第2部第255話 竜に乗ってその8
(5月10日です。)
今日は、学校が午後半休の日だ。いつものとおり、キラちゃんを連れて南門に向かった。南門付近には、ゴブリンさん達もそれほど住んでいないんだけど、それでもある程度はバラックがあって、ゴブリンの子供たちが大勢、私とキラちゃんの周りに集まってきている。飛竜が珍しいみたい。でも可愛らしいの半分、怖いの半分で、近くには寄ってこないみたい。あ、小さな子が泣き出しちゃった。泣くんだったら来なきゃいいのに、興味はあるみたい。キラちゃんが『キュイーン!』と鳴いてあげたら、泣き止んじゃった。あまりにも可愛らしい声だったので吃驚してしまったみたい。ゴブリンさん達の集落を抜けてから、子供たちが見つめている中で、キラちゃん、大きく翼を広げた。翼を広げると、8m位はあるかな?もともと、頭の先から尻尾の先まで10m位なんだけど、尻尾が7mもあるんだもん。身体そのものは、あまり大きくないの。
フワリと浮き上がっていく。決して羽ばたいた風力で上がっているわけではないけど、それなりに風が下向きに吹いてくる。ゴブリンの子供たちは『ワーッ!』と歓声を上げて喜んでくれている。キラちゃん、上空300m位まで上昇してクルリと円を描いている。私は、少しだけ急いで走り始めた。向かう先は、南の森で、ここから10キロ位かな。一部森の一部を開墾して畑にしているみたいだけど、私が向かうのは、もっと奥の開発があまり進んでいないところなの。
森の入り口まで来たところで、ゴブリンさん達が大勢、森の方から走ってきている。どうしたんだろう。走ってきている人の中に、魔人族の男の人が何人かいて、
「早く逃げろ。デカい魔物が襲ってきているぞ。」
と、大声で叫んでいた。見ると、森の向こうから、樹々が揺れている。森の木がバキバキと音を立てて倒されている。あれ、何だろう。私は、そのままメイド魔法『空間浮遊』で上昇してみる。キラちゃんが私の高度まで降下してきた。私の位置からだと、南に200m位の地点に何かいるみたい。木の梢が倒れたり揺れたりしているので、位置がまるわかりだ。ゆっくりと近づいてみると、魔物の正体が分かった。大きなゾウだ。しかも頭が2つある『ツインヘッドマンモス』だ。私は、初めて見たが冥界の『魔物大全』という図鑑に載っていたのを覚えていた。火を吐いたり、毒を吐きだしたりはしないけど、とにかく皮が厚いのと、力が強いのが特徴だ。この国でも結構、希少種みたいだけど、放っておくと森が荒らされるとともに、ゾウの癖に肉食なので、森のイノシシなどがいなくなると人間も襲い始めるみたい。現に、今、こちらに向かっているのも森の開墾を行っている作業員を狙っているみたい。
頭が二つあると言うことは、片側の頭を打ちぬいても倒れないと言う事なのかもしれない。でも、一度に2か所の目標を射抜くことができるから、それほど高難易度ではないかな。でも、かなり強力に射抜かなければ大きな頭蓋骨を貫通できないかも知れない。そのまま、ゆっくりと降下していって、高さ5m位の所でホバリングしておく。魔物との距離は50m位だ。もう、こちらに気が付いているだろう。矢を2本、キリキリと引き絞る。左右の頭の眉間に向けて矢を放つ。それぞれの矢が一直線に向かっていく。
ズバン!!
命中した。しかし、突進が止まらない。かなり深く刺さっているので、脳まで達しているだろうが、身体が大きいだけに、身体を動かす機能は別なのだろうか。そう思っていたら、突然、前足から崩れ落ちて行った。あ、単に鈍かっただけなのね。そっと近づく。もう息をしていない。まあ、なんと立派な象牙だろう。それも左右の頭にそれぞれ2本ずつ、計4本だ。早速切り取って回収する。あと、鼻を切り落として、これも回収する。象の鼻って美味しいと聞いたことがあるからだ。あ、魔石も回収しておかなくっちゃ。残りは、皮を剥いで、お肉を切り分けておく。全部は大きすぎていらない。キラちゃんが食べられる程度の大きさで十分だ。そうしているうちに、ゴブリンさん達が戻って来た。魔人族の監督さんが恐る恐る声をかけてきた。
「この魔物、お嬢さんがやっつけたのかい?」
「うん、必要な部分は貰ったから、残りで欲しいのがあったらあげるよ。私、森の奥に行くから。」
残っているのは、象の大きな皮と、まだまだ食べられそうなお肉だ。焼いても煮ても美味しいらしいけど、私はあまり食べたいとは思わないな。そこから、スタスタ歩いて森の奥に向かう。もう、今日の目的は果たしたんだけど、この森にはノブタがいるって聞いていたので、さがすことにしたの。
豚を飼育している農家さんもいるんだけど、逃げた豚なんかが野生化したのがノブタなんだって。養豚場の豚よりもお肉が引き締まっていて、美味しいらしいの。それに、春先から山菜や新芽を食べてかなり油も乗っているって教えて貰ったので、なんとか1頭位は狩りたいな。
30分位かな。森の中を西へ東へと歩き回っていたら、微かにイノシシのような匂いがしてきた。でも、イノシシとは違う。きっと、ノブタの匂いだわ。匂いをたどっていったら、黒と白のぶちのノブタが一生懸命タケノコを食べている。小さな牙が生えていて、それを上手に使って土を掘り返している。前足の付け根、心臓あたりを狙って矢を放つ。
『ブヒーッ!』
大きな悲鳴を上げて絶命した。イノシシと違って毛深くないから処理するのも楽。イノシシを処理するときって、けっこう気持ちの悪い虫が毛に一杯ついているのよね。見つけたら焼いているんだけど、面倒ったらありゃしない。その点、ノブタは、チャチャっと皮を剥いでお肉を綺麗に切り分けて、半身ずつの塊にして空間収納にしまうの。あ、頭とつま先はいらないから捨てるけど。好きな人は、つま先はもちろん、耳や尻尾、鼻なんかも食べるらしいけど、私は絶対にいらないわ。あ、でも骨は幾つか残しておくの。キラちゃん、口の中に入る大きさの骨なら、バキバキ齧るのが好きみたい。美味しいのかどうか分からないけど。
さっきから、キラちゃん、梢の上に止まっているの。さっき上げたゾウさんのお肉、木の上で器用に食べている。お口の周りが真っ赤になっていて少しグロいけど。後で綺麗にしてあげなくっちゃ。
もう今日は帰ろうか。フワリと浮いて、キラちゃんの尻尾を掴む。キラちゃん、翼を開いて一言『キュアー!』と鳴く。きっと『さあ、いくよ』とでも言っているんだろう。そのまま、南門までゆっくり飛んでくれた。
お屋敷にまっすぐ帰ってから、私だけ冒険者ギルドに向かう。象牙などを売るためだ。象牙は1本金貨12枚だった。鼻2本は金貨2枚と銀貨2枚、魔石は金貨2枚だ。
お屋敷に帰る前に、馬具屋さんに寄ってみる。まだ鞍は出来てなかったけど、騎乗服は出来ていたの。薄茶色のムートン皮製フライングジャケットは、前身ごろが深く重なっていて風が入らないようになっていた。金色のダブルボタンがとっても可愛いし、襟に付いているシルバーフォックスのカラーも暖かそう。オフホワイトのセーム皮製の乗馬ズボンも、太腿の部分がゆったりしていて、膝から下は風が入らないようにピッタリしているの。膝下までの編み上げブーツと、風除け付のラム皮製手袋、それと耳当て付革製帽子とゴーグルのフルセットだ。
もうお金は払っていたから試着したまま、お店を出ていく。うん、流石にこの格好で街を歩くのは、この季節では暑いわね。フライングジャケットと帽子は脱いでみたんだけど、乗馬ズボンにブラウスって、なんか締まらないわね。それにこのズボン、ウエストが胸の下まであるの。ベルトを通すループは、普通に腰の位置にあるので、ベルトの上に腹巻きをしているみたい。これって、乗馬姿勢で前屈みになっても背中が出ないように考慮されているんだって。
自宅で着替えて孤児院に向かった。最近気がついたのだが、お屋敷が汚れて来た気がする。大広間とキッチンはまめに掃除をしているけれど、他の部屋とかは使わないので埃が溜まって来ている。それに、お庭が全く手入れされてないので、今の季節雑草が酷いことになっていた。
それで、お屋敷を手入れしてくれる人を雇おうかと思ったんだけど、ドビちゃん親子がまだ施設で暮らしている事に気が付いたので。あの親子にここで暮らして貰おう。ここは一般居住区だけど、下働きでゴブリン族を雇う人も多いらしいけど、小さな子がいると中々適当な仕事がないらしいのだ。
孤児院で、ドビちゃんに私の計画を打ち明けると、ドビちゃん、目を輝かせて喜んでくれた。お母さんと弟達4人で暮らせて、それに子供の面倒を見ながら仕事が出来るのが夢だったんだって。
さっそく、院長のキエフさんに話したら、いろいろな条件を教えてくれた。ドビちゃんのお母さんにして貰いたいことは住み込みの『家政婦』と言う仕事なんだけど、個人間の労働請負契約になるみたい。当然、契約書が必要だし、契約に当たっての基本的な条件と言うか制限があるみたい。
まず、1日8時間労働で、これを超過して労働させる場合は2割増の残業手当を払わなくてはいけないの。後、週に1日以上の休業日を与えなくてはいけないし、その他に年に20日の有給休暇を与えるんだって。あ、それから『建国記念日』や『皇帝誕生日』、それに年末年始などの国民の祝日もお休みで、この日に働いてもらう場合は、5割増の休日手当を支給しなければならないの。
とっても大切な給与なんだけど、これは労働エリアによって最低賃金が違うんですって。それと人種によっても差があるんだけど、一般居住区では、人間族が時給で1100ピコ、魔人族の場合で950ピコ、ゴブリン族やオーク族で800ピコが最低賃金なんですって。後、住み込みの場合、住居費や食費、それに諸々の経費として収入の半分以上を労働者から徴収してはならないし、標準額というものがあって、これを超えた額を徴収してもいけないんだって!
これらの事を定めた標準契約書があるけど、専門でやってくれる事務所があるので、そこにお願いするように教えて貰った。最後に、キエフさん、私の手を取って、『有難う。有難う。』って涙を流していたわ。一緒にいたドビちゃんも泣いているの。
直ぐに、ドビちゃんの弟達を連れて、お母さんが療養している施設に向かったの。もう随分元気になったんだけど、ドビちゃん達と暮らす予定のプレハブが空いてないんだって。お母さん、私のお話を聞いて、即、引き受けていただいたの。それで、早速、皆でお屋敷に向かう事にした。