第66話 怒りの代償
絶対に怒らせてはならない 特にシェルさんに関しては。でも、理解したときには死んでるんですけど。
(6月26日です。)
ここは、帝国最西部に位置するスカンダル西部郡の郡都、スカンダル市。その中央に位置するのが郡政府庁舎だ。最上階の会議室に数人の男が集まっている。
いかにも優秀そうなインテリ顔の長身の男、群長官のメレンゲ上級4等認証官。
軍服を来た初老の男、帝国軍西部方面隊幕僚長兼防衛前線総指揮官バッファロ中将
衛士服を来た定年間近の風貌の帝国衛士庁西部方面本部長マクイン衛士監
そのほかにも数人、司法省や行政省の役人が集まっていた。彼らは、3日前、クイール市で起きた事件について、対応を協議している。多くの報告が上がっている。クイール市長代行、クイール市ギルドマスターそしてゲール総督からの報告。どの報告も悲観的であった。今、ゲール総督は、クイール市に駐在している。問題の少年とともにいるそうだ。手紙の内容は、驚愕すべきものだった。
クイール市長代行からは、衛士駐屯地が一瞬で瓦解し、衛士長以下の殆どの衛士と200名以上の帝国軍兵士が殲滅されたが、市民の被害は皆無だったこと。
ギルドマスターからの手紙は、件の少年が、冒険者ランク『A』であるが、能力的には『SSS』以上であり、かつての魔王以上かも知れないとのこと。
ゲール総督からは、グレーテル王国において、スタンピードの際、300m以上の範囲の魔物を一瞬で殲滅したり、超極大魔法では、地形が変わって火山が生じるほどの威力であることから、帝国内では、彼らの通過を至上命題として国内に通知する必要があること。
「それで、ことの発端は、何かね。」
「はい、クイール市1等市長のゲスパー氏のバカ息子が、件の少年の婚約者に手を出そうとしたことが、発端だそうです。」
「何じゃ、それは。そんなアホな事が原因で、何百人もの衛士や兵士が死んだのか。国内に『注意情報』は出していなかったのか。」
「はい、ゲール長官が帝都に向けて上申しておりましたが、彼らがあまりにも早く移動してしまい、間に合いませんでした。」
「まあ、そうだろうな。彼らを足止めするだけの戦力はないからな。バッファロ閣下、軍部としては、この対応、どうなさるおつもりですかな。」
「うむ、現在、幕僚総長閣下に指示を仰いでいるのだが、現有の帝国軍総力を結集しても、制圧できるかどうか。聞くところによると、魔力の枯渇があり得ぬほどの能力、そして極大魔法とくると。しかもすべての魔法適性を持っているなど。対応方策があるなら、是非、教えてほしい位じゃ。」
「衛士庁としては、どうお考えですか?」
「事の発端を考えると、正当防衛か緊急避難の線でも考えられます。ボツアホ市長との黒い癒着も表ざたになると、とても皇帝陛下のご理解は得られません。死んだ者達には申し訳ないが、災害にあったということで、丁重に弔意する所存です。」
「結局、何もできないという事ですね。バッファロ閣下、ゲール総督に、彼が帝国を出るまでの随行をお願いできませんか。」
「うむ、すでに下命済みじゃ。彼には申し訳ないが、身命を賭して帝国を守って頂きたいとな。」
(やはり、ダンベル辺境伯爵の予想は当たっておりました。)
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(3日前、事件当日に戻ります。)
僕は、シェルさんをお姫様抱っこをして、元市長だった物や、兵士だった物を見ていた。シェルさんは、泣いていた。
僕には、シェルさんが何故泣いているのか分からなかった。まだ、シェルさんを泣かせる奴がいるのかと思い、周りを見渡した。周りには、遠巻きに恐怖に引きつった顔で僕を見ている市民達がいた。
僕は、衛士駐屯地の瓦礫の中に入っていった。生存者で、市民がいるかどうかを確認した。3人ほど、市民らしき人がいたが、軽傷そうだった。僕は、ヒールを掛けている自分をイメージした。市民に触れることなく、全員の怪我は全快した。
僕は、駐屯地を出てエーデル姫のところに行った。皆、泣いていた。イレーヌさんは、失禁していた。ギルドからギルドマスターが走り寄ってきた。とにかく、ギルドに来てくれと言う。特に反対する理由が無いので、皆でギルドに向かった。シェルさんを『お姫様抱っこ』したままだった。それを見ていたエーデル姫が、とても不満そうだった。
ギルドマスター室で紅茶を飲んでいたら、市長代行という人が尋ねて来た。3等認証官で急遽、市長代行になった人だった。現在、市内は、遺体回収作業中なので、終了するまで、ここから出ないで貰いたいとの事だった。遺体回収は、市職員と市民有志で行うとの事だった。僕は、大金貨2枚を出した。市長とその息子以外の亡くなった方々への弔慰金として使ってくれるよう頼んだ。足りなければ、いつか必ず弁済するので立て替えておいてくれるよう頼んだ。市長代行は、固辞したが、サン・ダンベル市の救護院の事を思い出すと、是非受け取って貰いたかった。
遺体回収は、夜までかかった。棺が間に合わなかったのだ。僕は、シェルさんをお姫様抱っこしたまま、ソファに座っている。エーデル姫がシェルさんに聞いた。
「シェルさん、いつまでそうやって抱っこして貰うつもりですの。」
シェルさんは、嘘泣きをして、僕にひしと抱きついた。それから僕達は、ホテルに戻ったが、その日の夜、僕はシェルさんをズーッとお姫様抱っこしていた。お風呂に入る時も。寝るときも。
市長代行は、忙しかった。各方面への支援依頼。郡長官への事実報告。方面軍幕僚長への弔意文及び軍関係者への報告依頼。帝国衛士庁への報告及び殉職者への叙勲申請。帝国宰相への報告及び懲戒申請。司法省への監察要請及びあの少年への刑の免除嘆願書。
とにかく、やることが山積している。これも、あのバカ市長とバカ息子のせいだ。いつも諫言していたのに、聞く耳を持たないから死んでしまうんだ。今まで、何人の女性が泣いたことか。
衛士長も衛士長だ。あいつは市民を守る立場だろう。それが市長の犬になりやがって。ちゃんと仕事をしろ。とにかく、うちの衛士どもは腐っていた。あんな奴らに叙勲なんてとんでもないが、しょうがない。規定では叙勲申請をすることになっているんだから。
最後は、あの腐れ軍隊だ。何で、市長の親衛隊になっているんだ。金と女だけじゃないだろ。一体、何人の市民が泣いていると思っているんだ。酔っ払って女を強姦し、男を殺し、無法軍団ってお前たちの事だ。
あーー、忙しい、忙しい。
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エーデル姫は、面白くなかった。あの事件以来、ゴロタ殿が、シェルさんに甘々のような気がする。大体、何よ。あのチート無双。いくらシェルさんが危険だったからって、あれじゃあ、やり過ぎよ。あれは、私の王子様だけに許されるんだから。キャッ。
それに、シェルさんだって、あれは絶対に嘘泣きだわ。もう、ずっとお姫様抱っこされて。こんな事なら、私が逮捕されれば良かったわ。そうすれば、あんなことも、こんなこともしてもらえるのに。キャッ。(相変わらず、おバカな残念姫です。)
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僕は、1日ホテルで謹慎していた。ギルドマスターから、ゲール総督が来るまで、ホテルから出ないようにお願いされていたからだ。僕は、これからの事を考えた。もしかしたら死刑になるかも知れない。あれだけの人を殺してしまったんだ。殺したことに後悔はない。同じような状況になったら、やはり同じことをしただろう。でも、それで死刑だと言うんなら、それでも良いと思っている。でも、そうなったら誰がシェルさんを守るんだろう。あれ、エーデルさんやノエルのことは、守らなくても良いのかな。なんだか分からなくなる僕だった。
クレスタさんは、駐屯地の瓦礫の片づけを手伝っていた。土魔法を使って、大きな穴を掘ったり、撤去する瓦礫を粉砕したり。
ノエルは、作業する人達の炊き出しを手伝っている。何か、手伝っていないと気が紛れないから。でも、市民から、僕の仲間だと分かると、怯えた目で見られ、それが辛くて、涙を浮かべるノエルだった。
イレーヌさんは、がらんとした帝国軍クイール市駐屯地にいた。軍務名簿を見ながら、殉職者名簿を作っていた。名簿の家族欄を見て、小さなお子さんがいることが分かると、必ず泣いてしまった。でも、誰かがやらないといけない仕事なんです。それも急いで。
王都から、被害状況を確認するため、竜騎士が飛来した。崩壊した衛士駐屯所を丹念に調べていた。特に、壁や扉の損傷状況を中心に。次に、広場の、兵士が大量に殲滅された場所を調べた。敷石が溶けている範囲も測量していたし、解けた石を幾つか採取していた。目撃者からの聞き込み調査もして、夕方、王都の方へ帰っていった。
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僕は、あれから、ホテルから出ていない。『しばらくホテルに滞在するように。』との事実上の禁足令が出されている。別に、特に急ぎでもないし、ご飯も美味しいから良いんだけど。
でも、ホテルの従業員や町の人の態度が明らかに変わってしまった。なんだかビクビクしているのだ。シェルさんも、僕と一緒にいる。お茶を飲んだり。お茶を飲んだり。やることがない。
と言って、昼から『夜のセレモニー』をする気もない。お姫様抱っこをする位だ。今日も、シェルさんをお姫様抱っこしている。シェルさんは、何回もキスをしてくる。本当は、『夜のセレモニー』をしたいみたいだが、クレスタさん達が、働いているのに不謹慎な気がするし。
今日、ゲール総督が到着する予定だ。
各地に波紋が拡がっています。交通手段が馬しか無い場合、情報伝達は、飛竜頼みです。王国は、早馬です。馬が死にます。