第71話 紅き剣の目覚め
え、遂に出てくるのですか?
まだまだ、使いません。
その日の夕方、国王陛下の名代として。ダンベル辺境伯が来た。お付きの者15名、警護の騎士団200名だった。
さすがに、郡都だけあって、全員がホテルに泊まることが出来た。だが、ツインの部屋に簡易ベッドを二つ追加しての話だったが。それでも、帝国軍のように、市外でキャンプよりも格段に良い。
騎士さん達は、完全に武装を解いて、平服となった場合に限り、市内に出て見物しても良いことになった。行くところは、もちろん女子禁制のウフフの場所。
ダンベル辺境伯の警護といっても、辺境伯は、迎賓館に宿泊となり、『何かあっても、ゴロタ殿がいるから、騎士団は全くいらない。』と笑っていた。全く。辺境伯は、皇帝陛下の所に謁見に行くことになっているらしい。国王陛下名代としての立場でも、この場合には謁見に行かなければならないらしいのだ。
ダンベル辺境伯は、国王陛下からのお見舞いの品を出した。何かと思ったら、宝石箱に入った大金貨10枚だった。大金貨は、1枚2キロ位の重さですから、この箱で、20キロ以上あるわけだ。でも、この前クイール市で、大分使ったので、助かった。そう言えば、ブラックさんが、欲しければ幾らでもやるから取りに来いと言ってたが、ある所にはあるようだ。宝石箱にもグレーテル王家の文様が金細工で彫られており、この箱だけでも金貨2~3枚の価値がありそうだ。
後、白金貨というものがあるが、これは儀礼用で、両替する際には、目方を測って、実売価格で取引するそうだ。白金貨1枚2キロで、今は金貨6枚程度の価値しかないそうだ。
ありがたく頂戴することにする。
ダンベル辺境伯は、同じ迎賓館の中の別の部屋で謁見するそうだ。これで、今日の儀式は全て終わり、帝国流は、『1900』、王国風では午後7時からの歓迎晩さん会だけとなる。疲れた。僕は、自室に戻って少し眠ることにした。眠っている間に、ブラックさんが部屋に入ってきた。あれ、部屋に鍵を掛けなかったかな。そう、思ったが眠かったので、あまり気にしなかった。その内、心臓が段々熱くなってきた。熱い、熱い、そう思ってふと目を開けると、ブラックさんが心臓の上に手をかざしている。その手から紅い光が心臓とつながっている。身体が動かない。意識がなくなった。
「ゴロタ君、ゴロタ君、起きて。時間よ。」
シェルさんの声で目が覚めた。シェルさんの顔が近い。シェルさん、今、何か変な事してませんでしたか? 起き上がった僕は、さっきの、ブラックさんのは何だったのかなと思った。後で、ブラックさんに聞いてみよう。でも、あの紅い光、どこかで見たような記憶がある。どこだったかな。思い出せない。
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晩餐会は、盛況だった。ゴロタ達主賓のほかに、皇帝陛下、ブラックさん達そしてダンベル国王陛下名代。こんな豪華メンバーが揃うなど、郡都始まって以来だろうとの話だった。帝国軍も、佐官以上の方は出席しているし、王国騎士団も、爵位を持っている方々は参加していた。
宴も中盤にかかり、余興の時間のようになった。僕は、『ベルの剣』で、明鏡止水流の『形』をやることになった。最近は、人前でも平気でできるようになっていた。成長したのだ。全部で、12の型をやったが、斬撃は飛ばさないように注意した。それでも、途中、途中で剣が青白く光るのを見て、女性達は『綺麗』と感激していた。今日は、抑えた『形』だったので、失禁した人はいなかった。ブラックさんが『炎のブレス』を吐いて見せると言ったが、皆が全力で阻止した。そういえば夕方のあれは、何だったのか。ブラックさんに聞いても、『その内分かる。』と笑って教えてくれなかった。ま、その内、分かるのならばいいかと、気にしないことにした。
ダンスは、シェルさん達全員とワイちゃんを除く龍族そして、イレーヌさんと郡長官の奥様と踊ったところでタイムオーバーとなった。
国王陛下から、『帝都に必ず寄るように。その際には、隣町から早便で連絡をよこすように。』と言われた。
後ほど、宰相から皇帝専用の封緘が押された封筒を渡され、この封筒に手紙を入れてよこすと、郵便代は無料だし、最優先で宰相に届くので使うようにと指示された。
晩餐会は、無事に終わった。今日は、ワイちゃんと寝ることになった。ワイちゃんとなら、ぐっすり眠れるだろう。
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(郡都出発です。)
朝、迎賓館の前庭に出ていく。石畳の上で、『ベルの剣』を抜き、明鏡止水流の『形』をした。今日は『一の形』から『六の形』を、少しの斬撃を加えながら練習することにした。剣を構えて集中する。剣に気を込める。
ビュッ!
剣が振り下ろされ、ピタッと止めると青い光が、10m位飛んでいく。『二の形』、『三の形』と進む内に、心臓に『気』とは違う熱いものを感じる。この熱さは昨日のあれだ。あの時の熱さだ。『気』を感じるときは、身体の奥底に温かい何かがあって、それを練ると『気』の塊になるのを感じる。
しかし、この熱さは違う。本当に熱いのだ。この熱さを剣に込めてみる。剣が熱くなる。熱くなる。もう、持っていられない。僕は、自然と『ベルの剣』を納めた。何か違うような気がしたのだ。そして、何も持っていない左手に、『仮想の剣』をイメージして熱さを込めてみる。誰にも教わっていない。イメージの剣だ。
手の先に、剣を感じる。紅い剣だ。段々、形が見えて来る。紅い剣、長剣だ。いや、長剣よりも大きい。大剣だ。僕の身長よりも大きい。しかし、当然、重さは感じない。
この剣で『一の形』をやってみた。当然、気は込めない。仮想の敵の面を割る。
ズバン!
紅い閃光が真っすぐ走り、庭の端にある大きな木を縦に真っ二つにしてしまった。僕は、呆気にとられた。『気』を込めていない。軽く形をやっただけだ。あの威力は、『ベルの剣』を赤く光らせて撃つ、あの『斬撃』に相当するかも知れない。あの、スタンピードの時のような。
迎賓館から、皆が出てきた。真っ二つに割れて倒れた大樹をみて、皆、声を失った。シェルさんが、ジト目で、『また、やらかしたでしょう。』と言っている気がする。ブラックさんが微笑んでいる。
『ゴロタよ。必ず、妾の国へ来るように。』
と言って、消えた。あの、ミニスカ及びバッグと一緒に。
メレンゲ郡長官が、弁償しなくても良いと言って、許してくれた。でも、僕達が出発するときに、知らない人たちが大勢で、入念に木を調べていた。あんな割れた木なんか役に立たないと思うんだけど。
ヘンデル皇帝陛下は、朝早く出立されていた。ダンベル辺境伯は、それよりも早かった。一番遅く出たのが、僕達だ。
郡都から隣村までの駅馬車は、午前10時に出る。8人乗りの駅馬車があったので、それをチャーターした。通常、チャーター便は、警護も乗客達が帝国軍又はギルドに依頼するのだが、僕達は必要がないと断った。馬車会社の人が嫌な顔をした。きっと、リベートが貰えるのだろう。最近、そういう事が分かってきた僕だった。
本当は、武器屋さんとか冒険者ギルドにも寄りたかったんだが、あの騒ぎでは、衛士の皆さんに申し訳ないので諦めた。女性達は、目的を達成したみたいで、満足そうだ。あのう、目的は何だったんですか。そう言えば、今日来ている服が、全部新しくなっていた。バッグまで。
馬車は、進行方向に向かって、前向き右側からゲール総督、イレーヌさん、クレスタさん、ノエル。後ろ向き右側からイフちゃん、エーデル姫、僕、シェルさんとなる。イレーヌさん、随分とゲール総督の方に近づいて座っていますが、昨日の夜、何かあったんですか?
昼食休憩は、午後1時からだった。ミルクを沸かし、迎賓館のシェフが準備してくれたローストビーフ・サンドイッチを食べた。非常に美味しかった。迎賓館シェフ恐ろしである。
そうそう、ワイちゃんとヴァイオレットさんは、迎賓館で、洋服を全て脱いで山へ帰っていった。今度来た時に、また着るそうだ。ブラックさん、ミニスカとH社のバッグ、燃えてなければ良いんですが。
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その日の午後6時過ぎ、ザット村に着いた。この村には、旅館が1つしかなく、部屋も4人部屋が4つしかないという。男女別で泊まろうかと思ったが、シェルさんが反対した。それで、僕達で1部屋、ゲール総督とイレーヌさんで1部屋となった。未婚の男女が一部屋に泊まるのは、問題だと思ったが、僕達は、絶対に言えない。
イレーヌさんも、帝国軍人たるもの、どのような者と同室になろうとも、任務優先、淫らなことはあり得ない。と、顔を上気させながら言っている。でも誰も信用していない。ゲール総督は、『参ったな。』という顔をしている。
食事は、外の食堂だった。僕はレバ焼き定食を食べた。ビッツ町で食べたモツ焼きと、アート村の定食を合わせたような定食だったが、一緒に炒められている青い草の香りがとても合っていて、幾らでも食べられた。皆も好き好きに、注文していたが、イレーヌさんは口臭を気にして青い草の入ったものは食べなかった。
夕食後、ホテルに泊まったが、夜のセレモニーは、今日は無いことにしようと言ったら、皆に反対された。迎賓館で、できなかった分も今日すると言うのだ。仕方がないので、早くシャワーを浴びて、早く寝ることにした。勿論、部屋にシールドを張るのを忘れなかった。
翌朝、皆が起きる前に、村の外に出て、昨日の続きをしてみるが、騒ぎになるので、熱を込めるだけにした。何も持たない手に、紅く光る大剣をイメージする。
この剣は何だろう。誰かが何か言っていたような気がするが、思い出せない。この剣で、切ることが出来るのだろうか。昨日は、斬撃みたいのが飛んで行ったが、普通に切ることが出来なければ、使い道は少ない。
試しに、その辺の木の枝を切ってみる。ゆっくりと、本当にゆっくりと剣の刃と思われる場所を、木の枝に当ててみる。変化はない。そのまま、ゆっくり枝を切るイメージで、剣を下に動かす。
枝は、綺麗な切り口を残し、下に落ちた。
旅館に戻ると、大変なことになっていた。イレーヌさんが、軍をやめて郷へ帰ると言っている。ゲール総督は、本当に困った顔をしている。真相は、予想がつくから、ほっといても良いのだが、シェル達が女性特有の面白がりのお節介モードとなり、皆で慰めている。
「いつか分かってくれる、」
「焦ることはない。チャンスは必ずある。」
「酔っ払わせれば大丈夫。」
段々、過激になっているんですが。きっと、ゲール総督もイレーヌさんのことは、好きな方だと思う。でも、任務中にそういうことはできないと思っているらしい。これは、愛の診断士、クレスタさんの見立てです。
紅き剣は、使い勝手が悪いです。魔力と気力と、もう一つの力。何でしょうね。




