第2部第253話 竜に乗ってその6
(4月月26日です。)
今日は、レッドリリイのみんなと冒険に行く日だった。依頼は、もう受注しているから、午前7時に南門の前で待ち合わせしたの。依頼内容は、南の谷の底にある洞窟から『紫夜茸』を採取してくるんだけど、この谷に降りるのが大変なんだって。それと、洞窟の中には色々な魔物がいるらしい。
谷までは、馬車で4時間位掛かるらしいんだけど、勿論、乗合馬車なんかないから、チャーターしなければいけない。それじゃあ依頼料が殆ど無くなってしまうみたいなの。だから、この依頼、だーれも受けたがらずに長期未達成依頼つまり指定ランクがない依頼になっていたの。報酬は、『紫夜茸』5個で金貨1枚、後は1個増える毎に銀貨1枚で買い取ってくれるという、とても魅力的な依頼だ。でも成功条件がその日に採集したものの納品とあり、ギルドの受付期間を考慮すると午後4時にはギルドに帰還しなければならない。1泊野営して翌日午前中に採集すればなんとか間に合うが、それではチャーターした馬車代で足が出てしまう。
私は、秘密兵器を準備して来た。長さ5mくらいのロープだ。端から1m毎の3箇所にリングを付けている。ベルさん達に、そのリングを握ってもらう。さあ、出発だ。メイド魔法『空間浮遊』で3人を1m位まで浮かせて、ロープを引き始める。最初は、ゆっくり引いていたが、街道から外れて森へ向かう草原に入ってからは全速力で走り始める。馬車は、草原のような不整地では時速10〜15キロ程度で走るが、私は時速30キロ以上で走る事が出来る。時速20キロ以下なら1日中でも走れるが、全速力でも2時間程度は走れる。
2時間ちょっとで谷の縁の林の前に着いた。皆で林の中に入っていく。崖の上から谷底を覗くと、30m以上の深さがあるが、ベルさん達にはロープに捕まって貰って、私からフワリと谷底に向けて飛び降りる。勿論、メイド魔法『空間浮遊』を使って、自分とベルさん達を浮かしているから落下速度をコントロール出来ている。谷底には、幅の狭い渓流がウネウネと流れており、洞窟なんかどこにも無かった。
「ねえ、ベルさん、この付近で間違いないの?洞窟なんか何処にも見えないけど。」
「昨日、受付に聞いた通りの場所から降りたんだけど。」
目印は、林の中にニョキッと生えている鉄の棒だった。普通の冒険者が、命綱を結びつけるために地面に打ち込んだもので、地上部だけで1m以上あり、見間違える訳が無いのだ。ベルさん達に待機して貰って、川下の方に向かって走り始めた。岩がゴロゴロしていて走り難いが、それでもなんとか2キロ位先まで行ってみたが洞窟なんかなかった。仕方がないので、ベルさん達のところまで戻ってみると、ベルさん達が対岸の方を見ている。対岸も崖になっているが、中腹がエニシダなどが生えているブッシュになっている。ベルさんが、そのブッシュを指差し、
「あそこから、大きな蝙蝠が飛び出して来たの。きっと洞穴があるわ。」
ここからでは魔物の気配は窺えない。取り敢えず向こう岸に渡ってみよう。またベルさん達を浮遊させて、ロープの恥を持って、川の中の岩などの足場をジャンプしながら渡っていく。向こう岸に渡ってブッシュを見上げてみると、高さは15mくらいかしら。足掛かりになりそうな物は何もない。私だけ『空間浮遊』で浮かび上がり、ブッシュをかき分けて洞窟の中に入り込んでみる。洞窟の天井は、意外に高く私の頭より20センチ位上であった。何かが飛んできた。あ、蝙蝠だ。これくらいの明るさなら、夜目の効く私なら飛来程度なら避けるのも簡単だ。蝙蝠は、そのまま出て行った。
私は、右手を翳して手を捻った。ちょっと先に明るい『灯火』が点灯した。先輩メイドに教わったんだけど、何故、手を捻るのか分からないが、何かのスイッチを捻るイメージみたい。突然明るくなった洞窟内で、驚いた蝙蝠の群れが一斉に洞窟の外に飛び出して行った。流石に気持ち悪かったので、聖なるシールドを張って防御する。一体何匹いるんだろう。暫くじっとしていたら漸くいなくなったので、洞窟出口から下に向けて声を掛ける。
「もう大丈夫ですよー。」
「そんな事を言って、どうやって上がるのよ。」
あ、そうか。降りて行ってから、一緒に登っても良かったけど、ここからメイド魔法『空間浮遊』が出来るか試してみる事にした。手を向けて、皆が浮き上がるイメージを思い浮かべる。心の中で『浮かべ、浮かべ。』と唱え続ける。ベルさん達がフワリと浮かび上がった。そのまま洞窟の入り口の高さまで浮かび上がったところで、一人づつ手を引っ張って、洞窟の中に入れ込んだ。
さあ、中に入ろう。『灯火』で十分に明るいんだけど、先に進んでオエーッとなってしまった。物凄い量の蝙蝠のフンが、床に分厚く重なっている。流石に、この上を歩く気はしないので、またまたロープを出して『空間浮遊』でフンの絨毯をフワフワ飛び越えてゆく。勿論私も浮かんでいる。
その先は、普通の洞窟のようだが下り坂になっており、天井から雫がポタリポタリと垂れて床が濡れていて滑りやすくなっている。
「キャッ!」
一番後ろのベティちゃんが尻餅をついている。あ、こりゃダメかなと思った時、奥から魔物の気配が接近してくる。『灯火』をもう一個浮かべて向こう側に投げ込んだ。あれ、なんだろう。真っ赤な目が3っつ横に並んでいる大型蛙『スリーポイントフロッグ』だ。レベルは『D』ランク相当のはずだ。
これなら、ベルさん達でも討伐出来るはずだ。私は一番後衛に下がって、ベルさん達が陣形を整える。私が、『虹の魔弓』で通常矢を2本同時に放つ。カエルの左右の目に命中する。でも、カエルは構わずピョンピョン接近してくる。こいつ、超鈍い奴だ。射たれても痛みが後からくるタイプね。
前衛のベアさんが盾を構える。盾の下端は、鋭く尖っていて、地面に突き刺してある程度の衝撃にも後退しないようにしているのだが、カエルの例の攻撃には無力だった。そう、あの『ベタベタ舌』をビローンと伸ばしてくる攻撃だ。粘液たっぷりの攻撃で、ベアさん、流石に下がってしまう。あ、ベルさんがショートソードで伸びて来た舌をちょん切ろうと前進したら、もう舌を引っ込めて次の攻撃に入ろうとしている。
「ベルさん、逃げて。」
ベティさんが叫んだ時にはもう遅かった。ベルさんもベチョベチョ攻撃を喰らってしまった。流石に、ベルさんの身体を引き込んで口に入れるほどの大きさはないが、ベルさん、完全に攻撃の機会を失っている。
ベティさん、杖を抱えてこちらに逃げて来た。あのう、ベティさん、攻撃できなくても何か支援しようよ。え、ベアさんとベルさんも私の後ろに隠れてしまった。もう、矢を1本つがえて、『雷』と呟いてから矢を放つ。見た感じ雷光が走っていくみたい。カエルの最後に残った目に突き刺さって、カエルが超感電している。その場で固まっている。
「今です。」
私の掛け声にベルさんとベアさんが攻撃を始めた。あのう、ベティさん。誰も怪我していないのに『ヒール』いらないと思うんですが。ヒールをかけられ、身体が白く光りながらカエルに攻撃を加え続けて、あっという間にカエルを殲滅してしまった。
ベルさん達は、冒険者ランクが上がっていたけど、『なんちゃってランクアップ』だったみたい。そう言えば、ベルさん達の攻撃シーン、今日初めて見た気がする。今まで、私が攻撃担当で、ベルさん達は、後方で見学だったものね。
カエルの魔石を回収してから、もっと奥に進んでいく。えーと、なんかいる気がする。ピチャピチャと言う音が聞こえて来た。ベティさんが『ライティング』と詠唱した途端、全員の動きが止まった。目の前のいるのはヌルヌルのベトベトのビヨーンのナメクジだった。しかも体長3mはある上に、厚さもそれなりだ。ツノをグニョグニョと振り回しながら何かにへばりついている。見たくはなかったが、ナメクジが捕食していたのは、カエルの魔物の胴体だった。もう、いろいろと齧られて、内臓がグチャグチャとはみ出している。見ているだけで、吐き気がしてくる。あ、ベラさん、ダッシュでどこか見えない陰に走って行った。リバースの音を微かに聞きながら、私は『虹の魔弓』を構える。矢を5本構える。爆砕しても良いけど、私達まで被害が及ぶ恐れもあるし、この洞窟が爆発の衝撃に耐えられるかどうか分からない。私は、『凍結』と呟いてから矢を同時に放った。
ドカン、ドカン、ドカン、ドカン、ドカン、!!!!!
かなりの衝撃で矢が刺さって行ったが、一瞬で矢が刺さった場所を中心に氷が広がっていく。ナメクジだったものは大きな氷の塊となってしまった。ついでに、齧られていたカエルの死体も氷で覆われ、気持ちの悪い物が見えなくなっている。良かった。
魔石を取る気もなくなってしまったので、ナメクジの氷を迂回して奥に進んでいく。最奥部に行くまでに、カエルが4匹出てきたが、ベルさん達もだんだん慣れて来たのか、攻撃の威力が上がってきている。もしかするとステータスも上昇しているのかも知れない。洞窟の奥には、地底湖が広がっていた。底には光る鉱石でもあるのだろうか湖面が青白く光っている。
「何かいる。」
ベアさんが、小さな声で教えてくれた。ベティさんの『ライティング』で、明るくしてみると、ウジャウジャと何かが泳いでいた。頭が丸くて、左右に平らな尻尾が1本、スーッと伸びている。オタマジャクシだ。しかし、デカい。そのデカいのが、無数にいるのだ。こんなに多くのオタマジャクシが、何を食べているのか不思議だったが、固定を見ていて気が付いた。オタマジャクシが何かを食べている。あれ、見たことがあるな。あ、あれは例のナメクジだ。え、あのナメクジ、どこから来たの。恐る恐る天井を見ると、びっしりとナメクジが覆いつくしている。時々、ボチャンと音を立てて水面に落ちていく。あの、オタマジャクシを食べようと落下しているのだが、落ちると同時に逆に襲われている。それでも、何匹かはオタマジャクシの捕獲に成功しているみたいで、オタマジャクシをくるんで捕食している。この洞窟では、ナメクジとオタマジャクシが共存関係にあるようだ。お互いに餌として、捕食者として。
地底湖の奥に、細くなった洞窟があり、中から紫色の光が漏れている。私は、メイド魔法『空間転移』で、地底湖の向こう側、紫色に光っている細い洞窟の前に転移した。皆も、恐る恐る空間の揺らぎを跨いで、こちら側に転移してきた。どうやらうまくいった。もし、『空間浮遊』で移動していて、天井からナメクジに襲われたら、完全にアウトだったと思うとゾッとするわ。
紫の洞窟には、『紫夜茸』が群生していた。でも、あまり大量に採取すると資源枯渇と値崩れが心配なので、200本位にしておいたの。1本銀貨1枚で引き取ってもらえるので、これだけで金貨20枚よ。もう、なんか今までの苦労なんか忘れてしまったようにみんなニコニコしている。良かったね。
蝙蝠の糞にカエルのベタベタ、とても気持ちの悪い攻撃でした。