第2部第234話 冒険者ギルドその4
(3月23日です。)
次の日、ブレンちゃんの一家にキチンと朝食を作ってあげたんだけど、お母さんも起きてきて、いろいろな食器を出してきた。なんか、土を盛って簡単な調理台にしているようだけど、上にのせている板も、ボロボロで、そのうえで調理する気がしないわね。昨日のスープも残っているし、今日は卵料理でも作りましょうか。お母さん、次々と出てくる食材に吃驚していたけど、まあ、メイドなんだし。
食事が終わってから、さっそく村長さんに会いに行く。村長は、朝の農作業を魔人族やゴブリン族の人達に指示をしていた。何か、みんなの顔が笑っている。何故だろう。村長が、私の姿を見て、すぐに駆け寄って来た。お話したいことがあるみたい。
まあ、村長の家に呼ばれて、応接間のソファに座り、お茶をごちそうになっていると、何人かの人達が入って来た。村長のほかには、シスターが一人、魔人族の男の人が2人、それと昨日のゴブリン族の長と言う人だった。
皆が席に着くと、最初に村長が私に頭を下げてきた。何かと思ったら、村の毒虫を退治したことらしい。毒虫って、あの3人の事なのね。村長が事情を説明してくれた。
このテンプレ村は、以前は12人のグール人が地主をやっており、小作として、魔人族達に土地を貸して、収穫から、地代と年貢分を貰ていたらしいのだ。広大な農地であるというだけでなく、魔物に襲われ続けているという状況の中、魔人族達だけでは労力が足りないために、地主たちが必要な農奴を奴隷商から買ってきて魔人族に与えて来たらしいのだ。勿論、奴隷購入費は地代とは別に分割で支払って貰っていたのだが。
王国の『人間化計画』で、村長をはじめ、グール族の皆は人間になったが、困ったことも起きてしまった。皆、若返ってしまい、村の中核となっていたグール人が少年・少女になってしまったのだ。村の警護騎士達も同じだった。はっきり言って、グール人の時よりも、戦力的にはかなり弱くなってしまった。しかし、魔人族は、当然ながら、普通の人間よりは優れた身体能力を有していた。しかし、キチンと小作契約を守って農業を続ける魔人族がほとんどだった。また、ゴブリン族も自由民とされたが、農業以外の知識や技能もなく、そのまま小作の下請けという立場で賃仕事をして生活していたらしいのだ。勿論、それまで居住していた家屋も安い家賃で狩り続けていたのだ。これだけ聞くと、うん、うまくいっているのではないかと思ったのだが。しかし、この状況はすぐに破綻してしまった。
魔人族の中でも、以前から暴れ者で村の鼻つまみ者だったあの3人が、我が物顔で村を仕切り始めたのだ。まず、あの3人を通じなければゴブリンを使えなくなった。自由契約である以上、その日何人のゴブリンを使えるかを無理やり決められてしまうのだ。そのほかに、ゴブリンは1人あたり1600ピコの最低賃金で雇用できるのだが、あの3人が中間搾取して、実際には800ピコしか支払われなかったのだ。それでも、成人男子のゴブリンなら、キチンと払っているが、ブレンちゃんのような小さな女の子は、その半分、場合によっては、200ピコしか渡さないこともあったのだ。さすがに病弱のお母さんと食べ盛りの弟たちには満足に食事を食べさせることもできないだろう。
村人達も、苦々しく思っていたが、圧倒的な暴力の前には何もできず、黙って従うしかなかったのだ。このことは、教会にも影響を及ぼしていた。それまで、貧しいものには無料で病気を施療したりしていたのだが、今後、無料の施療は一切禁止だと宣告されたのだ。その理由は、教会が得た施療のお礼の一部を村の福利厚生費と言う事で徴収することになったためだそうだ。いわゆるピンハネだ。一度、隠れてお薬を渡したら、シスターだけでなく、薬を貰ったものまで殴られてしまい、以後、怖くて無料の施療は断り続けていたらしいのだ。この話をしながら、シスターはメソメソ泣き始めていた。まあ、『人間化計画』で若返ったとはいえ、10代後半のシスターが子供のように泣き始めたので、皆が慌てて宥めていた。
今日の朝、村の外に転がっている3人の遺体を見て、昨日の夜何があったのか分かったそうだ。一度、ヒラーゴ侯爵様に手紙を書いて訴えたことがあったのだが、領都内の魔人族の騒動が勃発して対応に苦慮されていると聞いて、支援をあきらめていたとも言っていた。その昔、人間族と魔人族が戦争を行い、体力的に劣っている人間族が敗北しそうになったのが、アンデッドに変化した契機となったと聞いている。今後、同様の問題が起きてしまうのだろうか。それって、ゴロタ帝国領内でも同じじゃないかしら。一体、どうやっているのかしら。
結局、この村には3日滞在することになってしまった。ブレンちゃん達の健康が回復するまで、弟たちの世話をしたり、教会で、村の病人、怪我人を無料で治療したりと、やることはいっぱいだった。あ、ブレンちゃん達は、もとの家に住むことが出来るようになったみたい。それも無料で。良かったね。大家さんは、元グール人だったんだけど、ブレンちゃんのお母さんに平謝りに謝っていた。やっぱり、あの3人の嫌がらせだったみたい。あいつら、もう一度生き返らせてから、再度殺してやりたいくらいだわ。
私は、ヒラーゴ侯爵領の領都まで行って、古着や中古の靴をあるだけ買い漁ったの。それをすべて、空間収納にしまってから、テンプレ村に帰って、教会の礼拝堂前に山積みにした。あの男の子達の着ているというか被っている貫頭衣じゃあ、まだ寒いのよね。でも、村にはそんなに服は売っていないし。しかたがないから、往復1日かけて買ってきてあげたの。費用的には金貨2枚程度で大したことなかったけど。
村を出発する日、村長やブレンちゃんをはじめ、全員が集まっているんじゃないかと思うほどの人達が見送ってくれた。私は、いつまでも手を振っている村の人達を後に、ダッシュで街道を北に向けて走り始めたの。だって、いつまでもいつまでも手を振り続けるなんて、見ていて恥ずかしいじゃない。村の人達は、常人とは違う速度で走り去る私を見て驚いているようだけど、構う事なんか無いわよね。
ゴロタ帝国ティタン大魔王国領の領都シェルナブール市までは、街道であと1200キロ程、道は大きく左にカーブして、一路西に向かい始めていた。あ、乗合馬車だ。走る速度を緩めて、乗合馬車と並走する。御者さんに話しかけた。
「おはようございます。この馬車、どこまで行くんですか?」
時速20キロ弱で走っている馬車と並走して普通に話しかける非常識な女の子を見て、ギョッとしていたが、それでも、
「ベンド辺境伯領の領都ハイ・ベンド市まで行くんだよ。」
「あ、ちょうど良かった。席、空いてます。」
「空いているけど、銀貨7枚だよ。」
「あ。大丈夫です。はい、これ。」
お財布から、銀貨7枚を渡してから、馬車に乗り込む。当然、馬車は走りながらだ。他の乗客は、皆、男性で商人風の男性と職人風の男性が3人乗っていた。
「おはようございます。これからご一緒します『マロニーです。』よろしくお願いします。」
もう、皆さま、顔が引きつっていますけど、10歳の子供のすることです。気にしないで下さい。商人風の男の人が、
「マロニー嬢は、どこまで行くんだね。」
と聞いてきた。隠すこともないので、思いっきり笑顔を振りまきながら、
「はい、隣国のゴロタ帝国領にあるシェルナブール市まで行く予定です。ハイ・ベンド市からは、国際交易馬車があると聞きましたので。」
「そりゃ大変だ。日数もそうだが、費用もそれなりにかかるよ。」
「いえ、大丈夫ですの。魔物を狩って稼いでおりますから。」
「へえ、マロニー嬢は冒険者みたいだね。帝国の人なのかな。」
「いいえ、遠い東の人間の国から来たんですけど、途中で狩った魔物の素材が良い値段で売れまして。」
これは、半分本当だ。と言うことは、半分、嘘ね。狩ったのは魔物だけではなく、人間も狩っているんだけど。あ、そう言えばテンプレ村の3人の悪党が貯め込んだお金を押収するのを忘れていたけど、あの貧しい村から持ち出すのも気が引けるわ。もとは、あの村の人達が稼いだお金だったんだからね。
ハイ・ベンド市までは、伯爵領が2つ、子爵領が1つあったんだけど、どこも先の大戦で疲弊してしまって、活気がなかった。そりゃそうよね。働き盛りの青年たちが大勢戦死してしまったんだもの。逆に、農村の方が、魔人族やゴブリン族が活気を出して働いていて、生き生きしていたみたい。でも、テンプラ村ほどじゃあないけど、魔人族の力が強くなって元アンデッドの人間族が気を使っているような村もゼロじゃあなかった。どうしても、暴力的な力が強い方が発言力が強くなるみたい。文化的じゃあないと思うけど、そもそも力の弱い物の権利を守るのが法律で、その法律を守らせるのが権力なんだから、権力の及ばない地方の村々では、なかなか取り回しが難しくなるのは仕方がないかもしれない。普通の人間の村だったら、共存共栄、助け合って暮らしていくと言う伝統としきたりがあるんだろうけど、アンデッドは人間になりました。魔人族やゴブリン族は自由民として契約に基づいて働きます。そういう構図に慣れていない人達は、どうやって秩序を保っていけば良いのか分からなくなるのも仕方がないかも知れないわね。
旅は、順調に進んでと言いたいところだけど、順調とは言えないわね。この街道沿いには、野盗・山賊が多いんだって。先の大戦で、部隊を逃げ出した兵士達が食い物に困って賊化してしまったみたい。集団規模は小さいんだけど、とにかく数が多い。5キロごとに野盗や山賊が潜んでいる感じ。しかも、グール人兵は、『人間化』することなく、そのまま賊になっているので、戦闘能力が高いの。領主騎士団は、『人間化』により弱体化してしまったので、なかなか対応が難しくなっているみたい。
もう、面倒くさいから、私、ずっと馬車の屋根の上で、弓を持って監視よ。絶対、警護料を支払って貰いたいわ。まあ、乗車賃銀貨7枚は返して貰ったけど。
マロニーちゃんは、どこでも頼りにされてしまいます。




