第2部第230話 聖女様マロニーその16
(3月21日です。)
ここはティタン大魔王国の王都グレート・ティタン市の王城だ。キロロ宰相が、部下に大声で命令している。
「それでマロニー嬢はどこへ行ってしまったのじゃ?」
「それが、昨日夕、王都北門から入城したとの通報があったのですが、それ以降行方が知れず、現在各区内の騎士隊に捜索を依頼しております。」
「しかし、何故じゃ。今回の王都召喚は、今まで平民に与えた事が無い程の上位の勲章と、前例のない叙爵じゃぞ。嫌がる理由が分からん。」
「閣下、マロニー嬢には、今回の王都召喚の趣旨を伝えておりませぬ。よって、行方知れずの理由は他にあるものと思われます。」
「では、何故に行方をくらました?」
「それは・・・」
その頃、私は、冒険者服に身を包み、王都の武道具店に居た。
昨日は、魔人街の中でも風紀の悪い地区にある宿屋に泊まったのだが、宿泊が大銅貨9枚と言うのは分かるが、休憩2時間で大銅貨4枚と言うのがよく分からなかった。受付の魔人族のお婆さんは、私のメイド服姿をチラッと見ただけで、後は興味なさそうに何かを食べていた。鍵についている番号札と同じ部屋に入って驚いた。魔灯具の光がピンク色だし、ダブルベッドの夜具もピンク色なのだ。もっと驚きなのがお風呂で、扉がないと言うか、部屋の一角がお風呂なのだ。これでは誰かと泊まった時にゆっくりお風呂に入れないじゃない。それでも、ぐっすり眠る事が出来た。朝5時、起きて宿を出る時、受付には誰も居なくてノーチェックで宿を出る事が出来た。
そのまま、市内を散策しながら稽古できる場所を探し歩いたが、なかなか見つからない。何処かないかなあと思っていたら、遠くから誰かが稽古している声が聞こえて来た。その声に惹かれて、歩いて行くと大きな建物があった。中から激しい稽古をしている声がしている。建物の大きな玄関の脇には、『魔剣一刀流総本部オタニ道場』と書かれた看板が掲げられていた。
「すみませーん。誰かいませんか?」
暫くすると、魔人族の少年が出てきた。
「何の用だい。」
「稽古を付けて貰いに来たんですけど。」
「はあ、何言ってんだい。門人以外は出入り禁止だぞ。」
「あ、そうなんだ。じゃあ、稽古しているところだけでも見せて下さい。」
「しょうがねえなあ。見るだけだぞ。こっちへ来い。」
少年に案内されたのは、裏庭で、大きな建物の中から打ち込むや気合の声が聞こえて来た。裏庭からは、覗き窓で同時雨の様子が見えた。皆、木刀による合い稽古をしていたが、ドンキさん達の稽古レベルと大して変わりはなかった。
「どうだ。凄えだろう。これが王都で一番、いや国内で一番と言われている『魔道一刀流』の朝稽古だ。」
「貴方は稽古しないの。」
「バカ、稽古出来るのは段持ち以上だ。俺みたいな初心者は見るだけなんだ。」
そう言えば、道場の端には少年少女達が、板の間に正座しながらじっと大人達の稽古を見ている。見ているだけなら、素振りでもしたらいいのに。
「ねえ、お願いがあるの。この裏庭で素振りさせてくれない?場所代なら払うから。」
「金なんかいらねえよ。ちょっと待ってな。師範代に聞いてくるから。」
少年は、直ぐに道場の中に入って、偉そうな女の人に話していた。また、戻ってくると、
「いいってよ。でも、大声を出しちゃいけないって。」
「そう、ありがとう。貴方も一緒にやる?」
「女と一緒に稽古なんかできるかよ。これでも一級なんだぞ。」
「そう、分かった。」
私は、いつもの丸太木刀を取り出して素振りを始める。最初は、肩を温める程度の速度で100本、次からは力を惜しまずに800本だ。ゴータ様に習った『斬撃』を飛ばすイメージで振り続ける。木刀の風切り音がゴーゴーと凄まじい。最後に、息を整えるための早素振りを100本だ。
素振りを終えて納刀し、空間収納に丸太木刀を納めて、初めて道場から稽古の声が止まっているのに気が付いた。振り返ると、大勢の人が道場の窓からこちらを覗いていた。
「あ、すみません。稽古のお邪魔でした?」
皆、一斉に首を横に振る。さっき少年が話していた女性が声を掛けてきた。
「君、ここで何をやっていたの?」
「え、素振りですが?」
「素振りって、君が振っていたの、丸太だよね。」
「え?丸太?ああ、丸太ぐらい太いですけど、ちゃんとした木刀ですよ。」
「ちょっと見せてくれるかな?」
「ええ、いいですわよ。」
一度しまった丸太木刀を空間収納から取り出す。その女の人が、受け取ったのだけど、片手で受け取って落としそうになっていた。慌てて両手で持ってから、構えてみる。うん、体幹がしっかりしていないのか、剣先が定まらない。
「ベアロ、こっちに来い。」
「おす!」
大きな体躯の男が前に出てきた。その男に丸太木刀を渡して、
「振ってみろ。」
「おす!」
ベアロさん、青眼に構えて目を白黒している。振りかぶってみたが、木刀が止まらず後ろにのけぞってしまう。それから前に振り下ろすのだが、速度が全く足りず、丸太木刀の重さで地面を叩きそうになった。それでも何回か素振りを続けたが、ただ振っているだけで、鋭さが全く足りない。
「無理っす。」
ベアロさんは、諦めて私に木刀を返してくれた。
「君、さっき何本振ったの?」
「千本ですけど。」
「毎日振っているの。」
「はい、ほぼ毎日です。」
暇な時は、夕方も振っているので2千本ですけど。その女性は、私の腕を揉みながら、頭を傾けている。私の腕の筋肉量なんか、10歳の女の子なんだから、そんなにある訳無いのに。こんな腕で、あんな思い木刀を振れることに納得が行かないようだ。
「君、段は持っているの?」
「いいえ、道場って初めて来たので。」
「え?剣術を習ってないの?」
「はい、領主騎士団の団長さんに手解きを受けただけです。」
「その団長さんって?」
「はい、ブレナガン伯爵家のドンキ団長です。」
「えー!ドンキ先輩に習ったのか?」
えーと、ドンキさん、ここで剣術習ってたの?まあ、確かに他の騎士さん達よりは強かったけど。最近は、私との稽古も嫌がってるし。
何か、あれよあれよと言う間に道場に引っ張り上げられ、稽古する羽目になってしまった。まず自己紹介だ。相手の女性は、マクリーナ・オタニさんと言って王国騎士団の近衛隊隊長だそうだ。元レブナントと言うので、かなり年配だったのだろう。オタニと言う家名があるが、この道場の主であるセイイツ・オタニの娘さんだと言うことだった。自分のことは『マック』と呼んでくれとのことだった。
「私の名前はマロニーです。姓はありません。」
「マロニー?10歳くらいの人間?それに銀髪?」
何かブツブツ言っている。
「アーッ!あ、あの『殲滅』の!」
何か、とっても嫌な感じ。最後まできちんと言ってください。それから貸してくれた稽古用の木刀はとても細く華奢で、直ぐに折れてしまいそうだ。さっきまで皆が使っていた木刀とは明らかに異なる木刀だ。でも良くしなる柳の枝から削り出されたもののようで、怪我をしないようにと考えられている。
ドンキさんに教わった稽古の際の礼式をキチンとやってから開始線に立って、木刀を構える。あ、マックさん、結構やるみたい。構えがしっかりしている。私は、青眼から、少し剣先を下げて近づく。小手がガラ空きに見えるはずだ。案の定、右小手を打ちに来る。うん、とっても素直。でも、ここで『小手を抜いて面』では終わってっしまうので、右凌ぎで擦り上げてから、マックさんの右に抜ける。直ぐに振り返ると、マックさんも振り帰り際に面を打ってきたので、大きくバックステップをして躱すと共に、体の崩れたマックさんの左に回り込んで、マックさんの体勢が戻るのを待ってあげた。
30分位は稽古したいので、隙があっても打ち込まずに体捌きや応じ技などで相手の『打ち』を躱していたら、10分位で『参りました。』されてしまった。全然稽古をした気がしないんですけど。マックさんは、一人で頑張ったみたいに大汗をかいているのに。
それから何人かのお弟子さんと稽古したんだけど、時間が勿体無いので、相手が打ってきたのと同時に相手が狙ってきた部位と同じ部位に打ち込んで稽古を終わりにした。稽古で感じた事は、技は正確なんだけど圧倒的にスピードが足りないというところかな。
稽古が終わってから、朝食に誘われた。勿論、喜んでご馳走になることにした。道場に併設された食堂には、大勢の門人さんがいて、半分位は魔人族だった。聞くと、王都では騎士の他に衛士と兵士を募集するそうだ。そして、この2種には魔人族も採用するとのことだったので、入門者が一気に増えたそうだ。
朝食のメニューは麦粥だった。単に麦を煮ただけなのだが、野菜の塩漬けと相性が良く、大きなお椀のお粥があっという間に空になってしまう。私は、軽く一杯で十分だったが。食事をしながら、色々話を聞くことができた。この道場は、王都では最強と言われる道場で、道場主であるセイイツさんは『剣聖』、マックさんは『剣姫』と呼ばれているそうだ。セイイツさんは、元騎士で、この道場を開くために引退したそうだが、今回、北西の叛乱軍鎮圧のため特別参与として出征しているそうだ。
私の剣術についての話となり、あの丸太木刀を振ることもドンキさんの発案かと言われたので、ドンキさんには『大人用の木刀を毎日千本振るように。』と教わったんだけど、木刀が丸太になったのは、武道具屋さんが特注で作ってくれたからだと教えてあげた。マックさんは、頭が痛くなったようだ。通常、10歳の女の子は毎日の素振りは100本位、それも子供用の小さな木刀での素振りだ。あんな丸太のような木刀では、肩を壊してしまうそうだ。と言うか、そもそも振れる訳がないのだそうだ。
ようやく、本格的道場にたどりつきました。




