第2部第251話 竜に乗ってその4
(4月22日です。)
今日の夕方、ギルドを通じてお願いしていた物件が見つかったとの連絡があった。場所は、第7区に近い貴族街の中で、庭が広いお屋敷だそうだ。一般居住区に通じる第7貴族街門の傍なので、通学にも便利だし孤児院にも連絡が取りやすい。一応、私は孤児院に在籍して特例で単身居住しているので、定期的な連絡と孤児院のチェックが必要みたい。
早速物件を見に行ってみる。以前、男爵家で使用していたらしいが、男爵は前領主の直属部下と言う事で、王都に逃げて行ったそうだ。見た目は立派で、門構えもしっかりしているが、中に入ると、建材は安い松や杉を使っていて、調度品も安物に高級な木材を薄く切って貼り合わせたいわゆる何ちゃって高級家具だ。しかし玄関を入ってすぐの広い大広間と大きなキッチン、お風呂が気に入ったし、各居室にシャワーがあるのも高評価ポイントだった。お値段は、現状渡しで3000デリス、王国金貨300枚だ。今、この都市は追放された貴族達の持ち家が叩き売りされているのだ。言い値で買ってもいいが、少し値切ろうと思い、建材の安さと調度品の合板を示して2000なら即金ですぐ買うと言ったら、直ぐに値下げしてくれた。あれ、もうちょっと安くなったの?もしかして?
でも金貨200枚はそれほど負担になる金額でもないし、現金で持っていたので、空間収納から取り出して直ぐに渡したら、目を白黒していた。すみません、金貨200枚程度1回の冒険で稼げるんですが。あ、そうだ。鍛冶屋さんに頼んでいた黄金のショートソード、最低売却価格が金貨200枚だったけど幾らで売れたかな?
その日の夜、ドビちゃん達とネネちゃん達が引っ越しのお手伝いに来たんだけど、運ぶ荷物が無いんで、中庭にいるキラちゃんを見に来たみたい。キラちゃんも小さな子が好きみたいです。尻尾を振ったり翼を動かして遊んでいた。ミミちゃんが、
「ねえ、キラちゃん、夜もお庭なの?可哀想。」
て言い始めたの。でも、キラちゃん、その言葉を聞いて、何で期待に目を輝かせているの。絶対人間の言葉分かっているでしょ。
「そうだよ。ねえ、そもそも、どうやってキラちゃんを連れてきたの?」
「空間収納に入れて連れてきた。」
「それなら、今も空間収納に入れて、大広間で出してあげれば良いじゃない。」
うーん、分かっているけど、もう一度うまく出来るか、ちょっと怖くて出来ないでいたんだ。でも、確かに一晩中誰もいないお庭にいるのは可哀想だね。雨降った時も困るし。あ、そうだ。あの実験をしてみよう。まず、中庭に空間収納の入り口を作ってと。ちょっと大きめね。ネネさんとドビちゃんに絶対に触らないでってお願いをして、急いで家の大広間に行って空間収納の出口を作ったの。これで準備完了。お庭に戻って、キラちゃんに手を触れながら、メイド魔法『空間転移』と念じながら、キラちゃんを空間が揺らいでいる空間収納の入り口に押し込んだの。いつもの収納とは違う感覚を感じながら、急いで大広間に行ったら、キラちゃんがキョトンと床に座っていた。私は、キラちゃんの首を抱きながら、『良かったね。キラちゃん、ごめんね。』と謝った。だって絶対に成功するかどうか分からないのに実験動物にしたんだもの。ネネさん達も、走って大広間に来て喜んでくれた。
さあ、晩御飯にしようか。近くの食料品店で買ってきた黒っぽい蕎麦粉の乾燥麺を茹でて、お醤油ベースの出し汁につけて食べるんだけど、簡単な割に美味しいの。麺が足りなくなっちゃって追加で茹でたんだけど、簡単、うまいの代名詞ね。あと、カボチャやナスを、溶いた小麦粉に絡めて油で揚げたんだけど、お蕎麦にとっても合って美味しかったわね。食事をしてから帰ることになったんだけど、ミミちゃんが帰りたがらなくって困ってしまったわ。
みんなが帰ってから、お風呂に入って、さあ寝ましょうと思ったんだけど、キラちゃんがポツンと大広間で丸くなっているのをみて、なんか一緒に寝ることにしたの。マットと毛布を寝室から運んできて、隣で寝たんだけど、キラちゃん、チラッと私をみて安心したように眠り始めたの。私も、今日は疲れたの。さあ、寝ましょう。
ここはどこだろう。白い世界。空も地面も白い。お日様が見えないのに寒くない。ここって夢の世界?あれ、あの女の子は誰?変な格好。。真っ白なシーツを被って、顔だけ出しているみたい。その女の子、髪の毛も白いのよ。あれ、こっちを見た。
『マロニー』
あ、この声、えーと昨日、頭の中で聞こえた声だ。貴方誰?
『ボク、キラチャン。』
えー、自分のこと『ちゃん』って付けるのおかしいよ。
『アリガト』
あ、やっぱりキラちゃんだったんだ。いえ、どういたしまして。それっきり女の子は黙ってしまった。でも、キラちゃんって女の子だったのね。そう思っていたら私の意識が遠のいていって、眠ってしまった。
朝、4時半に起きて、キラちゃんを裏庭に出す準備をする。こちら側に入り口を作って、庭に出口を作るイメージを思い描く。うん、きちんと出来た感じがする。裏庭に回ってみると、何もないところに空間の揺らぎがあった。よし出来ている。
大広間に戻って、キラちゃんを入り口から向こう側へ歩いて行って貰う。今回は、手を添えないで行ってもらった。裏庭を確認すると、キラちゃんが裏庭で空を見上げている。さあ、いよいよ私の番だ。大広間の空間の揺らぎの中に一歩踏み出した。あ、踏み出した先は、もう裏庭だった。私のイメージでは、今まで色々収納している部屋の向こうの扉を出るというものだったが、違うようだ。単に大広間の入り口と裏庭の出口が1枚の扉のように繋がっているだけだった。部屋の扉が、外から見れば入り口だが中から見れば出口になるという感覚だ。と言うことは、この揺らぎの扉から大広間にも行けるはずだ。何の躊躇いもなく一歩踏み出して大広間に戻った。うん、思った通り双方向の出入り口だった。
面白くなったので、2階の全ての部屋と裏庭を行き来して遊んでいた。あ、稽古の時間が無くなっちゃった。しょうがないので、稽古は諦めて朝食にする。トウモロコシの粉を練って揚げたものと乾燥ベリーやレーズンを一緒に混ぜて蜂蜜とミルクで混ぜたものを食べて、食器を洗ってと。あ、キラちゃんにはイノシシの切り身を、1キロ位ね。週に一度、イノシシかシカを1頭分食べたら、十分みたいだけど、私だけ朝食を食べていて悪いもんね。
「ねえ、キラちゃん、私、学校行ってくるけど、一人でお留守番できる?」
うんうん、頷いている。
「じゃあさ。トイレ我慢できる?」
これにも、同じく頷いている。
「後ねえ、悪い人が来ても、食べちゃあダメよ。」
これには、首を傾げている。あ、食べちゃうんだ!
扉に鍵をかけて、学校に向かったんだけど、孤児院によってネネさん達と一緒に登校する。もうキラちゃんのお話で盛り上がっちゃった。学校に着いたら、学年の先生から、『今日の放課後、4年生課程の履修確認試験を行います。』って言われたの。あれ、ドビちゃん、泣きそうになっているの。うん、でも私、5月で11歳だし、それは仕方が無いみたいよ。それに10月には、高検も受けるし。それに学年が変わるって言っても、廊下の向こう側に行くだけだし。だけど男子達が喜んでいるのには納得いかない気がするんだけど。
今日の授業に体育があったの。みんなは、上着を脱いだだけの格好で授業を受けるんだけど、メイド服ってそう言う作りになっていないので、冒険者服上下に着替えておいたわ。授業は、体力測定だったんだけど、まずは、駆け足ね。校庭にひかれた白線の間を走るんだけど、たった100mですって。走ると言うかジャンプの距離だけど、魔法と思われても癪に触るので、一番早い子の後ろについて行って、ゴール直前で抜いてあげたの。それでも、みんなが狡いって言っていたけど、何が狡いのか分からないわ。後でドビちゃんに聞いたら、私がゴール寸前に魔法を使ったって言うのよ。ゼーったい無いから。と言うか、そんな魔法知らないから。ボール投げは、私だけ30m先のカゴにボールを5個入れるの。他の子は思いっきり投げてるのに、私だけ差別されてるみたい。
あと、垂直ジャンプ。私、思いっきりジャンプしようと思ったら、板の下の線まで飛んだら合格だって言われたの。体力測定って、合格基準なんかあるの?皆は、40センチ飛んだとかよろこんでるのに!
あと反復横跳び。みんなは1分間に何回横飛びしたかを数えてるのよ。でも私は、60回をきっちり30秒で飛びなさいと言う何のゲームか分からない測定をさせられたの。
体力測定結果を見て分かったんだけど、元アンデッドの人間達は、身体が小さくなってしまって、絶対的体力では魔人族に全く敵わない。でもゴブリン族とはどっこいどっこいかな。この体力差が、将来の社会構成にどう影響するのかが心配だけど、人間族には圧倒的なアドバンテージがあるの。それは魔法が使えると言うところ。ほとんどの魔人族は生活魔法程度しか使えず、体格の大きさと魔力が反比例しているみたいなの。これって、人間界でも同じ傾向があるって聞いたわ。神様はうまく作っているわね。
放課後、いよいよ5年生進級認定試験だ。最初は算数だった。直方体と立方体の展開図や、小数点と整数の計算など、パッと見て正解が分かってしまう問題だった。国語は、全く悩むこともなかった。理科に至っては、馬鹿にしているのと思うようなレベルだった。社会科も地図の見方とか、働く人達の種類という問題でお終いだった。満点とは思うけど、もう一度解答を見直してイージーミスがないようにしたの。
結果はその日のうちに発表されて、私は明日から5年A組になったんだけど、孤児院の子が一人もいないクラスだった。まあ、いいけど。帰りに孤児院に寄り、院長のキエフ先生に今日の報告をすることになっているのだ。
「マロニーちゃん、今日は何を食べるの?」
「今日は、カレーを作ってカレーとご飯のカレーライスのするつもりです。」
「お風呂はちゃんと入ってるの。」
「はい、使用人用の小さいお風呂がありますので、毎日入ります。」
「そう、マロニーちゃんは、立派ね。今度お屋敷に様子を見に行くわね。」
「はい、お待ちしております。」
これで報告は終わりだ。ミミちゃん達とちょっと遊んでからお屋敷に帰るの。通りに面した門を開けただけで、中からキラちゃんの甘えた鳴き声が聞こえてきた。大広間で、ちょこんと座っているキラちゃんの頭を撫で撫でしてから、一緒に裏門に出たの。キラちゃんのトイレのためなんだけど、お外に出るのが気持ちいい季節だし、キラちゃん、芝生に身体を擦り付けながらゴロゴロ回っている。暫くしたら、満足したみたいでで、裏庭の隅に行っておトイレをしていた。キラちゃんは男の子みたいで足を上げてオシッコをしていたけど、あまり意味はないみたい。最後に私がメイド魔法『クリーン』をかけておくの。匂いがしたら嫌だもんね。
キラちゃんと一緒に家の中に入ると、直ぐにカレー作りを始めたんだけど、大きなイノシシの肉から100グラムほどを細切れにして、残りはキラちゃんのおやつね。今度、休みの前の日に、一緒にイノシシを狩りに行こうね。
いつものように、キラちゃんの隣にマットを敷いて寝たんだけど、何の気無しにキラちゃんに『聖なる力』をかけてあげたの。その方が、キラちゃん安心して熟睡するんじゃ無いかなと思ったの。キラちゃん、気持ちよさそうに目を閉じてる。やっぱり気持ちいいんだ。うん、毎日かけてあげるね。