第2部第224話 聖女様マロニーその10
(1月15日です。)
今日、領内第二の都市バロー市に向かうことになっているが、途中、それほど高くは無いが峠越えがある予定だ。でも、最近その峠に山賊が出ているという話だ。各地のはぐれグール達が人間族に戻って弱体化するよりは、今のまま面白おかしく生きていくと言って、飛び出し、その内食い詰めて山賊になったらしい。この国だけでなく、ゴロタ帝国から大分流れてきているらしいのだ。
まあ、ゴータ様のような冒険者が大勢いたら盗賊の類なんか瞬殺よね。でも、その山賊達のおかげで、バロー市は本当に困っているみたい。バロー市は、ブレナガン伯爵の直轄都市だけど、ギリム男爵が代官を務めていると聞いたの。人口18000人、グール人とレブナント人で4000人位って聞いたの。無理すれば、3日で『人間化』が終わるかも知れないわね。でも、その前に山賊よね。峠に近づいていくと、森が深くなって鬱蒼として来たの。馬車1台がやっと通れるような狭い道が山肌をウネウネと登っていく。所々広くなっているのは馬車が通り過ぎるための避譲場所みたいね。でも、そういう所って、襲撃しやすい場所よ。余りにも道が狭いと向こうだって戦いにくいもんね。
そう考えていたら、ドンピシャ、柄の悪そうな奴らが剣を抜きながら屯している。うん、何て分かりやすいんだろ。馬に乗っているのが3人、徒歩の賊が15〜6人位かな。後、木の上に3人、弓を構えているわ。戦闘の馬車が止まった。バタバタと騎士さん達4人が降りて来た。後ろの馬車からは2人降りて来たけど、馬車の警護のため左右に分かれて配置についている。当然、私達の馬車には誰も警護してくれない。
私は、絶対にドアの鍵を開けないように指示をしてから外に出た。馬車の屋根の上に飛び乗った。敵の弓手までの距離は約250mというところか。私は、矢を3本一片につがえ、日のイメージで思いっきり弦を引き絞った。敵の所在は分かっている。後は、矢を放つだけだ。
ビシューーーン!!!
3本の矢が赤い光となって3人の弓手に向かって行く。もう、命中するイメージを持って見ているだけだが、右手は既に次の3本を矢筒から取り出している。弓に矢をつがえたと同時に、爆発音が3つ轟いた。次のターゲット、馬上の3人が後ろを振り向いたと同時に、3本の矢が放たれた。距離は60m程。それぞれの矢が、どの敵に向かうか決めただけで、もう矢のコースは必中のコースになっていた。
もう矢が勿体無いので、左手に20個位の『投げビシ』を持って、走り始めた。弓手3人とボス格3人が爆殺されたことに浮き足立った賊達が、逃げ出そうとした瞬間、私の『投げビシ』15連投の餌食だった。狙うのは、膝関節だ。右、左、前、後ろ関係ない。見えている膝をぶち抜いてゆく。あ、何人かの族が膝から脚が千切れているけど、気にしない。徒歩の賊は16人だったが、全員、その場で悶絶している。かなり痛いようだ。後は、騎士さん達にお任せしよう。
騎士さんの一人が馬でギリム男爵に応援要請に行く。後は、お馬さん。賊の乗っていたお馬さんがどうなったかと思ったが、既にどこかに逃げた後だった。怪我をしていなければいいけれど。爆発系の矢は、使い場所を考えよう。これからはメインを風系にしようと思う。効果は。高い切断力だ。うん、馬車に戻ったらシスター達が震えていた。
「もう大丈夫。賊は殲滅したから。」
「ち、違うんです。怖いのは賊じゃあなくって、マロニーちゃんの目が!」
え!目?私は、手鏡で自分の顔を見た。私の目は、充血して真っ赤だった。慌てて、手を目に当てて『聖なる力』を流した。目がスッとした。きっと集中しすぎて毛細血管から血が滲み出して来たのだろう。暫くしてから、馬車の扉がノックされた。前の馬車の執事さんだった。窓から顔を出すと、
「マロニーお嬢様、私達はギリム男爵の騎士団が到着するのを待ちますが、お嬢様達は先にバロー市に向かわれますか?」
ええ、そうさせて貰いますが、騎士の皆さん、私達を護衛すると言う任務、忘れられている気がするんですけど。馬車が、騎士さん達の傍を通り過ぎる時、『殲滅の聖女』と言う言葉が聞こえて来た。あ、二つ名がちょっと変わった気がするけど、聞こえなかった事にしておこう。
バロー市は、そこそこ大きな街だった。大きな教会もあるし、学校もあった。私達は、まっすぐ代官屋敷に向かう積もりだったんだけど、シスター達が教会で今日の無事到着を感謝するお祈りをしたいと言うので、後で代官邸で落ちあうことにした。そりゃそうよね。無頼の賊とは言え、6人が爆殺され、16人が不具者にされたんだもの。今日の無事を感謝したくもなるわよね。
私は、街をブラブラして、武道具屋を覗いたり、スイーツ屋さんで買い食いをしたりしていたんだけど、ある施設の前で足が止まってしまったの。その施設は、塀も建物も真っ白に塗られているのに、中から深い悲しみが漏れ出ている感じがする。この施設って何だろうと思って見てみると、『バロー市立聖イグナス孤児院』と言う看板が掲げられていた。孤児院に関しては嫌な思い出しかないんだけど、この孤児院はどうなんだろうか?でもバロー市立ってあるんだから、流石にハンス市の教会孤児院のような事はないだろうと思って様子を見ていたら、中からガラの悪そうな魔人族の子が2人出てきた。歳は15〜6歳位だろうか。門の前に立っていた私を見て、ギョッとしていたが、ガンを飛ばしながら何処かに立ち去っていった。中に入ってみると、建物の中から泣き声が聞こえる。それも尋常な泣き方ではない。許しを得ないまま中に入って行く。中は酷い有様だった。机や椅子が乱雑に散乱していて、奥のソファに一人の男の子が寝かされていた。年齢は10歳位だろうか。魔人族の子だが極端に痩せている。側には、グール人の女の人と魔人族の女の子達が座っているが、女の子達は、顔や腕に打たれたような痕があった。鳴き声は、そのまた周りにいる大勢の幼い子達だった。
「あのう、どうかしたんですか?」
急に声をかけられびっくりした様子で振り向いたグール人の女の人の目の周りにも、殴られた痕がアザのようになっていた。
「あ、貴女は?」
「あ、通りがかりのメイドです。中から物凄い泣き声がしたので、どうしたのかなと思って。」
「す、すみません。直ぐに泣き止ませますので。ご主人様には、申し訳なかったとお謝りください。」
あ、私を泣き声が五月蝿いと文句を付けに来た使いのメイドだと思ったようね。
「いえ、そうではなく。何か事情がある様ですので、手助けが必要なら、お手伝いしますが。」
「え、手助け?いえ、ご迷惑をお掛けしても申し訳ありませんし。」
「いえ、私は大丈夫ですから。あ、私は『マロニー』と申します。ブレナガン伯爵のところでお世話になっている者です。」
「まあ、伯爵様の。あ!私は、この孤児院の副院長をしているヘラーと言います。生憎、院長先生は病いで伏せっておりまして。」
「はあ、ところで、その子はどうしたのですか?具合が悪そうですけど。」
「いえ、ちょっと転んでしまって。暫く休めば大丈夫と思います。」
明らかに嘘だ。この子は重篤だ。痩せているのは、食生活の問題だが、呼吸が明らかにおかしい。
「ちょっと失礼します。」
私は、男の子のお腹に手を当てて、メイド魔法『鑑定』を詠えた。
『魔人族10歳。状態:肋骨骨折、肺気腫、鼻骨骨折、右上腕骨折。栄養状態:不良。健康ランク:F』
「あのう、この子、死にかけていますけど。」
「ええ、でも仕方がないのです。この子を助けるだけのお金はここにはありませんし。」
「え?それって、変ですよね。ここは市立ですよ。伯爵様からきちんと運営費が出ているはずですが。」
ヘラーさんは、力無く頷いている。まあ、事実関係の確認は後にして、この子を助けなくっちゃ。
「この子の名前は?」
「は?」
「この子の名前、名前を教えてよ。」
「ボエン。ボエン君です。」
「ボエン君、しっかりして。向こうに行っちゃあだめだよ。」
私は、メイド魔法『空間浮遊』の応用技で、折れて肺に突き刺さっている肋骨を元の位置に戻した。周辺の筋肉がプチプチ切れたが関係ない。それから『聖なる力』を流し込み、折れた箇所をつなぎ合わせ、肺に開いていた穴を塞いでしまう。それからひん曲がっていた鼻骨を下の位置に戻し、右上腕骨の骨折部位を修復した。全体的に『治癒』の光で包んで、内出血部や腫脹部を治して治療が終わった。
皆を見回すと、怪我をしている子も多いし、健康状態も良くなさそうだ。
私は、右手を上に上げて『聖なる力』を右手から放出させる。本当はエスプリを使えばもっと強力なんだろうけど、子供達を驚かせてもいけないもんね。副院長先生をはじめ、皆の怪我が治って行く。女の子の晴れていた頬が引っ込み、口から血が出ていた子も綺麗に治ったようだ。
あ、副院長先生、人間に戻ってしまった。20代後半の優しそうな女性になっている。もちろん、目の周りのアザも消えている。
「あ、貴女は、今度この町に来られると言う『聖女』様なのですか?」
「ええ、そう言うふうに言われているそうですが、聖女ではありません。メイドです。」
ここは、キッパリと否定すべきところです。それから、皆のために『具沢山ミルク鍋』を作ってあげて、パンもあるだけ出してあげた。ヘラーさんの話では、さっきの2人組の男は、この孤児院の出身なのだが、孤児院にいる時から乱暴者で皆の嫌われ者だった。孤児院を卒院してからは、勤めていたお店も店主と喧嘩して辞めてしまい、最近は、裏社会の組織気宇成員になったようだ。以前から、金に困っては孤児院に無心に来ていたが、この半年ばかりは市からの運営資金が支給されると、それを仮に来るようになった。額は、支給額の半分程度だが、その都度『借用書』を書いて寄越すので、恐喝として訴えることもできず。そのためずっと我慢してきたんだけど、半分の運営費では、子供達に満足の食べさせることもできず、またお手伝いのおばさん達に支払う手当も払えないために辞めて貰ったそうだ。
病に臥せている院長先生の様子を見ると、どうやら内臓の病気みたいだ。メイド魔法『鑑定』をかけてみる。
『グール族74歳。状態:肝臓障害、高血圧。栄養状態:不良。健康ランク:E』
うん、これなら治るかも知れない。私は、院長先生のお腹に手をかざし、『聖なる力』を流し込んでいく。暫くすると、ベッドの中の老人は50代の血色の良い人間になって、ゆっくりと目を開けてくれた。




