第2部第245話 冒険者ギルドその15
(4月15日です。)
今日、ベネッサさん親子が、市内の一軒家に引っ越していった。新居は、冒険者ギルドと魔人街のちょうど真ん中あたりで、閑静な住宅街の一角だった。ベネッサさんのお母さんもこれから、仕事を探すそうだが、まだまだ若いんだし、いくらでも働く場所があるはずだ。それにもともと学歴も高いし、官公庁も人手不足で中途採用を繰り返し行っているようだ。
冒険者ギルドに顔を出したら、行政庁への出頭要請が来ていると言われた。へ?行政庁ですか。何だろう。お金をとられるのは嫌だなあ。
本当は、ギルドのレストランで美味しいスイーツでも食べようと思ってきたんだけど、どうしようかな。ま、先にスイーツを食べてからにしようっと。注文したのは、やはり今の時期の旬、イチゴのパフェです。たっぷりのバニラアイスの中に、細切れのイチゴを散らばし、アイスの上にイチゴを敷き詰め、その上から真っ白な生クリームをクルクルっと乗せて、さらにイチゴを5個、5個だから、5個乗せているの。まず、一番上のイチゴをつまんで食べて、生クリームを一口、それから、生クリームを絡めたイチゴを食べて・・・・・。
さあ、それでは行政庁に行こうかな。あ、その前に私の正装、つまりメイド服に着替えなくっちゃ。行政庁は、ホテルから1ブロック離れたところにある大きな庁舎で、市民の出生、死亡、転居などの住民課と納税、還付、あと各地主への年貢負荷等の徴税課、あとは道路や鉄道を建設する建設課とか医療院や孤児院を管理する厚生課などがあるの。とても全部なんか覚えきれないけど、今日、私が呼ばれているのは教育課という部署なの。何の部署か分からないけど、とりあえず行ってみる。教育課の入り口には受付があって、そこの女性に用件を言うみたい。
「あのう、すみません。」
「いらっしゃいませ。ゴロタ帝国ティタン大魔王領行政庁教育課にどのようなご用件でしょうか?」
なんか、冒険者ギルドの受付みたい。私は、行政庁からの書簡を渡して、
「私は、マロニーと申します。本日、こちらに来るようにと言われましたので。」
その女性、チラッと書類を見て、それから来訪者スケジュール表と照らし合わせて、
「マロニー様ですね。伺っております。小学校係は、この通路をまっすぐ行った4番目の扉ですので、どうぞそちらへおいで下さい。」
え、今、小学校係って言わなかった。ちょっと、また小学校ですか。でも、言われたとおりに小学校係を訪ねることにした。小学校係に入ると、かなり年配の女性が対応してくれて、相談室という小さな部屋に案内された。用件は、予想されたとおりのものだ。
「マロニーさん、あなたの年齢は10歳とお聞きしましたが、間違いありませんか。」
「はい、間違いありません。」
「それで保護者がいらっしゃらないとも、お聞きしたのですが、それも間違いありませんね。」
「はい、両親はこの世界にはおりません。」
「ということは、あなたは孤児と言うことになりますが、宜しいのですね?」
「はあ、そうなるかもしれません。」
「今、現在、冒険者として活動され、ホテルに一人でお住まいとお聞きしましたが。」
「はい、その通りです。」
私の声が小さくなるにつれ、この女性の声が大きくなってきたような気がする。
「神聖ゴロタ帝国憲法に、『すべての国民は、教育を受ける義務と権利がある』と規定されており、12歳以下の子は、等しく初等教育を受けなければなりません。また、児童の保護者若しくは保護すべき者が正当な理由なく児童に教育を受けさせない場合には、処罰されることになっています。ご存じでしたか。」
知らないと言いたいが、冥界図書館の『近代憲法及び法律体系一覧』の教育の部で読んだ記憶があります。人間界では、どこにでもある法律なんでしょうね。
「ということで、マロニーさん、これからシェルナブール第7孤児院に入っていただき、市立第7小学校の5年生として転入していただきますが、宜しいですか?」
「え、それは困ります。パーティの仲間もいますし、それに冒険者にもならなくてはいけないのに。」
「だいたいね、10歳の女の子が働くなんて許されないんですよ。ゴロタ帝国児童福祉教育基本法には、児童は12歳になるまで労働させてはならないと規定されています。あなた、その規定に違反していますよ。」
あのう、働かされているんではなく、働いているんですが。でも、その規定って、例外規定があったはずよね。
「えーと、その規定には例外規定が幾つかあったはずですが。」
「オ、オホン!良く知っているわね。ええ、確かにあります。でも、本当に限定的な例外ですよ。」
係官の女性は分厚い法律書を出してきて、当該条文を探してくれた。例外規定を呼んでみると、
・芸能活動等少年少女にしか対応が取れない業務で監督官庁が認定した業務
・早朝の配達など、少年の健全育成を害しない範囲での2時間以内の業務
・創作活動等才能を生かし、少年が自発的に行う活動で、学業に影響を及ぼさないと監督官庁または委員会が認めたもの
・学業優秀で、小学過程の履修が終了しており、かつ少年の健全育成に資する活動と監督官庁または委員会が認めたもの
・その他中学卒業以上の学力を有し、飛び級で高校課程以上に進級したもの
「あなたは、これのどれにも該当しないと思うのですが。」
えーと、パッと見には、すべて該当しないし、該当しても、冒険者活動を続けるのは困難かも知れない。冒険者活動が少年の健全育成に資する活動とは思えないからだ。血まみれの魔石を取り出したり、皮をはぐなんて野蛮な行為、絶対に子供はやらないから。でも、それじゃあ、私、孤児院から小学校に通わなければならない。これから2年も。うーん、どうしよう。あれ、最後の項目って、活動の種別には言及していないみたい。え、どういう事。
「あのう、最後の条項なんですが、高校に入学すれば、冒険者活動をしても良いのですか?」
「え、最後?ああ、第5項ね。でも、この項目で学業免除なった子は今まで一人もいませんよ。まあ、特別に頭が良ければ別ですけど。」
ええ、私が普通の10歳児だったら、無理でしょうけど、ほんとは80歳だし。高校って言った事無いけど、どこにあるのかしら。そのことについて聞いたら、この世界には、キチンとした高校はティタン王国にあるだけだそうだ。ここシェルブール市では、貴族専門の高等学院があったが、ほとんどの貴族が居なくなってしまったので、廃坑になってしまったそうだ。あ、そう言えば、ブレナガン市にも高等学院という小学校から高校までの学校があって、私はそこの小学校に通っていたっけ。それ以外では、ゴロタ帝国の帝都か大きな都市にあると教えて貰った。せっかく来たのに、また、ティタン王国に戻るのも癪だわ。あ、そう言えばエーデル女王陛下が猫ちゃん達をオークションにかけるときに、帝都の冒険者ギルドに持っていくように女の子に言っていたわね。あれってメイド魔法の『空間転移』かしら。メイドたるもの、ご主人様によばれたら、どこにいてもご主人様の部屋の前に移動して、静かにドアをノックするの。それが嗜みなのよ。そう言われたんだけど、意地の悪い先輩がそんな高等魔法を教えてくれるわけないじゃない。自分達だけ転移して、私なんかスカートをたくし上げて全力疾走よ。ドアの前に到着した時なんか、もう息がきつくて、ドアをノックするどころじゃなかったじゃない。でも、あれが出来れば、すぐに帝都に行けるんじゃないかな。でも、今は、全くできる気がしないんですけど。
「わかりました。とりあえず市立第7孤児院へ行ってみます。それから、第7小学校への転入手続きを取ると言う事でよろしいですね。」
「はい、もう話は通しております。これが入院許可状、これが小学校への転入許可証です。必要事項はご自分でお書き下さい。」
「イーゼルさん、ありがとうございます。」
その女性は、大きな名札を胸に付けていたので、すぐに名前が分かったのだ。そういうところも、ここの行政庁って他よりもずっとまともよね。私は孤児院に行く前に、ホテルによって、ベルさん達に『当分、孤児院からギルドに行くので、ギルドで落ち合いましょう。』と言っておいた。ベルさん達は吃驚していたが、この国の法律には逆らえないので、しょうがない。このホテルには、ベルさんとベアさんの二人だけになってしまった。寂しいよね。
私は、その足で、指定された孤児院に行ってみた。新築の大きな孤児院だった。収容人員は100人とのことだったが、私がイメージしている孤児院とは大分違って明るく、子供達も元気いっぱいに遊んでいる。玄関に立つと、私よりも少しだけ大きい魔人族の女の子が出てきた。
「あなたがマロニー?」
「はい、マロニーです。行政庁のイーゼルさんから言われてまいりました。」
「私はネネ。あなた、なんでメイド服なの?」
「ずっとメイドをやっていまして、この服が一番落ち着きますので。」
「ふーん。まあ、いいや。こっちに来て。」
ネネさんに案内されて、奥の院長室に入った。院長室は、そんなに広くないが、落ち着いた雰囲気の部屋だった。『院長』と書かれた札の置いてある机の向こう側に、30代前半のシスターが座っていた。あの件以来、どうも孤児院のシスターにいい印象が持てないのだが、このシスターは優しそうな顔で、いかにも慈母と言う雰囲気の人だった。院長先生は、すぐに立ち上がり、私をソファに案内してくれた。自分もソファに座ったが、驚いたことに、私の隣に座ったのだ。
「マロニーちゃんね。私は、ここの院長のキエフと言うの。よろしくね。これからいろいろ聞くけど、答えたくないことは答えなくっていいのよ。」
「はい、キエフ院長先生、よろしくお願いします。」
「えーとね、まずはご両親の事ね。マロニーちゃん、ご両親は亡くなったの。」
「良く分かりません。物心ついたときには両親はいませんでした。」
ええ、最初からいなかったから嘘ではないわよ。ね。
「それじゃあ、どなたに育てられたの。」
「はい、ご主人様と先輩のメイド達です。」
「そう言えば、マロニーちゃん、メイド服を着ているけど、メイドをやっていたの。」
「はい、生まれた時からずっとメイドとして育てられました。」
「そう、可哀そうに。苦労したのね。」
何か、勘違いしているかも知れないけど、先輩メイド達にいじめられていたことを言うのなら、まあ苦労したかな。
「それで、今、10歳だと言う事だけど、学校は?」
「元の国では行ったことはありません。隣のティタン王国では、小学校に2カ月位通いました。」
「たった、それだけ。それじゃあ文字は誰に習ったの。」
「はい、先輩のメイドさん達からです。」
「ああ、お勉強はお好き?」
「割と好きです。本はよく読みます。」
「ああ、お利口なのね。ここにも本は一杯あるから、たくさん読んでね。それから、来週から学校に行くんだけど、前の学校では、何年生だったの。」
「はい、小学4年生のクラスに通っていました。」
「そう、それでは、とりあえず、4年生に通ってみて、学力を見て、5年生に上がりましょうね。」
「ありがとうございます。」
「あなた、礼儀正しいわね。さすがにメイドさんだっただけあるわ。ネネちゃん、マロニーちゃんを部屋に連れて行ってね。」
「失礼します。」
私は、きちんとカーテシーのご挨拶をしてから、院長室を退室した。ネネちゃんについて行くと、2階に上がって行った。1階は8歳以下の小さい子達で、2階は8歳以上の子達の部屋だと教えて貰った。階段から西側が女子用の居室で、私は218号室だった。ネネちゃんと一緒の部屋で、その他に9歳の子と8歳の子がいるけど、今は自習中だと言われた。自習室は1階にあって、低学年の子達は当番で高学年の子が勉強を教えているとのことだった。
あ、これはいよいよ孤児院生活の始まりかな。何となく嬉しいのはどうしてだろう。
マロニーちゃん、子供達に囲まれて嬉しそうです。




