第2部第279話 初めての人間界その17
(6月9日です。)
次の日、ドリアと一緒に冒険者ギルドに行って、早速ダンジョンに潜ろうと思って愕然としたの。ドリアが受けることが出来る依頼ランクって『F』限定ですって。ある程度ポイントを稼いで始めて一つ上のランクを受けられるんですって。ドリアは、素直に聞いていたけど、私には納得行かなかった。だって、スタンピードを制圧したのよ。ダンジョンを一人でクリアしたのよ。それで『F』ランク。でも私はレディだからカウンターでごねたりはしないの。取り敢えず、ワンコの探し物と、孤児院の世話を受けたの。
それから、買取カウンターに行って、昨日、いえ一昨日のダンジョンでの採集品を並べたの。もう魔石はどれがどれだか忘れてしまったわよ。ズラーッと並べて、あとグリフォンの頭1つと冷凍大ウサギを8体、最後に解体場で首のないアダマンタイトを取り出したの。冷凍大ウサギは、1体大銀貨2枚だから金貨1枚と大銀貨6枚、グリフォンの頭は、オークションに出せば高く売れるかもしれないが、側近なら金貨1枚と大銀貨8枚だった。アダマンタイトは、前例がないけど、鉱石なら1キロ金貨3枚で引き取っているので、内臓を捨てて甲羅だけにしても120キロ、金貨360枚で買い取りになるそうだ。面倒だから、大金貨36枚で売ってしまった。あ、そんな大金、持ち歩きたくないので、口座を作ってもらって、預ける事にしたの。それと魔石類は、全部で金貨2枚と大銀貨8枚だった。
さあ、それでは依頼を達成しに行きますか。まずドリアを孤児院に放り込んで、私はワンコ探し。依頼人のところに行って、ワンコの特徴と、平素使っている食器を借りたの。それでワンコの匂いを特定して、探し始めた。あ、ワンコの所在が直ぐに分かったわ。80m位先のメス犬の周りに集まっている雄犬のうちの1匹だった。一体何日ここにいるのよ。嫌がるワンコを叱りながら依頼人のところに連れて行って依頼完了。なんて簡単なの。孤児院に行ったら、ドリアが大量の洗濯物と格闘していた。何でも職員の一人が結婚休暇を取っているので、洗濯まで手が回らなかったんだって。ドリアは、クリーンつまり掃除や洗浄能力はあってもウオッシュつまり洗濯能力が無いので水と洗剤にまみれながら一生懸命洗濯をしていた。しょうがない。手伝ってやる事にしたよ洗濯物の山にメイド魔法『ウオッシュ』を掛けて汚れを落とし、『ドライヤー』で乾燥させる。後は畳むだけね。あっという間に依頼達成。でもその間に孤児院の子供達が集まって来ちゃった。みんな小学校に行く前の小さな子達ばかり。しょうがないわねえ。空間収納から作り置きのクッキーを出して、小分けの紙包みで包んでからみんなに1個ずつ渡したの。子供達は大喜びしてくれたわ。あと、みんなに温かい蜂蜜入りのミルクをあげて、それから絵本を読んであげたの。あ、みんな眠そう。お部屋に戻って、みんなをベッドに潜らせてから『聖なる力』で、安らかな眠りを与えた。そうッとお部屋を出てから、院長先生に完了報告に署名を頂いたんだけど、私をジーッと見ているの。何かなって思ったら、
「あなた、ご両親は?」
あ、まずい。あのパターンだ。また孤児院へ入れとか小学校へ行けと言われるのも嫌なので、
「父と母は田舎にいます。今は姉と二人で働いています。あ、私、今年の春小学校を卒業しております。」
と嘘を並べておいたの。ふうう!
もう、魔界に帰りたい。レッドリリイのみんなは、元気かなあ。お屋敷に戻ったら、ジェンキン宰相からお手紙が来ていた。明日、王城内の行政庁に来て貰いたいんだって。何だろう。もう用は無いんだけど。ドリアは、お屋敷に帰ると、直ぐに掃除を始めているの。それを見て、カテリーナさんも掃除を始めたんだけど、お屋敷のメイドさん達が慌てて二人から掃除道具を取り上げてしまった。訳が分からないので、コレットさんに理由を聞いたら、カテリーナさんは小さい時からずっと掃除婦として働いていて、今でも、誰かが掃除をしていると自分も掃除を始めてしまうんだって。凄く悲しい話だけど、掃除をする事だけが、食事を得る手段だったと言うのが、ドリアと境遇が似ているのね。
私が、ドリアの方を向くと、急にオドオドしてしまって。あれ、もしかすると私、怖がられている?
「ドリア?」
「はい、何でございましょうか。」
「私の事、怖い?」
「いいえ、滅相もございません。」
「じゃあ、あなた。どうして帰って来てから、直ぐに掃除を始めたの?」
「いえ、お許し下さい。もうしませんから。」
「いえ、そうじゃなくって。あなた、もしかして掃除をしなければ食事が貰えないと思ったの?」
「いえ、その、あのう、はい。そうです。」
「貴方ねえ。どんな生活してたの?」
聞くと、随分悲惨な生活だったらしい。村で、魔物に襲われ死にかけた時、魔物の主から冥界に送り込まれたそうだ。その時は、多くの人間達と一緒だったが、一人減り二人減りと、日に日に居なくなり、ついに自分の番が来たのだが、その時、ビルゲが血の盟約を結んだらしい。まあ、ビルゲの血を飲ませただけなんだけどね。それでビルゲ直轄の僕となったが、何日も放って置かれたらしい。喉が焼け付くように乾き、意識が朦朧となった時に王城に下人として奉公に出されたらしいのだ。血の盟約を結んでバンパイアとなったので、餓死はあり得ないが、満足な食事も与えられずに掃除人として働かされていた。
先輩メイドから教わったのは、上位者がそばを通る時は膝まずいて下を向くようにと言うマナーだけだった。朝6時に起こされ、まずトイレの掃除。それが終わるのが午前9時になってしまう。冷え切ったトーストと少しだけ血の味のする赤いジュースを飲み、次は廊下と階段を掃除する階段は、上から下へ長い段を一段ずつ掃除し、一番下まで掃除すると、もうお昼だった。お昼ご飯は、当然に無いが、その事は辛く無かった。辛かったのは、先輩メイドから掃除の仕方が悪いと折檻される事と、せっかく掃除したのに『汚れている。』と文句を言われバケツやゴミ箱をひっくり返されたりして、夜遅くまで一人で掃除を続けさせられたことなどだ。冥界に行ってからの10年間、楽しいことなど一つもなかった。今日、孤児院で子供達の洗濯をしている時に、子供達から『ありがとう』って声をかけられたのが、一番嬉しかったそうだ。
「私は、マロニー様のお役には立てません。洗濯だってうまくできませんでした。せめて掃除位してお役に立ちたかったのです。」
私は、自分が先輩メイドに虐められていた時の事を思い出していた。あの時は、仕事が辛いと思う時はあっても血統順位一位であると言う自負と、冥王様に直接仕えられると言う誇りがあった。食事も冷めてはいてもキチンと食べていたし、お休みも非番もちゃんとあったので、殊更に自分が不幸などと思う事は無かった。メイドである事が自分の使命だと考えていたのだ。それに比べ、ドリアには何も無かったのだ。メイドの服装をしてはいても、メイドとしての誇りの持てる仕事など何一つさせて貰えず、10年間、トイレと階段掃除に明け暮れていたんだ。
「ドリア、これは私からの命令よ。私のメイドとして、すべき事を完璧にこなしなさい。分からないことがあったら、コレットさんや他のメイドさんに教えて貰ってね。まず、貴方は『空間収納』を使えるの?」
黙って首を振るドリア。ああ、受け答えの仕方から教えなければならないのね。
「聞かれた事に答える時は、ちゃんと言葉にしなければダメよ。それと、メイドたる者、常にレディであること。これがメイド必則第1条よ。さあ、言ってみて。」
「メイドたる者、常にレディであること。」
「そう、それで良いのよ。」
「あのう、マロニー様?レディって何ですか。」
ああ、そこからですか?まあ、それはおいおい勉強して貰って、まず空間収納を覚えて貰いましょう。それとお茶の淹れ方もね。
次の日、朝5時に起きて裏庭で稽古を始めたらドリアも起きて来た。
「マロニー様、おはようございます。」
「おはよう。まだ仕事がないのだから、起きてこなくても良いんだよ。」
「いえ、こうしてお側にいる事が仕事ですから。」
あれ?誰に教わったんだろう。そう言えば、ドリアの部屋って、他のメイド達と同じ3階だったわね。誰かに教わったのね。うーん。まあ、もう少し様子を見るか。
魔界には、今日帰る事になった。エーデル様が、ギルドの用事で今日、帰らなければならなくなったので。と言う事で、今日は忙しい。まず挨拶回りだ。貴族として叙せられたからには、ジェンキン宰相には挨拶をしないと。あとお世話になったマーリン校長先生、ギルド長のフレデリック様、あとダッシュさんや、一緒に冒険に行ってくれたアプルさん達にも挨拶したいし。
朝食後、一番良いメイド服に着替えて冒険者ギルドに向かった。丁度アプルさん達は依頼受付カウンターにいたので、ご挨拶をしたんだけど、ホワイトさん、泣き出しちゃった。まあ、今年の10月にはまた来るからと言って慰めたんだけど、何か逆のような気がしたわ。フレデリック様は、エーデル様から聞いていたみたいで、ウンウン頷いていたが、物凄い爆弾発言があった。この前の時のような事があれば、『直ぐに迎えを出すから、その時はよろしくな。』ですって。私、ポーターなんですけどと言ったら、子爵として王命には従わなくっちゃなって。あ、これって、嵌ってしまったの。
ギルドを出てから、ドリアを連れて王城に向かったの。ジェンキン宰相には直ぐに会えたんだけど、そこでもすごい事を言われた。私のお屋敷、子爵邸を物色中なので、決まったら迎えを寄越すので、取り敢えず引っ越しをして貰いたいそうだ。それとお屋敷を維持管理するためにも、ある程度の年金を支給するので、出納をする加齢を決めておくようにとの事だった。まあ、来年からネネさんの学校も始まるし、こっちにお屋敷があった方が便利なんだけど、これも嵌ってしまったのかしら。
後は、魔法学院のマーリン校長先生と騎士団長のスターバ様にご挨拶をしてから、街に出たんだけど、ドリアったら汗ビッショリ。でも、黙ってついて来て、自分が立つべき場所に立っているので、今日は合格点ね。
昼食は、ダッシュさんの店の近くのレストランで食べたんだけど、オムライス、美味しかったわ。あれ、ドリアったら何で泣いてるの?聞いたら、こんな料理をレストランで食べるのは生まれて初めてらしいの。田舎の村には、こんなレストランなんか無かったし、冥界でも勿論行ける訳無いわよね。
ダッシュさんの店に行ったら、今度来る時にはコテツとエスプリを研いでくれるって言ってくれた。シズさんは、帝都の騎士団に行っていて会えなかったんだけど、宜しく伝えて下さいとお願いしておいた。
さあ、後はお土産を買うだけね。勿論、一押しは『タイタンの月ね。1個で銅貨20枚もするんだけど、10個入りを50箱買ったの。王国大銀貨1枚だったけど気にしない事にしようっと。