第2部第268話 初めての人間界その6
(6月2日です。)
今日は、本当は魔界に帰っていた筈なんだけど、土曜日の魔法陣暴走事件の関係で、帰国が1週間延期になってしまって、グレーテル王国王立魔道士教会の調査が木曜日に行われる予定なので、今日から3日間、暇になったの。それでネネさんと二人で朝から冒険者ギルドに来ているんだけど、ポーターって仕事を請け負うまでが勝負なのね。ギルド入り口で、売り込みが物凄いの。
「荷物、30キロまで持てるよ。」
「ダンジョン3階層までの案内は任せて。」
「料理と魔物の処理なら任せて。」
兎に角、凄いの。私達なんか、行けば幾らでもポーターとして声がかかると思っていたんだけど考えが甘かったみたい。それに私の格好が間違っている。ネネさんは、冒険者服にリュック、携行武器はダガーとポーターらしいが、私は、チュニックにショートソードを提げた剣帯で腰を締め、背中には矢筒を背負って、左手に弓を持っているんですもの。それと極め付けは、どう見ても10歳以下にしか見えない外観、絶対ポーターにはみえないわよね。冒険者にも見えないけど。それでも30分位、玄関に立っていたけど、冒険者の人達は、それぞれ馴染みのポーターと一緒にどこかに行ってしまう。あ、今日はダメかなと思ったら、
「君達ポーターなの?」
と、声がかかった。振り向くと、20歳位の男の人が立っている。身長はそれほどでもないし、ニキビだらけの細い目の顔は、どことなく狐をイメージしてしまう。
「あ、はい。そうです。ポーターです。荷物持ちから魔物処理まで何でもやりますよ。料金も一人分で良いですよ。」
「ふうん、俺たち『C』ランクパーティーで、これからダンジョンに潜るんだけど、ポーター頼めるかな?」
「勿論です。それでお仲間の方達はどちらに?」
「おう、あいつらなんだ。」
見ると、いかにも鈍そうな小太りの男が槍と盾を装備しており、その隣にはロングソードを装備した長身の男がいた。
「よろしくお願いします。それで、私達、泊まりはできませんのでよろしいでしょうか。」
「ああ、今日の夜営の道具を持ってくれればいいよ。帰りは、水や、食料が無くなるからな。それで2人で料金は一人分で良いんだよな。」
「はい、構いません。でも、ダンジョン内で私たちだけで倒した魔物の素材は、私達で頂きますが、宜しいですか?」
「え?お前達だけで倒せるのか。ああ、それは構わないぜ。」
なんか向こうでニヤニヤしている二人が気に食わないが、まあ良いだろう。受付でポーター請負契約を結び、ダンジョンに出発だ。依頼は、『桜蜂蜜』の採集だ。地下第3階層にあるらしい。パーティーの荷物は、テントと野営用のセット、寝袋4つ外観入った大型のリュックと、食料と水それに蜂蜜を入れる小さな瓶が2つが入った袋が1つだ。大きなリュックは、私が背負い、小さな袋はネネさんのリュックにしまう。私は、背中の矢筒が邪魔なので胸の前の方に回しておく。大きなリュックは20キロ位だろうか。私に取っては重くもなんともないが、小さな私が苦もなく背負ったことに彼らは驚いている様子だった。ダンジョンまでは徒歩だったが、もう少し早く歩ける筈なのに随分とゆっくりだ。ダンジョンに到着したのは11時前になってしまった。そのままダンジョンに潜っていって、地下2階までは戦闘など全くなかった。彼らは、お昼を食べないようだ。これは特に珍しいことではない。携行する食料を節約するのと、なるべくダンジョン内での活動時間を稼ぐために昼食抜きにするのだ。まあ、しょうがない。地下第2階層に来たら、ニキビ顔の男が、私達に前を歩けと指示してきた。これは、ポーター契約条項第2項に違反している。
『ポーターは、荷物搬送を主たる業務とし、パーティーの先導、攻撃からの防御、囮、斥候等の危険な任務をさせてはならない。』
当然、条項を誦んじて指示を断った。どうも彼らは怪しい。ニキビ男は『チッ!』と舌打ちをして前を歩き始めた。あ、あの岩陰にゴブリンがいる。そう思った瞬間、3本の矢が左右から飛んできた。1本がノッポの肩に当たった。デブが盾で防ぎながら後退してくる。ノッポは身を低くして戻ってきていた。岩陰からゴブリン・ソルジャーが4体出て来た。こちらに突っ込んで来る。ゴブリン・ソルジャーの戦闘力は大したことはないが、アーチャー3体が厄介だ。次々と矢が放たれてくる。早く接近して乱戦にしないと、ずっと攻撃を受け続けるのに。だが、ニキビ男は後退を指示して来た。それじゃあアーチャーのいいカモにしかならない。ニキビ男は、こちらを見て、
「お前らも戦え。」
と言って来たが、勿論、戦う気は無い。彼らの戦力は、ほぼフルに残っているのだ。ノッポの肩の矢傷も軽傷のはずだ。私は、ネネさんと顔を見合わせ、後方の岩陰に身を隠した。暫くすると、信じられないことが起きた。猛ダッシュで逃げて来たニキビ男は、私達の横を通り過ぎざま私に切り付けて来たのだ。余りにも遅い振りだったので、余裕でショートソードを抜いて応じたが、つい右手首を切り落としてしまった。
「ウワーッ!」
悲鳴をあげて右腕を左手で押さえるニキビ男。こいつ、間違いなく私達を囮にしようとしたな。ニキビ男の悲鳴で立ち止まった男達に向けて、『投げビシ』で片膝を打ち抜き行動不能にしてから、迫ってくるゴブリン・ソルジャーを殲滅する。アーチャーは、ネネさんのファイアボールで討伐したようだ。男達に近づく。ニキビ男は、吹き出る血で、気を失いかけてる。取り敢えず『治癒』で、傷口は塞いでおいて、空間収納に投げ込む。私の投げた『投げビシ』で歩けなくなってるデブとノッポも同じだ。それからネネさんと一緒に地下3階層まで行き、階層ボスエリア前付近で彼らを空間収納から出しておく。彼らの傷は大したことはない。ニキビ男の右腕が肘からないのと、ノッポとデブの右膝が砕けているだけだ。あ、ノッポの右肩の矢は抜いておいてあげた。
「た、助けてくれ。俺らが悪かった。」
「ふーん、私達をどうするつもりだったの?」
「お、お前のショートソードと弓を奪うつもりだったんだ。そっちの魔人女は手籠めにして捨てるつもりで。」
「あんたたち、本当に『C』ランクなの。あまりにも弱いんだけど。」
「あ、お、俺だけ金を払って他のパーティに混ぜて貰ってランク上げをして貰ったんだ。なあ、俺らを地上に連れて行ってくれよ。」
「うん、そんな気はないから。じゃあね。」
私達は、そのまま振り向きもせず、階層ボスのジャイアント・ノコギリクワガタを討伐して、地下第4階層に降りて行った。あれ、確か、前回はカブトムシだと思ったけど、日替わりで出てくるみたいね。地下4階層で、ストーンゴーレムを殲滅しながら、ウロウロしていたら、大きな洞穴が開いている場所があったの。中から、この階層とは違う匂いの風が吹いてくる。もしかすると、ここって?
洞穴に入ると、滑り台みたいになっていて、かなり落下していった。勿論、あまり早くならないようにメイド魔法『浮遊』を掛けておいたので、それなりの速度しか出なかったけど。到着したのは、海岸地帯だ。第何階層か分からないが、まあ、それほど気にならない。きれいな砂浜にはヤシの木が生えていて、海は遠く水平線の向こうには入道雲が見えている。頭上には、太陽がさんさんと輝き、完全に南国のビーチだったが、間違いなくダンジョン内だ。その証拠に、海の向こうには大ダコが触手を海上に伸ばしているし、大きなヤドカリが何かをムシャムシャ食べている。あ、何を食べているかは見ないでおこう。
とりあえず、ヤドカリから攻撃しますか。『虹の魔弓』を構えて矢をつがえ、『雷』と呟く。矢じりが放電を始めた。矢を放ったら、ちょうど、ヤドカリのハサミの付け根に当たった。
バチーン!
大きな放電音とともに、ヤドカリが感電状態で動けなくなっている。ネネさんに、本体と大きな巻貝の殻の間に弱いファイア・ボールを数発撃ちこんでもらった。あ、いい匂い。ヤドカリが動かなくなった。うーん、入るかな。このまま、空間収納に入れると、すっぽり入ってしまった。あとは、海岸でアサリやハマグリを拾いながら時間をつぶし、さっき落ちてきた洞穴から『空間浮遊』で地下第4階層まで戻って、そこからは走ってダンジョン出口に向かった。あ、地下第3階層を通り過ぎるとき、彼らの気配がなかったんだけど、きっと無事よね。まあ、かれらが復活したダンジョンボスに何をされようが関係ないけど。ダンジョンを出てから、ギルドまではブラブラ歩いて帰ることにした。あまり早いと、彼らと何かあったかと思われるもんね。
ギルドに到着したのは、午後5時頃だった。受付の女の人は、私達が帰ってきたことに吃驚していたみたい。彼らと契約したポーターで帰ってこない子が多いんだって。そのほとんどは、ダンジョン内で分かれたかはぐれたかしたと言っていて、契約もダンジョンを出るまでの契約ではないので、それ以上は追及できなかったみたいなの。とりあえず、ポーターの契約終了を告げるとともに、ストーンゴーレムの魔石13個を取り出してカウンターに並べた。これは、ポーター契約作業終了後に私達が勝手にやったことなので、何も問題がない。1個銀貨4枚で引き取ってもらえたので、金貨5枚銀貨2枚になったわ。
帰ろうとしたら、ギルドの本部長が呼んでいるということで、カウンターの裏の階段から4階に上がってすぐの応接室に案内された。案内をしてくれたのは、モンデさんと言う秘書の方だった。暫く待っていると、背が高く、金色の髪の毛を肩まで伸ばした中年のナイスオジさんが入って来たの。この人が、この冒険者ギルド総本部長のフレデリック様という人だった。聞かれた事は、あのニキビパーティーの事だった。あのパーティーは、色々トラブルを起こしていたようだ。特にポーターとのトラブルが多く、契約解除後に帰ってこないことが多いそうだ。また、他の冒険者、特にランクの低い冒険者とのトラブルも多かったようだ。今回、私達みたいにポーターだけで帰還した事は初めてだったらしい。
「それでマロニー嬢、君たちのことはマリンピア魔道士長から聞いているが、本来なら『S』級以上の実力そうだね。」
あれ、もしかしてバレてる?なんか誤魔化せない雰囲気があるわ。それにネネさん、そんなに震えていちゃあ疑われるだけですよ。
「正直に聞くよ。今日、あのパーティーと何があったのかな?」
もう正直に話すしか無いわね。
「あのう、実は・・・・。」
私は、全て話すことにした。ダンジョンで先頭を歩かせようとしたこと。ゴブリンと戦わせようとしたこと。逃げる途中で、私に切り掛かったこと。3人の怪我を治癒してあげたこと。目的地の地下第3階層の出口付近まで連れていってあげ、彼らの荷物を返してあげたこと。その後、地下第4階層でストーンゴーレムを討伐していたら、他の階層へのバイパストンネルを見つけたこと。そこからダンジョン出口まで来る途中では、彼らに会わなかったことなどを説明した。フレデリック様、顔をしかめながら聞いていたので、怒られるのかなと思ったら、急に大きな声でお笑いになられたの。
「いやあ、マロニーちゃん、面白い。本当に久しぶりに面白かったよ。昔、ゴロタ皇帝陛下がしがない冒険者だった頃の事を思い出してしまうよ。」
え、ゴロタ皇帝陛下って冒険者だったんですか?知らなかった。結局、ダンジョン内のことは、法律に違反さえしなければ自己完結責任と言う事で、私達にはお咎めなしで、それどころか私達をダンジョンに連れて行ってくれる冒険者を紹介してくれることになってしまったの。でもフレデリック様、とてもお優しい方だった。総合的にはゴータ様よりは、すこし落ちるかな?
ダンジョンでは、マナーが大切です。