう、来ないでね。お願いね。」
可愛くウインクをして、工房に戻ることにした。まあ、あれで諦めるくらいなら、裏世界では生きて行けないだろうけど。裏社会の者と対応する心構えとして、幾つかの原則があるそうだ。
『裏社会の者を利用しない。』
『裏社会の者を恐れない。』
『裏社会の者に金を出さない。』
そして、最後に
『裏社会の者と交際しない。』
まあ、全て厳守しているけどね。あ、私にはもう一つの原則があった。
『裏社会の者は殲滅する。』
だ。これじゃあ5原則ね。商業ギルドの皆も、誰を相手にしているのかよく分かったでしょう。でも、どうして商業ギルドに加入した翌日にあんな連中が来たのかしら。まるで、私が加入するのを待っていたかのように準備が良いわよね。そんなことを考えながら、『マロニー薬品』まで戻ると、ヒルさんが疲れ切ったような様子で、事務室にいた。
「ただいま。どうしたの?」
「あ、おかえりなさいませ。導師。あいつらをどうしたんですか?」
「ああ、商業ギルドの前に捨ててきたわ。あいつら、商業ギルドの回し者みたいだったから。」
「え、えーと、証拠もなしに、決めてしまっても良いんですか?」
「あ、そうか。証拠は無いわね。でも、いつも証拠なんか無くても、殲滅したら終わっていたし。」
「そんな無茶な。もし商業ギルドが無関係だったらどうするんですか?」
「そんなこと、私に分かるわけ無いでしょ。商業ギルドの前に捨てただけで、中には一歩も入ってないから『セーフ』よ。きっと。」
結局、この日の夜、私と銀ちゃんで工房周辺の警戒をする事になってしまった。まあ、私は事務室のソファで横になって眠っているだけだけどね。銀ちゃんは、1番位寝なくても平気みたい。結局、この日は誰も来なかった。