第2部第227話 聖女様マロニーその13
(2月7日です。)
今日は、あの教会に併設されている孤児院に行ってみる。裏の孤児院が改築されていて、出入り口が通りに面しているし、裏庭を囲っている高いフェンスが取り払われていた。フェンスのゲートを開けて中に入って行く。近くのお菓子屋さんで買ったお菓子をいっぱい持っている。
今の私の格好は、昨日、ハンス辺境伯家で準備して貰った白いローブ姿だ。これ、とっても暖かい。癖になりそう。孤児院では、皆、教室で勉強中だった。私が、玄関ドアから入って行くと、直ぐにググが出て来た。あれ、ググ、大きくなってる。元々、私より15センチ位大きかったんだけど、今じゃあ20センチ位大きいみたい。
ググは、ようやく仕事が見つかったんだって。グール人の経営するパン屋で下働きとして働くんだって言ってた。良かったね。あれから、この孤児院は領主様直轄になって、専従のシスターと手伝いの魔人族の女性4人で運営しているんだって。シスターは、今、事務室にいるそうだ。私は、ご挨拶に伺い、お菓子の袋と寄付金として金貨10枚をお渡しした。私みたいな小さな子が、こんな大金を寄付する事に驚いていたが、私が今、話題になっている『聖人』である事に気がついて、私の手を握りしめて『神のご加護が有りますように。』と祈ってくれた。
明日から始まる『人間化計画』は、この教会の礼拝堂も会場になっている。まず、貴族達は辺境伯公邸大広間に集まって貰う。貴族とその家族が終わってから、行政庁職員を対象に大会議室で『人間化』が実施される。貴族以外の騎士達は、屋内練兵場だ。午後から、一般市民になり、各行政区内にある教会、集会所などで行われる。
一般市民のレブナント、グール人は3500人と聞いている。1日800人を計画しているので、4日半で、この市は終了だ。それから周辺の市町村になるのだが、魔物大襲来で半分以上の集落が壊滅したので、1週間あれば、全て終了するだろう。
それが終了してから、今度は荒野の境界線を南下して、ミシガン伯爵領、メイソン伯爵領内の市町村で『人間化計画』を推進する事になっている。全ての終了予定日は、順調に行って3月中旬だろう。もう小学校は諦めよう。
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(3月10日です。)
最近思っているのだが、私がこの世界に来たのは『聖女』になるためではない。冒険者になって、ゴロタ皇帝陛下に危機を助けて貰う筈だった。あれ、違うか。メイドとして側仕えをして情報を入手するのが私の使命なのよ。
でも、この世界に来て一番嬉しかった事は、怪我をしている人達を治癒して感謝されたり、病気の子を元気にして、その子の笑顔を見ることだった。もし、自分に使命がなければ、きっと孤児院か施療院で働いていただろうと思うの。いろんな街や村を回って、全ての人達、全ての子ども達が幸せなのではないということがよく分かった。
私一人の力では、絶対出来ないことが分かっているが、この世界から専制と隷従を追放し、子ども達が笑える社会を実現できたら良いなと思う。
そんな事をぼんやり考えていたら、急に馬車が止まった。メイソン伯爵領内の東端の村に向かっている時だった。先行の騎士さんが寄ってきて、前方に黒煙が見えるというう。窓を開けるときな臭い匂いがここまで漂って来ている。
馬車を降りて、屋根の上に飛び乗ってみると、森の向こう側から真っ黒な煙が上がっている。メイド魔法『浮遊』で、もっと上に昇ってみると、私達がこれから向かおうとしている村が燃えているのが分かった。
私は、一旦下に降りてから、騎士さん達にシスター達を守って貰うようにお願いして村のある方角へ走り出した。まだ私の『飛翔』では、全速力で走った方が速いし、不用意に上空から接近するより木の陰から様子を伺いたい。
村は、今、現在も延焼中だ。村人が逃げ惑う中、馬に乗った男達が村人を剣や槍で襲っている。私は、『虹の魔弓』に3本の矢をつがえ『水』と一言呟いてから、矢を放った。最近は、属性を呟くだけで、矢がその属性を帯びるし、対象を見るだけで自動的にロックオンされる様になった。後は、弓の威力の問題だが、『身体強化』を掛けて引き絞ると、矢が見えなくなるまで飛んで行ってしまう。
矢を放つと、馬上の者達は、激しいジェット水流で身体を刻まれ、その水流は後方の炎上中の家に雨の如く降り注いだ。真っ白な煙を吐き出しながら炎は小さくなっている。
残りの族達は、何が起きたか分からないが、誰かの『退けー!』という号令で、一斉に西に逃げ始めた。追跡をしたかったが、火災を何とかしないといけない。私は、高度80m位まで『浮遊』で上昇し、そこから水属性を帯びた矢を次々と放って行く。一軒の家に一本の感じで射って行くが、ほとんどの家が、それで十分だった。こんな時、ゴータ様だったら、一度に大量の雨を降らせて、鎮火してしまうだろうが、私にはそんな力は無い。自分の無力さを感じながらも、ゆっくりと地上に降りて行く。鎮火はしたが、白い煙をあげて燻っている家々の間で、一生懸命消火活動をしている村人達の間を縫って、怪我人を探して歩く。地面に倒れている村人のほとんどは、もう手遅れだった。小さな女の子がいたので抱え上げたけれど、『た、たすけ・・・。』と言うのが最後の言葉だった。ほとんどの村人達は、家の中に隠れているところを火にかけられていて、焼死か一酸化炭素中毒で死んでしまっていた。シスター達が到着したが、凄惨な村の状況に息を呑んでいた。消化活動の合間に、怪我人を集めて貰ったが、僅か18人、その内、子供は3人だけだった。逃げることも出来ない子供達は、最初に命を失ってしまったのだろう。
子供達から先に『治癒』を始めたが、出血多量だったり、酸欠で脳にダメージを受けた子達は、傷口を塞ぎ、『回復の力』を流し込んでもダメだった。私の腕の中で力なく死んでいく子供達。この子達って、何をしたって言うの。生を受けてから数年、罪を犯す暇さえなかったじゃ無い。私は、溢れる涙を抑える術を知らなかった。身体の中から、熱い力が湧き上がってくる。こんな力は知らない。何、この力。『聖なる力』なの?
力が爆発した。光が村中を包み込んだ。邪悪なる者、悪意に染まった者達は、その存在ごと消滅した。首や胴体が切断された者達を除き、出血多量や酸欠、炭化しない程度の火傷で死亡した者達の殆どが『蘇生』され、ゆっくりとだが、確実な呼吸を始めていた。私は、そんなことは知らずに、意識を手放してしまった。
私が気が付いたのは、何処かの家のベッドの中だった。頭が痛い。目の奥がズキズキする。はっと起き上がると、シスターのブロウニーさんと知らない女性が椅子に座っていた。
「気が付きましたか?ここは村長さんの家、半分焼けちゃっているけど。こちらは村長さんの奥様でエリコ様。マロニー様は4時間以上気を失ったままだったのですよ。」
「村の人達は?」
「生存者は289名。マロニー様のおかげで、死んだと思われた人たちの中で息を吹き返した者もおります。お陰様で、怪我人は治癒されましたが、今日、寝るところもない人達が殆どです。」
「あの賊達は?」
「もう逃げてしまって。ただ彼らは『人間化計画』に反対するレブナントやグール達の集団で、西の方にある森と山をアジトにしているみたいです。」
『優越種存続権奪還闘争共闘前線』
これが、奴等の組織名称だそうだ。最初は、ゴロツキ達が、アンデッドとして魔人族より優位な身体能力を手放したくなかったために、集まっていたのだが、そのうち、『不老不死』の力を得られるとか、この世界を支配するのはアンデッドなどの『優等種族』と神が定められたとか、最後は、魔人族とアンデッドによる平等な社会を目指そうなどと、根拠もなければ思想もない理屈を並べ立てる訳の分からない集団になってしまった。それでも数千人と言われる組織に膨れ上がっていたようだ。
ただ集まっているだけなら良いが、組織を維持するために周辺の村々を襲い、支援という名の強奪を繰り返しているのだ。最初のうちは、穏便に依頼していたのだが、度重なる内に村もこれ以上の支援はできないと断られるようになった。そして、この集団は犯罪集団となりあらゆる悪事に走るようになるのには時間は要らなかった。
『人間化』を拒否して、一生をアンデッドとして暮らすのも本人の自由だが、そのために他者の自由や生命を蔑ろにして良いなどという理屈など無い。
王国軍や領主騎士団が何回か討伐軍を編成したが、その度に山奥に逃げたり、女子を矢面に立てて抵抗していて、殲滅できない状況が続いているらしいのだ。さらに彼らには強力な魔道士も何人かおり、戦闘になっても大規模戦略魔法を撃たれて大きな被害を被っているとの事だった。以前、この村は、討伐軍の前進拠点だったことから、かなり詳しい情報も入ってきているのだ。
現在、討伐軍は、この村から15キロ西に行ったところに野営しているが、敵は、討伐軍の監視の目をくぐり抜けて、村々を襲い、糧食等を入手しているようだ。討伐軍がつい先日、村に被害が及ばぬようにと野営地を離したのが裏目に出たようだった。
この日、亡くなった村の人たちの埋葬を行なった。広大な空き地に、1個1個穴を掘り、棺がないのでシーツや毛布で包んだ遺体を埋めて行く。土をかけ、遺体の大きさだけ盛り上がった土に木の札を刺しただけの簡易の埋葬だ。それでも残された村人だけではとても手が足りず、私が土に穴を開けていったのだ。シスターや騎士さん達も泥だらけになりながら、穴の中の遺体に土をかけ続けた。
全ての遺体を埋葬し終えたのは、午後11時を回って間もなく日が変わろうかと言う時間だった。
殲滅の仕方がサンフランに似て来ました。




