第2部第229話 聖女様マロニーその15
(3月14日です。)
王都への旅での初の宿泊は、メイソン伯爵領内のクアトロ村だ。この村は、『人間化計画』の時に来たことがあり、その時に泊まった旅館に泊まる事にした。旅館の女将さんは私の事を覚えていてくれ、一番いい部屋をとってくれたけど、あのう、シングルの安い部屋でいいんですけど。でも、そうも言えないので1泊銀貨3枚の部屋に泊まる事になってしまった。
「マロニーちゃん、聖女服も良かったけれどメイド服も素敵だねえ。」
「有難う御座います。ところで今日の夕食は何ですか?」
「肉料理は子羊のリビステーキ、魚料理はマスのムニエルだけどどっちにするかね?」
「それじゃあ、魚料理で。」
「はい、じゃあ6時に準備してるからね。」
部屋にはお湯の出るシャワー室があり、髪まで洗ってサッパリしてから、メイド魔法]『ドライヤー』で、またツインテールにした。下着や靴下は新しいものを着て、ブラウスは、換襟だけを変えておく。メイド服の汚れと皺を取ってから、また着込んでおいた。流石にエスプリと剣帯は空間収納にしまっておく。1階のレストランに降りてみると、イベリアさんが食事中で、手を振って一緒に座ろうと合図してくれたら。別に断る理由もないので、一緒に座ったが、イベリアさん付きのメイドさんは、レストランの端で立っているので、何か座りづらい気がした。
席に座ると、すぐに女将さんがスープとサラダ、それにバスケットに山盛りの焼き立てパンを持って来た。料理を置いても女将さんは立ち去ろうとしない。何かと思うと、色紙にサインが欲しいそうだ。は?サインですか?色紙には、サインの他に『ホテルプルマンさんへ』と『聖女マロニーより』と書いて欲しいそうだ。すぐに書いてあげたけど、あんなもの、誰も欲しがらないと思うんですけど。マスのムニエルはボリュームもありバター風味の美味しいものだったけど、私には多すぎたので、イベリアさんにシェアしてあげた。はっきり言って、焼き立てパンとスープだけでも十分です。楽しく、食事をしていると、突然、レストランの扉が乱暴に開かれた。見ると明らかに酒に酔っている若者が1人、扉の前に立っていた。女将さんが、あからさまに嫌な顔をしながら、
「グルー、何だい。食事なら向こうの席に座りな。」
と、奥の誰もいなさそうな席を示していたが、グルーと呼ばれた男は、レストラン内をグルリと見まわし、私たちの席に近づいてから、ドカッと空いている椅子に座り込んだ。
「キャッ!」
イベリアさんが、吃驚して悲鳴をあげた。
「お兄さん、レディの許可も受けずに同席するのは礼儀知らずですよ。」
「はあ、メイド風情が。生意気言うんじゃねえよ。俺は、ここに座りてえから座るんだ。ガキは黙ってろ。」
「乱暴するなら騎士さんか村役人を呼びますよう。」
「おう、怖くなんかねえや。役人なんか、この前もぶっ飛ばしてやったんでい。」
別の席には、エステートさんと番頭さんとダレス君もいたけど、じっとこちらを見ているだけで、動こうとしない。まあ、この男、体がデカいのだけが取り柄みたいだし。
「オイ、女将、酒だ、酒。いつもの奴持って来い。」
「グルー、本当に出てってくれよ。迷惑なんだよ。」
「うるせえ、ババア。黙って酒持って来ねえか。」
ああ、面倒臭い。立ち上がって、男の後ろに回って襟首を掴んだ。そのまま、持ち上げてレストランの外に向かって歩き出したの。勿論、メイド魔法『空間浮遊』を使っているんだけど、グルーは身体が浮いているもんだから力が入らず、なすがままの状態ね。そのまま旅館の外に出してから、適当に放り投げたの。『空間浮遊』の力が無くなったら何処かへ落ちるでしょう。レストランに戻ったら、みんなが拍手しているの。え?何?
「マロニーちゃん、大したもんだねえ。さすが『せんめ・・・』、おっと『聖女』様だねえ。」
「女将さん、いいんですのよ。『殲滅の聖女』と呼ばれているのは知っていますから。」
女将さん、顔を真っ赤にして厨房に戻っていった。
「マロニーちゃん、すごいのねえ。今のどうやったの?」
「あいつをちょっとだけ浮かして、引っ張っていっただけです。私の国のメイドなら皆出来ますわ。」
まあ、私だけ教えて貰えなくってできなかったけど。
「えー、マロニーちゃんの国ってすごいのねえ。どこにあるの?」
流石に冥界とは言えないので、『人間界』とだけ答えておいた。ダレス君が、私のそばに来て
「おま、いやマロニー嬢、今の技、俺に教えてくれ。頼む。」
と頭を下げて来た。いえ、無理だと思います。教えると言っても、原理なんか知らないし。私は、スカートのポケットから、1個の『投げビシ』を出してあげたの。勿論、ポケットの中の空間収納からだけどね。
『ダレス様、まずこれが出来ないと、今の技を会得するのは難しゅう御座いますわ。』
私は、『投げビシ』を、そっと浮かし、その場で小さく回転させる。クルクルクル。正4面体の『投げビシ』が、円錐形のように見える。ブーンと唸っている。そのまま、デザートをパクリ。お茶をグビリ。ずっと回転し続けている『投げビシ』を、おもむろに回転を止めて、テーブルに落下させる。
イベリアさんが、しきりに感心している。
「ねえ、それってどうするの?」
「ふわっと浮いてと念じて、それからクルクル回ってと念じただけです。ダレス様、その『投げビシ』差し上げますので、練習してみてください。」
ダレス君、意識が何処かへ行っていたけどハッと気がついたようで、一礼してから『投げビシ』を持って自分のテーブルに戻っていった。
「へえ、あれ、『投げビシ』って言うんだ。ねえ、お願い。1個、頂戴。」
「いいですよ。」
もう1個取り出して、イベリアさんに渡した。空間収納には、1000個以上あるし。あ、あれから矢も1000本追加補充していたんだけど、メイソン市の武道具屋さん、流石に1店舗だけでは準備できなくって、市内中からかき集めていたっけ。
「ねえ、これって投げて使うの?」
「はい、敵の顔に投げつけると、結構痛いみたいですよ。」
私は、顔は狙わないけど。顔にめり込んじゃうし。イベリアさん、『投げビシ』を弄びながら、
「これって角がすごく尖っているけど、元からなの?」
「いえ、買ってから私が研ぎ出しました。」
質問が厳しいわ。でも、イベリアさん、何か考えているみたい。
「ねえ、これ、幾らで買ったの?」
「ブレナガン市の武道具店では、1個銅貨40枚で売ってました。」
「へえ、銅貨40枚か。ふーん。」
イベリアさん、完全に商人の娘モードですね。向こうの席では、ダレス君が顔を真っ赤にして『投げビシ』を睨んでいた。
次の日の朝、いつもの様に旅館の裏庭で稽古を始めた。レブナント市のリッカーさんからの紹介で作った特注の稽古着を着ている。この稽古着は、木綿糸を紺色に染めた物で織って貰った物で、ざっくりとした生地だが肌触りが柔らかい物だ。紺色の染料は、薬草から抽出した物で、殺菌効果があるらしいのだ。着るのは、前で合わせて紐で縛るだけの簡単な物で、袖も肘のちょっと先までしかない物だ。ズボンも丈が短く、脛が出てしまう位の長さだが、ワザとダブダブに作っていて、胴着の裾をズボンの中に入れる様に作られている。
今日は、射場が無いので弓矢と投げビシの練習は省略して、素振りと剣の方だけをする。丸太木刀の千本素振り、最後の100本は、早素振りだ。これで20分、エスプリで小太刀の形を5セット10分、コテツで長剣の形5セット20分、それからコテツの抜刀居合術を10分、これで終了。結構汗をかいていた。部屋に戻ってシャワーを浴びてからメイド服に着替えた。これで、準備OK。階下のレストランで、焼き立てパンとチーズの朝食を取る。.
午前8時、女将さんに見送られながら乗合馬車が出発した。うん、乗合馬車の旅もまったりしていていいかも。ダレス君、馬車の中でも『投げビシ』を睨んでいるけど、ピクリとも動かないみたい。それに、馬車って結構揺れるから、練習には向いてないわね。だってイメージで動いたのか、揺れで動いたのか分からないじゃない。
こうして旅は順調に進み、3月17日、モーガン侯爵領の領都モーガン市に到着した。モーガン市は、大分前に『人間化』が終了した様で、街の雰囲気も落ち着いていた。一旦、ここで駅馬車の皆とは別れ、モーガン侯爵様のお屋敷を訪問した。直ぐに侯爵執務室に案内され、ご無沙汰のご挨拶をする。奥様を交えてお茶を飲みながら、今までの事をお話ししたんだけど、今回、王都に呼ばれた理由が明らかになったの。
それは、今回の『人間化計画』の完遂と、『人間化』に反対する叛乱分子の殲滅に対する勲章の授与と、準男爵への叙爵ですって。勲章は、以前から持ち上がっていたお話で、理解できるんですけど、叙爵って何ですか?私、この国の国民じゃあ無いんですけど。でも、モーガン侯爵様が言うには、もっと深い意味があるみたい。それは、私を叙爵してティタン大魔王国の貴族に任じ、その後ゴロタ皇帝陛下との婚姻を狙っているみたいなの。
え?婚姻?それって、結婚するって事なの?それは、冥界のご主人様からも、最終的な目標がそれだって事っで幼女体型の10歳児にされたんだけど、何か嫌だなあ。会ったこともないゴロタ皇帝と結婚って。私の気持ちなんか無視ですか。何か腹立って来た。もし、私がゴロタ皇帝と結婚しても、この国には全然メリットがないと思うんですけど。冥界には、それなりにメリットがあるでしょうが、直接的にはゴロタ皇帝をどうにかしようなんて考えてなくって、まあ情報が取れればいいなあくらいの感じ?
ハッキリ言って、ゴロタ皇帝と結婚なんか全然考えてないから。だって私には!?
だって私にはって。誰か好きな人がいるの?そんな相手なんか居ないわよね。いる訳無いわよ。私、まだ10歳だし。これから素敵な男性と会えるかも知れないんだし。『あの人』位素敵な人がきっと居るわよ。何処かに・・・。
何処に行っても、プチイベントがあるようです。マロニーちゃんが『投げビシ』を浮かせて回転させているのは、『念動』のパワーですが、マロニーちゃん、そんなことは知りません。




