第2部第275話 初めての人間界その13
(6月6日です。)
今日は、魔界に帰る予定だ。夕方、エーデル皇后陛下がお迎えにいらっしゃるので、それまでにお土産屋を買わなくてはいけないし、それにダッシュさんやシズ様、フレデリック様にもご挨拶しないと。そう思って、少し遅めの朝食を取っていたら、来客があった。ちょっと嫌な気がしたんだけど、来客はフレデリック様だった。あ、昨日のことに関連しているのかなと思ったら、図星だった。実は、あのダンジョン、最近、急に難易度が上がったんでおかしいなと思っていたら、ダンジョンボスが復活したせいで、ダンジョンが活性化してしまったらしいのだ。そのため、このまま放置すると、また昨日のようなことが起きかねない。そのため、『ダンジョン攻略』の王命が下ったらしいのだ。
ダンジョン攻略は、超困難クエストだ。まず、最下層まで行くのにある程度の日数と人数が必要だ。さらに、下層に行くほど階層ボスの難易度が上がっていく。昨日のスタンピードを見ても、キマイラやケルベロス程度が一般魔物で、ヒュドラが階層ボスとなると、それだけで討伐難易度は『A』ランク以上、下手をすると『S』ランク以上だ。ダンジョンボスが何かは分からないが、それ以上となると、完全にグレート市の冒険者レベルを超えている可能性があるのだ。
それで、王国騎士団から騎士300名、魔導士教会から魔導士40名、『Bランク』以上の冒険者16名が参加しての攻略団を編成するが、その攻略団に加わって貰いたいとのことだった。あのう、私は冒険者でもないし、単なるポーターだし、メイドだし、小学5年生だし。
「あのう、私、今日、魔界に帰る予定だったんですけど。」
「あ、そのことは心配ないよ。魔界には話を通してあるから。」
え、誰に話を通しているんですか。小学校の校長先生か、孤児院のキエフ院長ですか。よく分からないけど。でも、帰るためにはエーデル様の協力が必要なのに、そのエーデル様も攻略団に組み込まれているので、返してもらえるわけがないわね。
フレデリック様のお話では、攻略は、火曜日の朝6時からとなっており、それまでにはダンジョンに至る街道周辺の片づけを終わらせるそうだ。あ、今は北門が閉鎖されているし、ダンジョン周辺には騎士団が見張っているそうなの。仕方がないので、了解はしたんだけど、レッドリリイのみんなも寂しがっているだろうし、私のお屋敷をそんなに長く放置もできない気がする。
朝食後、ダッシュさんのお店『カメの甲羅武器店』にいって、ミスリル製のショートソード1振りと矢を300本買っておく。それから、食料品店に行って、パンとバター、ミルクにハム、ソーセージあと調味料各種を補充しておいたの。最後に子供服専門店に行き、5歳児用の服をいくつか買っておく。あ、冒険者セットという服もあるのね。勿論、セットで買っておく。
さあ。これで準備は万全ね。
お屋敷に戻ったら、キラちゃんに竜の姿に戻ってもらって、鞍などの騎乗セットを取り付ける。うん、銀ちゃんは、小さな子犬姿になってもらい、私が抱っこするの。さあ、それじゃあ出発しようか。勿論、行き先はダンジョンよ。鞍の上に『空間浮遊』で騎乗し、安全ベルトをしっかり締めて、
「さあ、出発よ。」
キラちゃん、ふわりと浮き上がった。高度300mまで浮上したら、北を目指して飛翔を開始した。あっという間に、ダンジョンの上空に到着した。下界は酷い状況だったが、騎士団の方達は、500m位離れたところで、ダンジョン出口を見張っている。まあ、いつ、魔物が湧き出て来るのか分からないだけに当然よね。地上に降りていくと、至る所に人間のパーツが転がっている。可哀そうに、昨日、魔物に食べられた残骸ね。でも、まだ時間がたっていないので、死臭はそんなに強くなかった。キラちゃんに女の子の姿になってもらって、なんちゃって冒険者服を着てもらう。あ、帽子が可愛らしいけど、角が邪魔ね。帽子は諦めよう。今日買ったミスリル製のショートソードを腰にぶら下げたけど、大剣みたいになっちゃっているわね。まあ、いいか。銀ちゃんには、元の姿に戻ってもらう。ウエンディには、先に飛んで行っての斥候をお願いした。さあ、行きましょうか。目的地は勿論、最下層。ダンジョンボスの間よ。
ダンジョンに潜ったら、とりあえず全速力で走ることにした。キラちゃんは銀ちゃんの背中にしがみついている。途中、ゴブリンやオーク達が群れているところがあったけど、コテツを一閃、妨害する魔物たちを殲滅しながら走り続ける。階層ボスは、オーガ2体だったけど、邪魔よ。頭から唐竹割りで殲滅して、すぐに地下第2階層に潜っていく。地下第2階層も、ゴブリンソルジャーやオークソルジャーの群れで一杯だったけど、第1階層と同じく、コテツを居合で抜いて通り道をあけたら、そのまま走り抜けていくの。さすがに私の速度に追いついてくるゴブリンなどいやしない。第2階層のボスはケルベロスだったけど、頭が3つあるのが1体と2つあるのが2体いたの。ウーン、過去稀れるのも嫌だったので、『虹の魔弓』を取り出し、3本の矢をつがえた。すべての矢に『雷』属性を纏わせ、ケルベロス達の心臓を狙ったの。矢を放ったら、ほぼ雷光の様に光りながら、全射命中。ケルベルロスの心臓は、高圧電流の矢で射抜かれ、即死してしまった。魔石なんかを採集するのも面倒だから、そのまま第3階層まで潜ろうとしたけど、ちょっと一休みすることにした。だって、あの第3階層よ。あの。絶対に一杯いるから。
しょうがない、ケルベロスの魔石を回収して、ちょっとだけお茶をしてから、意を決して潜ることにした。前回は、森林火災を起こしちゃいけないと思って、遠慮していたんだけど、今回は構っていられないわ。第3階層に入ると同時に『火』属性の矢を縦方向に5発射って、樹木ごと爆発させる。勿論、奴らも一緒に爆砕よ。すぐに『水』属性の矢を放って消火させるの。『水』属性は『氷』属性の基本属性らしいので、自由に使えるみたい。でも、雨を降らせることはできないみたい。というか、雨の降らせ方なんか知らないし。そうやって、奴らの姿を見ることなく、爆砕から消火、爆砕から消火と進んでいって階層ボスの所まで来たの。階層ボス、この前は大型の甲虫類だったけど、今回は、あれ、あれよ。絶対に見たくなかった平べったい奴。それの大型個体。勿論、目を瞑って5本の矢を撃ち込み、完全爆砕してやったわ。
死体は、紫色の気持ちの悪い液体にまみれていたけど、息を止めて脇を通り過ぎて地下第4階層に行ったの。思ったよりもストーンゴーレムやストーンボムは少なかったんだけど、メタルゴーレムがいたの。さすがに『風』属性の矢では切断できなかったんだけど、『火』属性の矢で、真っ赤に熱して、『水』を上からかけたら、その場で固まってしまって、無理に動こうとするとパラパラと身体が崩れてくるの。あとはコテツの餌食ね。この階層は、階層ボスまで行く必要がないの。途中で、ビーチエリアに行くショートカットがあるから。ショートカットの洞窟に付いたのがお昼前だったけど、どうしようか。やっぱり、こんな殺風景なところよりも太陽が燦燦と輝くビーチでお昼よね。
洞窟の先は常夏のビーチでした。まあ、分かっていたけど。そこには、またヤドカリやクラーケンがいたんだけど、皆、海の向こうに逃げて行ったの。あ、あのクラーケン、きっとこの前と同じ奴だな。ヤドカリが逃げるのが分からないんだけど。まあ、関係ないわ。とりあえず、ビーチパラソルとビーチチェアを出して、キャンピングテーブルを出して、お茶と昼食タイムね。銀ちゃんには最高級牛肉を生で食べて貰って、私は、パンにトマトのスライスとレタスとベーコンサンドイッチにして食べたの。お茶にはたっぷりの蜂蜜を入れてね。キラちゃんは、お洋服を脱いで元の姿になってからイノシシの半身を飲み込んでいた。あ、遠くのクラーケンを見ている。と思ったら、急に飛び上がり、クラーケンの方に向かっていった。見ていると、クラーケン、慌てて逃げ出そうとしているが、間に合わない。
ジャボーーン!
キラちゃんが海の中に入ったと思ったら、クラーケンの頭をわしづかみにして飛び上がって来た。クラーケン、触手を一生懸命キラちゃんに向けて伸ばしているんだけど、私がかなり短くしていたので、全く届かない。キラちゃん、そのまま、高度を上げて行ってから、こちらの方に飛んできて、急降下で地上めがけていて、クラーケンを離してから、急上昇をした。可哀そうなクラーケン、完全に地面に衝突してペチャンコ。勿論、その切り身を少しだけ焼かせてもらったけど、これ位の切り身、ストックがあるのよ。得意そうなキラちゃんには内緒にしているけど。キラちゃん、生蛸が好きなのか、頭のお肉をむしり取って食べていた。
食事終了後、ビーチエリアの奥の方に向かうと、ワラワラと人型の何かが海中から出てきた。サハギンか半魚人みたい。三つ又の槍を持っている。いつも思うんだけど、こいつらの武器って誰がつくっているんだろうか。ゴブリンやサハギンの鍛冶屋なんか聞いたことも無いし、そもそも海の中に鍛冶屋なんてあるのかしら。まあ、あまり気にしないようにしよう。サハギン達は100体位いるかしら。圧倒的数の優位を意識しているのか、汚らしい歯をむき出して笑っている。ように見えた。私は、コテツを抜き、青眼で構えて、『火よ。業火よ。煉獄の業火よ。』と呟いてから、コテツを水平に振るった。真っ赤な炎がコテツから放たれ、サハギン達を包み込みながら、その先まで飛んで行った。あ、サハギン達、なんかお魚の焼いた良い匂いがする。勿論、死んでいるけどね。キラちゃん、銀ちゃん、あまり食べないでね。お腹壊すかも知れないから。
階層の奥には、岩場が海から飛び出ていたが、誰もいなかった。伝承では、セイレーンがいるはずなのに。どこかにお出かけなのかしら。まあ、いなけりゃしょうがない。そのまま、奥の階段を下りていく。