第2部第264話 初めての人間界その2
(5月30日です。)
私達は、お二人に連れられて、屋外魔法演習場に来ている。ノエル様も一緒だ。何年生か知らないが、大きな子達が魔法の練習をしている。『ファイア』とか『ウィンド』と言う声も聞こえてくるが、その前の詠唱が長くて、散発的に魔法が放たれている。良くみていると30m位離れている的に届かない子もいるようだ。『力』のコントロールが出来ていない証拠ね。あ、マーリン校長先生が、生徒達に練習をやめさせた。これからネネさんの試技が始まるようだ。
「まず『火魔法』を使ってみてくれ。」
ネネさん、右手を伸ばして、頭の上でクルリと円を描いた。5個の火球が頭の上に浮かんでいる。手をクルクル回すと、一緒に回り始める。どんどん早く回すと、炎の輪のようになった。回していた右手を的に向かって振り下ろした。5個の火球が的に向かって飛んでいく、全弾命中した。
ズドドドドドーン!!!!!
的の魔力測定人形は真っ赤になっている。あれ、拍手がないんですけど。
「い、今のは何じゃ。」
「あ、火魔法で作った炎を投げたんですが。」
「へ?投げた?君はファイアボールを投げたのか?完全無詠唱で。それも5個も。」
「えーと、今のは『ファイアボール』ではありません。単に生活魔法の『火』の応用だってマロニーちゃんが言っていました。」
「それでは『ファイアボール』を使ってみてくれ。」
あ、結構危ないですよ。生徒さん達にこちらに移動して貰いましょう。ネネさん、右手を前に突き出して、目を瞑る。体内の魔力の流れを一点に集めていく。私の目には、はっきりと見える。ウエンディちゃんと精霊の糸で結ばれてから、魔力も色と形が見えるようになったみたい。ネネさんの右手の前に大きな火球が生じ、それが収縮を始めた。火球が小さくなるにつれ、色が赤から白に変わっていく。あ、これヤバい奴だ。
「ネネちゃん、ダメ。もうやめて!」
ネネちゃん、目を開けて右手を下ろした。火球が魔力に戻って身体の中に戻っていくのが見えた。普通の人には、火球が消えたようにしか見えないだろう。
マーリン校長先生が、青白い顔色のまま、
「つ、次は、土魔法を見せてくれるかな。」
ネネさん、その場でしゃがみ込んで、土いじりをし始めた。次々と石のティーカップセットが出来上がってきた。5セット作ったところで、立ち上がって、校長先生の方を向いた。校長先生とマリンピア魔道士長それとノエル様がティーカップセットを確認している。
「これも無詠唱じゃったが、マロニー君に教わったのかな。」
「はい、生活魔法なので、詠唱はする必要はないそうです。と言うか、詠唱は知りませんし。」
あと、こんな事もできます。ネネさん、右手でクイクイッとさせて高さ2mの土塁と長さ3mのアースランス3本をほぼ同時に地面から出して見せた。
「うむ、ま、魔力はどうだ。大丈夫か?」
「ええ、何ともありません。毎日練習しているので慣れました。と言うか、魔法らしいのはファイアボールとアースランス位でしたから。」
「他の魔法はどうじゃ。風とか光は?」
ネネちゃん、ライティングとウインドを同時に出した。まあ、生活魔法は同時使用が多いからね。
「これで12歳、何という魔力と威力じゃ。ノエル殿、如何じゃ。」
「驚きました。これ程とは。魔法を覚えたのが、今月の11日という事ですが、既に上級いえ特級レベルのように思えます。」
「そうか。そうであろうな。ところでマロニー君、君は魔法が使えないのに、どうしてネネ君に教えられたんじゃ。」
「いえ、こちらでは生活魔法と言うらしいのですが、私の国のメイドとしては、歩いたりお話をする程度の普通の行為ですので、教える秘訣などございません。」
「何と、魔法ではないと言うのか。それで魔力が少ないのかも知れんの。ところで『メイド魔法』を見せてくれないかのう。」
「分かりました。」
私は、『空間浮遊』で浮き上がり、『空間移動』で前進し『空間転移』で10m先に転移してから地上に降りた。『解錠』や『ウオッシュ』は、対象がないので使いようが無かった。
「こんなもので宜しいでしょか?」
うん、これでデモは終わりね。
「今の魔法は、メイドに必要なのかね?」
「はい、『空間収納』は、銀トレイやティーセット、ナプキンなどをいつでも出せるようにするのに必要です。『空間浮遊』は、重いタンスなどを浮かせて掃除するのに必要ですし、『空間移動』は、井戸水の入った水瓶を運ぶのに必要です。後、『空間転移』は、ご主人様に呼ばれた時に、直ぐに馳せ参じるのに使います。『解錠』や『気配消去』、『ウオッシュ』、『クリーン』、『ドライヤー』は、メイド必携で言うまでもないと思いますが。」
「そ、それを使いこなすのにどれほどの魔力が必要なのじゃ?」
「いえ、全てメイドの嗜みとして習得したもので、魔法とは少し違うのかなと。仕組みは良くわからないので申し訳ございません。」
「うーん、最後に先ほど見せてもらった弓で、あの測定人形を射ってもらえるかな。」
さっきネネちゃんが攻撃した真っ赤になっている人形を指している。距離30じゃあ、眼を瞑っても当たるんですけど。空間収納から『虹の魔弓』を取り出し、左手にセットする。弦を引く瞬間矢を空間収納から取り出してつがえる。
氷、雷、風、火の順に属性矢を打ち続けた。
ピシッ! バチーン! スパッ! ドガン!
人形は最初の一矢で氷柱になり、次に落雷に襲われ、ウインドカッターで真っ二つにされ、最後はファイアボムで粉々の炭になってしまった。それでも1秒かかっていないので、全ての属性攻撃を理解できたかは分からないけど。
全ての時が止まってしまった。一番最初に声を出したのはネネさんだった。
「マロニーちゃん、すご〜い!」
生徒さん達からも拍手があった。ノエルさんが、大きな声で、
「あなた、今、どうやったの?呪文詠唱もなかったし魔力の『ため』もなかったじゃない。」
「いえ、全て冒険者のゴータ様が作られたこの魔石のおかげです。火と思えば火属性の矢が、雷と思えば雷属性の矢が放たれるんです。」
ノエル様、私の弓を借りて矢をつがえてみる。勿論、ほとんど引けないけど、何かをイメージしているみたい。あ、火のイメージみたい。矢の先にポッと火が灯った。でも、それで満足したみたい。後、魔石と弓のハンドル部分の魔法陣を見ながら顔を顰めていた。ブツブツ言っていたけど、私にははっきり聞こえたの。
『私には作ってくれなかったのに。狡い。今度、絶対、作らせるんだから!』
えーと、ゴータ様に悪いことしたかな。でもノエル様、ゴータ様とどのような御関係かしら?とても綺麗な方だけに気になるわ。
あと、教室や寄宿舎、食堂などを見学して終わったんだけど、お昼は、寄宿舎の食堂でご馳走になった。うん、素直に美味しかった。決して豪華な食材を使っている訳でもないのにこれだけ美味しいんだから、よほど腕のいいシェフがいるのね。レシピを教えてもらおうとキッチンに行ったら、普通のおばさんが作っていたみたい。この料理、『ポークジンジャー』て言うんだけど、生姜と醤油と味噌と言う魔界では馴染みのない調味料を使っているみたいなの。でもレシピはちゃんと教えてもらったから、調味料は帰るまでにゲットしておかなくっちゃ。
お屋敷に戻って、着替えてから広間に行くと、ドミノ様、まだピアノを弾いていた。直ぐそばにはイケメンの男の子がいたんだけど、誰が見たってラブラブな感じね。男の子はフェルマー王子と言って、ドミノ様と同じ音楽学院の高等部に通っているんだって。出身はカーマン王国で、現在はゴロタ帝国の属国か信託統治領になっているんだけど、その国の王子と言うことは、将来は王様になるかも知れない王族なのに、音楽なんかやっていて良いのかな。
驚いた事にフェルマー王子もドミノ様も冒険者登録をしていて、土日はダンジョンに潜ったりしているんですって。明日は、午前中は学院の見学、午後は王都の見学だけど、明後日は何も予定がないので、一緒に連れてって貰いたいってお願いしたの。ダンジョンって言った事ないし。ネネさんも行きたいみたいだった。
夕食の時、ものすごく綺麗な女性と小さな子供が食卓についていた。女性は、グレーテル王立タマリンゴ美術大学の3年生カテリーナ様だ。やはり、元カーマン王国の出身で、前国王の側室だったそうだ。一緒にいる女の子は、シンシアちゃんと言って、カテリーナ様の娘、つまりフェルマー王子の義理の妹さんになるそうだ。カテリーナ様は大学で絵画を勉強されているそうだが、あまり喋らず、食事のマナーもあまりうまくなくって、シンシアちゃんにお口を拭いて貰っている。シンシアちゃんよりも幼い子のようだ。
『ごめんなさい。みっともない姿をお見せして。でも、よくいらっしゃいました。』
念話だ。誰が使っているのかなと辺りを見ると、カテリーナ様がジッとこちらを見ている。
『いえ、急にお邪魔して申し訳ありません。シンシアちゃんはしっかりしてらっしゃるんですね。』
『私が、こんなんだから、いつもこの子に迷惑をかけて。』
『でも私には母親がいないので、シンシアちゃんが羨ましいですわ。』
カテリーナ様、ニコニコしている。
「お母ちゃま、ニコニコしてないで、ちゃんと前を見て食べて。」
うん、シンシアちゃん、本当に良い子です。キラちゃんは、人間の食事を普通に食べていた。流石にテーブルマナーは全くダメだが、フォーク一つで上手にたべている。
次の日の朝、午前5時に起きて剣の稽古をする。最初は、丸太木刀の千本素振りだ。300本目位の時、フェルマー君が庭に出てきた。大きな木刀を持っている。ロンングソードとも違う幅広の剣を模している。私は知らなかったが、大剣という剣の種類らしい。フェルマー君は、いつもその木刀で千本素振りをしているらしい。でも私の丸太木刀と比較すると、やはり少し小ぶりに感じる。でも素振りをするには十分な重さだろう。振っている姿を見て、さすが15歳だけあると思った。剣先に勢いがあり、そして体幹がしっかりしている。これなら相当に使えるだろう。千本素振りが終わってから、剣の形の練習だ。フェルマー王子は、大剣を使うのかと思ったら、普通のショートソードで形の練習を始めた。私は、虎徹を取り出し、長剣の形を10セットやってから、鞘に納めた虎徹を使っての居合切りの稽古をする。抜きざまの斜め下からの袈裟斬りや、小手打ち、突きなどのバラエティに富んだ形の数々。全て実践を想定しての形だ。
フェルマー王子は、形の稽古をやめて、私の稽古を見ている。最後の形をやって見る。目を瞑って気配を探る。仮想敵が正面に1人、右前に1人そして左後方に1人だ。敵が迫ってきた。間合いに入ってくる。私は少し腰を落とし、抜き打ちざまに正面の小手を切り上げて落とす。体を捻り、右前の敵の左胴を切り裂くと共に、正面の左肩から首を切り落とす。そのまま剣を左後ろに突き刺し、振り向きざま相手の面を斬り下ろす。振り下ろすコテツの勢いを殺さずに剣を鞘に収める。この間、1秒少々だ。これで今日の稽古は終了。本当は、弓の稽古もしたいけど的もないし、これでいいか。
突然、拍手が聞こえた。フェルマー王子だ。
「マロニーちゃん、凄いね。どこで習ったの?」
「魔界のブレナガン侯爵領で騎士団の方から習いました。」
「へえ、そうなんだ。その剣、和の国の『ヒゼンの刀』に似ているね。」
「はい、国は知りませんが『ヒゼン』の刀匠が打ったと聞いております。名を『妖刀コテツ』というそうです。」
「やはりか。ゴロタ皇帝陛下の持ってらっしゃる『オロチの刀』もヒゼンの作らしいんだ。ところで、さっき素振りしていた木刀を見せてくれるかな?」
「どうぞ。」
空間収納にコテツをしまい、丸太木刀を出してフェルマー王子に渡してあげた。フェルマー王子、予想していたよりもずっと重たかったようで、落としそうになってしまった。
「何、これ?木刀じゃなくて丸太じゃない。何キロあるの?」
「はい、大体2.2キロの先重心とするために、剣先側に鉛が入っているそうです。鉛の量を徐々に増やして、今の木刀になりました。」
「いや、それっておかしいでしょう。こんなの振ったら肩を壊しちゃうよ。」
「そうですか?最近、負荷が足りない気がして来たんですが。」
「えー?マロニーちゃんって11歳だよね。僕の木刀だって大剣を模していて重い方なんだけど、1.3キロ弱なんだよ。」
ちょっと借りて持って見ると、軽すぎるし元重心なので重さが感じられない。片手でビュッと振ったら、木刀の先から斬撃が迸ってしまった。
「この木刀では、素振りで周囲の塀や壁を壊しかねないので、私は、やはり、この丸太木刀が適しています。」
「マ、マロニーちゃん、今の斬撃だよね。斬撃使えるんだ。」
「いえ、ビュッと降ってピタッと止めると何かが飛んでいくんですけど、私は剣士では無いので、使ったことがありません。」
「え、剣、使わないの?そんなに凄いのに。」
「はい、私は身長がないので敵の返り血を浴びやすく、そのため遠距離攻撃の弓矢がメインウエポンです。」
「魔法は?」
「魔法は使えません。メイドですから。」
フェルマー王子、頻りに首を傾げていた。
マロニーちゃんの常識は、世界の非常識です。魔力や体力、スキルが隠されているので、本当の実力は分かりません。