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第2部第288話 薬師マロニーその9

(6月24日です。)

  私達は、孤児院まで一旦戻り、今日の事をキエフ院長に伝えた。キエフ院長は真剣に聞いていたが、最後に深いため息をついていた。


  「そう、あのドブト製糸工房は、孤児院や小学校の就職担当者の間でも問題になっているの。就職した子殿達が音信普通になってしまうことが多いんですって。でも、私達じゃあ強制的に入ることが出来ないし。」


  「ノムさんから最後に連絡があったのはいつなんですか?」


  「去年の5月に、ここへ来て、『やっと就職が決まった。』と報告に来たのが最後なの。」


  それって絶対におかしいわ。労働基準法では、週に1度又は月に4回以上の休業日を与えなければならないのに、連絡にも来れないなんて絶対に変だ。でも、それだけで行政庁や警察本部は動いてくれないだろう。何か証拠がなければ。あ、なんの証拠だろう。誘拐罪や監禁罪は難しいかも知れない。やはり労働基準法違反位だろうか。


  「あのう、私、ちょっと調べてみますね。ちょっと変すぎるんで。」


  「ネネさんと別れて、取り敢えずお屋敷に戻った。夕飯を食べ終わってから、冒険者服に着替えて、ドブト製糸工房に向かった。お屋敷から普通に歩いて1時間位、私の足でゆっくり歩いて30分くらいの距離だ。もう辺りは真っ暗だった。でも門の前には、例のガラの悪い男が立っていたが、もう一人増えていた。私は、見つからないように高い塀を回り込み、メイド魔法『空間浮遊』で、フワリと塀を飛び越した。中は、木1本も生えておらず身を隠すところもない。メイド魔法『気配消去』で、気づかれないようにして内部を探索する。驚いた事に、照明魔道具を持った男が敷地内を警戒して歩いている。工房からは機械が動いている音がした。それと男の蛮声が漏れ聞こえてくる。窓に近づいてみると、大勢の女の子達が大きな機械に張り付いて作業をしている。皆、粗末な貫頭衣を着て裸足だ。髪も後ろで結えられているが、見るからに汚れ切った感じだ。男の声が聞こえた。


  「サッサと紡ぐんだ。終わらねえと飯は食えねえぞ。」


  女の子達は、必死になって機械の中から白いものを取り出して、何かに結びつけている。あれは、きっと綿実だろう。木綿糸を紡いでいるのだ。でも、なぜ立たせたままなんだろう。あ、誰かが手を上げた。


  「お前、また小便か?サボっているんじゃあねえんだろうな。」


  そう言って、手を上げた女の子の髪を掴んで引っ張っていく。トイレに連れて行くのかなと思ったら、壁際に置いてある大きな桶を跨がせている。どうやらあれがトイレらしい。囲いも何もないので丸見えだが、男は興味もなさそうだった。


  あ、鞭の音がした。向こうで、男が鞭を振っている。一人の女の子が立ちながら眠ってしまったようだ。


  「てめえ、またか?寝るんじゃねえ。」


  何回か鞭を振っている。鞭で打たれた女の子が気を失っている。別の男が、桶で水をかけている。他の子達は見て見ぬ振りをしているが、肩が震えている。怖いのだろう。今、助けに行ってもいいが、この子達をどうすればいいんだろう。もう孤児院に入れる年齢でもないようだし。


  私は、他の建物を見て回った。あれは宿舎だろうか。中に人の気配がする。ドアのそばに近づくと、中から寝息が聞こえる。寝ているのだ。どういう事だろう。ドアには鍵が掛かっていたが、私には関係ない。メイド魔法『解錠』で鍵を開け中にそっと入った。酷い匂いだ。若い女の子が何日もお風呂に入っていない匂いだ。汗と尿と、何かが混ざった匂い。皆、泥のように寝ている。


  どうやら、この子達は工房の交代要員らしい。工房の中で働いていた子達と同じ人数の子が寝ていた。私は、そっと外に出て、他の建物を見て回る。今までの状況で、鞭を振るっていた事以外に犯罪らしい痕跡が見つからない。


  敷地の一番奥まで行くと、変な建物があった。出入り用のドア以外、何も無い。窓がないのだ。近づいてみて、直ぐにここが何か分かった。死臭がする。つまり、ここは死にかけた子達を放り込んでおく施設だ。私は、すぐにドアの鍵を開け、中に入って行く。あ、誰かいる。私は、ここには死体しかないかと思ったけど、生きている子も何人かいた。この子達を生きているって言えるなら。痩せ細って、立つことも出来ないような女の子が4人、後は遺体のようだが7体がボロ布の下から脚を覗かせていた。私は、この4人を孤児院まで転移させたが、自分で歩くことが出来ないようなので一人一人抱えて一緒に転移した。転移先は、孤児院のお風呂場だ。かなり汚れているので、ソファやベッドに寝かせる訳にはいかないだろうと考えたのだ。


  孤児院ではキエフ院長やネネさん、それに当直のシスター達が対応してくれた。4人の転移を終えてから、あの小屋の中の事を院長先生に教えたけどり、院長先生ではどうしようもないと頭を抱えていた。


  ネネさんが、院長室に飛び込んできた。今、連れてきた4人の中に、ノムさんがいたのだ。危なかった。あのまま放置すれば、間違いなく命が消えていただろう。ノムさんは、辛うじて意識があり、辿々しいが、ハッキリと語りかけていた。


  『タスケテ。ミナヲ。タスケテ。』


  どうしたらいいんだろうか?あの工房の連中を殲滅するのは容易いと思うけど、あそこで働いている子達をどうするのか決まらないままに工房がなくなると、彼女達の行き場がなくなってしまう。ここは、やはり統治領の領主様に頑張ってもらおう。まあ、ノムさん達4人の命を救えただけでも今日は大成功と言う事にしておこう。





  次の日の朝、ノムさん達はまだ眠っていたが、私は領主館に一人で向かった。領主様はいないようだけど、どなたか責任者の方がいるはずだ。その方に、昨日、製糸工房で見た事を全て話すつもりだ。


  領主館の門番さんは、私の事を知っていたみたいで、連絡を受けて領主館の中から以前お会いした『クラウディア』様が出て来た。クラウディア様は、とてもきれいな魔人族の女性で身長は150センチ位、ブルーネットの長髪の方だ。クラウディア様は領主館の管理と統治領の諸問題をゴロタ帝国本国への報告、連絡をしている方なのだけど、猫ちゃんをテイムした時に、似た方を見た気がするけど詳しくは思い出せないわ。


  応接間に案内されてから、昨日の事を話していたが、ときどきクラウディア様の目が光っているような気がしたのは、私の気のせいだろうか。お話が終わってから、暫く時間がかかったけど、今後の方針についてお話してくれた。


  まず、行政庁に当該製糸工房の責任者を呼び出し、事情を確認してくれるそうだ。場合によっては、工房を帝国で没収して国営企業にすることもあり得るそうだ。それと私が保護している女工さん達の事情聴取を警察本部の方でしていただけることになった。最後に、今、働いている方々については、取り敢えず一旦保護して、各孤児院やホテルに収容して、キチンとした労務管理ができる方に製糸工房の業務見直しと組織再編をお願いしてくれるそうだ。まあ、現に働いている人たちがいるので、職場を確保することも重要課題なので、健全な職場を提供してもらえるだろう。


  「ところで、マロニー嬢は『空間転移』ができると聞いたんですけど。」


  え、何で?どうして領主館の方にばれているの。でも、嘘は言えないし。


  「はい、最近、使えるようになったのですが。」


  「そうですか。まあ、誰でも自由に使われることのないようにご注意をお願いしますね。」


  「はい、気を付けます。」


  「それと、今、一般街の屋敷にお住まいと聴いておりますが、貴族街にお住まいできませんか。現在、領主館を新築しておりますが、完成をしたらこの屋敷はどなたかに譲らなければならなくなります。その際、いかがでしょうか?」


  「ありがたいお話です。今度、使用人も何人か増やしますので、新領主館完成の暁には、このお屋敷を譲手頂きたいと思います。」


  本当は、有難迷惑なんだけど、明確に反対するといろいろ支障がありそうなので、ここは、素直に受諾しておこうと思ったの。


  「あと、今回、接収する製糸工房ですけど、業務再開の際にはマロニー嬢の手腕を奮っていただきたいのですが。」


  「え?私ですか?それは、また何ででしょうか。」


  「今、『マロニー薬品』を経営されており、今度は治癒院まで新規に開業されると聞いております。今、この街では、元レブナントやグールの方達が人間族になられましたが、魔人族やゴブリン族への偏見、差別が全くないと言う訳ではないのが現状です。あの製糸工房で働いている多くの獣人族の女の子に対し適正な労務管理ができ、なおかつ、ある程度の財政力がある人物が望まれますが、適任者を探してもマロニー嬢よりも適任なものはいないかと思われます。いかがでしょうか。勿論、こちらからお願いするので、毎月の手当てはお支払いいたします。」


  「あのう、それっていつまでやらなければならないのでしょうか。」


  「経営が軌道に乗り、働く人たちが正当な扱いと報酬が貰えるようになって、さらに適切な後任者が見つけることが出来た段階までだと思います。」


  あ、これって逃げられないパターンだ。完全にレールが敷かれている。このクラウディア様、一体、いつ私のことを調べたんだろう。この方には、あまり逆らわないようにしよう。


  領主館を辞去してから、孤児院に向かってみる。孤児院には、ノムさん達4人がいるので、様子を見に行くの。もうばれているからいいか。孤児院の前まで『ゲート』を繋げて転移しようとしたら、クラウディア様も一緒に行くと言われた。まあ、拒否する理由もないので、一緒に転移をしたんだけど、クラウディア様、慣れた感じで『ゲート』に入って行った。


  孤児院の前には、何人かの男の人達が立っていた。何かなと思ったら、ノムさん達の事情聴取をしている間、製糸工房側で妨害が入らないように警察官が私服で警戒をしているそうだ。


  事情聴取の責任者の方は、クラウディア様を見かけると、その場で立ち上がって敬礼をしているの。あ、そう言えば警察官は、全員、ゴロタ帝国の皇帝が採用しているんだっけ。と言うことは、クラウディア様は、上級官庁の管理者という立場になるのね。クラウディア様は、今までの聴取内容を聞くとともに、司法庁への逮捕令状や捜索・差押令状の申請や行政庁労働衛生課や少年育成課への連絡を指示しているんだけど、一人一人の警察官に対して名前を個別に呼んでいるの。もしかして、クラウディア様、警察官全員いや行政職員も含めて国で管理している官憲すべての名前と顔を覚えているんですか?


  クラウディア様から指示を受けた警察官の行動もキビキビしていて驚きだけど、さあ、これから製糸工房に行くと言う段階になって、もっとびっくりしたの。どこかで着替えて来たかなとおもったら、あのアンドロイド兵達がきているような戦闘服に着替えて、手にはかなり大き目な武器を携行しているの。それに変な眼鏡を付けたヘルメットも被っているし。


  「マロニー嬢も一緒に行きますか?」


  え、10歳の女の子に誘う言葉ではありませんよね。行きますけど。

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