第2部第267話 初めての人間界その5
(6月1日です。)
フェルマー王子は、タイタン市で暮らしていたときは、ゴロタ皇帝陛下の関係者のポーターとしてダンジョンに潜っていたが、中学を卒業してグレーテル市に転居してからは、ダンジョンに潜っていないそうだ。つまりフェルマー王子は、冒険者としてはダンジョン初体験になるみたい。
地下第2階層は、第1階層と同じく洞窟エリアで、ゴブリンやオークが出現するが、第1階層と違い、きちんと武装して集団行動も統率が取れている。第1階層と比較して討伐難易度が格段に高くなっているのだ。そのためか、冒険者が極端に少なくなっている。きっと『C』ランクパーティー以上でないとキツイのだろう。しかし私の『虹の魔弓』5連射と、ネネさんのファイアボールの同時5連射で10体ずつ殲滅していくと、完全に戦意を無くして撤退を始めてしまった。戦闘後、フェルマー王子とドミノ様が矢を回収しようとしていたので、必要ないからと断っておいた。矢は千本以上の在庫があるし、ゴブリンやオークの気持ち悪い何かが付いていても嫌だったので矢は使い捨てだ。
ゴブリンを討伐するのに、それほど忌避感はなかった。彼らは、ドビチャンと違うし、こちらを攻撃してくるのだから当然、こちらだって攻撃しない訳には行かない。
地下第2階層ボスは、2体のオーガだった。オーガ2体は、ヘタな『C』ランクパーティーではきつい魔物だ。それが2体だ。2体とも大きく幅広の剣を装備している。形は剣というより鉈に近い。私は、『虹の魔弓』で、矢を4本同時に放ち、オーガの両膝を射ち抜いた。流石に立っていられなくなり膝を着いたオーガの首を『瞬動』で移動したフェルマー王子のショートソードが敵の首を切り落としてしまった。フェルマー王子、結構やるみたい。オーガの持っていた鋼鉄製の大剣は付加価値もない並品だったので回収はしない。あ、魔石だけは回収しているみたい。
地下第3階層は、森林エリアで昆虫ゾーンだ。一気に討伐ランクが下がった気がするが、別の意味で、討伐が困難だ。その理由は、このダンジョンに降りた瞬間に分かった。あいつの気配がする。私は、『虹の魔弓』を空間収納にしまい、『投げビシ』10個位を左手で持って歩いていく。下草の陰でモゾモゾ蠢いている気配だけで『投げビシ』を撃ち込み、すぐに生活魔法の冷凍保存で一帯を氷漬けにしておく。本当は、ネネさんの『火魔法』で広範囲に焼き払えば簡単なんだろうが、森林火災を起こすのも嫌なので地道に殲滅していくしかない。
階層ボスは、大きなカブトムシだった。これって、素材が高額だったアイツよね。討伐ランクは、『Cプラス』以上。私は、コテツを取り出し、カブトムシの背中に乗って、頭と胸の付け根の隙間に突き刺す。そのまま飛び降りると同時に首周りを切断した。首の周りだけ凍らせて体液が溢れないようにして、空間収納に丸ごと回収する。
この辺で、フェルマー王子も私達の異常さに気づいたようだ。
「マロニーちゃん、マロニーちゃんって、アーチャーなの。それとも剣士。でも魔道士みたいだし。」
「今日は、冒険者ですけど、本来はメイドですから。」
フェルマー王子は、ドミノ様と顔を合わせて深いため息をつかれていた。
地下第4階層は、渓谷エリアだった。爆弾岩やローリングストーン、それにストーンゴーレムなどが至る所に潜んでいた。討伐ランクは、最初から『C』ランク以上だ。私は、『虹の魔弓』に火属性を帯びさせて次々と爆砕していく。ストーンゴーレムは、両膝、両肘に矢を打ち込まれ、内部で爆発するので、一瞬でダルマさんになってしまった。本来、魔法攻撃が効かないゴーレムだが、威力十分の矢の直撃を受け内部爆発したのでは、魔法耐性も物理耐性も関係なかった。
階層ボスはバジリスクだったが、ネネさん達は表に出さず、私一人で切り刻んでしまった。目玉は、石化解除の薬の減量となるのでしっかりと回収しておいた。しかし、第3階層でバジリスクなんて、このダンジョン、おかしいわよね。
「マロニーちゃんは、石化しないの?」
フェルマー王子の質問に笑って誤魔化した。『状態異常無効』のスキルなんてチート過ぎるもんね。
いよいよ第5階層だ。ここまで2時間弱だったけど、ドミノちゃんはヘトヘトで動けないようだった。ドミノちゃん達3人は、第5階層の入り口付近でお茶して貰って、私だけ探索に出ることにした。この階層は廃墟エリアだ。と言うことは、私が一番嫌いなアイツらがいる筈だ。と言うか、いる。あの腐臭がプンプンしている。私は、『虹の魔弓』に矢を5本つがえておく。鏃には『聖』属性を思いっきり込めて、ゆっくり歩き始める。頭の中に奴らの所在が点滅しているマップが見えている。メイド魔法『お客様探索』の応用だ。次々と矢を放って行く。200mくらい先で白い閃光が見えている。きっと奴らに命中すると同時に爆発しているはずだ。それに爆発と同時に『聖なる光』で周囲のアイツらも浄化しているはずだ。通常の人間タイプのアイツらなら、討伐ランク『D』だが、動物系の群れとなると一気にランクが上がってしまう。
ズンズン進んで行くと、古びて崩れかかった教会があり、中からうめき声が聞こえる。中に入ることなく、教会の中に矢を打ち込んで行く。どんどん崩れて行き、白い光が四方八方に広がって行く。教会が、瓦礫の山になった時、その奥に第6階層の入り口が見えた。結局、階層ボスが何だったか分からないままに殲滅したようだ。瓦礫の中から紫色の大きな魔石を回収した。メイド魔法『鑑定』を使ってみる。
【鑑定結果】
ケルベロス・ゾンビの魔石:高級回復薬の素材、猛毒
うん、回収しておこう。後、道端にゴロゴロ転がっている魔石を回収しながら探索を継続したら、少し離れたところに鉱山の入口があった。中から猛烈な腐臭がする。そのまま鉱山の中に入って行くのが嫌だったので、『聖なる力』で光球を作り、坑道に投げ込む。暫くしてから、風を起こして坑道の中の匂いを外に出しておいた。
流石に行動の中は真っ暗だったので『ライティング』で照らしながら奥に入って行く。途中、魔石を回収しながら切り羽まで行くと、銀鉱石の鉱脈が見えている。少し下がって、『虹の魔弓』で5本、岩盤に射ち込むとガラガラと鉱石の塊が崩れていった。鑑定をかけるとミスリル銀がかなりの比率で混じっている混合鉱石だ。
土魔法で、細粒化した後で、攪拌し、軽いミスリル銀の層だけを袋に回収する。全部で5キロ位だろうか。残った銀は、一応回収するが、あまり高くはない筈だ。
急いで、階層入り口に戻ったら、マロニー王子達がゾンビの軍団に囲まれている。応援しようかなと思ったら、ドミノちゃんの杖の先から白い光が迸り、後には魔石が転がっているだけだった。この階層も、難易度が良く分からない。さっきのは、恐らく『ケルベロス・ゾンビ』だろう。聖魔法が使えないとキツイ魔物だ。ケルベロスの強さと、ゾンビの不死身が混ざっているとなると、討伐難易度は『B』ランク以上になるはずだ。
さあ、帰りましょう。帰りは、皆、ロープに掴まってもらい、私が、引っ張って帰ることにした。途中、色々出てきたが、『エスプリ』で斬撃を飛ばしながら一目散に駆け抜けた。5階層からダンジョン出口まで30分位だった。
ダンジョン出口にあるギルド直営レストランで昼食を取ったが、観光地と同じく高い、不味い、遅いの3拍子が揃った料理だった。私は、早くシャワーを浴びたかったので、帰りも3人を引っ張って街道を走り抜けていった。
ギルドに戻ったのは、午後2時過ぎだった。受付の女性も余りの速さに驚いていたが、回収した素材を見て、さらに驚いていた。
ミスリルの砂銀 5キロ 金貨20枚
ジャイアント・ビートルの死骸 金貨8枚
ケルベロス・ゾンビの魔石 金貨2枚
バジリスクの目2個 金貨1枚半
バジリスクの皮 金貨2枚
その他の魔石多数 金貨3枚半
全部で、金貨37枚になった。一人金貨9枚銀貨2枚大銅貨5枚だ。
フェルマー王子は、遠慮して金貨1枚でいいって言っていたが、それではポーターとしての立場がないので、公平に分割して貰うことにした。
その日の夕方、ドミノ様は疲れてしまって休まれていたので、ピアノを弾いてみる。楽譜は、冥界図書館の蔵書の中にもあったし、音楽の基礎知識も知っていたので、ある程度は分かるが、ピアノを楽譜通りに弾くのは初めてだ。最初は、『子供のハノン』の最初の楽譜を弾いてみる。2分の2拍子で、右手と左手を同時に弾く。
“CEFGAGFE”
1小節ごとに1度上がって行く。音符に数字がついているが、親指が1、小指が5だ。うん、簡単、簡単。最初はゆっくりだが、だんだん速度を上げて行く。なんか楽しい。
練習課題の3番までやってから、『子供の演奏会のための小品曲集』の1ページ目をやってみる。
モーツァルトという人が作曲した『アレグロ ヘ長調』という曲だった。流石に直ぐには弾けなかったが、右手で1音1音辿って行くだけでも楽しい。
キラちゃんも大人しくソファに座って聞いているし、銀ちゃんは足元で丸くなって寝ている。ネネさんは、裏庭で魔法の練習だ。
どれ位時間が経ったろう。部屋の魔道具ランタンやシャンデリアに明かりがが灯って初めて宵闇が迫っている事に気がついた。ピアノを弾くのをやめ、鍵盤に赤いラシャの布を掛けて蓋を静かに閉めた。振り返ると、ドミノ様とフェルマー王子、それにカテリーナさんとシンシアちゃんがソファで寛いでいる。
ドミノ様が、
「マロニーちゃん、あなた、やっぱりピアノをやるべきよ。あんなに集中してやっていたし、すごく楽しそうだったもの。」
と言って、私の手を取った。なんか恥ずかしさよりも、嬉しさが込み上げてくる。その時、小さな子が2階から駆け降りてきた。あ、人間の子じゃない。猫のような耳をしている。獣人の女の子だ。その後から、ゆったりとしたドレスを着た女性が降りてきた。20代前半くらいだろうか。この人もすごく綺麗な人だ。
「ねえ、貴女だあれ?ピアノ下手ね。」
「え、えーとマロニーと申します。お嬢様は?」
「私?私はレオナ。ゴロタ様と結婚するのよ。」
後から来た女性が、レオナちゃんを捕まえて、
「ごめんなさい。私達、今、タイタン州から帰ってきたばかりで。私は、この子の母のミキと言います。貴女はマロニーちゃんね。それで、こちらがネネさんね。よろしくお願いしますね。」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。」
聞けば、ミキさんは音楽学院に在籍しながら歌手としてコンサートをこなしていて、ずっと各地を回っているんですって。なんか、このお屋敷って音楽がベースになっているみたい。ミキさんもつい最近ピアノを始めたばかりで、私の練習を聞いていて、今日初めてピアノを弾いたなんて思えないって言ってくれた。もう、恥ずかしくって。穴があったら入りたいぐらいだわ。