第2部第233話 冒険者ギルドその3
(3月22日です。)
昨日、王都を出てから西にに20キロ程行ったところで野営をした。久しぶりの野営だったけど、食料や水には不自由しないわ。ゴータさんがやっていたように、完成済みのテントをそのまま空間収納に入れていたので、出して地面に止めるだけでOKよ。キャンプに必須の水については、シャワー石と言う魔導石があって、魔力を流すだけで水がシャワーのように出てくるの。私、魔法はメイド魔法しか使えないけど、魔力だけは十分にあるようで、炊事に洗濯、体をシャワーで洗うのも全然余裕でできたの。
王都から、帝国領の領都シェルナブール市まで、街道沿いで1600キロもあるんだって。本当は、ゆっくり乗合馬車で行くつもりだったけど、馬車だと1日に80キロ、休みなしで20日間は、ちょっと長すぎるかなって思っちゃう。それなら、ちょっと寒いけどメイド魔法『空間飛翔』で一直線にいけば、直線で1200キロ、フル加速1日10時間時速40キロでなら3日で行けるかな。あ、『飛翔』って、メイド魔法の『空間浮遊』と『空間移動』それに誰でも使える『風』の合わせ技で、私の造語なんだけどね。
でも途中で美味しいものも食べたいし、お風呂も入りたいし。うーん、悩むー。取り敢えず今日は、100キロ位フワフワ『飛翔』で進んで、適当な村でお泊まりしようっと。
そう思って、街道に沿って飛んだんだけど、300キロ先まで何も無いの。と言うか森の中をウネウネ街道が進んでいるんだけど、森の中の野営なんて超デンジャラスよね。
そんな森を抜けた所に初めての村があったの。ここって、ヒラーゴ侯爵領の端で、本当に小さな村。後で知ったんだけど、西に旅する人って、一旦ヒラーゴ侯爵領の領都まで行って。そこから北上するんだって。でもそんなこと知らないし。
村は、テンプレ村と言って人口1600人だって。葡萄栽培と酪農の村なんだけど、以前はゴブリン奴隷が大勢いた村だったんだけど、先の大戦で負けてから奴隷制度が廃止になり、一般人になったゴブリンさん達が一番多い村人になってしまったみたい。でもゴブリンさん達は、地主さん達の畑で働かないと、この辺では仕事が無くなるので、以前と同じ仕事を手間賃を貰いながらしているそう。
私が村に入って行くと、皆、私に注目しているんだけど、ゴブリンさん達は、深々と頭を下げている。僅か10歳の女の子に対する態度では無いわね。近くのゴブリンの女の子に声を掛けたの。
「すみません。この村に旅館はありませんか?」
「あ、あります。ぎょ、ぎょ案内しゅます。」
うん、120%噛んだね。その子は農作業の帰りみたいだったけど、まだ3月だと言うのに、粗末な貫頭衣だけしか着ていないの。身長は100センチ位だけど、女性ゴブリンは成人しても120センチ位だから、特別小さいって訳じゃあないのね。手が泥だらけということは、掘り返された土の中から雑草の根を取り除く作業をしていたのね。足も、粗末な藁草履で、裸足に近い状態なの。でも、今日一日の仕事を終えたのだから、これから家に帰るのね。
旅館は、村の中心にあって、すぐに分かったんだけど、その女の子はある屋敷の前に行って、魔人族の男にペコペコ頭を下げてた。うん、今日の作業の報告と報酬を貰うのだろう。ちょっとだけ様子を見ていたら、どうやら約束の金額と違うと言ってるみたい。他のゴブリンさん達は、見て見ぬふりをしている。その内、屋敷の中から2人の魔人族が出てきて、周りのゴブリンさん達を追い払っているみたい。あ、殴った。さっきの魔人族の男が、女の子の頬をグーで殴った。女の子、3mは吹き飛んでしまった。
私、一瞬で、その男の前に移動して、同じくグーで男の鳩尾を正拳で打ち込んでいた。白目を剥きながら崩れ落ちる男の事は放って置いて、女の子の方へ飛んで行く。酷い。口の中から大量の出血をしているし、顎の骨が砕けているみたい。うん、あの魔人男、今日で人生を終わらせようと思ったけど、そうもしてられない。残った2人の魔人族の男が、私にかかってきたんだけど、掌底で顎を砕いてあげた。2人とも一瞬で気を失っていたけど、そんな事は構ってられない。
「誰か、この子の身内はいないの。治癒院はどこ?」
このまま放置すれば、間違いなく死んでしまう。ここで『聖なる力』を使っても良いけれど、ゴブリン族に使っても問題が無いのか知らないので、まず、治癒師に診てもらおうと思ったの。一人の年配のゴブリンが、
「ここには、治癒院なんてねえです。教会も俺らなんか診てくれねえです。」
何、それ。仕方が無い。取り敢えず口の中の出血だけ止めておいた。さっきのゴブリンさんに、この子の家まで案内して貰ったんだけど、行ってみたら、これ、家じゃ無い。何と言って良いかわからないけど、板を繋ぎ合わせた何かよ。中を覗くと、藁クズの中で女の人が横になっていて、入り口付近には、小さな子が2人座っているの。目だけがギラギラしていて、極端に痩せている。直ぐに栄養失調だって分かったわ。
しょうがないから、お外に私のテントを出して、その中のマットレスの上に女の子を寝かせたの。まず、顔を綺麗にしないと。そっとメイド魔法『ウオッシュ』で泥と血の塊を落としてから、両手で女の子の顎を包んで、『聖なる力』を流し込んだの。折れて無くなった歯が『復元』出来ますようにと祈りながら、力を流し込んでいく。女の子の青ざめた肌が褐色の肌になって行く。農作業で傷ついた身体がみるみる綺麗になって行った。女の子の口の中を点検したけど、真っ白で綺麗な歯がちゃんと揃っている。復元出来たみたい。
弟達だろうか。腰に麻袋のような物を巻いた子2人がテントの中を覗きに来ていた。もう大丈夫よ。にっこり笑って、二人の頭を撫でてあげる。もう、ついでだからメイド魔法『ウオッシュ』で、ボサボサのシラミだらけの頭を綺麗にしてあげた。土色だった髪の毛が灰銀色に変わった。
あ、さっきのお母さん、様子を見に行くと、どうも肺の病気らしい。起きてこちらを見ているが、立ち上がる力はないようだ。きっと、この娘が心配なのだろう。私は、『娘さんは大丈夫よ。』と安心させてから、お母さんの痩せた胸に手を当ててみる。うーん、細菌性の肺の病気みたい。寝床の藁に血痕が付着しているところを見ると、喀血もしているようだ。
お母さんの胸に手を当てて、『聖なる力』を流し込む。損傷している肺を元に戻す事はできないけれど、瘴気を纏った病原菌は、浄化の対象だ。私は、輝く太陽、青い空そして湧き出る泉の清らかな水をイメージしながら、私の体の中を駆け巡る温かい力をお母さんに流し込んでいく。
光が、バラックの中に満ち溢れる。お母さんの目に涙が溢れていた。お母さんの中の嫌なもの、辛いものが浄化されて行くのが分かった。光が消えた時、お母さんは深い眠りに付いていた。私は、慌ててお母さんの痩せた胸に耳を押し当てた。
ドクン ドクン ドクン
力強い心臓の音が聞こえている。もう大丈夫かも知れない。後は、栄養のある食べ物を食べて体力を付ければ良いのだが、この生活では難しいかもしれない。
バラックの脇で竈門を作り、火を起こす。鍋を出して水を入れ、鳥の骨とネゴを放り込んで煮込み始めた。出汁が出たところで、上に浮いている灰汁を丁寧に捨てる。ソーセージとニンジン・ジャガイモを入れてコトコト煮込み、最後にキャベツを入れる。味付けは薄めにしておく。出来上がった具沢山スープは滋養満点、そして美味しい。男の子2人が目を輝かせて鍋を見つめている。
テーブルセットを出して、お皿にスープを入れて今日の食事だ。もっと色々作っても良いのだが、体力のない時に食べ過ぎは良くない。後、お母さんにはニンニクを少し入れたスープに少しだけパンを入れてパン粥を作ってあげた。目を覚ましたら食べて貰おう。
子供達の食事を見ていたら、男のゴブリンさんが近づいて来た。何だろう。文句でもあるのかな。警戒していると、急に土下座をして来たの。エ?なあに?そのゴブリンさんは、この村のゴブリン属の長だった。この母親が死にかけている事は知っていたが、悪い病気だし、近づけないことから死ぬのを待っていたらしい。子供達も生きて行くのが難しいと思って放置していたらしいのだ。でも、小さなお姉ちゃんが、一人で農作業の手伝いをしながら頑張っている姿を見ていると、胸が張り裂けそうだったんだけど、自分達の生活で精一杯で、面倒を見る余裕などなかったそうだ。
ここのゴブリンさん達は、ちょっと前までは農奴として奴隷商から買われた者が殆どで、自由民になったとは言え、資産もなく住居も地主の与えられたものに住んでいるそうだ。この家族は、夫が死んで病弱な母親と子供3人では満足に働けないと、地主に追い出されてしまったのだ。しかし、行くところもなく廃材で雨露を凌げる程度の小屋を組んで住んでいるそうだ。
兎に角、今日は、母親とこの子達が心配なので、ここに泊まることにした。明日、村長さんに事情を聞こう。それに教会にもよって、ゴブリン族の治療を拒否した状況を聞かないと。私は、簡単な食事をしてから、ブレンちゃんと一緒のテントで寝ることにした。ブレンちゃんというのは、この女の子の名前よ。さっきの男の人から聞いたの。夜中になってようやく目を覚ましたので、スープを飲ませたんだけど、まだフラフラしているみたい。殴られた衝撃で脳にダメージが無ければよいんだけど。
お母さんたちには、マットと毛布を出してあげて、温かくしてあげたの。あと、この板張りの小屋のようなものに、『聖なる力』でドームのようなものを作って覆ってあげた。これで寒さも入ってこないと思うの。でも、空気はちゃんと流れるみたい。きっと、寒さを中にいる者に対する攻撃と判断しているのね。あれ、誰が判断しているんだろう。うん、分からないことは考えないようにしよう。
真夜中になって、誰かが近づいてくる。足の運び方からも良い人ではないみたい。起き上がるのも面倒なんだけど、しょうがない。メイド魔法『気配消去』で気配を消して、そっとテントを出る。手にはエスプリを持っている。真っ暗な中、小さな明かりだけで恐る恐る近づいている男3人、昼間の男達だ。そっと背後に忍び寄り、首筋を横に一閃、『ドサリ』と首の落ちる音がする。残りの2人も同じ目に合わせた。朝、子供たちが怖がるといけないので、胴体と頭をそのままメイド魔法『空間浮遊』で浮かせて、村の外に捨ててきた。さあ、もう一寝しなくっちゃ。ブレンちゃん、ぐっすり眠っているみたい。
何処に行っても、トラブルに巻き込まれてしまいます。




