第2部第217話 聖女様マロニーその3
(1月5日です。ゴロタ視点です。)
お正月の宮中行事もひと段落した。昨日は、帝都内の有力企業が集まる会合に来賓として出席して夜遅くまでのんでいたので、今日の朝はすこし、バテ気味だ。帝都の最大財閥は商社系のドエス商事と建設系のバンブー・セントラル建設だが、その他にも鉄道会社や飛行機や船、列車を制作している重工業系、それに鉱山採掘や農産品、水産品などを流通販売している会社など、多岐に渡っている。それでも納税額トップなのはバンブー・セントラル建設なのは、僕がまだタイタン領の領主だったころ、バンブー設計所という小さな設計事務所兼建設請負業だった頃からの付き合いが長いからなのだろう。
今日は、ワードローブの中から、一番質素な冒険者服を選び、また剣も、飾りも何もないが切れ味だけは良い物を選んで腰に下げた。どこからどう見ても、単なる一般人を装って、ティタン大魔王国統治領の総督公邸に転移しておく。あ、そう言えば総督をもうそろそろ決めなくっちゃいけないんだけど、適任者がいなくて困っている。人間界の者達で、信頼できるものはそれぞれ役職につけているし、魔界出身者には、もっと調査を重ねる必要があると思っている。
まあ、それは兎も角、今回は、マロニーと言う女の子のことを調べるためだ。直接会ってもいいのだが、相手は10歳の女の子だと聞いているので、不用意に近づくのは遠慮しておこう。この世界でもいらぬ二つ名など付けられても嫌だし。とりあえず、総督公邸で、行政庁長官代行から、新年の挨拶と行政上の諸問題を聞いてみたが、うん、すべてクラウディアに丸投げしておこう。それから、区長代表のウルマティスさんから、人間になってからの問題点を確認したところ、今のところ、特に問題もなく平穏に新年を迎えられたとのことだった。結局、グレート・ティタン市の王城前に転移できたのは夕方近くになってしまった。
僕は、そのまま、王城地区をでて、メイン通りにある5階建てのホテルを目指した。王都での『人間化計画』は、1月8日以降を計画しているので、まだ人間族が珍しいようだが、魔人族だと宿泊拒否される可能性もあったので、人間族のままでホテルを予約したのだ。宿泊する部屋はダブルの部屋で、4階にあるため、かなり高価な部屋だった。まあ、高価と言っても、帝国通貨で8万ギル程度だったから、びっくりするような値段ではない。昔、生まれて初めて泊まった旅館『蟻の塚亭』がダブルで銀貨1枚、つまり1万ギルだったが、常にコスパの事ばかり言っていたシェルを思い出してしまった。
次の日、王都から北に向かう駅馬車に乗る。人間族が珍しいようだが、既に『人間化計画』は公知の事実だったので、相席になった人も奇異には思わなかったようだ。馬車の中で、いろいろと世間話をしていたのだが、話題が『殲滅姫』の話になった。
「あのう、『殲滅姫』って何ですか?」
「兄ちゃん、知らないのかい。まだ子供なんだが、剣の達人でよ、無法者の集まりで、領主様も手が出せなかった人身売買組織を一人で殲滅させたって話だぜ。それに、最近、王都で名前を売っていた商人のバカ息子が地方領主の娘を手籠めにしようとしていたらしいんが、首と胴体が生き別れになっちまったんだって。やることがえげつなさすぎるけど、見た感じは、普通の女の子らしいんだ。」
「へえ、そんなに強い女の子なんですか。恐ろしいですね。」
「いや、それがよ。何でもお貴族様のお嬢様を助けたり、かどわかされた子供を助けたりと良いことしかしてねえんだ。それによ、あのコカトリスをたった一人でやっつけてしまったってことで、3賢人様から勲章を貰うらしいぜ。勲章と一緒に報奨金も貰うんだろうけど、うらやましい話だぜ。」
ウーン、今のところ、悪い話が出てこないな。まあ、10歳の女の子で、悪い話がでるなんて、『悪役令嬢』じゃああるまいし、ありえないかな。そんなことを考えて馬車に揺られること3日、馬車はモーガン侯爵領の領都、ニュー・モーガン市に到着した。なかなか活発そうな年だったをとばすことにしやが、どこに行っても、領主が人間に戻ったことが話題になっている。単に人間に戻るだけではなく、信じられない位に若返ったそうなのだ。ここで『神の御技』を使ったようだ。しかし、それだけではリッチであった侯爵が完全に人間に戻すには『復元』スキルも必要と思われたが、もしかすると、両方のスキルを持っているのだろうか。
戦闘スキルがあり、更に2つ以上のスキルを使いこなすなど、とても10歳の女の子とは思えない。モーガン市のホテルで、北から来た旅人達の話を聞いていると、『殲滅姫』の活躍を話していた。領主騎士団が誘拐・人身売買の組織に加担していたそうだ。組織は、ボス以下20人以上の悪党がほぼ一太刀で首を落とされたそうだ。聞いていると、特に広範囲魔法を使ったと言う話がない。魔法が使えないのだろうか。と言うか10歳では、普通、魔法など使えないが、その子の場合は違う理由があるみたいだ。
それに、領主騎士団については団長は一刀の下に首を跳ね飛ばされ、10人近い騎士達は足や腕を切り落とされ、一生不自由な生活を送らざるを得ないそうだ。
更に面白い話が聞こえて来る。何とその子は元メイドだと言うのだ。いかん、頭が痛くなって来た。
と言うことは、その女の子は『神の御技』と『復元』のスキルを使いこなし、剣だけで10人から20人の男達を殲滅できる元メイドと言うことになる。大体『元メイド』ってなんですか?一体、幾つからメイドをしているんですか?
もう我慢出来ない。僕は、北に向かって『F35B改』を飛ばすことにした。
次の日の朝、モーガン市の北の郊外に出てから、『F35B』をイフクロークから出して、進路を北にとった。直接、ブレナガン市に行かず、城門から10キロ以上離れた場所に着陸した。後は、ブレナガン市に歩いて向かう。旅人の姿はほとんど無い。1月10日は、冬真っ盛りだ。歩いて旅をする者は少ないのだろう。それに王都に比べると、気温が5度位は低そうだ。
城門から街に入ると、街の雰囲気が明るいことに気が付いた。他の都市のようにゴブリン族のスラムが場外に広がっていると言うことがない。城門を入ると魔人街だが、古くて小さいがしっかりした家屋で、驚いたことにゴブリン族もチラホラと見える。食堂や旅館、商店もキチンと営業しており、領主の善性が忍ばれる。
昼食は一般居住区に近い食堂に入ることにした。『蜂蜜屋』と言う変わった名前だが、店内から美味そうな匂いがしていて、誘われるように入っていった。
店内は、時間的なせいか結構混んでいたが、相席で何とか座ることができた。14〜5歳位の魔人族の女の子が注文を聞いて来た。お勧めは日替わりランチで、鶏肉とジャガイモを甘辛く煮た物と大きな川海老を油で揚げた物にスープを浸した物のセットだった。パンはお代わり自由で小さめの丸パンがカウンターに山積みになっていた。
これで650ピコなんて信じられない。店の中には、7歳位の女の子がお手伝いをしている。ヨタヨタとトレイに乗せた料理を運んだり、食べ終わったお皿を片付けている。とっても可愛らしい。
食事を堪能している時、店の扉が開けられ、メイド姿の女の子が入って来た。
「おばちゃん、こんにちわ。もうお腹ペコペコ。」
さっとカウンター席の空いているところに座った。一瞬しか見えなかったが、人間族の女の子のようだ。いやに小さい。この子は、もしかしたら?
「お姉ちゃん、いらっしゃい。ランチする?」
「あら、マリーちゃん、お手伝い?偉いねー。」
いや、そんな大人びた口調をする年じゃないでしょ。見た感じ、8歳から10歳の間かな。銀色の髪に真っ白い肌。メイド服は正統派の仕様だが、メイドとして働いているんだろうか。おかみさんが厨房から出て来て挨拶をしてくる。
「マロニーちゃん、いつも悪いねえ。仕事が忙しいのに、わざわざ来て貰って。」
「いいえ、おばさんの料理なら、どんな遠くからだって飛んできちゃうわよ。それにマリーちゃんにも会いたいし。」
やはり、この子で確定だ。剣士かと思ったら、何も持たずに、メイドそのものだ。マリーちゃんと言う子が、その子の隣の椅子に座る。その子は、スカートのポケットからクッキーを取り出して、カウンターに並べる。
「今日の朝作ったクッキーなの。美味しいよ。ミミアちゃんにも残しといてね。」
ミミアと言うのは、もう一人の店員のことだろう。彼女達を見て微笑んでいる。店の客の一人が、その子に話しかけている。
「マロニーちゃん、俺の婆さんが具合が悪くて立てねえんだ。診てくんねえかな。」
「ごめんね、おじさん。近くの施療院で診て貰ってくれない。施療院が潰れたらみんな困っちゃうでしょう。」
「あ、ああ。そうだな。悪かったな。」
「気にしないで。」
店の中がいい雰囲気なのは、この子の性格によるのだろう。和やかな雰囲気、うまい料理。店が流行るはずだ。マロニーという子は、料理が食べ切れなかったのか、だいぶ残して食事を終えていた。
「ご馳走様。お腹いっぱい。本当におばさんの料理は美味しいわ。今度、お料理教えてよ。」
「何言ってんだい。お屋敷の人から聞いているよ。マロニーちゃんの作る料理、お屋敷のシェフ以上だって言うじゃ無いか。私の料理なんか教えるもんなんか無いよ。」
「いえいえ、料理にはゴールは無いのよ。もっともっと勉強しないと。あ、時間だ。お代、ここに置くね。」
大銅貨1枚を置く。お釣りも貰わずに店を出ようとする。
「あ、お釣り。今日こそお釣り貰ってよ。」
「お釣りは、マリーちゃんのおやつ代にしといて。じゃあ、またね。」
あっという間に、店を出て行った。僕も慌ててお題を支払い後を追うが、もう店から300m位離れている。追いかけてみるが、なかなか追いつかない。10歳の女の子がメイド服を着て歩くには速すぎる。僕も普通の人よりもずっと早いが、あの子も異常だ。『身体強化』か『風魔法』を使っているのだろうか。
一般居住区を歩いている人達の殆どが人間族だ。皆、若々しく元気に歩いている。2キロ位先まで行くとグール族が多くなって来た。その子は、街の西南部分にある集会所に入って行った。集会所の前には、グール人の長い行列が出来ている。騎士達と人間族の男達が列の整理をしている。並んでいる者達は、時間指定の整理札を持っていた。
「午後1時半の組はこちらです。」
「午後1時45分の組はこちらに並んで下さい。」
15分でを入れ替えているようだ。数えてみたら1組50人程だ。集会所の大きさから言って、それ以上は入らないようだ。しかし1時間に200人、夕方まで3時間として600人、すごい魔力量だ。魔力切れにならないのだろうか。
僕は、遠くからじっと見ていた。時々場所移動をして、不審に思われないようにしていた。一体何時までやるんだろうか。




