第2部第263話 初めての人間界その1
(5月30日です。)
昨日の放課後、孤児院に寄ったらネネさんにギルドからお手紙が来ていた。内容は、明日、朝8時にギルドに来るようにだって、この前のノエル様との約束である人間界の魔法学院の見学の件らしい。キエフ院長に学校への欠席届を書いてもらったり、旅行の必需品を買いに行ったりとドタバタして、漸く準備が整ったの。
それで今日の朝、ギルドに行ったんだけど、人間の女の子になったキラちゃんと仔犬の銀ちゃん、後、キラちゃんの髪の毛の中に隠れているウエンディも一緒に連れて行ったの。勿論、私は正装のメイド服、それも最近作った最高級シルクサテンのものを着ている。
ギルドではノエル様とエーデル陛下、それになんとゴータ様までいらっしゃるじゃあないですか。
「お、おはようございます。」
「あ、お早う。マロニーちゃん、久しぶりだね、」
「あ、はい。あの、この子はネネさん。孤児院の先輩です。」
「ちょっと、孤児院の先輩じゃなくって、学校の先輩でしょ。」
「初めまして。ゴータ様。私、ネネと申します。ゴータ様の事は、マロニーからよく聞いていますわ。」
ネネさん、その可愛らしい声、どこから出ているんですか?ゴータ様は、たまたま立ち寄ったら、私達が来たので挨拶をしてくれただけなんですって。今日は、冒険者服ではなく、襟のついたシルクのガウンを羽織ったこの国ではあまり見ない服装なんだけど、あれ、絶対、貴族服よね。だって、刺繍だって凝ったものだし、それに腰の剣だって、宝石の嵌った見るからに高級そうな剣だもの。良かった。正装できておいて。そのまま応接室まで案内されて行ったんだけど、応接室の中には、あの空間の『揺らぎ』が出現していたの。『揺らぎ』の中から光が漏れているので、どこかに繋がっているのは間違いないわね。
「あのう、勝手にキラちゃんと銀ちゃんを連れてきたんですけど、良かったでしょうか?」
ノエル様、困ったような顔をしてゴータ様を見ている。ゴータ様は、エーデル陛下を見て頷いていた。エーデル様が、
「向こうに行ったら、絶対に元の姿に戻さないと約束するなら、連れて行くことを許可しましょう。」
「有難う御座います。お約束致します。」
良かった。ホッとしたわ。これでダメだったら、ネネさん一人で行って貰うつもりだったから。こうして、ノエル様に続いて、ネネさんが『揺らぎ』に入っていき、最後に銀ちゃんを抱いた私が、キラちゃんと手を繋いだまま『揺らぎ』の中に入って行ったの。
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「ふう、行ったね。」
「本当に行かせて良かったの。もう、こっちに帰りたくないって言われたらどうするの?」
「それはないと思うけど。あの子には、何か目的があるみたいだし。しかし、あの子の周りは凄まじいね。精霊竜と精霊種の銀狼をテイムするなんて、常人では考えられないよ。」
「本人は、全然自覚はないみたいよ。『メイド魔法』って変な魔法しか使えないって言うし。それよりも、相変わらずステータスは最低のままなの。これって絶対に変よね。」
「でも血液検査の結果だろ。プレートと違って偽造は出来ないよ。」
「それは、そうなんだけど。」
「それより、あのネネって子。かなりの魔力だよね。マーリン学院長やマリンピア王国魔道士長の吃驚する顔が見てみたいよ。」
「じゃあ、見に行きます?私も、父上や母上とはご無沙汰ですから。」
「うーん、やめておこう。エーデルだけ行ってきたら。ここは僕が見ていてあげるよ。」
「そう、じゃあ、お願いしようかしら?」
「ちょっと待って。ゲートの出口をセットし直すから。」
暫くして、応接室からゴロタ一人だけが出てきて、ギルド長室に向かっていた。
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『揺らぎ』の先は、小綺麗な部屋だった。調度品も、手入れが行き届き、超高級な素材が使われているがシックで落ち着いた感じのものばかりだ。部屋を出ると長い廊下があり、廊下を降りていくと大きな広間となっていた。広間では誰かがピアノを弾いている。物凄く上手だ。あれはリストだったかしら。あ、でも弾いてる子、魔人族だわ。あんなに上手だなんて。
あ、メイドさんも魔人族の人だ。ここって魔人族の国?でも、執事さんは人間族だし。
「ここはグレーテル王国王都にあるゴロタ帝国領大使館兼グレーテル離宮です。今日から、あなた達が滞在する宿舎になります。」
さっきの魔人族のメイドさん以外は皆、人間族だし。あ、兎人さんもいる。綺麗な人。やはり、ここはゴロタ帝国のある人間界なんだわ。魔人族のメイドさんはコレットさんと言って、ここのメイド長をしているそうだ。後、何人か同居人がいるらしいが、後ほど紹介してくれるそうだ。取り敢えず、今日は直ぐに王立魔法学院に行くことになっているらしい。大広間の一角でお茶を飲んでいると、さっきのピアノを弾いていた子が、練習を辞めて一緒にお茶をすることになった。その子はドミノカレン・モンド様と言ってモンド王国の王族の方だ。今は、グレーテル王国音楽学院高等部ピアノ科1年で、今日は、中間試験前の準備日で授業がない日だそうだ。
私達も自己紹介をする。勿論、キラちゃんと銀ちゃんも紹介しておく。
お茶が済んだので、早速お屋敷の外に出て学院に向かうことになった。学院はペット禁止だそうで、キラちゃんと銀ちゃんはお部屋でお留守番ね。
この周りには、大きなお屋敷ばかりだ。所謂貴族街なのだろう。ノエル様に案内されて、歩いて10分位先の魔法学院に到着した。学院は、大学院と大学、高等部そして中等部と分かれていて、それぞれが別棟で建てられている。学校の周囲は、林となっており中等部は周囲が桜と銀杏に囲まれていた。
早速、校内に入って行ったが、ノエル様は顔パスで入って行った。聞くと、ゴロタ帝国の帝国セント・ゴロタ大学魔法学部の学部長とグレーテル魔法学院大学の教授を兼務しているそうだ。勿論、ご自分の研究室も学内にあるが、今日は、そのまま学長先生のところに向かうようだ。学長はマーリン先生と言い、白い髭を生やしたかなり年配の方だった。学長室には、もう一人年配の方がいて、この方は王国魔道士協会の会長で、王国筆頭魔道士長のマリンピア様だった。
どうしてマリンピア魔道士長様がいらっしゃるのか分からないが、それぞれ挨拶をして応接ソファに腰を下ろした。ネネさん、かなり緊張している。
「ふむ、それでネネ君が、我が校に入学を希望していると言う事でいいのかな?」
「は、ひゃい。」
だめだ。かなり緊張している。
「それで、ネネ君の得意魔法は何かな?」
「はい、火魔法と土魔法に適性があるそうです。後、生活魔法を少々。」
「ほう、複数魔法に適性が。それは楽しみですね。」
何が楽しみなんだろう。学長達が立ち上がったので、早速学内見学かと思ったら、行き先は魔力検査室だった。そこには冒険者ギルドにあるのと同じような能力測定器だ。ネネさん、前回と同様に機械中央の穴に手を差し出す。指先に針が刺さったのだろう。少し痛い顔になった。
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【ユニーク情報】2032.05.29現在
名前:ネネジェリカ・フォルテ・ビカフォード
種族:魔人
生年月日:王国歴2020年4月18日(12歳)
性別:女
父の種族:魔人族
母の種族:魔人族
職業:小学6年生 ポーター 冒険者:ランクF
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【能力情報】
レベル 6(1UP)
体力 24(2UP)
魔力 64(18UP)
スキル 9
攻撃力 14(2UP)
防御力 16
俊敏性 12
魔法適性 火 土
固有スキル なし
習得魔術 ファイアボール アースランス ライティング
習得武技 なし
*************************** まあ、こんなものだろう。魔力の伸びが半端ないが、毎日寝る前に魔力切れになるまで練習した甲斐があったわね。でも、小学6年生にしては、魔力が突出しているので、かなり目立つんじゃないかな。
マーリン学長と魔道士長様がボソボソ囁き合っている。普通は聞こえないだろうが、私にはよく聞こえる。
「まあ、普通じゃあないかのう。魔力値もそれなりだし。」
「いや、体力値と比較しても6倍は多すぎるじゃろう。それに攻撃魔法を既に使えるのじゃぞ。」
「うーむ、それでは実技で威力を検証じゃな。」
なるほど。でもお二人とも、彼女が僅か20日前には魔法は全く使えなかったんですよ。
「それでは、マロニー君も測ってみたまえ。」
へ?私ですか?私、付添ですから。それに年齢がおかしいのバレるのは嫌なんですが。でも、お二人とも結構怖い顔しているし。断る理由を探したが、見つからない。仕方がない。そっと右手を差し出した。
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【ユニーク情報】2032.05.29現在
名前:マロニー・ユイット・ドラキュウラ
種族:人間
生年月日:王国歴2022年5月6日(10歳)
性別:女
父の種族:?
母の種族:?
職業:元メイド 小学5年生 ポーター 冒険者:ランクF
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【能力情報】
レベル 1
体力 10
魔力 10
スキル 0
攻撃力 1
防御力 1
俊敏性 1
魔法適性 なし
固有スキル なし
習得魔術 メイド魔法
習得武技 なし
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見事なくらい、低レベル。きっと生まれたばかりの赤ん坊と同じくらいかな。冥界のご主人様、少しはチートな力や能力をくれればいいのに。まあ、メイド魔法を残してくれたから良いけど。あ、お二人が呟いているけど、もう囁く事も忘れている。私の年齢には興味がないみたい。
「これはまた、酷い。」
「良く、これで生きていけるのう。」
酷いことを言われている気がするんですけど。
「マロニー君、君は、『聖女』だと聞いていたが。」
「はい、そう言われていた事はありますが、自分ではよく分かりません。」
「魔界で、叛乱軍を鎮圧したとも、聞いたが。」
「それは使っている弓が良かったのです。」
私は、空間収納から『虹の魔弓』を出して見せてあげたが、2つのことに驚かれた。完全無詠唱で空間魔法を使った事と、『虹の魔弓』が大人2人がかりでも弾けなかった事だ。
「ところで、能力欄にある『メイド魔法』とは、何かな?」
「はい、メイドの嗜みとして使う魔法で、ただいま使用した『空間収納』、『空間浮遊』、『空間移動』、『空間転移』、『気配消去』、『解錠』、『ウオッシュ』、『クリーン』、『ドライヤー』それと『化粧』があります。まだあるようですが、先輩から教わっていないので、秘伝かも知れません。」
あ、お二人とも頭に手を当てている。
「それで君は魔力が10しかないのに、その『メイド魔法』が全て使えるのかな?」
「はい、メイドですから。」