第2部第272話 初めての人間界その10
(6月4日です。)
今日、午前9時に冒険者ギルドの近くにある『明鏡止水流総本部』の道場に行く事になっていた。取り敢えずメイド服はやめて冒険者服で行く事にする。
道場では、シズ様が待っていてくれて、師範代という人に紹介してくれた。この道場では、12歳以下の少年剣道も指導しているが、学校が終わってからなので、『少年の部の稽古は、夕方4時からです。』と言われた。いえ、別に少年剣道を教わりたい訳じゃあないし。それよりも、シズ様も『師範代』と呼ばれている事に吃驚してしまった。本当は『特別師範代』というお立場らしい。その特別師範代のシズ様の口添えで、大人に混じって稽古をさせてもらう事になった。ここの稽古は、木刀を使った寸止め稽古と、竹刀を使った打突稽古があるが、木刀を使った稽古は上級者だけなんですって。私は、最初、竹刀稽古の組に入れられたんだけど、竹刀は子供用の短い物を貸してくれた。相手は、この前騎士団に入ったばかりの15歳の子だ。双方構えてみると、相手の子が隙だらけなのに驚いてしまった。フッと近づくだけで、ビクンと後ろに下がってしまう。そこを飛び込み様に面を打って脇に逃げる。あ、相手は何が起きたか分からないままに面を取られてしまい、参ったをしてきた。竹刀といえども、防具なしで打たれるのは痛いし、へたをするとミミズ腫れでは済まない危険性があった。実力差があると分かった場合には、早めに参ったをした方が良いのだろう。
次の相手は、道場の中央付近で稽古をしていた女性の騎士さんだ。この方は、本格的な防具をつけていた。と言うか、ほぼ軽鎧装備だ。盾も左手に装備している。しかし、全体的に動きが遅い。最初の打突は、小手を打ってきてからの突きだったが、軽くバックステップをして躱せたし、その後の姿勢の崩れを見逃さずに小手を打ち込んだら、たまらずに竹刀を落としてしまった。その次の相手は、それまで、木刀で稽古していた男性で、わざわざ得物を竹刀に変えて稽古をつけてくれるみたい。構えての立ち姿も隙が無く。かなりの練達者と思われた。対峙してもなかなか打ち込んで来ない。こちらの打ち込みに応じて1本取るつもりなのだろう。それなら遠慮なく打ち込ませて貰おう。竹刀をスーッと上に上げた。相手が、つい竹刀の動きに釣られて視線を向けた瞬間、私の身体は、『瞬動』並の速度で飛び込んで行き、相手の小手と面に竹刀が打ち込まれていた。勿論、順番にだけど。相手の左横を通過したと同時に体を入れ替え、相手の反撃に応じた残心示した。
「マロニーちゃん。今、『瞬動』使った?」
シズ様が聞いてきた。
「いいえ、足捌きで素早い動きをしたまでです。」
その時、初めて気がついたのだが、道場内では誰も稽古をしていなかった。次の相手は、かなりの高弟らしく、他の門下生さん達が声を上げていた。結局、道場の中央で稽古をする事になり、他の人達は看取りとなってしまった。稽古は、3本勝負、先に2本取った方が勝ちと言う試合形式になってしまった。審判はシズ様だ。『ハジメ』の号令で、相手の騎士さん、大きな気合を入れてくる。私も気合いを入れようかと思ったけど、慣れない事をして、隙が出来るのも嫌だったので、相手との間合いを少し離して様子を見る事にした。うーん、隙が見つからない。剣先を下げて誘っても乗って来ない。数合の後、少し前のめり気味に小手を打ちに行く。勿論、隙を見せて相手を誘うためだ。相手は、私の小手打ちを抜いて面を打ってくる。ヨシ、来た。直ぐに姿勢を正すと共に、面に当たる前に竹刀の右鎬で擦り上げる。相手の面が左に流れた。と同時に綺麗な面が決まった。シズ様が、私の方の手を上げて、『面あり!』と宣言してくれる。道場内から落胆の声が漏れている。私って、敵役?2本目は、物凄い勢いで打ってきた。間違いなく体格差を使って、私の姿勢を崩そうとしている。体当たりには、逆らわずに5m程下がって相手の威力を流してしまう。何度目かの体当たりの際、私は、相手の右肩に突きを当てて、相手の体を崩してやる。有効打突部位ではないので、シズ様の手は上がらない。そのまま後ろに下がって残身を示した所に、チャンスと見た相手が私の喉元をついてきた。僅か数センチ。右に体を躱しながら相手の面を撃ち抜く。
パカーーーン!
竹刀の乾いた音がした。
「面あり。勝負あり。」
シズ様の声が、静まり返った道場内に響き渡った。相手の方は、その場で気を失っている様だ。脳震盪を起こしてしまったのだろう。私は、すぐに『治癒』の力を流してあげた。これで頭のこぶも引っ込んでくれるはずだ。
最後は、シズ様が相手をしてくれる。さっきの相手の方が審判をしてくれるみたいだ。この方は、『筆頭』と呼ばれている一番の高弟の方だったらしい。道理で強い筈だ。しかしシズ様の強さは別格だった。打ち込む隙がない。誘っても乗って来ず、打ち込んでも、躱されるか応じられる。取り敢えず距離を取ろうとすると、あっという間に間合いを詰められ、苦し紛れに打っていくと、これに合わせる様に厳しい打突が来るのだ。全ての動きが、『剣の理』に従っているので打ち込む隙がないのだ。でも、それはシズ様も同じみたい。踏み込みは鋭いし、打突も正確。躱しきれない時が何度もあるんだけど、竹刀で応じられない事はない。おそらく一瞬の隙が生じた方が負け。そんな攻防が10分以上続いたかしら。延長戦2回目に入った時、私がシズ様の竹刀を払って打ち込もうとした瞬間、シズ様の姿が消えた。え?!その刹那、下からの切上げ胴が一陣の風の如く、私の左胴を襲ってくる。
バキイッ!
シズ様の竹刀が砕け散った。私の『自動防御』が作動してしまったみたい。それだけ、シズ様の打ち込みが激しかったと言う事だ。シズ様も、動きが固まってしまった。審判の方も、唖然としていた。
「すみません。私の負けです。」
私が、竹刀を納めたのをみて、審判の方も、シズ様の方の手を挙げて
「胴あり。一本。それまで。」
と判定をしてくれた。試合後、シズ様が
「マロニーちゃん、最後は『シールド』を掛けていたようだけど、最初から掛けていたの?」
「いいえ、あれは『自動防御』らしくて、いつの間にか使えるようになっていたのですが、私に危害が加えられそうになると自動的に聖なるシールドが貼られるようで。私は、意識していないのですが。」
「何、それ。それじゃあ私なんか勝ち目が最初からないんじゃないの。」
「そんなことありません。シズ様の打ち込みが激しかったので、発動したんだと思います。」
「あなたって、本当にチートね。それでも、私と10分以上やり合ったのは、この道場じゃあ、あなたが初めてよ。それは自慢しても良いと思うな。」
「ありがとうございます。でも、シズ様は、本当にお強いですね。お若いころから、そのようにお強かったのですか?」
「え、私。いいえ、全然ダメだったのよ。ゴロタさんに初歩的な事を教えて貰ってから、何となく強くなっていったの。それまで、ずっと練習しても3級にしかならなかったんで、剣の道をあきらめようかなと思っていた位なのよ。」
その時、この道場の師範代が来て、本部長に会ってくれないかとお願いされた。別に、特に断る理由もなかったので、案内されるままに本部長室に向かった。あ、勿論、シズさんも一緒よ。本部長様からのお話は、当本部の門下生として入門してもらいたいそうだ。現段階で『初段』を授与するので、今後は、自由に道場に来て稽古をお願いしたいとのことだった。え、でも、この道場にはもう来れないような気がするんですが。その時、シズ様が口添えしてくれた。
「ええ、それはいい考えですね。私も、ゴロタ帝国の騎士団の面倒を見なければいけないので、道場にはなかなか来れなくって。マロニーちゃんなら、すぐに師範代になれるわよ。あ、ここに来る方法は、後で教えてあげるわ。」
なんか、大変なことになって来たみたい。でも、魔界から自由にこちらの世界に来れるなら、毎日でも道場で稽古をしてみたいし、それにダンジョン攻略も楽しそう。あれ、でも学校に行っている暇がなくなりそうなんだけど。それから、『長剣の形』を、シズさんと二人で仕太刀と打太刀に分かれて練習してみたの。道場の板の間での稽古は、地面と違って、足運びの悪い所がしっかり分かるので、何度も注意を受けてしまった。でも、キチンと足運びができると、前後、左右の動きに無駄がなくなり、ぐっと動きが良くなった。やはり、基本って大切よね。
次の日、グレーテル王国王立魔道士教会の調査が朝から行われた。マリンピア魔導士長をはじめ、何人もの方々が来られていたが、騎士の方や行政官の方々もいるのは何故かしら。騎士の方は、スターバ様と仰って、この国の騎士団長様なんだって。
最初に聞かれたのは、出身地の事だった。この世界ではない人間族の国から来たといったのだが、行政官の方々がヒソヒソ話し合っている。どうやら、私の出身地に心当たりがないようなの。まあ、そうでしょうけど、ここはごまかすしかないわ。
「私の出身地である人間族の国は、魔界にあるティタン王国のはるか東、高い標高の山脈を超えたところにあります。ティタン王国とは300年以上交流がないとも聞いておりました。」
「それで、マロニー嬢は何をしにこちらに来たのですか。」
「はい、主の命を受けて、ティタン王国で冒険者として鍛錬するようにとのことでした。」
「マロニー嬢は、まだ11歳とお聞きしましたが、そんなに幼いころから冒険者になるために旅に出るのですか?」
「はい、お陰様で体力だけには自信があるので、それほどの苦労はありませんでした。」
「マロニー嬢は、どうしてメイド服を着ているのですか。」
「はい、私は、もともとメイドとしてこの世に生を受けました。幼いころからメイドとしての教育を受け、メイドとして働いてまいりましたの。他の仕事のことは知りませんが、常にメイドとしての誇りを忘れないために、メイド服を着ております。」
そのとき、スターバ団長様が私に聞いてきた。
「昨日、明鏡止水流の道場で稽古をなされたそうじゃが。」
「はい、シズ様と稽古をさせていただきました。」
「その時、シズ殿と10分以上も稽古をし、最後は惜しくも負けたそうだが、それを見ていた総本部長が、貴殿に初段を授与されたと言うのはまことかな?」
「はい、身に余る光栄でございましたが、授与されました。」
「ウーム、話によると、貴殿は、弓が得意と聞いておるが。」
「はい、弓による攻撃は、相手の返り血などを受けないので、基本、アーチャーとして魔物等を攻撃しています。」
「ううむ。マロニー殿、どうじゃろう。貴殿が使用している武器を見せて貰えないだろうか。」
別に隠すことも無いので、テーブルの上に並べることにした。
まず、『投げビシ』を一つかみ。それから『エルフの弓』と『虹の魔弓』、あと、『聖剣エスプリ』と『妖刀コテツ』、これだけかな。あ、矢筒も出しておこう。
「これだけです。」
スターバ団長の後ろに控えていた騎士団の方が、出した武器を点検していた。
「団長、これらの武器のうち、剣二振りは国宝級の剣です。おそらくヒヒイロカネが使われているのではと。あと、弓ですが、伝説の『エルフの弓』と、もう一つは、弓だとは思うのですが、強力すぎて引くことが出来ません。矢は、平凡な矢です。あと、謎の鉄製の粒がありますが、用途は分かりません。」
「うう、マロニー嬢、貴殿にお願いがあるのじゃが。今日の午後、騎士団本部で、我が騎士達に武器の威力等を示していただけないじゃろうか。いや、是非お願いしたい。」
あ、なんか段々面倒なことになってきた気がします。