第2部第235話 冒険者ギルドその5
(3月28日です。)
ここは、神聖ゴロタ帝国ティタン大魔王国領シェルナブール市にある領主館の執務室。ゴロタと猫人の男イチローが会話をしている。すぐそばには赤い吊りスカートに白色ブラウスの少女イフちゃんもいた。
「それで、マロニーちゃんは、王国北部の殆どの街のアンデッドを人間化しちゃったの。」
「はい、それも凄まじい勢いで。会場の関係で、1回に50人程度しかできないんですが、10時間や12時間ぶっ続けに『人間化』をしておりました。さらに、病気や怪我をしている者達の治癒までついでにやると言う非常識さで。」
「あ奴の魔力量は、計り知れないのう。ゴロタよ。もしかするとお主よりもあるかも知れないぞ。」
「それでイチローさん、マロニーちゃんの出自は分かったの?」
「それが、調査の結果、ハンス村の北東にある廃村、これは、例のスタンピードで滅亡してしまったのですが、その村に忽然と現れたそうです。その時は、粗末な男子用の衣服しか着ていなかったそうです。」
「と言うことは、旅行で着ていたわけではなさそうか。『転移』してきたのかな?でも、それ以降、『転移』したと言う話は聞いていないし。あと、反乱軍3000名を殲滅したって聞いたんだけど。」
「はい、その現場を見た物から聞いたのですが、空高く飛び、炎の矢をアジトの山に打ち込んで、山の形が変わってしまったそうです。その後、調査に行った部隊は、生存者ゼロどころか骨も武器も何も残っていなかったそうです。」
「その前に何かやっているよね。」
「はい、ある村が反乱軍の徴集部隊に襲われ火を付けられましたが、弓矢で賊を撃退するとともに、800戸ほどの家屋の火災を消し止めました。それだけではなく、火災で死亡した村人達のうち、外傷の無い者200名程を一度に蘇生させたと聞いております。」
「凄まじいな。イフちゃん、どう思う。」
「うむ、通常の人間など絶対に不可能じゃな。ノエルとフランそれにビラ。全員の力を合わせても不可能じゃろう。ゴロタよ。おぬしでも、同様のことが出来るかどうか分からん。しかし、問題は、儂が会った時にもなんという事のない女子だったと言う事じゃ。能力も魔力も感じられない単なる人間の女子に過ぎないのじゃ。儂には理解できん。」
「まあ、悪い子じゃないようだし。もう少し様子を見るか。イチローさん、大変だけどもうちょっと監視しておいてね。」
「御意。」
イチローさんとイフちゃんは、同時に執務室から消えてしまった。
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(3月31日です。)
今日、ようやくベンド辺境伯領の領都ハイ・ベンド市に到着した。まあ、乗合馬車の旅と言うより、警護の旅と言う方が近かったけど。でも、それなりに楽しかったのは、ゲーム感覚で族達を遠距離射撃できたからかな。近づいてくる敵や物陰に隠れている敵を500m位遠くから狙って命中させるのって、結構面白い。なんと言っても、賊の姿が良く見えないというのが、罪悪感を払拭してくれるの。やっはり、近くで首から上が無くなってしまうのって、見ててグロいから。
ハイ・ベンド市は、何か今までの都市と違って活気にあふれている。魔人族やゴブリン族も礼儀正しいし、それに健康そう。今、辺境伯はゴロタ帝国に表敬訪問に行っているらしいの。聞いたところによると、王都に行くよりも、隣国の領都に行くことの方が圧倒的に多いらしいわ。ここって、確かにティタン大魔王国の領地よね。東門から入ったのが夕方近かったので、きょうは、このままホテルを探してお泊りね。あ、そう言えば馬車会社から金貨1枚の謝礼金を貰ったの。ラッキー!
ホテルは、結構大きめで豪華そうなホテルだったけど、私を子供と見て馬鹿にするようなことはなかったわ。でも、身分証明書の提示はしっかり要求されていたの。勿論、ブレナガン伯爵発行の特別旅行許可証を見せてあげたんだけど、その時、受付の男の人の目がキラリンと光ったのだけは印象に残っていたの。
夕食は、私の正装であるメイド服に着替えてから、ホテル3階のグリルで摂ったんだけど、このグリルはホテル宿泊者専用で、1階のレストランとはグレードが違うみたい。ふかふかの絨毯が敷き詰められ、紫檀の高級そうなテーブルに椅子、カトラリーセットも彫込みの入った高級そうな銀製だった。ボーイさんもメイドさんも洗練された動きで、スキルの高さが分かるわ。今日のディナーコースを注文したんだけど、さすがに満足できるものだった。特にエビ料理とスイーツは絶品ね。このエビ料理、レシピを教えて貰えないかしら。勿論、ワインは未成年だから飲まなかったけど、メロンジュースも濃厚で、ミルクを混ぜて飲むと甘さが引き立つの。今度、作ってみようっと。
食後のお茶を楽しんでいると、後ろから近付いてきた男性が声をかけてきた。
「マロニー嬢とお見受けいたしましたが、少し宜しいですか。」
振り返ると、貴族服を着た10代前半の男性が立っていた。軽くうなずいてから、前の空いている席に座るようにお願いする。私は、座ったまま、それがレディファーストの礼儀だもの。
「お初にお目にかかります。私は、この地の領主ベンド辺境伯の継嗣、ビル・フォン・ベンド、以後ビルとお呼びください。聖女様にはご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。」
「その辺境伯閣下のご子息であらせられるビル様が、私に何用でしょうか?」
「実は、王都のキロロ宰相から書状が来ており、聖女様が来たら、重大な話があるので、是非、王都にお戻りを願いたいとのことでした。」
「お断りしたら、どうしますか?」
「どうもしません。その旨を王都に返答するだけです。しかし、理由をお聞かせ願いたいのですが。」
「理由は申しませんが、ただキロロ宰相のお考えには賛同いたしかねるとだけ申し上げてください。」
「ティタン大魔王国の女王になるお話でもですか?」
え?この人何を言っているのですか?私が何になるですって。冗談も休み休み、言え、ずっと休んでいてください。この私が、もとメイドの10歳の幼女の得体の知れない人間が女王ですって。あるわけないじゃない。
「何を仰るのですか?平民の私が、女王になるなんてあるわけないじゃないでしょ。」
「これは、人づてに聞いたのですが、マロニー様は今回の勲功により貴族位に叙せられ、ゴロタ帝国の皇帝側室妃となられるとともに、我が国の女王陛下になられることをキロロ宰相は希望しているようです。」
「あり得ません。私は、元メイドで、今10歳で冒険者志望です。結婚などしたくないし、女王になどなれる訳ないし、いえ、なりたくもありません。その旨、キロロ宰相閣下にははっきりとお伝え下さい。」
ふう、少し興奮して大声になってしまったわ。レディにあるまじき行為ね。私の剣幕に気押されたのか、ビル様は、少しお顔をひきつらせてから、謝辞を述べて退席していった。良かった。食事が終わっていて。せっかくの食事が美味しくなくなるところだったわ。さあ、今日は、ゆっくりお風呂に入って早く寝ようっと。
翌日、朝早く目覚めた私は、いつもの通りの素振りを始める。このホテルは中庭が庭園になっていて、広い場所もあるので、昨日のうちに使わせてもらうことに了解を頂いて置いたの。軽く、首や手足を回してから、丸太木刀を取り出す。青眼に構えると、ピタッと木刀の剣先がとまっている。大きく振りかぶって、右足を前に出すと同時に振り下ろす。相手の頭を切り裂く位置でピタッと止める。と同時に、左足を引き付けて、青眼よりも剣先が上、相手の眉間当たりを狙っている位置の姿勢になる。引き付けた左足を大きく後退させるとともに、腕が自分の耳の後ろに来る位置まで木刀を振り上げる。右足を左足の半歩前の位置まで下げながら木刀を振り下ろす。後は、この繰り返し。前進後退を繰り返しながら木刀を振っていく。ゴーゴーと風切り音が聞こえてくる。
901本面からは、早素振りだ。青眼に構えてから、右足を蹴って左足から後退する。と同時に木刀を振りかぶるのだが、あまり後ろまで振りかぶらないように注意する。左足の蹴りにより、右足から前方に跳躍する。と同時に木刀を振り下ろす。右足が着地すると同時に空中の左足を引き付けながら、木刀で正面の敵の面を打つ感じで振るのだ。この時、両足で跳躍するのではなく、必ず足を引き付けて打つのがコツだ。普通は、軽い木刀でやるのだが、私は丸太木刀でやっている。素振りが終わると、息を整え、大きく木刀を上下しながらの深呼吸をする。うん、背骨が伸びていくのを感じる。身長も少し伸びてもらいたいなあ。
次は、コテツを出して、腰のベルトに差す。鞘を持って、一礼し、3歩進んでから、長剣の形7本だ。朝、何処かでシジュウカラやエナガが鳴いている。剣を振る気合で、一瞬鳴き止むが、また囀りだす。殺気を含まないように意識しているから、小鳥達は飛び立つようなことはしなかった。それからエスプリに持ち変えて短剣の形3本を行う。今日は、これくらいにしておこう。ホテルの従業員が動き始めた。部屋に戻ってから、シャワーを浴びて、朝食をとる。うん、こういう風にのんびりしている朝も良いわね。今日は、市内観光をするつもりだ。帝国領への乗合馬車は毎日は出ていない。次の馬車は明日のお昼に出る予定だそうだ。
市内は、朝の喧騒がようやく収まった感じで、大商店が開店し始めている。ブラブラ歩いていると、見慣れない看板が見えてきた。青い盾に黒い竜が描かれているが、その竜が赤い剣をつかんでいるのだ。初めて見るマークだ。でも、看板の文字を読んで目が点になってしまった。看板には、
『神聖ゴロタ帝国冒険者ギルド本部ティタン大魔王国領支部ベンド市出張所』
と書かれていたの。私、じっとその看板を見ていたわ。なんだか、涙が出来たの。この世界に来て、ずっと探していた看板、私が行こうとしている場所が書かれているの。しばらく、看板を見続けてから、ゆっくりと入り口のドアを開けて中に入って行ったの。中は、思ったよりも小さく、人もまばらだった。奥に受付が一つあるだけで、そこには人間族の女の人が1人立っていた。きっと、あの人が受付をしてくれるのね。でも、本で読んだときは、依頼受付と受注受付、冒険者登録に素材買取など一杯受付があるって書いてあったけど、ここには一つしかないのね。とりあえず、受付に行ってみる。受付のお姉さん、私が入って来たと同時に私に注目しているわ。まあ、当然ね。他に誰もいないんだもの。
私が、カウンターの前に立つと、
「いらっしゃいませ。『神聖ゴロタ帝国冒険者ギルド本部ティタン大魔王国領支部ベンド市出張所』へようこそ。本日は、どのようなご用件でしょうか?」
と、にっこり笑って訪ねてきた。これって、本に書いてあった通りだわ。
「あのう、冒険者になりたいんですが。」
「冒険者登録ですね。お客様は、随分、お若いようですが、15歳になっておいででしょうか。」
え、冒険者って年齢制限があるの?それって冥界図書館のご本には書いてなかったのですけど。ショックが大きすぎるわよ。
キロロ宰相は、とんでも無いことを考えていたようです。




