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第2部第285話 薬師マロニーその6

(6月23日です。)

  結局、『治癒院』建設の費用は心配する必要がなかった。現在の帝国領では、一定の条件を満たしていれば、建設費用の殆どを補助してくれるらしいの。その一定の条件とは、『治癒』の能力を持った治癒師が常在していることと、それなりの知識と能力がある薬師若しくは工房と契約していること。あと、治療用具が完備していることなんだって。治療用具と言っても、診察台と、診察用のライティングそれと簡単な手術用具らしいんだけど、すべて問題はないわね。


  ベティさんは治癒魔法『ヒール』の使い手だし、『マロニー薬品』とは専属契約を結べるんですもの。あと、診察台なんかは、院が完成してから運び入れればOKだし。早速、補助金申請をしなくっちゃ。勿論、ヒルさんが治癒院の事務局長をしてもらうつもりよ。その前に、ヒルさんと一緒に治癒師ギルドに開業の免許を貰いに行かなくっちゃ。


  治癒師ギルドは、北8区にあるとのことだったので、行ってみたら大きな白亜の建物の中だった。この建物は、ギルド長であるケーシーさんが経営している治癒院と兼ねていて、入院施設もある大きな治癒院だった。中に入ってみると、診察室がいくつも並んでいて、二階に上がった廊下の突き当りがギルドの事務室になっていた。ギルドには、女性の受付の人と、眼鏡をかけたおじさんがいて、用件を伝えると、奥の応接室に案内された。


  暫く待っていると、金縁の眼鏡をかけた太った人間族の男の人が入って来た。この人がケーシーさんみたい。でも、なんか意地が悪そうに感じるんだけど。私達が座っているソファの向かい側にドカッと座って、何も言わないの。一緒に入って来たさっきのおじさんが声を掛けてきた。


  「こちらが治癒師ギルド長のベンジャミン・ケーシー男爵閣下です。本日は、治癒院開設の申請に来たとのことですが、あいにく、申請者が多くて、直ぐにはお受けできない状況でして。」


  あれ、おかしいな。審査が遅れるのは分かるけど、申請を受けられないっておかしいよね。ケーシーさんが、私を睨みながら話し始めた。


  「最近、怪しい薬を販売している薬工房があると聞いている。治癒の力もないのに、治癒院を経営するなど身の程知らずもほどがある。まあ、今日、挨拶に来たことは褒めてやる。6カ月、6カ月先にもう一度申請に来い。その時、受けられるようなら受けてやる。」


  「はい、ありがとうございます。」


  ここは、素直に礼を言っておこう。お礼を言うのはタダだしね。


  「それでは、治癒院開業の折は、またご挨拶に参ります。」


  ケーシーさん、それを聞いて顔が真っ赤になっている。ああ、血圧に良くないですよ。唇に泡を浮かばせて、怒り始めた。


  「き、貴様、何を言っている。『聖女』だか何だか知らないが、ギルドの許可なく治癒院を開業するなど許されると思っているのか。」


  「ここは、神聖ゴロタ帝国の筈です。帝国公衆衛生法及び治癒師法では、治癒院を開設する際には、帝国厚生省所管の行政庁に届け出ることとなっておりますが、ギルドの許可については規定されていなかったはずです。ただ、質の高い治癒を市民の皆様に提供するために、新薬情報や感染症情報などを提供するとともに、治癒師の育成を担っているのが治癒師ギルドとお聞きしたのですが。」


  「むむ。ベルドア。あれを持ってこい。」


  事務のおじさん、慌ててドアの外に駆け出して行った。


  「本来なら、正式に申請を受けてから、審査に使う予定なのだが、ここで仮審査を行ってやる。治癒師ならだれでも分かることだが、簡単な試験だ。」


  何かなと思っていたら、さっきのおじさん、何か箱を持って来ていた。箱の中から乾燥した薬草や、砕いた鉱石の粉をテーブルの上に並べはじめた。


  「ここに並べた物の名前と薬効を言ってみろ。時間は、30分だ。」


  えー、30分もいらないんだけど。おじさんが箱から出すごとに、直ぐに鑑定結果が分かっちゃたんですけど。ヒルさん、顔を真っ青にしている。まあ、薬草や薬石の効能なんか知らないのも当然だから仕方ないけど。パッと見た感じ、大したものは並んでいないわね。


  「えー、こちらから言いますね。最初は『癒し草』、傷の回復に使うんだけど、程度が悪すぎるわ。採集してから時間がたちすぎね。次は、『解毒花』、勿論解毒剤に使うんだけど、病気の際の体毒も排泄させる機能があるのね。程度はまあまあね。次は、アロエエキスね。火傷の治療と滋養回復かな。でも、太陽に当たる時間が短かったようね。ランクは最低品質よ。あと、この黄色いのは硫黄粉ね。水に溶かして肌に塗ると、真菌類性皮膚疾患に効用があるわ。でも、あまり使いすぎるとよくないから、症状で用法を決める必要があるわね。最後の白い粉は竜骨粉ね。でも、これは程度の低い牛の化石を粉にしているわ。心臓病の際に処方されるんだけど、うちの薬局では、これより数倍の薬効があるものを使っているわよ。」


  ケーシーさん、目が大きく見開いている。事務のおじさん、手持ちの解答用紙を見ながら、大汗をかいている。


  「それじゃあ、失礼します。まあ、ここに並べている薬剤を使用しているようじゃあ、この治癒院のレベルも大したことはないようですしね。」


  最後に捨て台詞を吐いてから、退室しようとしたら、ケーシーさんが慌てて引き留めようとしていた。


  「ま、待ってくれ。いや、これまでの態度を許してほしいんじゃ。マロニー薬品に随分患者を取られてしまって、他の治癒院からも苦情が履いていたんじゃ。それで、つい、酷いことをいってしまって。今の薬品に対する知識、マロニー嬢がただ者ではないことは十分に分かった。それで、これは私個人からのお願いじゃが、是非、院内の病人、いやたった一人だけじゃが、病人を診て貰いたいのじゃ。お願いできるだろうか。」


  ギルド長には頭に来ているけど、患者さんには恨みはないし、苦しんでいるなら何とかしてあげたいし。それに一人だけと言うことは、その患者さん、きっとこの治癒院では対処できないような重篤な患者さんなのね。ケーシーさんに付いて、病室に行ってみる。病室は、3階の南側、特別室だった。付き添いのメイドさん達がいるくらいだから、お金持ちの患者さんね。患者用のベッドは、大きなキングサイズベッドだったが、ベッドの中には小さな女の子が一人、眠っていた。あ、顔色が土気色だし、かなり痩せているし。


  「この娘は、儂の孫娘で、今、4歳じゃ。身体も弱かったのじゃが、1カ月ほど前から眠り続けているんじゃ。食事も無理やり流し込んでいるんじゃが、見る見る痩せてしまって。」


  あ、ケーシーさん、泣き始めちゃった。他人に対しては意地が悪くても、自分の孫娘となると、単なるお爺ちゃんね。ヒルさんが、顔を横に振っている。あれ、病気が分かっているのかな。


  「ケーシーさんの見立てでは、この子の病気は何だと思いますか。」


  「うーん、この辺に多い風土病ではないかと。子供がかかることが多いのじゃが、薬も効かずにほとんどが死んでしまう恐ろしい病気じゃ。」


  うん、風土病ってほとんどが寄生虫が原因なのよね。さあ、この子は何の病気かしら。とりあえず、額に手を当ててメイド魔法『鑑定』を掛けてみる。


  『人間族:女性、4歳。健康状態、不良。ダニ媒介性感染症に罹患。生存率15%。』


  あ、かなり難しいかも知れない。お布団をはがして、全身を見てみると、背中や腹部に広範囲の湿疹、足首にダニに刺された跡が膨らんでいる。かなり重篤みたい。もう、工房に戻っている時間ももったいないので、この場で調薬するしかないみたい。使う薬は、勿論『エリクサー』ね。でも、その前に、女の子の足首に手を当てて『治癒の力』を流し込む。ダニによる雑菌感染症を取り除いて置く。それと、彼女の体内を駆け巡っている血液にも『治癒の力』を流し込む。体内の生存反応か、彼女の身体が真っ赤になっていく。きっと血液中の菌類と戦っていることだろう。でも、臓器内に浸食した菌類を完全に排除することは、難しいの。私は、ベッドのわきで調薬を始める。


  綺麗な井戸水を待っていられないので、瓶の中に『水』を絞り出しておく。それだけで魔法水なのだが、そこに『聖なる力』を流し込み、聖水を作り出した。あとは、空間収納から取り出した乳鉢セットの中に『蛍の光の花』のほか、『エリクサー』の素材を次々に入れていき、『錬成』の力を加えていく。別に『錬成』とは思っていないが、『薬になあーれ、薬になあれ。』と念じながら力を流し込んでいくだけだ。出来上がったどろどろの液体を聖水で薄めて、小瓶3本分に分けておく。


  ケーシーさんとメイドさん達に手伝ってもらって、女の子の上体を起こしてもらう。薬瓶の口から、女の子の口の中に液体を流し込む。喉から食道を通って胃の中に入っていく。嚥下が上手くできない様だが、メイド魔法『空間移動』を使って、誤嚥を防止する。


  あ、顔色がピンクのなってきた。右手の脈を見るとキチンと脈打っている。念のため、もう一度『治癒の力』を女の子に流してやった。これで治療はお終い。あれ、ケーシーさん、膝まづいて私に祈らないで下さい。お孫さんが助かったのは、『エリクサー』のお陰なんだから。


  治癒師ギルドには、私とベティさんが登録したんだけど、登録料はケーシーさんが支払ってくれた。まあ、あの特別製エリクサー、時価大金貨3枚以上はするしね。何が特別かって、勿論、聖水ね。通常の井戸水って結構混ざり物が多いのね。でも私が作り出した魔法水は、純度100%、完全な純水なの。それだけじゃなく、若干だけど魔力も帯びていて、聖水にすると聖なる力が3割増しになるみたい。


  ケーシーさん、ギルドに死蔵している医学専門書を自由に閲覧して良いって言ってくれるし、後は治癒院建設ね。


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