第2部第265話 初めての人間界その3
(5月31日です。)
今日は、午前中、魔法学院の中等部の授業を見学する予定だ。ノエル様に連れられて学校に向かったが、行き先が昨日の学校ではなく、隣の高等部だった。え、どうして?ノエル様の話では、来年、入学するとして、試験結果にもよるが恐らく高等部に飛び級入学するだろうから、今のうちに慣れていた方が良いと言うのだ。
学内には、当然に高校生しかいないので、小学生の私達は超悪目立ちだった。身長だって私より女の子でも30センチ以上、男の子なんか50センチ以上も大きい子もいるし、なんか巨人の国に来た小人みたい。
でもノエル様、構うことなくズンズン進んで2階の端の教室に連れて行ってくれたの。そこには『3年A組』と表示があった。あのう、いきなり3年ですか?クラスは30人位で、勿論、人間族ばかりだったけど女子生徒の方が多い感じがしたわ。
え、一番後ろに座っているのエーデル陛下じゃないですか。それにマーリン校長とマリンピア魔道士長まで座っているし。
ノエル様、私達に一番前の席に座るように指示されてから、そのまま教壇にお立ちになった。
『起立、礼』
「「「「おはうようございます。」」」」
生徒の皆さん、普通に朝の挨拶をしている。
「お早う。今日は可愛いお客さんが二人聴講に来てますが、魔法力では、きっとこのクラスの誰も敵わないと思います。小さいからと言って馬鹿にしないように。それでは、教科書34ページを開いて。」
机の上には、『魔法陣応用講座』と言う教科書と筆記具が置かれていた。その34ページを開くと魔法陣が2つ書かれていた。両方とも火魔法の魔法陣だが、片方は魔力を使い、もう片方は精霊力を使う術式だった。
「この2つの魔法陣を調べてくるように言ってあったけど、その明確な差が分かった人。」
教室の皆が黙っている。誰かが、恐る恐る手を上げた。
「はい、ボロン君。」
「分からないところもあったんですが、魔力の引き出し方が違うように思います。」
「うーん、惜しいね。他には。」
誰も手を上げない。私、そっと手を上げた。ノエル様、少しびっくりしていたが、私を指してくれた。
「この魔法陣には、大きな差が2つあります。まず魔力の違いです。右の魔法陣は、行使者又は媒介の魔石を魔力の源としていますが、左の魔法陣は契約した精霊の力を使う術式になっています。ただ契約精霊がいない場合には、依代となる火属性の魔道具を媒介にして精霊力を、周りから集めようとしています。右の魔法陣は、供給される魔力で術式の完成度が変わりますが、左の魔法陣は常に十分な精霊力が充足された時のみ発動されるので、一定の効果を発動します。」
うん、これくらい『魔法大全』の魔方陣の巻に書いてあったし、魔方陣のルーン文字を読んでいけば、誰でも分かるわ。
「マロニーちゃん、そ、それ誰に習ったの?」
「いえ、古代の『魔法大全』に記述されていましたし、魔法陣に書かれている文字を読んでも概要は分かります。」
「え、『魔法大全』って、全てルーン文字で書かれている古代の禁書で、この国にも1冊しかないのよ。まだ完全読破されていないし。」
あ、やっちゃったかな。でも今のは高校生レベルの初歩知識だし。クラスの皆がザワザワ騒いでいるけど、そこはスルーして着席したの。その次は、右の魔法陣を石板に書き写す課題を与えられて、もう、うんざりしながら書き写したんだけど、途中で変な記号が書いてあって、魔方陣の威力を損なうようにされていたの。これじゃあダメよね。魔力の無駄遣いだもの。私は、できるメイドだからきちんと治してあげたの。皆が書き写した頃、ノエル様が、
「さあ、それじゃあ実践よ。『古の炎よ。我を糧として顕現せよ。』と詠唱してみて。炎が出れば成功よ。」
私、恐る恐る手を上げた。
「あのう、ここでやるんですか?」
「そうよ。大丈夫だから。威力が弱いし。」
生徒の皆さんが、魔法陣に魔力を流していたが、全く反応しないか、反応しても親指の先くらいの炎しか出ていない。まあ、正確に書き移しても元が誤っていたからしょうがないでしょうね。私は、力を最小限に流し込んで、そっと呪文を詠唱した。しかも省略形で。
『炎よ。顕現せよ。』
魔法陣から炎が噴き上がった。直ぐに力をシャットダウンしたので、炎は直ぐに消えたが、私は一番前の席だったので、かなり目立ってしまった。
「マロニーちゃん、あなた、何したの?」
「ええーと、魔法陣、間違えているところ直したんですけど。」
「え?あなた、あの部分、直しちゃったの。」
「はい!」
「あちゃー!あなたねえ、私が苦労して解析した魔方陣を一瞬で読み解いちゃったの?どういうこと?」
あのう、ノエル様、地が出ていますよ。私が書いた魔法陣をノエル様が点検していた。
「ねえ、マロニーちゃん、この部分の奇妙な絵はなあに?」
「はい、それは古代ヒエログリフで火の下位精霊『サラマンドラ』を表しています。本当は、上位精霊『フェニックス』を書けば最強魔法陣となりますが、屋内では危ないので、下位精霊を書いたのです。」
ここで授業は一旦中断となり、皆で裏の演習場に移動した。ノエル様が、地面に1m位の大きさの魔法陣を描き、火の精霊の部分だけ空欄にしている。
「マロニーちゃん、ここに火の最上位精霊を書いてみて。」
私は、言われるがまま、フェニックスのヒエログリフを書き込んだ。これ、危険な気配がするんですが。皆が避難をする。魔法陣から20m以上の距離をとる。ノエル様が呪文を詠唱する。
「古の炎よ。我を糧として顕現せよ。」
ノエル様から大量の魔力が魔法陣に流れていくのが見える。この前、精霊と結ばれてから、見えるようになった『精霊視』の能力だ。ノエル様、大量の魔力を吸われ続けて、気を失ってしまったみたい。魔法陣から、大きな炎が渦を巻きながら立ち昇っていく。高さは100m以上はあるだろうか?上に行くほど太く大きくなっていく。あ、あれって、不味くね?上空に炎の鳥が現れた。尾羽が何本にも分かれて長く伸びている。フェニックスだ。地上はかなり暑くなっている。目の前の炎のせいか、上空のフェニクスのせいか分からない。でも、このままでは絶対に不味い。
ノエル様は、すでに気を失っているが、まだ魔力が魔法陣に向けて流れている。私は、『聖なるシールド』でノエル様を包み込み、魔力をシールドの外に漏れないようにした。それから魔法陣の周りの土を盛り上げ、陣の上からバサバサっと覆い尽くすようにして、炎の顕現を停止させた。後は、[虹の魔弓』を取り出し、矢を5本つがえて、『水よ!』と呟いてから放った。矢は青白く光りながらフェニックスに向かって行く。同時に、フェニックスと地上との間に『聖なるシールド』を何重にも張り巡らした。
水属性の矢が次々に命中して、フェニックスの体内で大量の水を発散した。その結果は分かっている。水蒸気爆発だ。だが、そのエネルギーは、シールドに阻まれ、全て上空へ向けられた。大量の水蒸気が上空へ昇っていき、大きなキノコ雲となった。勿論、グレーテル市はおろか隣の村々でも見えたろう。
気を失っているノエル様の頭に手を当て、『聖なる力』を流し続けた。魔力切れもこれで回復する筈だ。ノエル様の身体がピンク色の光に包まれた。暫くして、ノエル様が目を覚ました。ノエル様は、上空のの大きなキノコ雲と一箇所に固まって震えていたり泣き出している生徒達を見て、何が起きたか理解されたようだ。校舎から大勢の職員や生徒達が演習場に出て来ようとしているのをマーリン校長とマリンピア魔道士長が抑えている。まだ完全に安全が確保されていた訳ではないからだ。
結局、この日の授業はこれでお終いになり、緊急職員会議が開かれることになった。私とネネさんは、もう帰れると思ったが、なぜか今回のインシデントについて説明することとなった。会議には、マリンピア魔道士長も出席されていた。年配の先生達の中で、10歳児の私がいるのなんて場違いだし、ネネさんなんかベソかいてるし。
「それで、マロニー君。今回のことについて、説明してくれないか。」
え?私ですか?ノエル様じゃあなくて。まあ、ノエル様は、途中から気を失ってしまわれたので、説明できないでしょうけど。
「はい、今回、ノエル様が使われた魔法陣は、上位精霊のフェニックスの力を顕現させるものでしたが、通常は大量の魔力が必要なため、それなりの炎、つまり高さ50mほどの炎柱を生じさせる位のものでした。ところがノエル様の持たれている膨大な魔力が次々と供給され、最大級の炎、つまりフェニックスが完成してしまったのです。」
「フェニックスが顕現したのは見ていたから分かるが、今回の魔法陣は、今までの魔法陣とそれほど違うものなのかね。」
「通常、魔法陣は意味のあるルーン文字と、ルーン文字の効果を制御する絵記号で書かれておりますが、今回、力ある文字、古代ヒエログリフ文字で最上位精霊の『フェニックス』を書いたことから、威力は比較が出来ないほど強力になったものと思われます。」
「今回は、マロニー君のおかげで被害がなかったが、あのまま放置すればどうなっていたかの?」
「はい、ノエル様の魔力量ですと、王都消失程度かと。」
場が静まり返ってしまった。顔を真っ青にされて震えている。これで、職員会議は終了したけど、今回の魔法陣は国家戦略級の危険な魔法陣ということで、生徒が書き写したものまで含めて、全て回収し、王国魔道士教会で封印することになったみたい。ノエル様は、私がお屋敷まで連れて帰ることになったんだけど、なんと、お屋敷にはゴータ様が来ていたの。ゴータ様が、今回の一連のことを聞いてきたので、全てお話ししたんですが、ノエル様、ゴータ様に近すぎます。貴女には皇帝陛下がいらっしゃるでしょ!
あ、私たち、魔界へ帰るのが1週間延長されてしまいました。
とんでもないことが起きてしまいました。ノエルちゃんも魔法に対して博識ですが、マロニーちゃん、半端じゃありません。あ、ヒエログリフって古代エジプトの象形文字のことです。