第2部第256話 竜に乗ってその9
(5月11日です。)
昨日から、ドビちゃんのお母さん『ダモラ』さんがお屋敷の住み込み家政婦さんになった。屋敷に来た最初、大広間のキラちゃんを見て固まっていたが、チラとダモラさんを見て、そのまま寝ているキラちゃんに、ちょっと安心したみたい。キラちゃん、いつもなら、私に襲いかかってお口の周りを何回も舐めるのに、今日は、ダモラさん親子を脅かさないように寝たフリをしているのね。お利口さんだ。
ダモラさん親子の部屋は、1階の使用人部屋2室にしたの。ベッドとクローゼットしかない部屋だけど、広さはまあまあね。シャワー室も使用人専用のものがあるし、簡単なキッチンも部屋にあるから、特に不自由はないはずね。
お給料は、毎月金貨2枚、勿論、純手取りよ。時給1000ピコ以上を支払うので、人間種と同じ扱いね。食事は、私と同じものを食べる事にして、食材は私が準備したものや買い物に行って購入したものを使う事にした。毎月、必要経費として金貨2枚を渡すので、使う度に帳面に記載してもらう事にしたの。これは字の書けないダモラさんの代わりにドビちゃんに手伝ってもらう事にして、何か買ったり支払ったら絶対に領収書を貰う様にお願いしたの。
その日の夜は、私の作ったカレーライスにしたんだけど、弟達2人には別にオムライスも作ってあげたの。ダモラさん、こんな美味しい料理は作れないって恐縮していたけど、基本、私は食べる物にこだわりが無いので、今までダモラさんが作っていた料理でも、きっと美味しく食べられるからって安心させてあげたわ。
今日は、日曜日だから、ダモラさん一家は、自分達に必要な服や生活必需品を買いに行く予定だって。昨日、就労準備金として金貨3枚を渡しておいたの。勿論、毎月のお給料とは別よ。
私は、今日はレッドリリイのみんなと魔物狩りに行くんだけど、キラちゃんも連れて行く事にしたの。キラちゃん、少しでも私と一緒にいたいみたいだし、まだダモラさん一家と1日過ごすのも不安があるしね。
冒険者ギルド前でベルさんと合流したんだけど、ベティさんが来れないって言っていた。お母さんの具合が良く無いんだって。後で、寄ってみる事にしよう。今日の依頼は、北の村での狼討伐だそうで、依頼条件は狼5頭以上の討伐、報酬は銀貨8枚だった。狼の毛皮は、状態が良ければ銀貨2枚以上で売れるし、お肉だって安いけど買ってくれるので、それほど悪い条件では無い。しかし、問題は村までの距離だ。馬車で1日も掛かるので、絶対に3日は掛かってしまう。
私達は、北門を出てから、いつもの通りロープを出して皆で途中のリングに捕まらせる。私も一番最後に捕まり、メイド魔法『空間浮遊』でフワリと浮き上がった。キラちゃんが、私と反対側のロープを足で掴んで引き始めた。高度は100m位かな。キラちゃんにとって速度はのんびりだけど、馬車の4倍以上は出ている。1時間半で、北のホリ村に到着した。村の外で、キラちゃんを待機させて3人だけで村に入って行った。村長さんに確認したところ、この村の東側に広がる森に狼が棲みつき、森に木の実や山菜を採りに行った村人が襲われたり、夜になると畑に出て野鼠を掘り返して捕まえるために畑がダメになっているらしいのだ。狼は、何度も殲滅しているが、森の中の群れは、討伐難易度が格段に上がってしまう。
早速、討伐に向かったんだけど、どう見ても10代後半の娘2人と幼女1人のパーティーに、そんな危険な任務が達成できるわけないと、心配半分、諦め半分の村長さんの顔が印象的だった。森までは、30分も歩かずに到着した。途中の畑は、至る所が掘り返されており、ひどい状況だった。
森の奥に入る前に、キラちゃんに偵察してもらう。今いる場所から左45度の方向で旋回していた。あの下に群れがいるのだろう。私達もその方角に向かう。狼の遠吠えが聴こえる。森は彼らのホームグラウンドだ。木の陰、草の陰に隠れて敵を襲うし、左右前後あらゆる方向から襲われると、通常の獣では太刀打ちできない。通常の獣では。
私は、匂いと音である程度、敵の位置を特定できる。特に攻撃体制に入って興奮している狼の位置など丸わかりだ。今回は、ベルさん達には攻撃を控えて貰おう。折角の毛皮が傷だらけになったのでは勿体ないからだ。あ、でもお腹の方から心臓を一突きするだけなら大丈夫かな。
作戦はこうだ。私が、狼達に『麻痺』属性の矢を打ち込み、ベルさん達が、行動不能になった狼の心臓を一突きしてとどめを刺す。うん、完璧な作戦ね。私は、目を瞑って、周囲の気配を探る。頭の中に森の配置が浮かび上がってくる。あの木の陰に2頭、あの叢の中に1頭、全部で13頭の狼の位置が分かった。後は、5本ずつ同時に矢を放つだけだ。近い場所の狼から狙う事にした。矢をつがえて『麻痺』と呟く。目を瞑ったまま矢を放つ。1本1本の矢が気をよけたり草を飛び越えて飛んでいく。
「「「「「キャン!!!!!」」」」」
悲鳴が5か所から聞こえて静かになった。その時には次の5本が放たれている。逃げようとしても遅い。矢の速度よりも早く逃げることなど狼では不可能だからだ。
最後に、ジッとしている個体が2匹いる。2本の矢をつがえて放って命中はしたが、1匹はそのまま逃げ始めた。結構速い。あれ、『麻痺』が効かない?次の矢1本をつがえる。『瞬間麻痺』と呟き、矢を放った。もう距離は200m以上あるかも知れない。しかし、この弓の有効射程距離は800mだ。山なりに射たなくても、誘導で水平に飛び続けるのだ。
微かに命中した悲鳴が聞こえてきた。もう私の仕事は終わった。ベルさんとベラさんが心臓に一刺しずつトドメを差している。私は、死んだ狼を後脚から浮かし、お腹から皮を剥いでいく。後、後ろ脚の太もものお肉と胸のバラ肉だけを切り取って収納する。7匹目を処理開いている時に、ベルさんが呼びに来た。最後のオオカミが変だと言うのだ。
この場所から300m近く離れているが、まだとどめを刺していないと言うので、急いで確認に行く。あ、大きい。それも色が違う。グレーというか白に近いオオカミだ。いや、狼ではない。額に1本の小さなツノが生えていて、尻尾が2本だ。あ、これ魔物だ。『ツインテールウルフ』、別名『二つ尾の銀狼』と言う希少種だ。意識はある様だが、体の自由が効かない様だ。つぶらな瞳でこちらをジッと見ている。
頭の上に手を乗せて、『もう大丈夫』の力を流してあげる。敵対心が消えて行くのが分かる。このままでは麻痺が解けないので、『聖なる力』も流してあげる。狼は、ピンク色の光に包まれ、やがて白い光に包まれた。光が消えた時、白かった毛色は輝くような銀色に変わった。銀狼は、水色の眼を向けてハッハッと舌を出し、二つの尻尾を激しく左右に振っている。しょうがない。異世界空間にしまっていたイノシシのお肉を出してあげた。うん、一生懸命食べている。
ベルさんとベラさんが呆れてたような目で私を見ている。あ、名前。うーん、名前を考えていて、ハタと気がついた。この狼を飼うことが前提になっている。うーん、どうしよう。まあ、いいか。
「あなたの名前は『銀ちゃん』ね。あ、『ちゃん』は、名前じゃないからね。
あれ、銀ちゃん、青白く光ったんだけど。
『我は『銀』、ご主人、いついつまでも臣従の絆を結びましょうぞ。』
え?念話?この狼さん、喋れるの?
『我も、この世に生を受けて300年以上、人語程度は理解しておる。ただ、今のように頭がスッキリしてからじゃな。ちゃんと意味が通じるのは。」
この狼さん、私よりずっと年上だった。でも帰りはどうしよう。まさか生きたまま空間収納には入れたくないし。
『ねえ、銀ちゃん、小さく変身できる?』
『同じ犬族なら可能じゃ。これでどうじゃ。』
あれ、黒い毛色でお腹と手足の先が白くて、後、ハチワレの額に星のような模様がある子犬になっちゃった。この星が、ツノの生えていた場所ね。ベルちゃん、それを見て、
「可愛い!」
大きな声で抱き上げた。ベルさんの大きな胸の間で、ハッハッと息をしている銀ちゃん、絶対、変な気持ちでしょう?
そのままベルちゃんに抱かれたまま、帰る事にしたの。村まで行って村長さんに討伐完了のサインを貰ってからギルドまで戻ったんだけど、その間、ベルさんとベラさんで交代で銀ちゃんを抱っこしている。銀ちゃん、ほぼ為すがまま状態だったけど、この子って、精霊種に近い魔物よね。こんなに女の子にベタベタ甘くて良いのかしら。キラちゃんを見ても、
『精霊竜のひよっこなど怖くなどないわ。』
と馬鹿にしていたし。そう言えば、領主館で綺麗な女の人がキラちゃんを見て、精霊竜の幼体だって言っていたけど。エンシェントドラゴンつまり古龍種なんか全長300mを超えるて言うから、確かにキラちゃんは小さいわよね。
ギルドで依頼完了報告と狼の毛皮11枚、お肉を相当量納品したら、程度がいいからって1枚銀貨3枚、つまり金貨3枚と銀貨3枚がゲットできたの。お肉は大した事が無くって、全部で銀貨7枚だったけど、それでもベティさんのお母様のお見舞いを買うのには十分すぎる位よ。
キラちゃんと銀ちゃんをギルドの演習場の隅に預けてから、ベルさん達と一緒にベティさんの家に行ったんだけど、ベティさん親子の家は、商店街の端にある平屋建てのちょっと大きい一軒家に住んでいたの。お金には不自由しなくなっていて魔人族のメイドさんも一人雇っている。私達が伺うと、ベティさんが出て来て、だいぶ前からお母様の調子が良くないんだって。食欲が無くって、微熱が続いていると説明してくれた。それを聞いて嫌な気がした。
テンプレ村で、ゴブリン族のブレンちゃんのお母さんを見た時のことが思い出される。酷い肺病を患っていた。ベティさんにお願いして、お母様の具合を見せてもらう事にした。お母さんは、私が部屋に入って行くとベッドから起きあがろうとしたが、そのまま寝ていてくれるようにお願いした。お母様の額に手を当てる。確かに熱があるようだ。心臓は、規則正しく鼓動を繰り返している。胸に耳を当てて、呼吸の音を聞いてみる。何かゴボゴボと言う音が聞こえて来た。
「母上様、咳は出ませんか?」
「はい、夜、寝ている時に出る事があります。」
「正直にお答えください。その時、血を吐きませんでしたか?」
部屋の中に入った時、微かに血の匂いがしたので、間違いないだろうが確認しておきたい。
「は、・・・・。はい、少しだけ。」
「いつからですか?」
「1週間程前から。」
聞いていたベルちゃんが、青い顔をして涙を流し始めた。ベルさんもベラさんも黙っている。この世界では、肺病、それも喀血を伴う細菌性の肺病は死病だ。治癒魔法『ヒール』は、外傷には効果があるが、内臓疾患、特に細菌性疾患や悪性腫瘍には効果がない。回復ポーションも同様だ。治療法としては、栄養価の高いものを食べて安静にするとともに、酒精つまりアルコールによるこまめな消毒位しかない。極めて死亡率の高い病気だ。
私は、以前、ゴブリン族の女性で、この病気を治癒した事があると説明した。それを聴いて、ベティさん、私の手をぎゅっと握って来た。
「お願い、母様を治して。」
私は、黙って頷いて、お母様の胸に手を当てて、『聖なる力』を流し込む。菌により損傷している肺を元に戻す事はできないけれど、瘴気を纏った病原菌は、浄化の対象だ。私は、輝く太陽、青い空そして湧き出る泉の清らかな水をイメージしながら、私の体の中を駆け巡る温かい力をお母様の胸にに流し込んでいく。
30分位、流し込んでいただろうか。お母様は、スヤスヤと寝ている。そっと胸に耳を当てると、ゴボゴボ音が小さくなっている。
「今日は、これで大丈夫。明日の夕方も来てあげるから。お母様に消化が良く滋養のあるものを食べさせてあげて。」
それから、食器やタオルは共用せず、また喀血した時に使ったタオルやシーツは焼却するように指示して、ベティさんの家を出て行った。ベルさんが、
「マロニーちゃん、治癒師だったの?」
と聴いて来たんだけど、勿論違うわ。私は、メイドですから。
仲間が増えました。今度は、ワンコです。