第2部第262話 竜に乗ってその15
(5月25日です。)
昨日、お屋敷に戻ってから、キラちゃんは、女の子の姿になるのをやめて、精霊竜の形のままになっている。その方が、楽なんだって。女の子の姿を維持するのって結構大変だから、必要な時以外は竜の姿が良いみたい。それよりも、一緒にいた『ホーリーライトウエンディ』ちゃん。結構おしゃべり。それに食いしん坊だってことが分かったの。キラちゃんの髪の毛の中にいるかなと思ったら、食事の時間になったら私と一緒に食堂に来て、さすがにお肉なんか食べないんだけど、パンをかじっているの。あと、イチゴやリンゴが好きみたい。もっと好きなのはクッキーやケーキなんだって。まあ、食べる量は大したことはないけど、ずっと食べ続けて、身体に悪いんじゃないかと思うわ。それに、なんでも『これは何?』って聞いてきて、うざいったらありゃしない。でも、ドビちゃん達には、何も見えないようだし、それに『念話?』も聞こえていないみたい。
ウエンディ、あ、名前はそう呼ぶことにしたんだけど、彼女の話では精霊との契約って、本当はキラちゃんと精霊の2者間だけで行うはずなのに、キラちゃんの精霊力が今一歩足りなかったために私の精霊力を使って3者契約にしたんだって。キラちゃんが、あと50年位生きて成長したら、2者間契約に直せるはずだと教えてくれた。平素は契約の糸は見えないようにしているから大丈夫だし、どんなに遠く離れても、異次元空間を通じて結び合うので問題はないそうなの。まあ、難しい話は分からないけど、それより私の精霊力って何なの。
ウエンディが言うには、私の精霊力はとんでもなく多いそうなの。あの、精霊の森に一杯いた精霊たちって、私の精霊力にひかれて、皆、契約を結びたがっていたそうなの。中には図々しい者もいて、私に内緒で糸を結び付けた者もいるんだって。そういう精霊は、力を融通しあうことはあっても、正式の契約ではないから、ウエンディみたいに顕現して甘い物を食べたりってできないそうよ。フーン、でも、なんか変な気配が私の周りにあるのよね。それに、クッキーの周りに幾つかの光が集まっているし。
今日は、レッドリリイとの冒険の日だから、ドビちゃんも連れて、森の魔獣狩りに行く予定なの。銀ちゃんも一緒に行くんだけど、キラちゃんは、昨日、疲れてしまったようで今日はお休みなんだって。絶対、さぼりだから。昨日はストックしていたイノシシ肉を一杯あげたからお腹いっぱいになっているので、今日は『寝て曜日』にしたのよ。当然、ウエンディもお留守番。クッキーをたっぷり置いておいたけど、食べ過ぎないように言っておいたわ。
ギルド前には午前8時集合だったんだけど、ベティちゃんが今日は来ないんだって。お母さんの具合が良くなったんだけど、暫くは冒険者活動は休止してお母さんの看病に専念するって言っていたの。うん、早く元気になるといいね。そう言う訳で、今日は4人で狩りに行くことにしたの。目的地は南の森、討伐対象は熊と狼、どちらでもいいけど、クエスト達成のための最低条件は熊1頭か狼4頭の討伐。頭数的には問題ないけど、問題は何処にいるかよね。あまり、森の奥だったら、今日の午前中で終了なんてあり得ないし。と言うことは野営になるかもしれないんだけど、私達みたいな子供が無断外泊したらいけないんだって行政庁の児童何とかという係の人が言っていた気がします。
まあ、討伐の成功報酬も安いし、ゆっくり行きますか。あ、安いといっても銀貨3枚なんで、普通には率が良いですけど。森までの途中、薬草を採集しながら進んだんだけど、今回は、お手伝いしないで、メンバーの皆に探させたのだけど、3分の1は雑草だった。まあ、仕方ないわよね。勿論、空間収納にしまって鮮度を維持するのはポーターの役目だから、私が保管したわよ。
森に到着した頃にはお昼近くになったので、ネネさんのリュックサックに詰めていた食材を出して貰って、二人で料理を始めたの。ネネさん、竈門作りも火を起こすのもうまくなっていた。かなり練習していたみたいね。お鍋を火にかけて、私のリュックの中にはいっているお水をお鍋にたっぷり入れる。今回は、二人のリュックの中に必要なものを入れてきたの。それだってポーターとしての役割だからね。ネネさんが受け取るポーターの手当ては1日銀貨1枚、通常のポーターが大銅貨6枚って聞いたからかなり高いようだけど、あと討伐のお手伝いもするので、その分も含まれているみたい。
お昼は、干し肉とお野菜を煮込んだものに、小麦粉を練ってお団子にしたものを一緒に煮込むものだけど、お出汁を別に作り置きしていた豚骨スープを使っているので濃厚な味になったわ。栄養満点の即席スープの出来上がりね。食事が終わってからの片付けもポーターのお仕事なので、二人で手分けしてやったんだけど、ベルさん達が手伝おうと言ってくれたの。でも、これもネネさんの訓練だからと言ってお断りしたわ。将来的に、ネネさんが冒険者になり、ソロで依頼を受けた場合にはすべて自分でできなくてはいけないんだから。
午後、森に入ったんだけど、やっぱり中々熊や狼は見つからなかった。彼らだって、狩られたくはないし、森のはずれは危険だってわかっているみたい。こういう時は、銀ちゃんが役に立つ。銀ちゃんの嗅覚は、当然だけど私よりも何十倍も鋭敏で、いくつかの野獣の匂いを嗅ぎつけたみたい。その中でも熊が1頭、西南方向距離1200の所にいるみたい。あ、1200と言うのは1200歩と言う意味で、狼の1歩は約50センチなので600mと言うところかな。どうして距離が分かるのか不思議だけど、それって絶対に狼の能力じゃあないわよね。森の精霊さんの力を借りているでしょ。まあ、いいけど。
西南方向へは、太陽の位置と樹木の葉の茂り方である程度分かるので、ゆっくり進んでいく。かなり近づいたのか、匂いが強くなった。私は、フワリと浮かび上がって木の梢の上に位置する。ベルさんとベラさんは、剣を抜いて、臨戦態勢ね。ネネさんも、右手の平を相手に向けている。いつでも火球を発射できる準備だ。
熊は、大きな木の上で蜂蜜をなめている。身体の周りには大きな蜂がブンブン飛んでいるが全く気にしていないようだ。ネネさん、熊の頭に小さ目なファイアボールを当てる。驚いた熊は、木から落ちていたが、まだ元気だ。鼻の周りについている小さな炎を手を使って消している。ベラさんが接近していくか、それに気が付いた熊が立ち上がって威嚇している。ベルさんも、近づいていくが、熊の鋭い爪でやられたら一発で致命傷だ。
ネネさん、連続で3発、火球を投げつけた。完全無詠唱だ。狙いは、すべて頭だ。胴体は、毛皮が売れるので、あまり焦がしたくないみたいだ。うん、いい判断ね。さすがに、これには堪らず、熊は四つ足になって逃げ始めた。瞬間、闘争方向の木が大爆発を起こした。ネネさん、強力な火球を逃げ道の先に撃ち込んだみたい。ナイス判断。あわてて転回した熊は、ベラさんの方に向かって走り始めた。目は、もう完全に焼きあがっていてつぶれている。もう何も見えないだろう。ベラさん、突進してくる熊に正面から剣を突き出す。あ、グサリと言ったみたい。熊の肩から突き刺された剣は根元まで深々と刺さっている。熊の勢いに押し倒されそうだったが、何とかこらえて、そのまま刺さっている剣をひねりあげる。熊は、そのまま命の火を消してしまった。
これでクエスト達成だが、これから素材収集作業がある。まず、熊の後ろ脚をロープで縛り上げ、ロープの端を高い梢に投げて、吊上げる準備が完了した。4人で、ギイギイ吊り上げて、端を他の木に結びつける。解体準備完了。それから、お腹から皮を割いて行って、背中側に向けて解体用ナイフを入れていく。丁寧な作業が要求されるが、これで革に傷を付けると何もならない。慎重に。慎重に。
皮を剥ぎ終わったら、手の平や足の平を切り取る。これも食材になるらしいので、丁寧に切り取る。最後は、熊の胆のうを取り出す。これも薬になるらしいのだ。熊の肉は固くて美味しくないから、私はいらないけど、売ればいくらかになるらしいので、太もも周りやあばら回りなど比較的美味しいとされている部位だけを採取した。
これで採取終了だが、ベルさんがネネさんの魔法に感心していた。ベティさんは、『ヒーラー』だから、仕方がないとしても、他の魔導士と比較士ても、遜色ないどころかはるか上を言っているとのことだった。他の魔導士の力を知らないけれど、ネネさんの魔法の威力、確かに10歳の女の子にしては傑出しているわよね。
これで、パーティの戦闘方針は決まったわね。まずネネさんの遠距離魔法で敵の勢いをそぐの。それで、弱った敵に対してはベラさん達の直接攻撃、その間、ネネさんは、火球を上手くコントロールして支援ね。最後のとどめは、状況によるけど、ネネさん、十分に戦力となっているわよ。え、ポーターの仕事ではないって?いいの。そんな細かいこと気にしていたら、冒険者やっていけないでしょ。
その後、狼の群れにも遭遇というか索敵して接近したんだけど、ほとんどがネネさんの連続火球で殲滅ね。というか、素材を気にしなければ、かなり強力な火球を連発できるみたい。でも、その場合、素材は大やけどの結果、売り物にならなくなっているけど。
あ、そう言えば土魔法で地面から槍が出てくる魔法があったわね。あれ、なんて言うのか知らないけど、あれなら下から突き刺せるのよね。練習して貰おうっと。
午後4時に冒険者ギルドに戻ってきた。ベルさん達が完了報告と素材の売却をしている間に、ネネさんと一緒に隣の練習場に行くって、魔法の練習をすることにした。
まず、私がお手本を見せる。イェを前に出して、土を槍の形にイメージして、地上に出してっと。
ズボッ!
うん、1本だけだけど、石のように硬い槍が地面から飛び出してきた。長さは2m位かな。さあ、ネネさん、やってみて!
ネネさん、顔を真っ赤にしているけど、第2部第269話 初めての人間界その7。それも粘土位の硬さで、先っちょも尖ってないし!えーと、ティーカップを作る感じで、形をこう言うふうにイメージして。3本位作ったんだけど、まだ遅いし。私がネネさんの後ろに回って、ネネさんの右手を掴んで、『こう、槍をクイって出すの!』と、ネネさんの手を上にちょいと上げてあげる。
ズボッ!
ほら、出来たじゃない。もう1回。
クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ!
そうそう、後は一人で。
クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ! クイッ!ズボッ!
「あなた達、何をやっているの?」
あ、聞き慣れた声。恐る恐る振り向けば、エーデルさんが怒っている。あ、いけない。練習場、土槍の林みたいになっていた。当然、硬い槍を砕いて土に戻すのも、ネネさんと二人でやることになっちゃった。
そう言えば、この魔法『アースランス』って言うみたい。まあ、私にとっては魔法でも何でもないんだけど。