第2部第220話 聖女様マロニーその6
(1月11日です。マロニー視点で、少し戻ります。)
今日の朝、ブレナガン市の北門でゴータ様と待ち合わせていた。ゴータ様は、この世界に来て初めて会う冒険者の方だ。彼と会った切っ掛けは、昨日、北区で『人間化計画』のため、エリアの対象者を『聖なる力』で人間に戻しているときに、ずっと私を見ている人がいるのに気が付いたの。その人ったら、100m位離れていたんだけど、私をじっと見ているんだもん。気になるじゃない。それで、傍に行って、『何か用ですか?』って聞いたんだけど、何となんと、その人って、冒険者なんですって。格好は冴えないけど、確かに冒険者服を着ていたし、普通そうなショートソードを腰に下げていたわ。なんと言っても、その人、人間族なのよ。この世界に来て初めて見る人間族なんだけど、人間族ってこんなに大きかったかしら。私なんか。その人の胸まで届くかどうかって感じなの。まあ、私って10歳の女の子だから、小さいのは当たり前だし。
その人は、『ゴータ』って名乗って、冒険者証にもゴータって記載していたんだけど冒険者ランクは『C』だったの。『C』ランクって、よくわからないけどAよりは下で、Dよりは上よね。冒険者のことをいろいろ聞きたかったんだけど、道路上で立ち話も何だから、彼が泊っているホテルに行ったの。そこって、結構高級なホテルなんだけど、見た感じパットしないゴータ様が泊るには、ちょっと分不相応な気がしたわ。でも、まあ、そこのレストランで食事をしながらお話を聞いていたんだけど、何を聞いていいのか良く分からなかったの。冒険者に関しては本の知識しかないし。それで、ゴータ様と一緒に魔物狩りに行けば、冒険者のこともいろいろ教えてもらえると思ったんだ。
今日は、朝5時から起きて、いつもなら朝稽古なんだけど、厨房に行って、今日のためにローストビーフサンドを作ったの。私の得意料理なんだけど、お醤油がないので、今一歩、味付けが物足りないわ。こんど、お醤油も作っちゃおうかしら。麦麹からでもお醤油ってできるのかしらね。
それで、今日は、私の一番のお気に入りの冒険者服を着て来たんだけど、少し地味すぎたかしらね。でも、冒険者服って機能性が一番だって言うじゃない。ゴータ様と一緒に本格的な冒険者デビューをするんだもん。服装だって、それなりに高品質でなくっちゃ。ゴータ様は、昨日と同じ服装だった。冒険者って何日も同じ服を着続けても平気なんだって、本に書いてあったような気がするけど、私も今日、お泊りするなら、この服をずっと着なくっちゃ。でも、下着だけは替えなくちゃ気持ち悪いから、ちょっとお花を摘みに行ったときに替えてしまいましょう。
森までは、普通に歩くと1日位かかるらしいけど、移動に無駄な時間なんかかけていられないので、ちょっと速足で歩いたんだけど、ゴータさんもしっかり付いて来ていたみたい。さすが冒険者ね。大体、馬車と同じくらいの速さにしていたんだけど、ゴータさん、平気な顔していたわ。森に入ってみても、大した魔物が出てこないので、ゴータ様の手を煩わせることも無いわ。クマやイノシシなら何度も狩ってるしね。
魔物のイノシシ3匹を解体している時、私だけ素材を貰っちゃあ悪いかなと思って、魔石を上げようとしたんだけど、要らないって言われたの。やっぱり自分で狩ったんじゃあないと報酬は無いのが鉄則なのね。
お昼のサンドイッチは、川のほとりで食べたんだけど、彼は美味しそうに食べてくれたわ。まあ自信作だから当然よね。後、メイド魔法の空間収納に吃驚していたみたい。それでもゴータ様って、何か雰囲気が違うのね。余裕があるというか、やはり本物の冒険者って違うわ。
昼食後、川の向こう岸に行く事にしたんだけど、適当な石や倒木が無いので、メイド魔法の『空間浮遊』で渡る事にしたの。ゴータ様の右手を握って浮かんだんだけど、私のような美少女に手を握られて、ゴータ様って顔を赤くしていないかな。まあ、私の顔がずっと下にあるのでお顔が見えないんだけど。
向こう岸に着いたら、直ぐに崖になっていたの。高さは5m位かな。私は、『空間浮遊』で大丈夫なんだけど、ゴータさん、私を抱えてジャンプして上がっちゃった。これくらいの高さ、ゴータさんにとっては大した事は無いみたい。私も『身体強化』をすれば5m位ジャンプできるけど、まあ、お姫様抱っこも悪く無いかも。ゴータ様って、着痩せするみたい。腕とか胸なんかムキムキなんだけど、服の上からは分からなかったわ。川向こうの森には初めて入ったけど、結構魔物が多いみたい。気配というか音がしている。
シャカシャカ。シャカシャカ。シャカシャカ。シャカシャカ。
とっても嫌な気がする。あれは、あれだ。きっと台所にいるあれだ。顔が引き攣っているのが分かる。私は、ゴータ様の後ろに周り、逃げ出す準備を始めた。足音が大きくなり、姿が現れた。さあ、逃げ・・・。あれ、あいつじゃ無い。それは、森の枯れ葉の下に大量にいるダンゴムシだった。ただしサイズがデカい。人の上半身ほどある。それが、いっぱい。うん、虫キライにはたまりません。私も、結構来ているけど、黙って齧られるのは嫌なので、取り敢えず弓を構える。しかし多すぎる。逃げたい。何か涙が滲んできて、狙いが滲んでいる。
「フリーズ。」
後ろから、声が聞こえたと思ったら、目の前のダンゴムシ達が次々に凍って動かなくなった。ゴータ様の魔法だ。それから、ゴータ様、腰に下げていたショートソードでは無い超綺麗なショートソードで、1匹ずつ丁寧に灰にしていく。剣を向けると、剣の先から炎が伸びて凍ったダンゴムシに当たるの。一瞬で燃え上がって灰になってしまう。煙も上がらないし、匂いもない。うん、これなら大丈夫。全てのダンゴムシが灰になった。
「あ、有難うございます。助かりました。」
「マロニーちゃん、虫は駄目みたいだね。身体が固まっていたからね。」
「はい、地面を這う虫と、ウニョウニョしているのが苦手です。」
「女の子は、そういうのが苦手な子が多いよね。」
あれ、その女の子って誰だろう。まあ、ゴータ様は、身長も高いし、超イケメンだから、彼女さんなんかもいっぱいいるだろうし。あ、私には関係ないか。うん、でも私はメイドだから仕事一筋です。
私は、その後、自分の言ったことを後悔してしまったの。森の木々が疎になった所で、地面がウネウネとなっているの。何だろうなと思って近づいたら、突然、ボコッと何かが地面から飛び出して来た。見た感じはミミズ、それもトゲトゲの口があるミミズ、私はすぐに飛び退いて弓に矢をつがえて3連射したんだけど、突然の動揺が大きかったのか、1本しか当たらなかった。でも、その1本が口の中から後頭部に抜けていったので、やったと思ったら、全く効かなかったようにウネウネとこちらに向かってくるの。
何、これ?もう夢中で3連射の嵐よ。でも、ズボズボ抜けていくだけで、ダメージが無いみたい。とっても嫌だったけど、エスプリを抜いて接近戦をしようと思ったら、私のすぐ後ろから、もう1匹がズボッとと地面から現れて。
「マロニーちゃん、上。」
後ろから声が聞こえて、私、夢中でジャンプしたわ。『身体強化』が自動で掛かったみたいで、20m以上の大ジャンプよ。そのまま『空間浮遊』で、浮いていたらゴータ様も浮いて来て、
「もうちょっと上まで。」
て言って、50m位上空まで引っ張ってくれたの。それからゴータ様、左手を下に向けて、小さな火の玉を出したの。その火の玉、フワフワと地面の方に向かって降りていって、地面に着地する直前、急に明るく大きくなって、もうミミズ達、熱さで苦しんでいるようだったけど、見る見る干からびていったの。それでも火の玉は無くならないで、今度は地面を溶かしていった。もうマグマの池ね。あれ?何か出て来た。何、あれ?ミミズの塊?マグマの中でのたうち回っていたけど、その内動かなくなって燃え上がってったの。オエーッ!気持ち悪い。
「あれが本体なんだ。だから地上に出て来た奴をいくら攻撃しても効果が無いんだよ。」
「はあ。」
この魔物って、川の手前側とちょっとレベルが違いすぎない。私達は、風上側に着地したの。だってミミズの黒焼きの匂いなんか嗅ぎたく無いでしょ。これだけ焼かれてしまったら、魔石も残っていないかと思ったら、ゴータ様、黒焼きして灰になる前にしっかりゲットしていたみたい。どうやってゲットしたんだろう。
「うーん、この辺の魔物は物理攻撃では難しいかな。マロニーちゃん、攻撃魔法、何か使える?」
「使えません。」
きっぱりとお答えする。メイドたる者、曖昧な態度は許されないのです。
「うーん、そうか。そうだ、生活用に火を出せるよね。それを矢に込められる?」
「え、やったことありませんが。」
「そうか、取り敢えず、弓を構えて見て。」
弓を取り出し、左手に構え、矢を1本つがえてみた。そのままも姿勢でいたら、ゴータ様、私の後ろから被さるように接近して、右手と左手にご自分の手を重ねて来た。近い、近い!近いんですけど。
「さあ、手の平に火を出すイメージをそのまま鏃に向けて流してみて。」
ムリです。ムリー。心臓がバクバク、顔が真っ赤。イメージなんか出来ません。私が『アウアウ!』言ってると、
「あれー、おかしいな。こうだよ。」
あ、何か暖かい力が右手から矢の先に流れていくのを感じた。鏃が赤く光っている。ゴータ様が手を離しても光り続けている。
「そう、もうちょっとイメージしてご覧。」
火の力の流れを感じる。鏃の光が、眩しいくらいに強くなる。
「もう良いだろう。さあ、あの木の幹を射ってみて。」
矢を放つ。光が真っ直ぐ木の幹に向かい、当たると同時に大爆発を起こした。あ、これ、あの『ファイアボール』よりも制御できてる。力を込める時間を短くすれば良いのかな。うん、矢をつがえる時にちょっとだけ流してみよう。力を流しながら3連射してみる。全て的に当たるとともに小爆発を起こした。これなら、使えそう。
矢に魔力を込めるなんて、かなり上級です。




