第2部第269話 初めての人間界その7
(6月2日です。)
初めてのダンジョン探索を終えて、ネネさん、少しグロッキー気味だった。というか、フレデリック様の前で、あのパーティの事で責任を取らされるのではないかと思い、半べそ状態だったらしい。まあ、私もそうだったんだけど。あのギルド長、声も顔も優しいのに、なんか物凄く威厳があるの。一体、どういう人なのかしら。
お屋敷に戻ったら、ホッとしたんだけど、まずはお風呂ね。このお屋敷で一番気に入っているところは広いお風呂、次はピアノかしら。メイド長のコレットさんや筆頭執事のレブロンさん達は、今日は日曜日なので、お休みだそうだ。若いメイドさん2人と執事さん1人で食事の準備をしているので、私もお手伝いすることにした。テーブルセットなら任せてもらいたいわ。80年分のスキルがあるのだから。あっという間にセッティングが終わってしまった。若いメイドさんが吃驚していたが、これ位当たり前でしょ。というか銀トレイに乗せたティーカップセットが傾けても落ちないことに吃驚していたみたい。あ、そうよね。この世界では普通に重力に従って落ちてしまうもの。でも、お風呂上りにクリーニングしたばかりのメイド服を着ると気持ちが落ち着くのは何故かしらね。スカートの下のパニエだって、きれいに洗ってあるし、黒いエナメル靴もピカピカだし。
今日の食事は、海鮮料理にした。ダンジョンで採集したアサリとハマグリを出してシェフに渡したら、こんなに新鮮な貝を入手できたのは久しぶりだと喜んでいた。良かった。
食事が終わってから、少しだけピアノを弾かせてもらったんだけど。落ち着くわね。『子供のハノン』ナンバー4~7まで繰り返し繰り返し弾いていたんだけど、ピアノの音って、お腹に響いてとても素敵。あ、魔界でもピアノってあるのかしら。そう言えば、ブレナガン様のお屋敷やゴロタ帝国領のお屋敷では見なかったわね。今度、誰かに聞いてみよ。
------------------------------------------------------------------
次の日、ネネさんと一緒に冒険者ギルドに行ったら、フレデリック様からご紹介の冒険者パーティの方々がお待ちになっていた。女性だけの4人パーティだ。皆さん、冒険者になって3年くらいで、全員『D』ランクだった。リーダーのアプルさんは、真っ赤な髪をボサボサにしている大柄な女性で、身長だけでなく胸まで大柄だった。この方は、大剣をつかっているようで、身長位ありそうな大剣を背中に背負っていた。もう一人の方は、メリッサさんと言う剣士で、盾とショートソードを持っているところから、中堅がポジションだろう。紫色の髪の毛の細身の方だった。弓を持っている形は、エルフ族の方で銀色の髪をした綺麗な人だったが、年齢は良く分からなかった。名前をシルベリアさんと言った。最後の人は『ヒーラー』で、ホワイトさんと言うそうだ。名前のとおり白色のガウンをまとい、自分の身長よりも頭一つ長い杖を持っている。ホワイトさんと言うのは偽名だと思うが追及しないことにしよう。
彼女たちは、間もなく『C』ランクになる予定だが、ダンジョン地下4階層が攻略できず、いつもクエスト失敗となってしまうので、今回は、クエストなしの素材集めをしようとなったらしい。うん、それでもいいけど、せっかく、ストーンゴーレムを倒すのだから、受注した方がいいと思うの。とりあえず、ギルドの2階に上がって、クエスト依頼ボードを見てみると、あ、ストーンゴーレムの魔石の納品という依頼があった。最低達成条件が魔石2個となっているんだから、ちょうど良いんじゃないかな。アプルさんに依頼を受けて貰って、さあ、出発だ。そう思っていたら、乗合馬車に乗るから、ちょっと時間が空いているんだって。そう言えば、王都からダンジョンまでの乗合馬車が往復しているって聞いていたけど、乗ったことなかったな。というか糊必要なかったし。ウーン、どうしようか。あまり遅いと、今日中にクエストを達成して帰ってくるのが難しくなるし。
あ、アプルさん達は、ダンジョン内で野営する気十分という感じで、大量の野営セットを持っていこうとしている。いや、これって、何泊するつもりですか。女性だからか、荷物が半端ないんですけど。これほどの量ならポーターを雇う理由も分かるけど、ちょっと無理がありそう。もう決めた。とりあえず、ギルドを出てから、大量の荷物をすべて『空間収納』に入れて、それからいつものロープを取り出した。結び目を五つ作っておいて、それぞれにつかんでもらう。
アプルさん達は、何をするのかと興味深々だったが、『空間収納』に荷物を入れたところで驚かれ、それから、メイド魔法『空間浮遊』で少しだけ浮かせたところで、皆、大騒ぎだ。
「なんじゃ、こりゃあ。浮いているじゃねえか。」
アプルさん、声がでかい。さあ出発よ。そのままロープを引っ張って王都の北門を出てから、全速力で走り始めたんだけど、ちょっと早すぎたかしら。アプルさん達全員が涙目になっていた。風圧と恐怖感で涙が出てしまうみたい。ダンジョン前は相変わらずの盛況だったけど、構わずに私が先頭で地下第一階層に潜っていく。本当は、冒険者が前でポーターが後ろをついて行くと言う隊形なんだけど、早く、地下第二階層に行きたかったので、私が先頭で、大勢の冒険者たちの脇をすり抜けていく。本当は、ロープを活用したかったんだけど、目立ち過ぎてもねえ。
地下第二階層に行こうとしたら、今回は珍しく1階の階層ボスがポップしていた。普通、1階層のボス程度だとすぐに殲滅させられるから、ポップしたところに居合わせるなんて超ラッキーなのね。階層ボスはトロール3体だったんだけど、いくつかのパーティが戦っていた。暫く様子を見ていたけど、圧倒的に攻撃力が足りないわね。まあ、やられることはないだろうけど、あんなんじゃあ、トロールがすぐに回復してしまうわよ。あ、ひとり、跳ね飛ばされて壁に激突していた。仲間がポーションを掛けようとしているけど、後ろからトロールが迫っているわよ。
ちらっとアプルさん達を見ると、かなり緊張している顔だ。『D』ランクでは楽勝と言う相手ではない。さっきのパーティも、もう乱戦状態になっているので、ネネさんのファイアボールも使えないし。しょうがない。私は『虹の魔弓』に3本の矢をつがえ、思いっきり引き絞った。リムが『ギリギリ』と音を発している。そのまま、3本同時に放った。矢は、まっすぐ3体のトロールの頭に向かっていく。全矢、命中。決して、属性を付加させていないんだけど、トロールの頭がはじけ飛んでしまった。威力が強すぎたみたい。あ、首から噴き出した血を浴びている方達が大勢いたけど、私のせいじゃないからね。ゆっくり歩いて、彼らの脇を通って地下第二階層に降りる階段のところまで進んでいく。
シルベリアさんが、話しかけてきた。
「マロニーちゃん。凄いのね。ねえ、どうやって3本同時に射って、違う的に命中させているの。魔法?」
「いえ、違いますわ。私、魔法は使えませんの。矢を放つとき、1本1本に命中するときのイメージを流しているだけですわ。」
「え、それって良く分からないけど。それに凄い矢の威力。トロールの頭を吹き飛ばす弓なんて見たことないけど、少し見せてくれない。」
別に隠す必要もないので、『虹の魔弓』をシルベリアさんに貸してあげた。
「凄い弓ね。高そう。リムが鋼鉄と何かのハイブリッドなの。初めて見たわ。え、何、これ?全然引けないんですけど。」
うーん、普通の女性では弾けないかな。それを聞いていたアプルさんが。
「おいおい、シルちゃんの非力じゃあ弾けないだろうよ。どれ、私にも貸してごらん。」
アプルさんが、ゴリラのような腕で『虹の魔弓』を弾いてみるが、ほんの少しだけ引けただけで、目いっぱいは引けないようだった。何度か挑戦していたけど、最後は諦めて返してくれた。ウーン、この弓って、普通の人には引けないのかしら。でも、まあ、いいか。深く考えるのは辞めて、地下第2階層に向かう。ネネさんには、ファイアボール5発を準備して貰い、私も5本の矢を『虹の魔弓』につがえておく。地下第二階層で一番危険なのは、ゴブリンアーチャーの弓とゴブリンメイジの遠距離攻撃だ。降りたとたんに攻撃を受け、全滅しそうになるパーティが続出しているようだ。
勿論、私達はそんなへまはしない。最初に私がゴブリンアーチャーに向けて矢を放つ。奴らは、洞窟の岩の陰や、壁の凹みにうまく隠れながらこちらを狙ってきているが、私の放った矢が、岩の陰や壁の窪みの中の敵を全滅させた。あ、ゴブリンソルジャーが集団で突っ込んできている。馬鹿ね。ネネさんの餌食よ。ネネさん、5発のファイアボールを放つ。最近では、1個1個が通常のファイアボール並みの威力を誇っている。
ズドドドドドーン!!!!!
あ、戦闘が終わったみたい。ゴブリンの魔石なんて必要ないし。ずんずん奥に進んでいく。あ、さっき1階で戦っていたパーティかな。私達が殲滅したゴブリン達の魔石をほじくり返して採取している。うん、あんなこと、絶対に嫌だわ。結局、階層ボスの所に到着するまで、4個隊のゴブリンソルジャーたちと先頭になったんだけど、そのうちの1個隊は、アプルさん達に任せたの。アプルさん達、決して弱いことはないんだけど、何だろうな。一撃一撃の攻撃力不足ね。これって、筋力が足りていないみたい。特にアプルさん、大剣に振り回されている。大剣って、盾代わりにも使えるんだけど、やはり攻撃力よね。打ち下ろしに切り上げ、連続してぶん回すと効果的。でも、アプルさん、連続技が出来ていない。すべて単発なの。あれじゃあ、避けられてお終いね。まあ、その分、メリッサさんが頑張って戦っているので、何とか殲滅できたようだけど、動き回っているゴブリンに狙いを定められないシルさんも問題よね。集団戦になると、シルさんとホワイトさんは役に立たないみたい。
地下第2階層ボスは、2体のオーガだ。2体とも大きく幅広の剣を装備しているかと思ったら、1体は鉄球鎖付きのこん棒だった。モーニングスターっていうらしいけど、名前の由来は分からないわ。今回は、『虹の魔弓』ではなく『投げビシ』でオーガの両膝を射ち抜いた。あ、痛そう。ぶすりと埋まりこんだ『投げビシ』の命中部位から血が噴き出している。そのまま、長剣を取り出して諸手青眼に構え、オーガの頭を唐竹割で切り落とす。あ、頭から顔面、顎にかけて真っ二つに割れたんだけど、なんか気持ち悪いものが流れている。ネネさん、はいチェンジ。
私は、かなり後方まで下がって、剣の手入れを始める。拭き取り用の紙を取り出し、二つに折って、コテツの刃体を挟み、剣先に向けて血糊をこそぎ取る。うん、刃こぼれなしと。コテツを鞘に納めて、ネネさん達の活躍を見ると、もう、悲惨なことになっていた。全身火傷のオーガが、真っ赤に晴れ上がった身体を冷やそうと地面を転がっているのに、ネネさんの容赦ないファイアボールが撃たれている。あ、死んだ。さすがに、不死身に近いオーガも、何発ものファイアボールには堪えきれなかったみたい。
オーガの魔石はしっかりと回収させていただきました。