第2部第292話 薬師マロニーその13
(6月29日です。)
結局、今日の冒険で得た報酬について、フェルマー王子とドミノ様は、頑なに受け取りを拒否していたけど、せめて猫たちの売り上げ位、均等に分配しないと。あと、フェルマー王子は亀に1度切り付けているんだから、それだけでも50億ギル位は貰える権利があると言って、なんとか受け取って貰えることになった。フェルマー王子が、他の冒険者達がマロニーちゃんが超大金持ちになったことを知って、大丈夫かと心配してくれていたけど、問題ないわ。だって、我が家にはキラちゃんと銀ちゃんがいるんですもの。とりあえず、50億ギルは、近い将来にフェルマー王子の冒険者ギルド口座に振り込まれからとジョセフィさんから言われ、振込予約証というものを頂いた。もし、振り込まれていなかったら、この証明書を王国の冒険者ギルドに示すと、ちゃんと確認してくれるそうだ。なんか、約束手形みたいね。
フェルマー王子達をグレーテル王国の離宮までお送りしてから、魔界のお屋敷まで戻ったんだけど、うん、今回の冒険で、かなりの額を調達できたことから、お屋敷や子爵邸の使用人のお給料や、薬工房と製糸工房の運営費それと新治癒院の開業費も心配しなくても良くなったわね。
あ、そう言えば、あの亀の肉ってどんな味かしら。売っちゃったから、味見できなかったわね。池や沼に『スッポン』と言う亀がいて、一部地域では鍋にして食べる風習があるらしいけど、私は食べたことがないので、味が想像できない。魔物の肉は普通の獣の肉よりも美味しいらしいけど、私は、ちょっと。
アダマンタイト鋼って、防具の素材になるらしいんだけど、黒っぽい色合いでミスリル銀よりも硬く、魔法防御力も優れているらしいんだけど、難点は硬すぎて加工が難しいらしいの。後、剣には向かないらしいの。金属疲労というものがあって、限界を超えると粉々になってしまうんだって。それで防具にするときは、細かなパーツを重ねるようにして組み上げるらしいの。
お屋敷に戻ったら、ノムさん達が新しいメイド服を着ていた。明るい青色で揃えた。ダボラさんやドリアのメイド服は紺色系だし、私のメイド服は濃緑色かエンジ色系が多いので、メイド服の色で序列を決めたみたいね。決してそんな気はなかったんだけど。ノムさん達は、メイド見習いみたいなもんね。と言うか、体力が完全に戻るまでは、仕事はさせないけど。ノムさん達の部屋は、2階の2室を与えたんだけど、何故か寝るときは一緒の部屋で寝るの。ベッド2つをくっ付けて、3人で寝るのね。もう一室は、衣裳部屋にするんだって。あ、そう言えばノムさん達に旧金貨1枚ずつを渡しておく。まあ、支度金みたいなものね。もう少し元気になったら、色々必要なものを買いに行ってね。
次の日の放課後、製糸工房の様子を見に行ったら、寮の改修工事が始まっていた。また、何人かの獣人族の人達が周辺農家から搬入されている綿花や蚕繭を倉庫に運び入れていたの。一人だけ人間族の男性がいたんだけど、私が顔を見せたら走り寄って来て挨拶をしてくれた。
「今日は、私は行政庁産業育成課から派遣されたブルニエと申します。マロニー理事長ですよね。」
え?『理事長』?誰がですか。聞くと、この工房は帝国で接収されたので、現在は国営企業になるそうだ。そのため、通常の店舗や会社と違い、経営責任者は『理事長』、その他の役員は『理事』と呼ばれるそうだ。ブルニエさんは『常任理事』で、あれから毎日、工房に出勤しているそうだ。今日の作業員は、新たに採用した職員で、これからゴブリン族の人達も採用していくそうだ。行政庁の産業育成課の隣が雇用安定課で、違法労働の監視や指導と就職斡旋をいているそうだ。あ、そう言えばお屋敷の執事さん達も、そこに斡旋依頼をすればいいのね。工房の稼働は、寮が完成して女工さん達が入寮してからになる予定で、
元々、この規模の製糸工房はこの領地にここしかないため、稼働さえできれば必ず利益が出るはずだ。
私が、これから行政庁に行って採用募集のお願いに行こうとしたら、ブルニエさんの知り合いで何人か適任者がいるので、是非紹介させてくださいとの事だった。事情を聞くと、ブルニエさんのお父様は、この市で領地持ち男爵家の執事をしていたそうだ。しかし、ゴロタ皇帝陛下に追放された際、使用人達は全員頸にされたそうだ。今は、日雇の事務仕事などしていたそうだが、収入が激減したため、折角購入した一軒家を手放さなければいけないと話していたそうだ。今は、ブルニエさんの収入があるので、なんとかなっているが、いつまでもそう言うわけには行かないと言っていた。うん、早速会ってみる事にしよう。
その日の夕方、ブルニエさんの実家に行ってみる。一般街区の南側の閑静な住宅街で、同じ位の庭付き一軒家が並んでいる。表通りには、食料品店や用品店などが並んでいるが、一歩、裏通りに入ると住宅ばかりが並んでいる。そのうち一軒の家に入っていく。大きさはそれ程でもないが、落ち着いた雰囲気の木造2階建てで、真っ白なモルタルが外壁に塗られ、剥き出しの柱や梁が黒く塗られていて、良いコントラストになっている。木製の玄関を入ると、リビングになっていて、奥からは魚を焼く良い匂いがしている。ブルニエさんは、奥に行って、母親に声をかけたようで、エプロン姿の女性が出て来た。年齢は見た目30歳位だが、人間化計画で若返っただろうから、元の年齢は40〜50歳位かな。父親は未だ帰って来ていないそうだが、事情を話すと是非お願いしたいと言われた。それと夕食も是非ご一緒にと言われたが、ダボラさんが準備をしていてくれているので辞退させて貰った。
間もなく父親のグレンさんが帰ってきた。今日は、商店の倉庫整理をしてきたそうで、作業衣が埃だらけだった。その姿を見ただけで採用を決めようと思ったが、取り敢えずお話を聞く事にした。グレンさんは、去年、貴族家から解雇されるまでの35年間、執事として働いてきたそうだ。財政のやりくりから人事管理、もちろん邸宅の維持管理もずっとやってきたが、いざ、解雇されると、そのスキルを活かす職場が極端に少ないと言うことを痛感したそうだ。前の男爵邸では、年に金貨65枚を貰っていたそうだ。それではグレンさんには月に60万ギル、年720万ギルを支払う事にしよう。そう提案したら、少し怪訝な顔をされた。え、どうしたんですか?グレンさんは、私の収入を心配してくれたようだ。10歳位の女の子が、何処からそれ程の収入があるのかと思っているようだ。うーん、私もよく知らないけど、グレンさんに支払う給料だけでも4000年分以上あるし、それに『マロニー薬品』の売り上げも、かなりの利益が出ていそう。そう言えばヒルさんが、『工房始まって以来の売り上げです。』とうれしい悲鳴をあげていたみたい。週に100万ギルの利益があったとしたら、年収5500万ギルは稼げるだろうし、製糸工房の方はわかないけど。ブルニエさんが、『心配する必要はありませんよ。』と言っていたので、それなりの収益はあるのだろう。
取り敢えず、グレンさんには新金貨1枚つまり100万ギルを渡しておく。執事服や靴を準備してもらうことと、グレンさんの部下の採用準備金だ。後、執事2名とシェフ1名、庭師1名、衛士4名をお願いする。シェフは、昼食と夕食の準備だ。朝食はダボラさんが準備をする。衛士4名は、朝8時から夜8時まで交代で勤務してもらう予定だ。衛士の装備品については、人選が決まってから当方で準備する事にした。
これで、こちらのお屋敷の方は一安心ね。グレンさんのお宅を辞去してからお屋敷まで、ゆっくり歩いて40分位だった。市電を使えば、もっと早いか。6月になってから、市内の市電網もかなり開通して、取り敢えず一般居住区をぐるりと回る環状線は完成したみたい。貴族街と一般居住街との境界には、内壁に沿って100m位の緑地帯があったんだけど、そこに新軌道を敷設しただけだから早いはずよね。
お屋敷に戻って、ダボラさんとドリアに新しい加齢と執事さん達が決まったと伝えたら、物凄く不安そうだった。ダボラさんなら不安な事も分かるけど、ドリアは何故、不安なのと思って聞いてみたら、冥界で上司の執事に随分嫌がらせを受けたみたい。それに、いつもいやらしい目で見られて、セクハラもあったようなの。どうりで、ドリアって男性の前に行くと妙に萎縮しているものね。大丈夫よ。ドリアにそんなことをしたら、何処かの森へ捨ててくるから。
1階のキッチンの脇に大きな事務室があるので、そこにグレンさん達の待機室兼事務室にするわ。それと裏の大きな倉庫を庭師さんと衛士さんたちの詰所にするけど、正門脇に詰所を立てて貰うわね。今の領主間に移れるのは、今年の暮れか来年になるでしょうから、しょうがないわよね。大した予算でもないし。
今日の夕食は、パスタ料理だった。ダボラさん、なんか料理のレパートリーが増えているみたい。トマトスープ味で、夏野菜とベーコンがたっぷり入っている。とても美味しいわ。