第2部第261話 竜に乗ってその14
(5月24日です。)
昨日、ネネさんの進路を相談した結果、人間界にある魔法学院中等部の見学のため、グレーテル王国に行くことになった。ノエルさんが連れて行ってくれるんだって。勿論、私も一緒なんだけど、問題がすこしあって。キラちゃんと銀ちゃんをどうしようかと思って。でも、キラちゃんを連れて行っても、一緒にホテルには泊まれないし。銀ちゃんなら仔犬サイズになっていれば、どこでも問題は無いだろうけど、キラちゃんのサイズとなると、ホテルだって断られるわよね。考えた末、私は、『ネネさんと一緒に王国には行けないから。』って断ったら、ネネさん、物凄く寂しそうにしていたけど、こればっかりはしょうがないわよね。
今日は、土曜日なので、午後の授業はないの。お屋敷に戻ったら、馬具屋さんから鞍ができたって知らせがあった。騎乗服セットを装備して、キラちゃんと一緒に受け取りに行ったんだけど、大通りをヒョコヒョコ歩くキラちゃんを見て、通行している人達は慌てて道を開けてくれるし、通り掛かりの馬車を引いている馬達が大騒ぎしまくって。そんなこんなでようやく馬具屋さんの前に着いた。馬具屋さんの隣が厩舎になっていて、そこにキラちゃんを連れて行ったら、店主のおじさんが待っていてくれたの。
まず鞍なんだけど、前後2段になっていて、2人乗り用にしてあった。キラちゃんは首筋の根元に出っ張りがあるんだけど、そこに合わせるように鞍に開いている穴を合わせて、それで肩の周りと脇の下の腹帯ベルトを左右で結ぶと鞍は安定して固定された。鎧も前後にあったんだけど、後ろの鎧は固定されていて、動かないようになっていた。キラちゃんの頭に赤いマスクをかけて、それから頭絡と言う細い皮紐を頭に装着する。馬の場合は、馬銜を口の中に装着するんだけど、竜種は奥歯がしっかりあるので、頭絡からの力だけでコントロールするんだって。私の言う事を理解しているキラちゃんには、必要ないけど。通常、竜種に騎乗する場合、竜には腹這いになって貰うんだけど、私の場合は、メイド魔法『空間浮遊』で騎乗するから腹這いなんか必要ないわよね。
鞍の下につけるクッションみたいな布をサービスして貰ったんだけど、全部で金貨12枚って高いのか安いのか分からない。後、ゴーグルと飛行帽を1セット注文しておいた。後部座席に乗せる場合に必要だもんね。
キラちゃん、新品の鞍をつけて得意そうにしていたわ。そのまま西門から市外に出て搭乗してみる。鞍の上にメイド魔法『空間浮遊』で浮かび上がってから座ると、左右の鎧に足を乗せる。転落防止のベルトが左右にあり、それを腰のベルトに結着する。ベルトの長さを調整して、身体が動かないように固定した。次は、帽子の耳当てを下ろして顎紐のバックルを締める。うん、これで耳は寒くない。ゴーグルをつけてから、袖覆い付きの手袋をはめ、手綱を握る。これで準備OK。いよいよ飛行開始ね。
『飛んでね!』
心の中でそう念じると、キラちゃん、大きく翼を広げて2〜3回羽ばたいたらフワリと浮き上がった。どのまま上昇していく。後ろで翼がバサリ!バサリ!と音を立てている。
『領都の外周を回って。』
そう念ずると、まず加速を始めた。一定の速度まで加速すると、身体を右に少し傾け右方向への旋回を始めるのだが、傾きの角度はほんの僅かだ。どんどん加速しながら旋回をしている。速度はよく分からないが、1周するのに10分くらいだった。領都は、おおむね南北6キロ、東西8キロ位だ。一周30キロくらいだろうか。と言うことは、時速180キロいや、外接円ならもう少し距離が伸びるので、時速200キロ以上は出ているのだろう。
『もう少し早く回って。』
キラちゃん、傾きを大きくして飛び始める。あ、これでは呼吸が苦しい。でも、じっと我慢していたら5分少々で1周してしまった。計算すると時速400キロ以上だ。すばらしい速度だ。でも、この速度で長時間飛行されると、こちらの身が持たない。唇がブルブルして痛くなってしまう。
『ちょっとずつ速度を落として!』
キラちゃんが徐々に速度を落としていく。唇のブルブルが止まった時、
『この速度を維持して!』
うん、さっきに比べたら格段にゆっくりだ。でも、私も落ち着いて搭乗していられる。それでも30分位で市の外周を1周しているので、時速60から70キロ位は出ているのだろう。
『キラちゃん、この速度を『巡航速度』にしましょう。ね!』
『キュイーン!』
今のは、きっと『大丈夫。分かった。』って言っていたのね。今度は、思いっきり上昇して貰う。もう、遥か彼方の地平線が丸く見えるくらい上昇する。あれ、完全に呼吸ができない。と言うか耳の中がおかしい。きっと急激に気圧が下がったんで、気圧の差を調整できないみたい。唾をゴックンと飲んで元に戻ったんだけど、これも気を付ける必要があるわね。余り長時間、高高度で飛行していると体の具合が悪くなるみたい。
さあ、これで良いか。もう帰ろうか。キラちゃんに『帰ろう。』と伝えたんだけど、『キュルルーン』と泣いて、そのまま北に向かいはじめたの。
『キラちゃん、どこに行くの?』
聞いても、『キュイーン』と鳴くだけ。そのうちドンドン加速して行って、あ、この感じだと時速400キロ以上ね。あまりの風圧の強さに、溜まらず『聖なるシールド』を顔の前に貼ってしまった。ふう!やっと息ができるようになった。最初からこうしていれば良かったわ。そう言えば、以前、夢の中でキラちゃんが北の山の麓の森に行くって言っていたわね。もしかすると、あれって夢ではなくて、キラちゃんが夢の中に入ってきてお話ししたのかしら。それでも2時間位飛んだのかな。漸く北の山々が目前に迫ってきた。キラちゃん、速度を落として、森の上で円を描き出した。ゆっくり降下を始める。
地上に降りたけど、そこは不思議な空間だった。まず、森の中で、日差しが遮られているはずなのに、随分と明るい。それと空気の質が違う。森の中って落ち葉や何かの死体が埋もれていて、独特の匂いがあるんだけど、ここでは『清浄』な空気の感じがするの。後、綺麗な泉があるんだけど、大きさと深さが半端無いの。もう泉じゃないわ。池ね!透明度が半端ないわ。後、泉のそばに、大きな岩があるんだけど、その岩から何かの気配が漏れている。何だろう。
キラちゃん、ヨタヨタとその岩に近づいて行った。あれ、岩の中に頭を突っ込んでいる。よく見ると、岩の一部に穴が空いていたの。でもパッと見、気が付かないように木の枝やシダ類で隠されていたのね。キラちゃん、その穴の中に入って行っちゃった。あわてて私も中に入って行った。穴の中は、広い洞窟になっていたんだけど、あの岩の大きさと釣り合わない大きさだった。外の光が入ってきていないのに、洞窟の中は、青白い光で覆われていた。その先に進むと、もう地面も壁も天井も光り輝いていて、キラちゃん、その光の中でじっとしていた。その中で幾つかの白い光がフワフワ飛んでいる。目を凝らしてみても、光の正体がよく分からない。でも嫌な感じはしないので、魔物の類ではないようだ。そにうちの一個が大きく光り、その光が小さな女の子の姿になった。背中に4枚の透き通った羽がついている。
『聖なる光の精霊ホーリーウェンディ』
その光の正体が頭の中で理解された。その精霊が私のそばに寄ってきた。
『光の子、力を頂戴。』
また頭の中で聞こえて来た。念話だろうか。少し違う感じだ。私は、その精霊に右の人差し指を伸ばした。その指先に、光の精霊が触れると。あ、力が流れていく。今までは、自分で流していたが、今回は吸われる感じだ。でも、大した量ではない。精霊はすぐに私から離れていくが、私と精霊の間に白く光る糸が繋がっている。
『これで十分、契約出来る。』
精霊さんがキラちゃんの頭に触れる。と、同時にキラちゃんの身体が光って、その精霊と光で結ばれた。光の精霊さんがフワフワ飛んで離れて行ったけど、まだ光の糸で結ばれているの。キラちゃん、光が強くなって、眩しい光に包まれた。暫くしてスーッと光が消えたら小さな女の子が立っていたわ。身長は1m位かしら。5歳児の女の子と同じ位の身長だ。でも何も着ていないの。地面には鞍や頭絡が落ちている。長い髪の毛の色は、銀色に近いプラチナブロンド。特徴的なのは頭の2本のツノと、長く伸びて尖った耳。後、目の金色の虹彩は竜の姿の時と一緒だった。
「あなたキラちゃん?」
つい、声を出して聞いてしまった。その子、ゆっくり頷いて、
「ワタシハ『キラ』、セイレイトケイヤクシタ。」
ニッコリ笑っていたけど、話し方が変。小さな子が無理して大人の言葉を話しているような感じ。まあ、精霊竜の中では若すぎるのだろう。でも女の子になったら、もうお屋敷に飛んで帰れないし。そう思ったら、
『大丈夫。心配しないでください。この姿は仮の姿だから。いつでも元に戻れるから。』
念話はスムーズに話せるみたい。
「もう帰ろうか?」
『分かりました。帰りましょう。』
キラちゃん、一瞬で元の飛竜の形に戻ったけど、前と色が違うの。白と銀色の間みたい。あと、頭に白金色の毛が生えている。竜の姿に戻れて良かった。さあ、帰ろう。鞍をつけている間、さっきの妖精さんがフワフワ飛んで纏わりついている。そのうち、キラちゃんの頭の毛の中に入って行った。あ、もしかして一緒にいるつもり?鞍を装備し終わってきじょうたら、翼を思いっきり広げてふわりと浮かび上がった。森の上に登って行って、ある程度の高度になってから南に向かったんだけど、今までと違い、殆ど羽ばたかない。それどころか、一瞬で周囲の景色が変わったの。何、これ?メイド魔法の『空間転移』なの?
『精霊の力で『ワープ』したの。この方が早いから。』
お屋敷には、午後5時前に帰って来られた。ドビちゃん達がキラちゃんの鱗の色が変わったことに驚いていたけど、女の子になったらもっと驚くわよね。
キラちゃん、人間の女の子に変身できるようになりました。