第2部第228話 聖女様マロニーその14
(3月11日です。)
午前5時、まだ皆が寝ている時間だが私は冒険者装備に身を固めて村から西に向けて出発した。東の空がほんのりと青ずんでくる頃、王国軍の野営地に到着した。夜通し立哨していた兵士は、私の姿を見て眠気が覚めたみたいだった。
「おはようございます。私は冒険者マロニー。王国討伐軍とお見受けしますが、司令官閣下に御目通り願いたいんですが。」
朝、まだ起床時間前だというのに私のような女子が東の草原から歩いて現れたのだ。驚くなというのが無理だろう。立哨の兵士の一人が、慌てて部隊の中に戻って行く。暫くすると、ズボンに上着を羽織っただけの将校が現れた。その将校の案内で指揮所がある駐屯地中央に向かったが、至る所で『殲滅の聖女』、『殲滅姫』と囁いている声が聞こえて来た。
指揮所には、数人の将校がおり、中央にはこの部隊の指揮官と思われる上級将校が座っていた。私の姿を見ると立ち上がり、自己紹介をしたが、この部隊の指揮官は王国軍大佐のメルガン子爵閣下だった。
メルガン子爵への用件はたった一つ、これから賊達を殲滅するために敵の本拠地に向かうので、王国軍も総攻撃をお願いしたいと言うことだけだった。私の攻撃は、今からだから、王国軍は、午前10時に出陣してくれれば間に合うと思いますとも伝えていた。何に間に合うかは言わなかったけど。
「マロニー嬢は、お一人で向かわれるんですよね?敵は3000を超える集団で、ある種、狂信的なオカルト集団です。自分達の命など簡単に捨てるものもいます。それに戦略的魔法を使う高位魔道士も何人かいるので、かなり危険度が高いものと思いますが。」
「知っております。私が、どこまで出来るか分かりませんが、死んでいった子供達のことを考えると、何もしないという選択肢は有りません。全力を尽くし、敵の殲滅を図りますが、撃ち漏らした賊達の掃討を是非お願いします。」
後は、朝日に照らされている山肌を見ながら参謀様に敵の所在等を説明され、攻撃の中心位置を確認しておいた。
「それでは、皆様、ご機嫌よう。」
そういうと、メイド魔法『浮遊』で上昇した。どんどん上昇し、地平線が丸く見える高さのところでホバリングする。メイド魔法『遠見』で、敵陣を確認する。賊の姿は見えないが、朝食の準備のために竈門から上がっている白い煙がいく筋も見えている。
そのまま、ゆっくり水平に移動して、2キロ位手前まで接近する。私は『虹の魔弓』に5本の矢をつがえ、深呼吸をしてから
『地獄の獄炎』
と呟いた。5本の矢の鏃全てが真っ赤に燃え上がっている。ここから、目標までの2キロは、通常、弓の射程距離ではないが、高さのアドバンテージが有る。目視できている目標には、真っ直ぐ飛びさえすれば良いだけだ。後は、ターゲットをロックオンすれば自動誘導だ。5個の目標がロックオンできた。『身体強化』最大で矢を放つ。5本の炎の筋が目標に向けて放たれる。もう結果は見ない。次の矢5本をセットする。そして放つ。初矢から3秒後、最初の着弾が視認できた。それから2秒後、爆発音が遠くから聞こえて来た。その頃には、第3射目に入っていた。昨日、消火に大分使ってしまったが、まだ200本以上の矢が残っているから、次々と射って行く。山と森が燃え上がっている。
残りの矢が50本になった時、目標地点で燃え上がっていない所はなくなった。そのまま水平飛行に移行する。メイド魔法の『空間移動』の応用だ。常に移動方向への力をかけ続ける。時速40キロ位は出ていたかしら。10秒後、黒煙が上がっている部分の丁度真上に到着した。高度1000mとは言え、視力の良い私は、下界の様子が手に取るように分かった。生存者はと?あれ、見当たらないな。と言うか、下界はマグマの海なんですけど。周囲3キロの範囲で捜索しても、人影は見えない。あ、山肌から溶けたマグマが流れ出して来ている。高度1000mでも暑いわ。
今回、矢に込めた力は『地獄の獄炎』と言う精霊イフリートの力ね。
後、風の精霊シルフィーの『風神の暴風』
雷の精霊ヴォルトの『神罰の雷撃』
氷の精霊フェンリルの『凍土の氷結』
など代表的な発動詠唱を口にすると、かなり威力の高い力が発揮できるの。でも今回は、オーバーキルだったかしら。熱くて地上に降りられないけど、もう大した敵は居ないみたい。ゆっくり降りて行って、地上200m位になった時、突然、地上から火球が打ち込まれて来たの。躱そうかと思ったけど、右手の平を前に向けて、
『イージス』
と呟いた。手の平から『聖なる力』が発動して、大きくて丸い盾が現れ、火球を完璧に防いでくれた。ゴータ様は光魔法で『シールド』を貼っていたけど、魔法の使えない私は『聖なる力』で代用してるの。同じような白い光なので、大丈夫かなと思うんだ。
すかさず火球の発射点付近に3本の矢を打ち込んだけど、『水』と呟いたの。狙いは、勿論、水蒸気爆発よ。もう、本当に大爆発。土砂とマグマが空中高く舞い上がり、直径100m位の大きな穴が空いてしまった。あれじゃあ、どんなに魔法シールドを張っていてもダメね。シールドごと吹き飛ばされてしまうわよね。
私は、王国軍の駐屯地まで、ゆっくりと帰還した。駐屯地では、大騒ぎだったみたい。斥候から、敵アジト壊滅という報告があって、事実関係の確認やら、敗残兵の逃走防止対策やら大きな声での指示と、右往左往する兵士さん達の怒号が飛び交っていたわ。
私は、指揮所のメルガン子爵閣下に本日の作戦終了を報告してから、ゆっくり歩いて村まで戻って行った。兵士さん達、朝食の準備中だったみたいね。お邪魔してごめんなさいね。
もう、『人間化計画』は、終了予定だ。後は、ブレナガン市に向けて帰るだけ。その予定だったんだけど、領主のメイソン伯爵にご挨拶に寄ったら、王都から至急のお手紙が来ているというの。何かなと思ったら、キロロ宰相からの書簡だった。ブレナガン伯爵領に戻ることなく、宮殿に来て貰いたいとの事だった。
私のプライベートにシスター達を巻き込む訳にも行かないことから、ここでお別れすることにした。騎士さん達も、シスター達を警護する必要があるから、お別れすることにした。
王都から、真っ直ぐゴロタ帝国領に向かう事になると思うので、ブレナガン伯爵、ソニーお嬢様、ボニカちゃんそれとバーカス君にお別れのお手紙を書いて、ブローニーさんに渡しておいた。この日は、街のレストランでお別れ会を開いたんだけど、お酒を飲めない私達じゃあ、ちっとも盛り上がらなかったわね。
次の日、皆に見送られて、乗合馬車で王都に向かったの。勿論、いつものメイド服姿よ。『エスプリ』だけは腰に下げていたけど、荷物はそれだけ。もう、それほど寒くないので、聖女ガウンもダウンジャケットも必要無いわね。馬車は、モーガン市を経由する王都街道を南下するんだけど、取り敢えずモーガン市までの切符を銀貨8枚で購入したの。本当は、メイド魔法の『空間移動』で移動した方が早いんだけど、ここは、のんびり乗合馬車で移動しようと思い、敢えてノンビリスケジュールを立ててみたの。
馬車には、護衛の騎士さん4人の乗った馬車も同行するみたい。馬車の同乗者は、メイソン市から王都の中学校に入学する商家のお嬢様とお付きのメイドさん、それとモーガン市の商人で、仕入れのためにメイソン市に来ていた年配のおじさんと番頭さん、それと騎士試験を受ける男の子の5人だった。お嬢様は元レブナント人で、人間に戻った時に8歳位の見た目になってしまったけれど、小学校の卒業証書があるので、中学校入学が認められたみたい。騎士試験受験者のグール人の男の子は、本当は15歳なんだけど人間になった時に見た目10歳になってしまったんだって。でも年齢条件はクリアしているし、魔法も少し使えるから、後は剣の腕さえ合格すればいいんだって。
お嬢様の名前は、イベリア様、騎士希望の子はダレス君という名前だった。イベリア様、私のことじっと見ている。メイドさんとコソコソ話しているけど、ちゃんと聴こえていますよ。
『ねえ、間違いないわよね。ね。』
ははあ、私の正体がわかっちゃったみたい。
「あのう、間違っていたらごめんなさいね。貴女、もしかして『聖女マロニー』様では無いですか?」
「はい、マロニーですが。」
「やっぱり。私はマロニー様から『聖なる奇跡』を受けたのですよ。その節は、有難う御座います。」
「いえ、どういたしまして。3賢者様からのご依頼でしたから。」
「あ、やっぱりお前が『聖女』だったか?俺もそうかなって思っていたんだけど、まさか乗合馬車に乗るなんて思わないからな。でもよう、俺達を人間に戻すの、後1か月後にしてくれりゃあ、騎士試験、余裕で受かっていたのによう。」
「いや、今回の騎士試験は、見た目年令よりも実力さえあれば誰でも受かると言われているよ。」
商人のエステートさんが教えてくれた。うーん、でも10歳児の体格では、合格は難しいかな。でも、一度人間に戻してしまうと、もうグールには戻せないしね。それに、条件は他の受験生も一緒でしょ。
昼食は、各人がそれぞれ準備したものを食べるのだが、私は、今日の朝、準備したサンドイッチとミルクティーにした。キャンプテーブルセットにティーセットを空間収納から取り出し、ポットに入ったお湯を温め直すだけ。最近分かったんだけど、空間収納って、入れた時の状態が維持出来るので、お湯を入れればお湯のままなの。でも取り出した時に暑すぎるのも良く無いので、ぬる目にしておいて、テーブルの上に出してから温め直すの。
イベリア様は、メイドさんが荷物の中から取り出した水筒の中のお茶を温め直していたけど、火魔石に魔力を流し込んでいて、時間がかかりそう。ダレス君は、黒パンと干し肉の定番をお水で流し込んでいた。
エステートさんは、番頭さんが準備していたけど、私がチャッチャと準備をしているのを見て、エステートさんが、
「マロニー嬢は、収納魔法を使っているようですが、魔道具は使わないんですか?」
と聞いて来た。この世界では、旅行カバンのような物に、魔法陣と魔石を組み込んで、収納量を何倍かに増やす魔道具があるが、そのことを言っているのだろう。
「これは、我が家に伝わる秘伝の『メイド魔法』ですの。オホホ。」
と、笑って誤魔化す。
「ところで、マロニー嬢は、何故、メイド服なのですか?聖女の時のローブは着ないんですか?」
「はい、長い間メイドをしておりまして、メイド服が一番しっくり来るんですのよ。」
まあ、出身がメイドですし。可愛さで言ったら、メイド服にかなう服は無いもんね。
やはり、絶大な魔力で敵を殲滅しました。




