第2部第242話 冒険者ギルドその12
(4月11日です。)
今日は、私達のパーティの初討伐成功と言う事で、お祝いをすることにしたが、その前に、武道具屋さんに寄ることになった。ベルさんのショートソードを研いでもらうのと同時に、その間に使う代わりのショートソードを買いたいそうだ。参考までに、ベルさんのショートソードを見せて貰ったら、鉄の剣だった。鋼鉄ではない。鉄製だ。ほぼ鋳物だ。これでは、すぐに切れなくなるだろう。それに刃こぼれが酷い。この刃こぼれは、固い物を切っただけではない。刃筋が悪いために、斜めに力が加わったために欠けているのだ。私は、剣の専門家ではないが、それくらいは分かる。一応、メイド魔法【鑑定】をかけてみる。
【フェイクショートソード】
鋳鉄品 ランク外
え、これだけ。しかもランク外って、ランクが付かないなんて。酷すぎる。研ぐのも勿体ないわ。フェイクって何か分からないけど、きっと良いことではないわね。
「ベルさん、この剣、どうされたんですか?」
「ああ、これは、家の壁に飾ってあったのを持って来たの。何でも我が家の家宝だって言っていたよ。」
わかりました。飾るためのものだったんですね。ショートソードでも無かった訳か。
「ベルさん、今日、絶対、ショートソード買いましょうね。」
「あ、ああ。」
魔人街に近い武道具屋さんに行ってみる。鍛冶屋も併設されており、武器に限らずなんでも作られているみたいだが、店頭にジャンク品が無い。良心的なのかも知れない。店の中に入ってみると、包丁や挟み、ナイフなどが並べられている一角に剣のコーナーがあった。壁に掛けられている物も含めて、装飾が少なく、誠実さが感じられるものばかりだった。ショートソードのコーナーに行ってみると、ここの工房で作られた新品のほかに中古のショートソードが陳列されている。ジャンク品とまでは行かないがお買い得品となっているようだ。9本位あったが、その中で気になるもの3本を見せてもらう。勿論、鑑定を掛けさせて貰う。
『ショートソード:
鍛造成型刃 やや痩せている 切れ味良 ランクC
『ショートソード:
鍛造削り出し 肉厚 切れ味 やや良 ランクD』
『ショートソード:
ミスリルハイブリッド(ミスリル30% 鍛造鉄成形70%) 切れ味 不良 ランクB』
最後のショートソードは、ミスリルのハイブリッドだが、ミスリルを覆っている鋼が錆びていて、ミスリルの刃が見えない。鞘や柄はしっかりしているが、刃体の錆が酷く、ぼろいために『切れ味不良』となっているのだろう。これなら、研げば何とかなるだろう。値段は、金貨1枚とかなり安い。
ベルさんは、奥の壁に飾られている新品の剣ばかり気になっているようだ。まあ、見た目綺麗だしね。でも、値札を見ると金額と合っている剣は少ないだろう。
「ベルさん、この剣がいいみたいですよ。」
ベルさん、チラッと見て、
「えーっ!可愛くなーい。」
うん、選ぶ基準がおかしいです。何とか説得して買わせる事に成功した。研ぎ代と調整費を入れて金貨2枚だった。今まで使っていたフェイクショートソードを下取りに出そうとしたら、銀貨1枚を処分費として要求するそうだ。ベルさん、『我が家の家宝が』と泣きそうになっている。
研ぎ上がりは6日後だそうだ。まあ、鋼の部分の錆を落とせば、ミスリル部分が出てくるはずなので、そんなものだろう。店主が私のショートソードを見て、売ってくれないかと言って来た。勿論、断ったが大金貨1枚を出すと言うのだ。すみません。売る気が有りませんので。
それを聞いていたベルさん、俄然、私の剣に興味を持ったみたい。以前から綺麗な剣だなあと思っていたそうだが、そんなに価値が有るとは思わなかったそうだ。
「ねえ、その剣、私にも見せて。」
特に拒否する理由も無いので、剣帯から外して持たせてみたら、『綺麗』とうっとりしている。ベルさん、スラリと抜いてみた。鞘から抜いた剣を見て、店主が『聖剣エスプリ』と呟いた。え?パッと見ただけで分かるなんて、この店主、只者では無いな。
「間違えていたらごめん。お嬢さんは今、王国で話題の『殲滅の聖女』さんかい?」
「あ、はい。以前は。でも今は、冒険者ギルド公式認定のポーターです。」
もう、その二つ名は捨てたから。私の事は放っておいて下さい。ベルさん達は、私の事を知らなかったらしく、ポカンとしていた。さあ、今日は帰りましょ。
その日の夜、初討伐祝いという事で『粉屋』と言う店に行ったんだけど、この店、全て自分で料理するの。肉に魚介類、お野菜などをお皿に盛って席に戻る仕組みなの。それらと小麦粉を水で溶いたものを軽く混ぜてテーブルの鉄板で焼くんだけど、具は好きなものを好きなだけ選べるし、小麦粉も水だけで溶いたものから、だし汁で薄く溶いたものまでお好みで選ぶの。キャベツの千切りを丸く回して刻んでと、全部自分でやるなんて信じられない。でも美味しいからいいけど。でもこの店の選択は失敗ね。だって、皆はお酒をグイグイ飲んでいるけど、私一人で焼いているのよ。それで、ベルさんは、また酔い潰れてるし。ベルさん、酔って『殲滅の聖女万歳』って叫ばないで下さい。
ホテルの部屋に戻って、ブラウスと下着を洗って干していたらベネッサさんが、『袋に入れて出しておけばサービスで洗ってくれるのに。』と教えてくれた。でも、今まで、ずっと自分で洗っていたんだから、他人に洗って貰うのってなんかいや。そう言えば、ベネッサさんは、元レブナントと言う上位種なのに、何故冒険者になったのだろう。いろいろ聞くと、ベネッサさんの家は、元々は男爵家だったそうだ。しかし父親が出世欲が高くて、同僚の子爵家を没落させ、その後任に成り代わろうとして画策したが、相手がその事を知り、決闘により打ち果たされたそうだ。当時のボラード侯爵も加担していたのだが、事実が露見するのを防ぐため男爵家は断絶、財産没収となり、ベネッサさんと母親は、母の実家に身を寄せたそうだ。しかし、そこで下女以下の扱いを受け、ベネッサさんに来た縁談も全て断って、一生タダ働きをさせようとしていたらしい。それでも、レブナントを採用する商店などもなく、23歳まで、ずっと下女のような仕事をしていたそうだ。
昨年、『人間化』と同時期、冒険者ギルドが設立され誰でも能力さえ有れば冒険者になれると聞いたので、冒険者試験を受けたのだ。試験では、治癒魔法の『ヒール』で、何とか合格したが、依頼をこなして稼ぐまでは行かなかった。ほぼ攻撃力のないベネッサさんは、ソロで迷い猫探しや簡単な薬草探しをして何とかやっていたが、目標である母との二人暮らしには程遠かったようだ。ベルさん達とパーティーを組んでも、収入はそれほどアップしなかったようで、今日、初めて稼ぎらしい稼ぎを得たらしいのだ。
本当は、もっと安いホテルに泊まりたいのだが、安全を考えると、この付近のホテルになるらしいのだ。
そんな状況だったので、今日の討伐は、殆どというか全て私がやっつけたのに報酬を辞退することが出来なかったそうだ。そんな事気にしなければ良いのにと思うのは、金銭的に余裕があり、幾らでも討伐できる私だから言えるらしいのだ。
「ベネッサさん、明日からいっぱい稼ぎましょうね。」
涙を浮かべて話をするベネッサさんには、そう言うしか出来ない私だった。
次の日の朝食の時に、これからの活動方針についてリーダーのベルさんに提案した。
・とにかく一番高報酬の依頼を受ける。
・他に、並行して達成できる依頼もチェックしておく。
・時間の許す限り、薬草を採取する。
概ね提案は了解してもらったが、森に入る付近の薬草は、他の低ランク冒険者に残しておく事を確認された。あ、そこん所をしっかり忘れていました。さすがベルさん。お金を稼ぐ事には、全員賛成だった。皆、ベネッサさんの実家の状況を知っていても何もしてあげられなくて悲しい思いをしていたらしいのだ。
そうと決まれば、早めにギルドに向かう事にした。突然、ベルさんが叫んだ。
「アーッ!剣が無い。」
あ、そうか。ベルさんの偽ショートソードは、燃えないゴミに出してしまっていたのだ。しょうがない。空間収納の中を探して『黄金のショートソード』を取り出して貸してあげた。ベルさん、なんか得意そうだけど、その剣、思いだけで硬いものは切れないからね。でも、この剣、誰が持っていたんだっけ?ちっとも思い出せなかった。
冒険者ギルドは結構混んでいたが、『C』ランク依頼ボードの前には、それ程冒険者がいなかった。ベルさんが、ボードをじっと見て悩んでいたが、私がシュパッと1枚の依頼書を剥がしてベルさんに渡した。依頼は、北の森のファングタイガーの討伐で、北の森の西の村からの依頼だ。依頼内容は、ファングタイガー1頭以上の討伐だ。1頭につき金貨2枚、素材は冒険者がゲットできるそうだ。また討伐達成はギルドで確認しても良いとの事が書かれてあった。
北の森関連の依頼に、月光茸3本の採集があった。月光茸は、満月の深夜のみ、青く光るが、その時以外では天狗茸とよく似ているからレアアイテムになってしまったようだ。でも、私のメイド魔法『鑑定』なら、昼間でも判別できるし、成功報酬の他に1個について金貨1枚で買い取ると言う素晴らしい条件も付いている。それじゃあ、依頼を受託しましょう。
ベルさんが、依頼書を受託カウンターに提出すると、私達を見て、
「この依頼は、あなた達には無理です。『C』ランクパーティーでどうにか達成できるレベルですよ。」
ベルさんが、黙り込んでしまう。ハッキリとレベル不足を指摘されたら、何も言えなくなるのは当然だ。ここは私が出るしか無いわ。
「あのう、依頼達成の必要ランクって自分の一つ上までうけられるんですよね。それに、この依頼書には『パーティーに限る。』とは記載されて無いですよね。」
「そうですけど、ギルドでは、冒険者達を無駄に死なせたくないために、依頼調整をしているのです。それが私たちの義務ですから。」
「過去に、ファングタイガーと同等のデビルパンサーをソロで殲滅したとしても無理ですか?」
「そんな馬鹿な!あっ!」
このお姉さん、とってもいい人で、ベルさん達のことを心配している事が分かる。そして今、私が王国でやってきた事の噂に気が付いたみたい。
「そ、それでは私一人では判断し兼ねますので、暫くお待ち下さい。」
お姉さん、依頼書を持って2階に上がって行った。きっとギルド長に聞きに行くのだろう。」
暫く待っていたら、OKが出たようで、私達は受託手数料銀貨3枚を払って、正式に受託する事が出来た。
今回は、野営になるかも知れないので、今日は準備の日になった。道具屋で4人用のテントを一つと2人用のテントを一つ、床に敷くマットもそれぞれに買っておく。
「ねえ、どうして2つ買うの?」
「森の中で、狭ければ2人用を2つ、広ければ4人用を1つ設置するためです。2人用は、1つ持ってますので。」
「じゃあ2人用1つでいいじゃ無い。」
「いえ、私が4人一緒に寝たいからです。」
勿論、テントの購入費は私が出した。後、必要になりそうなキャンプセットを買い足し、それから、皆でキャピキャピ言いながらテントを組み立てて空間収納にしまって、出発の準備は整った。
フェイクソードってそっくりさんですかね。




